『クロス・ブレイド~剣爛舞踏~』

つくも

第13話 第三章『妖刀村正』③

目的地にはついた。が、あくまでも駅についただけだ。そこからバスにしばらく乗り、バス亭で降りる。そこからは長い山道だった。鍛錬を積んでいない人間であったのならたちまち悲鳴をあげていたことだろう。徒歩で山道をのぼるのは相当な負担だった。
都心から大分離れた場所にそこはあった。屋敷だ。緑に囲まれた中に、大きな屋敷があった。そう、それはまるで時代劇か何かの舞台で使われそうな場所だった。
趣があり、古風だ。そこだけ時間を置き去りにしているような、先進的な部分が取り除かれている場所だ、それがいいのだろう。どこか心落ち着くような場所だった。
そこだけ昔の日本にタイムスリップしたような印象だった。昔といっても100年以上前の事にはなると思うが。
ここが姫乃と水穂の家。さらにいえば本家。そう、明智家の本家だった。
大きな屋敷だ。門はいくつもあった。恐らくは正門と思われる大きな門のような扉から敷地内に入る。
ギィィィィ。
という軋むような音をしつつ、門は開いた。外から見るのと同じように、中の屋敷も古風な造りをしていた。まるで重要な文化遺産のようだ。この空間だけは時代に取り残され、敢えてそのまま保存しているかのようだった。
「……ここが明智家の本家か」
刀哉は淡々と呟く。
玄関へと向かう。結構な距離を歩かされた。下手すると小学校や中学校よりも広いかもしれない。やっとの事で玄関へとたどり着く。
――と。着物のような和服を着た女性が現れた。凛とした顔立ちをした美人だった。服装の影響もあるかもしれないが、大和撫子というのはこういう女性を言うのだろう。素直にそういう感想が持てた。直観的に理解をする。彼女が二人の母親なのだ。年の離れた姉でも通用するかもしれないが、そう考えた方が自然だ。
「あんたら……平日の昼間からどないしたん」
関西弁だった。そう、ここは関西なのだ。だから別に関西弁だったとしても何も不自然はなかった。
「なんや。学校はどないしたんや。サボってここまで来たんか?」
「……連絡、してなかったのか?」
刀哉は訊く。
「そ、そういえば。慌ただしくて連絡するの忘れてた」
「携帯電話持ってなかったのか?」
今時の女子高生であったのならば携帯電話は必需品と言ってもいい。電車の中での通話は禁止ではあるが、メールまたはそれに類するアプリケーションを利用すれば連絡は可能なはずだ。
「うちはそういうハイテクなのは一切導入してないのよ」
そういえばこいつが携帯電話をいじっているのを見たことがない。持っていないようだ。つまり姫乃は今時の女子高生ではないようだった。
「携帯電話は勿論、パソコンもそうだし。テレビはアナログだし」
……待て。アナログ放送は随分と前に放送終了してなかったか。深く突っ込むのはやめておこう。
「とにかくここにはそういう「ナウい」機械は一切おいてないの」
今時の女子高生から「ナウい」などという死後を耳にするとは思っていなかった。彼女の流行は十数年前から止まったままらしい。
――ともかく。今はそんな事を構っている場合ではなかった。
「お母さん! 大変なの。とにかく大変なの。すっごい大変なの。大ピンチなの」
「……なんや。何が大変なのかわからんやないの」
最もだった。姫乃の言葉は具体性皆無だった。だがその真剣さから、母は緊急事態だという事を察したのだろう。
「まあ、とりあえずあがり。話はそれからでも遅ないやろ」
そう言って奥の座敷に三人は案内をされた。

「へー。美術館の連続襲撃事件。何やら新聞とかによく書いてあったな」
姫乃の母――朱乃さんというらしい。はそう言った。
テレビがアナログしかないという事は要は映らないという事だ。情報は新聞しかなかったのだろう。今はさして問題ではないが。
「それで、犯人は宝玉を狙ってるらしいの。それが一連の事件の犯人の動機。ねぇ、お母さん。うちにも宝玉があったでしょ」
「んー。確かにうちの蔵の奥にそんなもんもあったな」
そう、朱乃さんは言う。
「そうなの。だから、次に犯人がうちを襲ってくる確率が高いだろう、ってことで急いで先回りしてきたの」
「そうか……俄には信じられんけど、あんたが嘘つくわけないもんな」
朱乃さんはそういった。
「……ともかく。今日ももう遅い」
遅い――とはいってもせいぜい夜の七時くらいだったろう。一般家庭だったら遅い分類には入らないかもしれないが。ローテクなこの家では十分に遅い時間なのだろう。
「……ご飯食べて休んできなはれ。それで、あんさん」
事の説明が中心になっていた為、そもそもの自己紹介の機会を逸していた。
「姫乃――あんたが男の子連れてくるなんて珍しいやないの」
しれーっとした目で見られる。なんだか全てを見透かされたような目だった。
「な。なによ。お母さん。その顔はーー」
「いやー。あんたも大人になったんやなって」
「ち、違うわよ! 別にそういうのじゃないわよ」
姫乃は顔を真っ赤にして否定した。
大概の場合、ムキになって否定する程怪しくなるものではあるが。
「夜になったらお父さんも帰ってくるさかい。うちの方から事情は説明しとくわ」
朱乃さんはそういってその場を立った。

静かな夜だった。無論、都会からは随分と離れた田舎にあるという事もあるし、近所に住宅がないという事もある。喧騒とは無縁だ。
だが、この静けさはそれだけではない。嵐の前の静けさ、というのあった。広い湯船に浸かりつつ、刀哉は物思いに耽っていた。数年前の記憶。なぜあの時、失踪した父は今になって動き始めたのか。そして、ついには二人は再会するのか。再会するとして、感動の再会になるとはとても思えない。恐らくは血の雨が振る事だろう。どちらも無事ではすまない。その可能性の方が大きい。だが、果たして刀哉に斬れるだろうか。いや、斬らねばならない。それが刀哉の存在意義でもあるし、目的だった。そう、あの日。父と同じようにあの刀に見入られてから。そう、あの刀を手にしてから。二振り目の刀を手にしたあの日から。
ーーそう。言い伝えには続きがあったのだ。妖魔が封じられた後の話がある。
「ん?」
ーーと。脱衣所に人影が見えた。刀哉は先の展開が読めた。
ガラガラガラ。と、音をたてて戸が開く。
現れたのは勿論、水穂である。手ぬぐいを一つ持っているが、その未成熟な体を惜しげもなく晒している。
マジマジと見たい気もするが、それよりも気恥ずかしさと罪悪感が勝り、直視する事は適わない。
「ば、馬鹿! なんで入ってくる!」
「そんなの決まってますわ・・・・・・・・私、お兄さまのお背中を流しにきたんですの」
そんなサービスを頼んだ覚えはない。
「い、いいから。そんな事しなくて」
「まあ。遠慮しなくていいんですわ。お兄さま。長旅で疲れたその体、この私、水穂が癒して差し上げます」
水穂が迫ってくる。
ーーと。その時だった。
「刀哉!」
慌てた様子で姫乃が飛び込んでくる。
「って! なにしてんのよ! この緊急時に!」
顔を真っ赤にしつつ怒鳴る。
「もう! 今はそんな事してる場合じゃないのよ!」
姫乃は慌てていた。その表情だけで刀哉は察した。
「敵か!」
瞬時に、刀哉は立ち上がった。
二人は顔を真っ赤にして目を反らした。
刀哉は入浴していた。当然裸だったのだ。そのまま仁王立ちをしてしまった。
「ま、まぁ・・・・・・・お兄さま。立派なモノをお持ちなのですね」
水穂は言った。
「・・・・・・と、とにかく。行くぞ」
ふざけている場合ではないがふざけた場面になってしまった。
刀哉と水穂は慌てて服を着た。敵はすぐそこに着ている。

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