聖剣が扱えないと魔界に追放されし者、暗黒騎士となりやがて最強の魔王になる

つくも

第6話

それからの事。表彰式やなんやらがあり、賞金の受け渡しやらなんやらがあり、そしてそれからまた丸一日をかけて学院までバスで帰る事になる。
バスの中でも疲れて皆爆睡をしていたが、寮に帰ってまた爆睡をする事になる。
勝利の歓喜はその時はなかった。皆疲れていたのである。それ程の死闘だった。
その後、学院の優勝を祝して魔王学院で祝勝会が行われる事となった。

「ラグナ君、そろそろ行くよ」
「待てよ。慣れてないんだよ、こういう格好」
祝勝会は学院のホールで行われる事になっている。そこではドレスコードが必要だった。
大抵の場合は男子がタキシードスーツであり、女子がドレスが必要になってくる。仕方なしに服屋で仕立てるより他にない。
慣れない中、何とかタキシードを着る。鏡で見た自分は慣れた見た目ではないので違和感があった。まあ次第に慣れてくるだろう。
会場へ向かう。

祝勝会のパーティー会場には既に多くの人だかりができていた。
豪勢な食事に音楽隊の演奏。学生対空きの祝勝会とは思えなかったが、これもそれだけ対抗戦が特別だったという事の証左でもある。
流石に学生であり、未成年という事でアルコール類の提供はなさそうだった。
「それでは皆様。これより祝勝会を始めます。それではこれよりパーティーを始めます」
そう、壇上でクレア理事長はマイク越しに伝える。
「そうでした。それより前にひとつだけ。最優秀選手に対して賞状とトロフィーの授与を行います。ラグナ君、壇上の前へ」
「……俺が最優秀選手」
「当たり前じゃないか。ロイヤルを2体撃破したのは君の手柄なんだよ。だから当然なんだよ」
そうライネスは言う。
ラグナは壇上へと向かう。
「……よくがんばりましたね。ラグナ君」
クレア理事長はそう微笑む。
「は、はい。ありがとうございます」
「それでは賞状とトロフィーの授与になります」
ラグナは受け取る。拍手の喝采が起こる。割れんばかりの拍手だった。
その日の祝勝会は大いに食べ、大いに賑わった。
だが、この出来事は魔界で起こる大きな戦乱の前のほんの1ページに過ぎない事をまだ誰も知る由がなかった。

蒼の魔王国。魔王城での出来事だった。
魔王ベルゼブブはある勢力との密会を検討していた。その勢力とは人間の国である。最先端の科学技術を持ち、空中に浮く、浮遊都市を持つ者達。
自らを『天上人』と自称する人間達だった。
「あなた……正気ですか?」
そう妃であるレフィーレは問いただす。
「人間に力を借りるなど。人間に貸しを作る事になると今後大きな歪みになりかねません」
「私は正気だ。毒を得なければ毒を制する事はできない。今の魔界は拮抗しすぎている。このままでは膠着状態が続くだけだ。それでは私が魔界を統一し、真の魔王になる事などできん」
ベルゼブブは言う。
「ですが」
「女は黙っていろ。魔王である私が決めた事だ」
とりつく島もなかった。レフィーレは押し黙る。

しばらくして、空中浮遊都市「エデン」から使者が到着する。
「……クックック。あなたが蒼の魔王ベルゼブブさんですか」
一人の男がいた。男は眼鏡をかけ、白衣を着た男だった。いかにも研究者っぽい男だった。 少しクレイジーな雰囲気が漂っているのも。それらしい雰囲気と言えた。
「私の名はハイド・シュタインと申します。軍事技術の研究者をしております」
「初めまして。私が蒼の魔王ベルゼブブです」
「……我々と同盟を結びたい、という事ですが、その件に関しましては我々の神である聖母ソフィアから了承を得ております。そうですね。引き換えに魔界の希少アイテムとそれなりの利権を要求はしておりますが」
「それはこちらとしてもわかっております。ですがお聞きしたい事がひとつあります。ハイド博士。あなた達ならこの魔界の勢力図を塗り替える事ができるのですか?」
「クックックック。それはもう。勿論ですとも。魔界の勢力図を大きく変える事はできるでしょう。ただ、その為には蒼の魔王国にもそれなりのご協力をして頂かなくてはなりませんが。クックックック」
ハイド博士は怪しく笑う。
ベルゼブブは迷っていた。自分のした決断ではあるが。毒をもって毒を制す。
だが間違いなくこの毒は自分達にもまた害するものではないか。
そう思わざるを得なかった。しかしもはや動き出した歯車は止まる事を知らなかったのである。

「魔王参観」

黒の魔王国、魔王城での事だった。
「パパー!」
「リリスー!」
久しぶりの父、魔王サタンと娘であるリリスとの再開だった。リリスはサタンに抱きつく。「はっはっは! 久しぶりだな! リリス。パパは寂しかったぞー。それにしても綺麗になったなぁ。死んだ母さんに似てきた」
「やだ、もうパパ」
「ところでリリス、まさか。好きな男でもできたんじゃないだろうなー? 女は好きな男ができると綺麗になるっていうしな」
「え? どうしてそれを。じゃなかった。やだなー、パパ! そんなわけないじゃない!」
「ん? リリス。様子がおかしいぞ。まさか、本当は好きな男ができたんじゃないだろうな?」
「……それはその」
リリスは言葉を濁した。

「レヴィアタン」
「はっ」
七つの大罪が一人。レヴィアタンに魔王サタンは命令する。
「リリスの様子がおかしい。至急調査をしてくれ」
「はっ」
魔王サタンはレヴィアタンに命令をした。

その日は祝日だった。レヴィアタンは一般人と変わらない恰好をし、さらには帽子に眼鏡で変装をしていた。少し怪しいお姉さんという感じだった。
リリスはおめかしをして寮を出て行く。そして学院の前で一人の男の手を取った。
(あ、あれは人間の男)
レヴィアタンはパシャパシャと証拠写真を取る。
それどころではなかった。
しばらくした後、妹のリリムもその男に抱きついてきたのである。
(あの人間の男、リリス様だけではなく、妹君のリリム様にまで)
パシャパシャパシャ。
証拠写真を撮る。
「これは魔王国を揺るがしかねないゆゆしき事態」
レヴィアタンは呟く。

「調査完了しました。魔王サタン様」
「おおっ。大義であった。それで結果は?」
レヴィアタンは写真を何枚かすっと渡す。
「調査結果としましてはリリス様は大変懇意にされている男がいるようです」
「な、なに!? リリス。あれ程、父離れができていないと思っていたのに。男ができたというのに」
「リリス様もまた年頃の娘です。また大変お美しいお方。無理もないかと存じます」
レヴィアタンは言う。
「それもそうだが……お父様は寂しいぞ。あんなに小さかったリリスがもう男を作るような年に」
「しかし。それだけではありません。その男は人間のようです」
「な、なんだと! 人間の男だと」
「はい。しかしそれに留まりません。妹君のリリム様もその男の事を慕っているようです」
「な、なんだと! リリムまで。それに捨て置けん!」
魔王サタンは勇み立った。
「その男、この眼で見るまでは決して信用できん!」
魔王サタンは思い立ったら我慢のきかない男だった。

その日、黒の魔王学院は騒然としていた。何でも黒の魔王サタンが魔王学院を訪問するらしい。黒の魔王サタンと言えば自国内で言えば国王といっても過言ではなく、間違いなくトップの存在である。そんな大物人物である黒の魔王サタンの来訪に魔王学院は騒然としていた。
何よりも動揺していたのは魔王サタンの娘であるリリスだった。
(ど、どうして。どうしてパパが学院に~)
内心慌てていたが心当たりがないわけではなかった。

ヘリが校庭に降りる。
「……ここが学院か」
話に聞くだけで魔王サタンが来たのは初めてだった。黒いスーツを着てサングラスをつけた男。この男が魔王サタンである。
「魔王様、よくぞおいでくださいました。何でも魔王学院の視察がしたいとの事で」
理事長クレアが出迎える。
「それはそうなんだが、後で少し二人で話したい男がいるのだが。セッティングしてくれないかね?」
「は、はい。構いませんが」
理事長クレアは言う。流石に立場が違いすぎる為全ての言葉を受け入れざるを得ない。
魔王サタンは構内での視察は程ほどに、あまりそこには関心がないようで、応接室に入っていく。

授業中の事だった。クレア理事長が入ってくる。
「授業中にすみません。ラグナ君、少々よろしいでしょうか」
「は、はい」
ラグナは廊下に出る。

「何でしょうか?」
「魔王様が応接室でお待ちです。何でも二人だけでお話がしたいと」
「は、はい」
魔王という言葉に流石のラグナを些か以上の動揺と緊張を見せた。まあ、とにかく向かうより他になかった。

ラグナは応接室に入る。その時、どうしても気になって仕方のない人物がいた。
リリスである。リリスは聞き耳を立てる事にした。
ライネスも現れた。
「ラ、ライネス。どうしてあなたが」
「僕だって気になるよ。あの魔王様だよ。どうしてラグナ君に。きっと一大事があったに違いないよ」
「まあ、聞き耳をするのはあたしも同じだし。別に気にかける事もないんだけど」
そのうちにセラフィスも現れる。
「せ、生徒会長、どうしてここに?」
「魔王様がこの学院にきたのだ。何か一大事があったのだろう。気が気ではない」
「は、はあ。そうですね」
こうして聞き耳を立てるギャラリーが増えていった。皆気になっているのだろう。

「ラグナ君だったか。私は魔王サタンだ。この国で魔王をしている」
「は、はい」
目の前で黒いスーツを着た厳ついおっさんがいる。流石に魔王相手には多少の緊張もする
「君に聞きたい事がある」
「は、はい。なんでしょうか?」
「……君はどういうつもりでリリスと付き合っているんだ?」
「え? は、はい」
正直に言えば、付き合っている? 曖昧な表現をやめれば恋人関係の事を指しているのだろう。つまりはどういう目的で恋人関係になっているのか、という事だった。
だがそもそも恋人関係になっていると言えるのか。ちゃんとした形でそういう返答をしたつもりは一切ない。
「君は人間だったな」
「は、はい。一応そうです」
「言っては何だが、種族間の異なる愛というのはハードルが高くなる。ましてや魔王の娘となれば当然だ。それどころか君はリリムまでも手を出しているそうじゃないか」
手を出している。いや、向こうが勝手になついてきているだけだから手を出している表現は誤解があるが。それを否定できる相手でも空気でもないのは確かだった。
「その点をどう説明する? まさか遊びじゃないんだろうな?」
遊びと言ったら殺されそうな雰囲気である。
「い、いえ。そんな事はありません。お嬢様方とは真剣にお付き合いをさせて貰っています」
嘘でもそう言う以外ない。付き合ってるつもりがないとか言ったらまたいらぬ誤解を生みそうだ。
「リリスもリリムも私の大事な娘であり、またその旦那ともなればゆくゆくはこの国を背負っていなかればならない。つまりは魔王になるという重責を背負わなければならないという事だ。その覚悟が君にあるのか?」
何と答えるべきか。ないと答えるのも問題だが、あると答えるべきなのか。
「どうなんだ? ラグナ君。君は人間の身でありながらその覚悟があるのかと聞いているのだ」
「それはーー」
「もうやめて! パパ!」
リリスは言う。我慢仕切れずにリリスは割り込んだ。
「さ、先走り過ぎよ!」
「リ、リリス。聞いていたのか」
「パパ、いくら何でも先走りが過ぎるわよ。わ、私達はまだ付き合い始めて日も浅いし」
あ、ああ。付き合ってる事になってるんだ。ラグナは流される。
「そうか。まだ愛を育んでいる最中なんだな」
「う、うん」
「リリスを信じていいんだな。彼は信用できる人物で、リリスを裏切るような真似はしないと」
「う、うん。私を信じて。パパ」
リリスは言った。
「そ、そうか。パパすまなかったな。パパはお前の事が心配で。つい出過ぎた真似を」
「そんな事ないわ。パパがあたしの事を愛している事は知っているもの」
「リリス-!」
「パパー!」
二人は抱きついた。ラグナを放っておいて。親子の愛に夢中になっていた。
まあ、いい。丸く収まるならそれで。ラグナは投げやりになっていた。

校庭での事。魔王サタンは再度ヘリに乗り空に飛び立った。
「ご、ごめん。あの場はそう言う以外になくて」
「いや。俺の方こそ御免。お前の気持ちにちゃんと向き合ってなかった。俺は逃げてたんだ。お前は魔界の姫、魔王サタンの娘だ。人間の俺とそういう関係になるのは、どうしても軋轢を生まれる。障害があるって。だけどそれは決して乗り越えれない壁ではないと思う」
「え?」
「付き合おうか。ちゃんと俺達」
「それってどういう」
「だから。一度しか言わないからな」
咳払いしてラグナはリリスに向き合う。
「リリス。俺と付き合ってくれ」
リリスの顔が驚いたような表情の後、笑顔になった。
答えは言うまでもなかった。
「うん!」
リリスは笑顔でそう言った。そう、こうして二人は恋人関係になったのである。
純粋なラブコメだとヒロインと付き合うと話が終わってしまうので普通だらだらと引き延ばすんですけどまあ、話は続けられるんで付き合っても良いかなという気持ちになりました。
「リア充」
寮での事だった。
「リア充、リア充、リア充」
ライネスは呪文のように言い続ける。
「うるせえ! なんだよその用語は」
「知らないのかい? 現実世界が充実している人間の事を指す用語なんだよ」
「知らなかったよ。余計な知識をありがとう」
こうネット用語を出すとファンタジー感がゼロになる気がするが。まあ、いいや。どうでも。
「これからどうするんだい?」
今日は日曜日だった。
「言わせるなよ。デートだよ」
「リア充、リア充、リア充」
「うるさいって言ってるだろ」
こうして、何気ない日常は過ぎていった。

蒼の魔王国での出来事だった。研究が進む。研究室でハイド博士がしていたのはある実験だった。生態実験である。
実験体として魔族の親子を得た。そしてその細胞を研究する。様々な角度から。そしてより精度を高めていく。
そしてその生体兵器は完成へと近づいていった。

蒼の魔王国での事。それは蒼の魔王ベルゼブブとハイド博士の会話での事だった。
「いやー、魔王様。実験体の提供ありがとうございました。おかげで研究は順調です」
「はあ、そうですか。それは何よりです」
ベルゼブブは答える。
「この分だと、来年までには新兵器の開発にめどがつきそうです。この兵器は魔界の勢力図を大きく塗り替えるだけの影響力がありますよ」
「そ、そうですか。それは何よりです」
「そういえば、魔王様には娘さんがいらっしゃるそうですね?」
「はい、いますが。それが何か」
「いやー。何でも優秀な娘さんだと聞いておりますよ。膨大な魔力を持っている天才敵な魔族だと」
「それは言い過ぎです。私の娘はまだまだです」
「ご謙遜を。それでここからが本題なんですが。新兵器の運用にはどうしても優秀な魔族の協力が必要でして。それで是非娘さんを貸して欲しいんです。クックック」
「そ、それは駄目だ! なぜ私がアスタロトを差し出さねばならない!」
「クックック。何かを得る為には何かを失わなければなりませんよ。魔王様。それに他の魔族は殺そうっていうのに、娘の一人も差し出さないっていうのはおかしな話じゃないですかね」
「そ、それはそうかもしれないが」
「魔王様は魔界を統一して本当の魔王になりたいんでしょう? 自分の身ひとつ汚せないのにそんな男が本当の魔王になれるんでしょうかね? クックックック」
「……それはそうかもしれないが」
ベルゼブブは思った。悪魔に魂を売るとはこういう事か。しかしどうだ。これでは全く逆ではないか。悪魔というのは人間の事ではないか。何とも賢しく、醜く、本当の悪魔より悪魔らしい存在なのか。
ベルゼブブはその時、人間に恐怖心を抱いた。しかしそれでも動き出した歯車は止まらない。例え愛娘であるアスタロトを悪魔に売り渡したとしてでも。
運命の歯車を止める事はできないのであった。

「……なんですの。お兄様。珍しくわたくしを呼び出すなんて」
ラグナはリリムを街の喫茶店まで呼び出した。
「いや。お前に相談があって」
「相談?」
「そもそもの話、俺とリリムが付き合った事は知っているだろ?」
「それはまあ、お姉様が嬉しそうにわたくしに話してましたから」
「お前は何とも思わないのか?」
「何とも、とは?」
「俺がリリスと付き合ったって事に関して」
「要点がつかめませんが」
「ショックを受けないのか? って事だよ」
「あー。それは要するに一夫一妻制の場合はそうなるかもしれませんが。魔界は一夫多妻制です。前々から言ってたではないですか。わたくしはお兄様の側室で構わないと。だからお姉様がお兄様とお付き合いをされても一向に構いません」
「あ、ああ。そうだったよな」
だから別にショックを受けるだけの理由がない、という事か。
「けどそれはリリスと結婚するって事、つまりは正室に入れるって事と。お前を側室に入れるって事は別問題だよな」
「ええっー!? それは確かにショックですわ!」
それはショックなのか。
「それで相談とは」
リリムは気を取り直す。
「もうすぐクリスマスだろ」
クリスマス。12月24日にプレゼントを贈る風習がある。
「はあ、そうですが」
「その時、プレゼントをリリスに渡す事になるだろ。何がいいと思う?」
「何がいいって、何でもいいんじゃないですかね」
「何でも良いって、好みとか色々あるだろ」
「そもそもプレゼントとは贈ってくる相手が重要なんです。相手の事を好きだったらマフラーのひとつでも喜ばしく思いますし、嫌いだったら高級車でも送り返したくなります」
「それもそうだが」
「それにわたくし達言っては何ですがお金に不自由してませんもの。魔王とは言わば人間の国で言うなら王様ですから。特別欲しいものは既に手に入ってますからありません。お姉様もそうだと思います」
「このブルジョアめ」
「えっへん」
リリムは胸をはった。嫌味を言っただけであり褒めてないのだが。
「それでも何か答えが欲しいのでしたら。よくいう心が籠もったプレゼントがいいのではないでしょうか。お金で手に入らないような」
「心がこもったプレゼントか」
「参考になりましたか?」
「ああ。ありがとう。十分だ。後は自分で考える」
「それとお兄様」
「なんだ?」
「別にわたくしにもプレゼントを贈っても構いませぬのよ。可愛い義妹に」
「義妹はまだ早すぎるだろ」
ラグナは言った。

こうしているうちに12月24日を迎える。結局特に考えが決まらないまま当日を迎える事になった。
「ラグナ君はリリス姫とデートかい?」
「ん? ああ。そうだけど」
「いいなぁ。リア充のラグナ君は」
「うるさいな。お前はどうなんだよ?」
「僕……まあ、特定の異性に縛られる気はないからね」
ライネスは美形で貴族で尚且つ剣の達人でもある。当然のように学院でもモテていて相当数異性から告白をされていたが、特別に応える気はないようだった。
「とにかく今は君の幸せを妬ましく見ているよ」
「普通に見ててくれ」
ラグナは毒づいた。

リリスと待ち合わせをする。普通に食事をして、雑談をして。最後は夜景の見える高いビルの屋上にいった。ネオンが綺麗だった。
「綺麗」
リリスは言った。君の方が綺麗だよ、みたいな臭い台詞を言えた方が良いのか。ラグナにはとってはなかなかに無理な相談だった。
「リリス」
「なに?」
「今日はクリスマスだろ」
「……うん。そうだね。改まって言われると照れるね」
「お前に何をやって良いかわからないから、これ。プレゼントに」
「……何これ?」
リリスに券を渡す。ラグナのお手製の券だった。
『なんでも一回言うこと聞きます券』
だった。
「見ての通り、俺が何でも言う事を聞く券だ」
「何でも?」
「……ああ。何でもだ」
「じゃあ、早速使っていい?」
「ああ。勿論だ」
「キスして」
リリスは言う。
「ダメ?」
「何でも言うことを聞く券だ。だからダメなわけあるか」
ラグナはリリスにキスをした。
その瞬間。夜の景色に花火が咲く。
二人は長い時間をかけて、慈しむに唇を離した。
「これでよかったのか?」
「うん。ありがとう。あたしからもプレゼントがあるの」
リリスは袋を渡す。
「なんだ。開けて良いのか?」
「うん。開けて」
袋を解く。
中に入っていたのは手編みのマフラーだった。
「つけてみて」
マフラーを巻く。温かみがあった。心がこもっているから尚更温かった。
「ありがとう。大切にする」
ラグナは言った。

一方その頃。その様子を見ていた複数人の人影があった。
「いいなぁ。リア充、爆発しないかなぁ」
ライネスは呟く。
「お姉様とお兄様の幸せオーラがわたくしの目には痛いですわ」
リリムは言う。
「くそっ! くそっ! くそっ! 俺だって! 俺だって! ううっ」
アモンは泣いていた。
こうしてクリスマスの1日が過ぎていった。だが、この時はまだ激動の日々が来る事を知らなかったのである。

空中都市エデン。研究施設内での出来事。
培養炉のようなカプセルに閉じ込められた全裸のアスタロトがその施設ではいた。
生きてはいる。液体の中にはいたが、それでも酸素は供給されているようだった。コポコポと呼吸のようなものを感じる。
「クックックック。素晴らしい! 実に素晴らしいです!」
そう、ハイド博士は自画自賛をしていた。
「素晴らしい魔力素体です。この魔力があれば多くの対象にこの兵器の効果を波及できます! クックックック。クックックック!」
ハイド博士は笑う。
「すぐにでも実戦段階に移れそうです。聖母ソフィアにご連絡をしてください!」
「はっ!」
「これでいつでも魔族を蹂躙できます。クックックックック! クックックックック!」
ハイド博士は笑い続けていた。
意識があるのかはわからない。ただカプセル内でアスタロトは佇み続けていた。

一年が過ぎるのはあっという間だった。一年生が終わり、そして二年生になる。
三年生が卒業し、一年生が二年生が進級し、一年生が入ってくる。
とはいえ中等部からの進学が殆どの為、顔ぶれは殆ど変わらない。
だから特に何も変わらないと思っていた。
ジリジリジリ。目覚まし時計の音がする。
「お兄様! お兄様! お兄様!」
声がする。聞き慣れた声だった。
「もう、起きてください。お兄様!」
「う……誰だ」
「愛するあなたの義妹(いもうと)ですわ」
「リリムか」
ラグナは目を覚ます。
「何の用だ?」
「それはもう。このわたくしの女子高生バージョンをいち早くお見せしたかっただけですわ」
「そうか」
「それだけですの?」
「それだけ?」
「感想はないんですの?」
改めてリリムの恰好を見やる。学院の服を着ている。少し大人びた気もする。
「か、可愛いよ。よく似合っている」
「まあ、お兄様ったら」
リリムは照れた。
「正直なんですから」
リリムは言う。
「あっ。お兄様」
「なんだ? 着替えるからこっち見るなよ」
「わかりましたわ。ちらっ」
「見てるじゃねぇか」
露骨にリリムはこちらを見ていた。
「っていうか女子がいきなり男子寮に入ってくるなよ」
「ライネスさんが入れてくれたんですわ」
「ああっ。あいつ」
着替える。着替え終わる。
「それで、何か言いたいことあるのか」
「えっ、ええ。入学式が終わったら少しお時間頂きたいんですの」
「お時間?」
「いけませんか?」
「別にいいけど、何があるんだ」
「お兄様にどうしてもお会いしたいという方々がいらっしゃいまして」
「方々?」
方々、という事は複数人という事だった。
「よろしいでしょうか?」
「別に構わないが」
「ありがとうございます。お兄様」
そう、リリムは微笑んだ。

リリムと一緒に登校する。とはいえ寮は学院から近い。登校といえる程の距離があるかは微妙だった。僅かな時間で辿り着く。
「ではお兄様、入学式で」
その時だった。
「おらっ! どけっ! 俺様のお通りだ!」
随分と態度の偉そうな一年生がいた。チャラそうな魔族だった。
よくいるタイプだ。自分は強い、えらいと勘違いしている子供。それは一重に自らの実力を知らない、経験不足から来る。無知なのだ。自らを客観視できていない。
かといってラグナはそれを締めてやるか、と思うほどに幼稚でもなかった。
放っておけば良い、それだけの事だった。

入学式が始まる。クレア理事長の挨拶。そして新入生総代はリリムだった。リリムが新入生の挨拶をする。その他いろいろな連絡事項があり、最後にクレア理事長が模範的な言葉で締めた。最後に拍手。去年見た光景だ。この点は代わり映えが特にない。
こうして滞りなく入学式が終わった。

「それで、俺に会わせたい人達っていうのは」
入学式が終わり、ラグナはリリムの用件をたす。
「はい。それはこちらの方々ですわ」
リリムは言った。そこには三名ほどの女子生徒がいた。新入生だろう。エンブレムの色でわかる。去年まで自分たちが付けていた赤色のエンブレムを彼女達はつけていた。それに何となく初々しい雰囲気を新入生はしているものだった。何となく雰囲気で察せれた。
「お兄様の数々のご活躍を聞きつけ、是非お会いしたいわたくしに言ってきましたの」
「は。はじめまして。ラグナお兄様。私達、ラグナお兄様のファンクラブを結成しています」
「ファンクラブ?」
「非公認ですが。公認していただけますか?」
「別に構わないが」
「「「ありがとうございます」」」
「しかしなんだ。ファンクラブって」
「アイドル的存在を崇める同好集団の事ですわ」
リリムは小声で説明する。
「ああ……そういう事か。けどなんで俺のファンクラブなんか」
「ラグナお兄様! 対抗戦での活躍この目で見ました! テレビ越しでしたけど!」
「それに、魔界の姫君であるリリス様とお付き合いされているって事も」
ラグナFC(ファンクラブ)三人娘は各々好き勝手言う。
「ラグナお兄様はいずれは魔王になられるお方です」
「よ、よろしければラグナお兄様。私を側室に入れてくださいませんか」
「ぬ、抜け駆けずるい。わ、私も」
「わ、私もお願いします。ラグナお兄様」
「ま、待て。そんな事を迫られても」
困惑気味のラグナだった。重すぎる好意もまた負担になる。当人達は夢中になってその事に気づけなくなっているが。
「へっ……てめぇか。でかい顔している人間っていうのは」
少年が現れた。新入生の男子生徒だ。
「誰だお前は」
見覚えはあった。朝方粋がっていた新入生だ。
「俺の名はカルム。この学院で最強になり、魔王になる男だ!」
カルムと名乗った少年は吠える。
「てめーがこの学院で最も強いと聞き、どっちが上か白黒つけにきてやったぜ!」
「……そうか」
「へへっ。そういうわけだ。さあ、武器を出せよ。真剣(ガチ)でやろうぜ」
カルムは異界より武器を取り出す。恐らくはそれなりに知られた名刀、魔剣の類だろう。銘は知らぬが。
「身の程を知れ。雑魚」
「何だと! ぐっ、ぐわっ! なっ、何をっ!」
「魔眼だ」
魔眼。暗黒魔法がひとつ、魔眼。吸血鬼などが使用するもの。通常レベル差がある場合だけに有用な魔法である。視線が合ったものに行動を強制する。
「くっ! 動けない! なっ、何んだっ! これはっ!」
「しばらくそこで反省していろ。貴様には剣を抜くまでもない」
ラグナは命令をする。
「ち、ちくしょう!」
カルムは身動きひとつ取れなかった。
「ラグナ様、流石ですわっ!」
「ふん。三流、格の違いがわかりましたかっ!」
「これに懲りたら二度とラグナ様に喧嘩を売らない事ですわっ!」
「…………」
ある意味カルムなどという新入生よりもこの三人娘の方がやりづらい面があった。
こうして新学期が始まっていく。

「帰省」

「帰省?」
「ああ。両親に一年以上会っていないからな」
リリスとラグナの会話だった。ラグナが黒の魔王学院に入学してから一年が経つ。距離が遠いという事もあり、中々帰省できずにいた。
「両親って魔界の?」
リリスにはある程度の事を包み隠さず離している。ラグナが剣聖の家系に生まれた事、そして家系を追放され魔界に追いやられた事、死の間際を魔界の両親、とはいえ勿論血縁がないに拾われた事。そして現在に到る事。
「ああ。あの人達には血縁はない。だけど恩はあるし本当の両親以上に両親だと思ってる」
ラグナはそう言った。
「一緒に来るか?」
「いいの?」
「どうせだったらお前も紹介したい」
「う、うん。行く。行かせて」
リリスは言った。

長い移動距離を経て、ラグナとリリスは魔界での実家へ帰省する。
実家は長閑な街中にあった。黒の魔王学院のある都市からは大分離れている。その分、田舎だった。
丸一日の移動時間を経て到着する。帰りも同じ時間を要さなければならない事を考えるとあまり長居はできないだろう。
しかしそれでも帰る事、顔を合わせる事に意味がある。
「ただいまー」
鈴の音が鳴る。見慣れた家具、見慣れた家の中だった。一年そこらでは模様替えもしないだろう。見慣れた部屋があるだけだった。
「あら。ラグナちゃんじゃない。久しぶりね」
そう、義母ディアナが現す。ここに来る事は事前に伝えてあった。電話などの通信機器は地方にも普及している。
「ええ。久しぶりです。母さん」
「あなたー、ラグナちゃんよ」
「ああ。ディアナ。今行くよ」
裏庭で農作業をしていた父が姿を現す。
「おおっ。久しぶりだな。我が息子よ。元気してたか」
義父が姿を現す。
「ええ。久しぶりです。父さん」
二人とも姿はあまり変わっていなかった。一年間程度では大して変わらないのは人間でも同じだが、魔族では尚の事だった。
「そちらの方は?」
当然のように二人の関心は俺の隣にいるリリスに移った。
「紹介するよ。この人は……」
「ラグナの恋人のリリスです。お父さん、お母さんよろしくお願いします」
「まあ、それは本当なの。ラグナ」
「……リリスって。まさか、魔界の王サタン様の娘さんかい。また大変高貴な方とお付き合いをしたものだな」
そう父は言う。
「……まあ、そこら辺は時間が時間だし。食事の時にでも話しましょう。それと今日は泊まっていきなさい」
母はそう言った。

食事の後入浴をし。ベッドに案内をされる。二つ並んだベッドだ。
夜になる。照明が落とされる。真っ暗になる。
だがラグナの心臓は高鳴って中々寝付けなかった。
隣にリリスが寝ているのだ。その生々しい唇が夜の中でもはっきりと見えた。夜目が効いていた。
手を伸ばせば触れる位置に彼女はいた。
「……したい?」
「え?」
「その、あたしとえっちな事」
「……ば、馬鹿。それはまあ、男だし。したいけど」
「あたしはいいよ。しても。ラグナがしたいなら」
リリスは言った。
「ば、馬鹿。ダメだ。そういう事は今は」
「なんで?」
「声でて、父さんと母さんに聞かれるとまずい」
「あー。それもそうだね」
リリスは言った。
「じゃあ寝よっか」
「ああ」
とはいえラグナはその後あまり寝付けなかったのではある。

朝になる。
「あら。もう行くの?」
母は言う。
「ええ。学院があるんであまり長居はできません」
ラグナは言う。
「母さん、こうして僕達の息子が顔を見せてくれただけで十分だよ。また帰ってきなさい」
「お勉強がんばってね。ラグナちゃん」
そう母が言う。
「ええ。わかってます」
そうラグナは言った。
こうして二人はその場を去った。その時はまだ、この場にまた来れば良い。機会ならいくらでもあると何となく思っていた。しかし平和というものがいとも簡単に崩れてしまうという事に後日気づく事になる。

「あ、あなた! なんて事を!」
蒼の魔王国。魔王ベルゼブブと妻レフィーレの会話である。
「国民だけではなく、アスタロトまであの人間達に差し出すなんて。アスタロトは私たちの大切な娘であり、宝です。それを人間に差し出すなど」
「うるさい!」
「きゃ!」
魔王ベルゼブブはレフィーレに暴力を振るう。気分を紛らわせる為か、飲酒をしていた。酔っている面はあるだろう。とはいえ酔って妻に暴力を振るうとはどう考えても屑人間の行動である。
「妃とはいえ、魔王の決定に逆らう気か! 貴様の言っていることは国家に対する反逆罪だぞ!」
「で、ですが。私は妃であると同時にアスタロト、あの子の母親でもあります。どうして母親が娘を人間に売り渡さねばならないでしょうか!」
レフィーレは嘆く。
「仕方がない。仕方がないんだ。これ以外に魔界を統一する方法がない。私は最善の方法を選んだ。私は正しい。間違いなく。正しいはずだ」
魔王ベルゼブブもまた葛藤していた。悩んでいた。しかしそれを自己正当化する事で目を逸らした。そうでなければ精神が不安定になるからだ。
本当の正解など誰にもわからない。ベルゼブブ自身、娘を犠牲にした事に対して誰よりも葛藤していたのだ。
「もうすぐ戦争が起きる。魔界を巻き込んだ大きな戦争が起きる。我々はその戦争に勝利し、魔界を統一する事ができるだろう」
だがベルゼブブは一つの懸念をしていた。その後の事である。
人間の持つ恐ろしさ。知能の高さ、ずる賢さ、非情さ。魔族などよりもっと魔族らしい恐ろしい面に対して、仮に魔界を統一したとしても不安はつきなかったのである。
自分が恐ろしい相手と関係を持っていて、また、恐ろしい相手に貸しを作ってしまっているのではないか。
その不安はいつまでも彼につきまとっていた。

人間界での事だった。勇者学院のある王都アヴァロンでの事。そこでリュートは勇者になる為の学業に励んでいた。
何気ない日常だと思っていた。
そんな時だった。女教師が壇上で神妙な顔で語り出した。
「皆さんにお伝えしなければならない事があります」
女教師は言う。
「空中浮遊都市エデンと蒼の魔王国が同盟関係を結び、黒の魔王国に対して宣戦布告を宣言。空中浮遊都市エデンからは空中戦艦数機が出撃され、黒の魔王国に対して攻撃行為を行いました」
「なんだって……」
「これは戦争行為です。世界は今大きく揺れ動こうとしています。皆様もまた戦争に駆り出される可能性もあります。今は二年生ですが、もしかしたら卒業を待たずして王都の尖兵として徴兵される時が来るやもしれません。私から言える事はいつ何が起こってもいいように日々を悔いなく生きるという事です。それでは授業からそれた事をお伝えしましたが、本題に戻って授業を始めたいと思います」
女教師は授業に戻った。しかし皆、そんな事を言われて授業に集中できなかった。心がざわついていた。仕方のない事だが、ざわつかざるを得なかった。
それはリュートも同じだった。
(戦争……戦争が起きるのか)
戦争が起きる。それに兄ラグナが追放された魔界は黒の魔王国の領内だ。もし兄が生きているとしても戦争に巻き込まれる事だろう。リュートは生きているのか、死んでいるのかもわからない兄の身も案じていた。そして自分自身が今後どうなるのかもまた案じていた。

「いやぁ! すっばらしぃ! 今日は良いお日柄ですよ! 天気も最高! 新兵器の実験テストとしては最高の日柄です! ええ」
そうハイド博士は興奮していた。
彼の乗っているのは空中機動戦艦名をミカエルという。大天使の名がつけられたエデンにも四隻しかないと言われている最高クラスの空中機動戦艦である。
そこの内部に培養カプセルに閉じ込められたアスタロトも移動させられた。彼女がこの生体兵器の心臓である。核(コア)と言っていい。
「それでは魔界にレッツ、ラ、ゴーです。はい」
ハイド博士はそう指示をする。

黒の魔王国の何気ない田舎だった。変わらない街の営み。しかし、空中からその戦艦が現れた時、世界が一変をする。
多くの人間の兵士達がまた小型艇に乗り込み、地上へと投下される。
街は一瞬にしてパニックになった。行われたのは殺戮であり、暴力であり、蹂躙だった。
どちらが悪魔かわからない、悪魔の所業が行われた。

その人間による脅威はラグナの両親がいる街まで及んだ。人間の領域から近いという事もまた災いをしたのだろう。攻めやすかったのだ。
長閑な日常は一瞬で崩壊する。銃声が鳴る。悲鳴が起きる。血が流れる。
「へへっ。一匹ゲット」
「ちっ。また先越されたぜ」
兵士達がいた。兵士達は完全武装をし、銃火器を構えていた。まるでシューティングゲームをしているかのように魔族を狩る事を楽しんでいる。
空中からの襲撃は気づくのに時間がかかる。気づいた時には既に逃げる間もない程に敵がそこに迫っているのだった。
街の制圧に成功した後に残っているのは野蛮な人間達による地獄のような宴だった。


「あなた! い、いやっ!」
「静かにしろ! このクソアマ!」
「や、やめろ! お前達!」
突如起こった人間達の襲来。それはラグナを拾った両親にも及ぶ。
「へへっ。魔族っていうからどんな化け物達がいるのかと思ったら、ぺっぴんさんばかりじゃねぇか。こいつは愉しめそうだぜ」
人間の兵士は舌なめずりをした。
「や、やめろっ! ディアナから離れろ」
「い、いやっ!」
強引に服を割かれる。露出するたわわな乳房は男達の性欲、征服欲求を余計に煽った。
「へへっ。待ってろよ。すぐに具合が良くなるから」
眼前に見えるグロテスクなペニスが今の彼女にとって何よりも恐ろしい凶器だった。
「い、いや。やめてっ! お願いだから」
「そいつは聞けないお願いだぜ!」
無慈悲に行われる挿入行為。ダッチワイフに行うような身勝手な行為。ただただ快楽を貪る獣の所業。兵士は腰を振り続ける。
「い、いやっ! 痛い! いやっ!」
「へっ。いいなぁ。早く代われよ」
兵士達はその様子を楽しげに見ていた。
「旦那さんも観ててくださいよ。奥さんが気持ちよくなってるところ」
「くそっ。僕達が何をしたっていうんだ。何もしていないじゃないか」
「何かをしたか、何かをしてないかっていう問題でも俺はないと思うんですよねぇ。食う側と食われる側。勝った方と負けた方。強い奴と弱い奴。言っちゃなんですが世の中それだけの関係ですよ。あんたらだって生きる為に牛を殺したり豚を殺したりしてるでしょ。それと同じですよ。今回はあんた達が食われる側だった、それだけの事です」
「そんな……こんなのあんまりだ」
「へへっ。次は俺の番だな」
たっぷりと膣内に射精した後、やっとの事で身体を離される。するとまた別の兵士がディアナの身体に跨がる。
「あっ、ああ……」
何時終わるかもわからない陵辱行為にディアナの瞳はすっかり死んだ目のようになっていた。精神(こころ)がポッキリと折られていた。

空中浮遊都市エデンからの侵略行為はすぐに黒の魔王国内に響き渡った。
そしてそれは当然のように黒の魔王学院にも。侵略されたとされるエリア。そのエリアはラグナがかつて両親に拾われた場所も入っていた。
「本日、我々黒の魔王国の領土に人間の軍勢が攻め入ってきました。皆様、今後の同行を十分に注意してください。本日は休校とします」
教師は授業前にそう告げた。
「ラグナ……?」
リリスは心配そうにラグナを見やる。
「父さん、母さん」
ラグナは震えていた。父と母の危機なのだ。二人には血が繋がっていない。種族も異なる。だが、それでもそれ血縁のある本当の両親より、本物の両親だと思えた。思っていたのだ。
「リリス。行ってくる」
「え? 行くならあたしも」
「いや。お前はここで待っていてくれ」
ラグナはそう言い残し、魔界での故郷へ急いだ。

急いで移動してもそれなりに時間がかかった。侵略が行われてから丸一日の時間がかかった。
辿り着いた時、街は大きく様変わりしていた。硝煙の匂いがした。血の匂いが充満していた。路上には多くの死体が転がっていた。平和な日常が一瞬にして脆くも崩れ去った瞬間だった。
「父さん! 母さん!」
両親を必死に探した。家の前で倒れている父の姿があった。
「父さん! 父さん! 父さん!」
ラグナは必死に声をかける。
「ううっ……ラグナか」
出血が酷い。銃弾で腹部を貫かれている。もう助からない事は一瞬で理解できた。持って数分といったところだろう。
「最後に顔が見れてよかったよ」
「そ、そんな、最後だなんて。母さんは」
「母さんは……人間達に。ううっ」
父は悲痛な表情をもらした。それだけで何が起きたかラグナは想像がついた。
「ラグナ。お前は魔族ではないけど、間違いなく僕たちの子供だ。僕たちの分まで強く生きるんだ」
「そ、そんな。い、いやですっ! 父さん! 俺はあなた達に何の恩返しもしていない!」
「そんな事はない。お前が生きているだけで僕たちは十分さ」
「……そんな」
「目が見えなくなってきた。僕も妻のところに行くよ。少し、眠らせてくれ」
父は目を閉じた。その眠りは永遠に目を開ける事のない眠りだ。
人間とは、何と愚かで醜い生き物か。
自分の血が間違いなく人間の血であるという事をこれ程忌まわしいと思った事はラグナにはなかった。そして人間に対して明確な敵意をラグナは今まで以上に持ったのである。

黒の魔王学院のある魔王都の遥か上空。そこに空中機動戦艦ミカエルが佇んでいた。
そしてその内部だった。
「……はい。ではいきますよ。生体兵器の起動を開始します」
そうハイド博士は言った。
「さあ、エネルギー充填」
カプセルに入っているアスタロトがこぽこぽと呼吸を漏らす。
「起動! 起動! 起動! さあ行きますよ! 新兵器!」
ハイド博士は言った。
「無効共鳴(ヴォイドハウリング)!」
アスタロトのエネルギーが音となり、魔王都を襲う。
それは当然のように魔王学院にも襲来していた。

突如、耳鳴りがした。それはリリスにとってもだし、また他の者達にとっても同じようだった。
「な、なにこれ」
魔力を発動できない。力がでない。まるで鉛球を背負わされたかのように。動けはする。だがその身体能力はもはやひ弱な人間の女子と大差がない。
「ライネス……」
隣にいたライネスを見やる。
「恐らく何かあったんだね。僕も同じだよ。力を著しく制限されているようだ。蒼の魔王国と人間の勢力、確か空中都市を持つエデンという国だったか。その勢力が手を組んだ事が何か影響をもたらしたんだろうね」
「……どうしよう」
「今のところ神に祈るより他にないね。まあ、魔族だから魔神に祈るというべきか」
ライネスもお手上げのようだった。

「すんばらしい! 実験は大成功ですよ! これは蒼の魔王ベルゼブブ様に感謝しなければならない!」
そう、空中戦艦ミカエルに乗るハイド博士は言った。大変興奮している様子だった。夢中になり、そこら辺をくるくると周りながら走っている。明らかな狂行だが研究者とは得てしてそういうものだ。誰も気にもとめなかった。
「そう! この無効共鳴(ヴォイドハウリング)は魔族の力に同じ力を加える事で、その力を無効化するというもの! そしてアスタロト君の協力により、その効果範囲は大きく広がりました。そう、この魔王都一帯を覆ってしまう程に」
「博士! 効果の発動を確認できました」
「よろしい。効果は十分効いているようですね」
「はい」
「ならば後は蹂躙してやりなさい。力を失った魔族など無力な人間と変わらない。我々の装備があれば赤子の手を捻るようなものです。他の街を襲った時同様存分に楽しみなさい」
「はっ! 博士の協力大変に感謝しております!」
兵士は舌なめずりをした。ハイド博士は不気味に笑った。

魔王都市に降り立った兵士達は魔人達を陵辱していった。銃声が響き、悲鳴が響く。
軍勢はそのうちに魔王学院の中へと潜入していく。

「動くな! 抵抗すれば撃つ」
リリスのいるそのクラスに男達は侵入してきた。防護服にゴーグル。そして機関銃(マシンガン)。普段であったのならば簡単にたたき切れるであろう銃火器の類をこうまで恐ろしいと思った事はリリスにはなかった。
「まったく、魔族っていうからとんでもねぇ化け物を尊像してたけど、どいつもこいつも綺麗所揃いだぜ」
兵士の一人が舌なめずりをする。
「資料に目通してないのか? 殆どが人間と変わらない見た目だよ。血統が違うだけだ。協力な魔力とか力を秘めている事も多いが、今はハイド博士の新兵器で無力化されているーーつまり」
その傍らの兵士も舌なめずりをした。
「今は人間の女と殆と変わらねぇって事だ」
「へっへっへ。そいつはいいや」
「……どうやら、この身体の異常は人間達の兵器によるものだろうね」
ライネスは淡々と呟く。
魔力の使用付加。魔剣も呼べない。身体能力も大幅ダウンだ。9割カットというところだろう。肉弾戦では人間と五分でも相手は銃火器を持っている。戦えば間違いなく命を落とす事になる。
「へっへっへ。可愛いじゃねぇか。まだガキのくせにエロい身体つきしやがってよ」
「い、いやっ! やだっ!」
兵士の一人が女子生徒を物色し出した。涎を垂らしながら顔を近づける。
「やめなさい!」
リリスは叫ぶ。
「ん? んだとてめぇ! 立場わかってんのか!」
兵士が銃口を突きつける。
「待て。この女、資料で見た事あるぞ」
「ん?」
「魔王国のお偉いさんだ。確か魔王サタンの娘。そいつがこの学校に通っているらしい」
「へー。魔王の娘か。そいつは愉しめそうじゃねぇか。嬢ちゃん、魔王の娘だろうが関係ねぇ。ここで強いのは俺等なんだからよ。そこんとこを間違えない方がいいぜ」
「くっ」
悔しい。普段なら一ひねりであるはずの脆弱な人間に高圧的な態度を取られるのが。リリスには溜まらなく悔しかった。
「やめて欲しかったら態度で示してみろよ。態度で」
「態度?」
「ストリップだよ。服を脱げ。そしたらやめてやるよ」
「くっ。ゲスめ」
ゲスな人間の男の考えそうな事など簡単に予測できた。
「あ? なんだとこのアマ? 俺がゲスだって」
そして次の行動もまた。男は女子生徒の頭に銃口を突きつける。
「口の聞き方に気をつけろ! すぐにでもこいつの脳天に鉛球打ち込んでやってもいいんだぜ」
「くっ。最低、最低の屑人間」
リリスは睨む。
「いいから。俺達の言うことを聞くのか。聞かないのか。見せしめに一人くらい殺してもいいんだぜ」
「い……いや……やだ」
頭に銃口を突きつけられた少女は恐怖のあまり身動きひとつ取れなかった。流石に見捨てておける程リリスも冷淡ではない。
「わ、わかった。言うことを聞くからその子を解放しなさい」
「へっ。最初から大人しく言うことを聞いておけって」
「くっ」
リリスは悔しそうに歯ぎしりをした。クラスメイトの視線、何より下賤な人間のいる前で脱衣を強要されるなど。しかし今この場では他に方法がなかった。兵士の人間達は絶対的な支配者となっているのだ。
リリスはスカートを脱ぐ。
「「「おお~」」」
男達の声がハモる。黒いパンツが姿を表す。
「黒か。エロいねー。嬢ちゃん。じゃあ、さっさと上行こうか」
「同級生の男の子達も役得だな。同級生の、それも魔界のお姫様の生着替えが見れるなんてよ。冥土の土産にチ〇コギンギンにして見てきなよ」
とはいえ、同級生の男子達もいつ殺されるかもわからないのだ。恐怖のあまり身動きが取れない。性的嗜好を楽しんでいる余裕などない。時間が経てば殺される可能性の方が高いのだ。ライネスは動けない。今の身体能力では逆に発砲を促しかねない。流れ球で死者が出かねない。屈辱に苦しんでいるリリスを性的な視線で見るのは憚られた。視線を大きく逸らす。 リリスは上着を脱いだ。白いブラウスのボタンを外していく。時間を稼ぐ為なのか、あるいは羞恥の為躊躇いがあるのか、その動作は至極ゆっくりとしたものであった。
ついにはリリスは下着姿になる。
「……まだ?」
「あ?」
「まだ脱がなきゃ?」
上目遣いでリリスは聞く。
「当たり前だろうが! とりあえずは生まれた時の姿にはなってもらうぜ」
「くっ」
リリスは仕方なくブラのホックを外す。ポロリとこぼれそうになった乳房を慌てて手で隠す。
「おお~でかい乳してんね~。こいつは愉しめそうだぜ」
「へへっ。穴という穴に俺達のチ〇ポ突っ込んでやるからな」
当然のように男達は脱いだだけで済ませようという気は微塵もない。ありとあらゆる行為を用いてリリスを服従し、屈服させようとしてくる。
「……やだ」
「ん?」
リリスの瞳から涙が流れる。
「これ以上はもういやだよ」
これ以上というよりは最初から勿論嫌だったのだが。リリスは露出狂ではない。
「ああ? 何言ってんだ? あー。殺すか一匹」
「ひっ、い、いやっ!」
小型拳銃を引き抜き、女子生徒の頭部に突きつける。
リリスは崩れ落ちた。
「助けて……」
「あっ?」
「助けてラグナーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
リリスは叫んだ。
「はっ……馬鹿が。魔族はこの空間ではまともに動けないんだ。助けなんて」
「待たせたな、リリス」
「だ、誰だ? ぐあっ!」
突如現れたラグナは一人に蹴りを見舞う。
「て、てめぇ!」
機関銃による乱射。魔剣で受け止め、そして腕を切り裂く。
「うああああああああああああああああああああああ! 腕が! 腕がぁ!」
「な、なんなんだこいつは! ハイド博士の新兵器は完璧じゃなかったのかよ!」
兵士達は慌てる。
「もしかしたら、こいつは魔族じゃないのかもしれねぇ」
「え?」
「無効共鳴(ヴォイドハウリング)の核(コア)には魔族の女が使用されている。魔族の力に同じ力を加えて無効かする装置だ。つまりは魔族にしか聞かねぇって事。兵器の誤作動や停止だったら他の魔族もまともに動けるようになっているはず。導き出される結論はこいつが魔族じゃねぇって事だ」
「リリス。待たせたな」
ラグナはリリスに上着をかぶせた。
「遅れてすまなかった」
「ううん。ありがとう。あなたが現れなかったら学院がどうなっていたか」
リリスはあふれ出る涙を指で拭う。
「俺の女に恥をかかせ、クラスメイトに危害を加えようとした。貴様達の行い、万死に値する」
ラグナは魔剣を構える。
「ま、待て。無効共鳴(ヴォイドハウリング)が効かないって事はお前は魔族じゃない、人間って事だろ。人間っていう事は俺達の仲間だ。仲間を殺すっていうのはどうなんだよ」
「人間かどうかなど関係ない。俺にはお前達が魔族より余程悪魔のようにしか見えない」
「て、てめぇ!」
「遅い!」
引き金を引くより先に剣(つるぎ)は男の首を刎ねた。殲滅までの時間は数秒もかからない。兵士達の死体が教室に並んだ。
「ラグナ……義母さんと義父さんは」
元々、ラグナが学院を離れた目的はそれだったのだ。
「死んだ。人間に殺された」
「そっか……」
それほど現実という物語は都合良く作られていなかった。現実は残酷だった。
「けどよかった。お前がまだ無事で」
ラグナはリリスの頭を撫でる。
「ラグナ君、連中の会話にあったようにこの空間は僕達が弱体化するようにできている。今頼れるのは君だけだ」
ライネスは言った。
「力になれないのは申し訳ない。だけど頼んだよ」
「ああ。任せろ」
ラグナは言った。
「けど、どうするの?」
「上空200メートルほどのところに飛空艇があった。恐らくは効果範囲はある程度限られている。極端に上空からは使用できないんだろう」
ラグナは言った。
「……そいつに乗り込んでその無効共鳴(ヴォイドハウリング)という兵器を無効化する。核とかいっていた。だから核を破壊すれば無効化できるはずだ」
「う、うん、力になれなくてごめん」
リリスは謝る。
「気にするな」
「後は僕たちで何とかするよ」
ライネスは死んだ兵士の銃を奪い取る。
「いやー。しかしこういう事があるなら通常兵器も魔界は用意しておくんだったね。盲点をつかれたよ」
魔族としての力の根源は魔力だ。その魔力を封印されればただの人と変わりなくなる。ただの銃でも脅威になりえた。先ほどの実演の通りだ。
「後は頼んだ」
ラグナは言い残す。屋上へ向かう。

屋上からちょうど200~300メートル程度の上空にその飛空艇はあった。
常人であれば届く距離ではない。しかしラグナは人間であり、その無効共鳴(ヴォイドハウリング)の対象外である。普段通りの力を使える。
筋肉強化の魔術を下半身にかける。いけない距離ではない。ラグナは驚異的な身体能力を持ってその距離を一瞬で飛び乗った。

「……な、なんだと!」
飛空艇の内部で巡回をしていた兵士に遭遇する。
「て、敵だと! 皆! 侵入者だ!」
兵士達は銃を発砲する。
「邪魔だ!」
ラグナは斬る。
「ひ、ひぃ! 腕がぁ! 腕がぁ!」
腕が刎ね飛んだ。
「教えろ! 無効共鳴(ヴォイドハウリング)という兵器の核(コア)はどこにある?」
「くっ。そんな事教えるわけ」
「教えろ!」
ラグナは魔眼を発動させる。
「ここから真っ直ぐ行って突き当たりを左にいったところです。そこに無効共鳴(ヴォイドハウリング)のコントロールルームがあります」
「よし。貴様は死んで良い」
ラグナは魔眼で死を命じる。兵士は死んだ。
「突き当たりを左か」
ラグナはその情報通りに進む。

コントロールルームでの事。
「んん? なんですか? 騒々しい」
さっきから警報が鳴りっぱなしだった。
「は、博士! 侵入者です!」
「侵入者! なぜそんなものが来るのです!」
「わ、わかりません。は、博士! お逃げください! 脱出艇の準備はしてあります!」
「なぜ私が逃げるのですか! その侵入者を排除すればいいでしょうが!」
「で、ですが! 中々に強く、排除の方手間取っており! ぐあっ!」
粉砕された扉に兵士が下敷きになる。
そして剣を担いだ一人の少年が姿を現した。

「……魔族ではない。どうやら人間のようですねぇ」
ラグナの魔の前には白衣を着た研究者らしき男がいた。
「人間だったら無効共鳴(ヴォイドハウリング)は効きません。この兵器は魔族の力を無力化するものですから。なるほど合点が合いましたよ。ええ」
「貴様はこの兵器の開発者か」
「はい。そうです。ええ」
「……この兵器の核(コア)はどこにある?」
「どういうわけだか。敵であるあなたに教える必要がありますかね」
「無理矢理にでも聞いていいが……。その必要性はなさそうだな」
培養路に閉じ込められている少女。見覚えがあった。
「アスタロト!」
その中に閉じ込められているのは学外戦でも戦ったアスタロトの姿だった。蒼の魔王学院の生徒会長にして魔王ベルゼブブの娘。
蒼の魔王国が人間と手を組んだという話は聞いていた。しかしいくら何でも魔王が自らの娘を犠牲にしているのは想像もつかなかった。
「今、助けてやる」
ラグナは培養炉を破壊した。壊れたガラスの隙間から液体がどんどんとこぼれ落ちる。
崩れたアスタロトをラグナは抱き留めた。
「うっ……ううっ」
「アスタロト! しっかりしろ!」
息はあるようだった。アスタロトは目を開ける。
「人間君だ……人間君……久しぶりだね。随分と前の事のように感じるよ」
アスタロトは語る。当然のようにアスタロトは全裸だった。アスタロトは自分の控えめな胸元に視線を落とす。
「人間君のえっち……アスタロトの裸、人間君に見られちゃった。まあ、いっぱいの人間に見られたし。今更だよね」
アスタロトは自虐気味に語る。
『生体核(コア)の摘出が確認されました。魔力供給が切れた為、無効共鳴(ヴォイドハウリング)の起動が停止されます』
「アスタロト、お前がどうしてここに」
「人間の博士の研究の結果だよ。その兵器。無効共鳴(ヴォイドハウリング)の生体核(コア)として選ばれたんだ。アスタロトは魔力が高いから優秀な核(コア)になるって。全部はパパ(魔王)が決めた事だからアスタロトも従うしかなくって」
「もういい。喋るな。ゆっくり休め」
適当にそこら辺にあった白衣を被せる。恐らくは逃亡した研究員が着ていたものだろう。
その件の博士とはさっきの男だろう。ラグナがアスタロトを助けている間に抜け目なく逃亡していた。
だが今のところはいい。こうして無効共鳴(ヴォイドハウリング)を無効化できたのだ。これで魔族達も力を取り戻すだろう。人間達も撤退せざるを得なくなる。
ラグナはアスタロトを抱きかかえ、飛空艇を飛び降りた。

「……ラグナ」
リリスが言う。力が戻ったのは即座に感じられた。人間達を撃退するまでに時間がかからなかった。無効共鳴(ヴォイドハウリング)が停止した事を知った人間達は我先にと撤退をしていった。
ラグナが校庭に降り立つ。抱きかかえていたのは見知った少女の顔だった。
「蒼の魔王学院の生徒会長の」
「ああ。アスタロトだ。アスタロトがあの無効共鳴(ヴォイドハウリング)の生体核(コア)になってたらしい」
「け、けど。アスタロトは蒼の魔王の娘なのよ。その娘を兵器として利用するなんて」
「それだけ形振り構っていないって事だろう。恐らくは人間に。あの博士に唆されたんだ」
ラグナは言う。
しかし、とんでもない事をしてくれたものだった。こうなったらもう魔界の拮抗は崩れざるを得ない。止めどもなく戦火に焼かれていく。
それはきっと魔界だけでは留まらない。人間界。そして天界(空中都市エデン)をも巻き込んでいくだろう。

「ふふ……今日も良いわね。魔族の血抜き風呂は。これも魔王ベルゼブブのおかげね」
そう女は言った。同盟関係となった蒼の魔王国と空中都市エデンの間では定期的に生け贄として魔族が献上された。
女が入っているのはその魔族の血で作った風呂である。魔族の血には若返りの効果があるとして作られた風呂だった。
女は間違いなく美しいが、年齢は既に200歳を越えている。彼女は魔族ではない。人間である。だがこうして、ありとあらゆる手段を使い、美しさと若さを保っているのだ。
彼女は空中都市エデンの実質的な支配者である。
聖母ソフィアと言う。聖母などというのは表向きの話であり、裏の顔は自らの美しさの為ならばどんな手段でも選ぶ、実に人間らしい、自己中心性と欲の権化であった。
「せ、聖母ソフィア様」
「なによ。私は入浴中なのよ」
「そ、それが緊急事態でして。黒の魔王国を攻めていた空中戦艦ミカエルが突如襲撃を受け、 無効共鳴(ヴォイドハウリング)が破壊されました。その結果ミカエルは撤退をせざるを得なくなり」
「もう、言いたいことはそれだけ?」
「は、そうですが」
「そんなの慌てる事ないじゃない。蒼の魔王国からの貢ぎ物次第よ。こちらが追加でどれだけの戦力を出すかは。その点また軍事会議で討論するわ」
聖母ソフィアは立ち上がる。その身体は美しく、とても200歳を越えているとは思えない。
「結局、私の美しさに利するものなら何でも良いのよ」
そう、ソフィアは言った。
その目は禍々しく、鋭く。魔族などよりもずっと悪魔的であった。

その日。学院では臨時の会議が行われ、そして全校集会が行われた。人間による侵略を受け、それでも奇跡的に致命的な被害を受けなかった。街も被害を受けたが、事の重大さの割には軽微だった。それも突然の出来事で敵の新兵器が動かなくなり、敵が撤退を始めた事が理由である。そもそもの話、それが一人の人間の少年の活躍故に起きた事だと、住民達は知る由もなかった。
「今日皆様に集まって貰った理由は他にありません。今日起きた人間軍による侵略行為についてです」
そうクレア理事長は説明する。
「皆様、怖い思いをした事でしょう。幸い死傷者が出なかった事は不幸中の幸いでした。これから我が国、黒の魔王国はこのような事態に突入していくと思われます。我らの魔王学院も皆様を万全の状態で世に送り出せるかは見当もつきません。もしかしたら万全でない状態で、カリキュラムを一通り終えられずに順次魔王軍に従軍して貰う事になるかもしれません。ですがその場合でも当学院としては出来るだけの事はしたいと考えております。長々と言いましたが、皆さん、今日は大変お疲れの事と思います。早く寮に戻り休養を取ってください」
そうクレア理事長はまとめた。

「はぁ…………」
寮に戻るなり、ライネスは溜息を吐いた。
「どうした?」
「血なまぐさい戦争で華の学院生活が途中で終わろうとしているんだよ。憂鬱にもなるよ」
「そうだな」
「まあ、魔王軍に入っても顔を合わせる機会はあると思うけど、軍属になるかと思うと今のような自由な生活はできないよね」
「そうだな」
「血も沢山見るだろうし。嫌だね。戦争は」
ライネスは言った。
「それよりラグナ君。リリス姫の様子を見てきたらどうだい?」
「リリスの様子」
「一応、医療施設に行ったみたいだけど。彼女の場合肉体的な傷よりも精神的な傷の方が重要だろう。癒やせるのは君しかいないよ」
ライネスはそう言った。

学院の医療施設。そこのベッドにリリスはいた。多くの生徒達がそこを訪れている。傷を負った者も多いが、多くが精神的な傷が多い。無力感の中に暴力を見せつけられたのだ。傷つかないわけもない。
「……リリス」
「ラグナ」
リリスもまた医療施設のベッドに寝ていた。
「元気……なわけないけど調子はどうだ?」
「今は最初よりは落ち着いている」
「すまなかったな」
「え?」
「俺がもっと早く助けにきていればお前が傷つく事はなかった」
「そんな事ない。ラグナが気を病む事はない。あなたが助けてくれなかったらもっと大事になってた。大勢死人も出ていた。私もあんなものでは済まなかった。だからラグナが気に病む事もない。皆あなたに感謝しているもの」
「そうか」
「それより理事長が言ってた。私達の学院生活も終わっちゃうかもしれないんだね」
「そうだな。人によるとは思うが成績優秀者から軍属になるはずだ。最初は三年生からだろう。一足早い卒業式をして、そこから順次徴兵されていくはずだ」
「そっか……まあ、仕方ないよね。戦争だものね」
リリスは言った。

王国アヴァロンでの事だった。一人の王が一人の魔王と密談をしていた。
「ひょっひょっひょっひょ。魔界の王であるあなたがわざわざ人の国まで来られるとは」
王は肥えた王だった。王の名はガウェインと言う。王は密談の最中でも間食をやめられなかった。会話の最中でもボリボリと甘菓子、チョコレートスナックを食べる。誰が相手でもお構いなしだった。
対面に座っているのは暗い顔をした男。どことなく無表情で貧相な印象を受ける。
彼は紅の魔王国の魔王であるベリアルである。
「それで用件とは?」
ガウェイン王は言う。
「力を貸して欲しい」
「ほう。それはまたなぜ?」
わかってはいるが一応聞いておこう。そんな風にも思えた。
「蒼の魔王国が人間の勢力と手を組んだ。黒の魔王国が滅ぼされた場合、次なる危害は当然のように我が国に及ぶ」
「それで我が王国の力を借りたいと?」
「そうだ」
「何の見返りもなく力を借りたいなんて事が大人の世界では通用しない事くらいあなたもわかってるでしょう。ひょっひょっひょ」
不気味にガウェイン王は笑う。
「見返りに何を求める?」
「そうですねぇ。魔界での貴重鉱山の採掘権利、関所を設けて通行料を取る権利、まあ、要するに金ですよ、金。相応に金になりそうな権利を私は欲しているわけですよ」
「金か……実に人間らしいな」
「えー。人間っていうのは浅ましい生き物でね。金がないだけで命を絶ったりする者がいたり、金の為に人を殺したりするんですよ。国を運営するにも金がかかるし。兵士達も無給で働くわけではない。金はこの世で一番重要なものなのです。はい」
ガウェイン王はそう言った。
「いかがしましょう? 組しやすい相手だと私は思いますがね。相応の利権さえ渡せばそれなりの力にはなると言っているのです」
「わかった。詳しい話は自国で会議をしつつ決める」
「ええ。お互いに良い話になる事を祈っております。ひょっひょっひょっひょ」
ガウェイン王は笑っていた。
後日。王国アヴァロンは魔界での多額になる利権と引き換えに紅の魔王国と同盟関係になる事を決めた。
人間界を巻き込んだ魔界の戦争はまだ始まったばかりだ。

「紅の魔王国と王国が同盟関係?」
王国の王都(王国の名と王都の名は同じです)にある勇者学院に通うリュートの耳にもその情報は伝わってきた。
「う、うん。噂ではそうなんだって」
アリスは言う。
「……そうか」
勇者がいて、魔王がいて。悪い魔王を勇者が倒す。そんなお伽噺のような単純な事は現実では起こらない。悪とは何か。それは自分にとって都合の悪い存在であり、善とは都合の良い存在である。立場が変われば善悪は簡単にひっくり返る。
世の中を悪くしている魔王なんていう単純な存在。そいつさえ倒せば平和になるなんていう単純な存在。人類の共通悪のような存在はいない。
あるのは大人の都合だけだ。大人の都合に力なきものは流されるよりなかった。
「もしかしたら私達の卒業も早まる事になるかもしれない。赴任地が魔界になるかもしれない。だけどそんな事、その時になってみないとわからない」
アリスは言った。
「そうだね」
リュートもまた不安だった。だが、どうなるのか、その時を迎えてみないとわからなかった。
こうしてラグナとリュートは、住んでいる領域は大きく離れ、異なるが。
同じように激動の学院生活を過ごしたのである。そして瞬く間に二年の月日が流れた。

黒の魔王国。魔王城での出来事だった。
漆黒の甲冑に身を纏いし、一人の青年がいた。腰に構えしは名高き魔剣カラドボルグ。
彼は漆黒の鎧を身につけていた。
多くの兵士が見守る中、その儀式は行われる。
祭壇の上にいるのは黒の魔王国魔王サタンの姿である。
青年は傅いた。
「ラグナ・エルフリーデよ」
そう、魔王サタンは青年の名を呼ぶ。
「はっ」
青年ーーラグナはかしづく。
「そなたの活躍は余の耳にも届いている。そなたの功績を称え、黒の魔王国である貴族位である七つの大罪の爵位を与えると共に、大隊長の位を与える」
七つの大罪は貴族の通称である。そして大隊長は大体であるが1000人規模の兵士を纏める部隊の長である。その下に100人規模の中隊長、10人規模の小隊長が並ぶ。
「ありがたき光栄。この恩、戦果としてお返しする所存であります」
ラグナは応えた。記念品としてエンブレムが贈られる。それが貴族位の証明でもあった。
こうしてラグナの貴族位授与及び大隊長就任の儀式が終わった。
割れんばかりの拍手が起きる。しかし、その拍手に参加していない者も当然のように存在していた。ラグナが人間である事を快く思わない魔族の者達である。

その後、部隊を前に部隊長としてラグナが挨拶をする事になる。
「そういうわけで大隊長になったラグナ・エルフリーデだ。これから俺の手となり足となり、黒の魔王国の為に働いてくれ」
ラグナは多くの魔族を前に手短に挨拶をする。しかし、空気は重かった。
「どうした? 何かおかしな事でもあるか?」
「おかしい事しかねぇだろうが。大体、なんで人間であるはずのあんたに俺達が従わなきゃなんだよ」
「そうだそうだ。なんで俺達が人間の言うことなんか」
「戦争において重要なのは優秀さと強さだ。種族など関係ない。違うか?」
「その能力に疑問があるからこうして部隊で不満が溜まってるんでしょう。聞いたところによると、大隊長は魔王サタンの娘、リリス様と恋仲にあるらしいじゃないですか」
正確にいえばリリムともだが。いやリリムは恋人ではないが。好かれているが。まあいい。「それがどうかしたか?」
「俺達はそれが理由でこうして身の丈に合ってない役職を与えられたんじゃないかって危惧してるって事ですよ」
「そうそう。上手いこと魔王の娘さんを籠絡して、それで出世したんじゃないかって事」
「そうか。要するに俺が実力もないくせに魔王の娘に気に入られたから、という一点のみで大隊長を任されたのではないか? と不安視しているという事か」
「そうそう。そういう事よ」
「だったら実力を見せてやる。この中で一番強い奴、前に出てこい。何なら複数人でいいぞ」
「だったら僕の番だね」
一人の魔族の少年が姿を現す。色白の美少年である。
「名を何という?」
「ケイオス・アルカードと申します」
「剣を構えろ」
「はっ」
ケイオスは剣を構えた。ラグナも剣を構える。
両者にらみ合う。重苦しい空気が流れる。そして。瞬きすら許さぬ瞬時の出来事だった。
ケイオスの持っていた剣がカランカランという音と共に床に転がった。
その場の誰もラグナの動きが見えなかったのである。
「まだ誰か不満のある奴はいるか? いたら相手になるが」
「…………」
長い沈黙だ。表だって不満を口にする者は一人としていない様子だった。
「ケイオス。貴様は見所がある。これからは中隊長として部隊を率いろ」
「はっ。全ては大隊長をお言葉の通りに」
ケイオスは傅いた。

「はぁ…………」
堅苦しい授与式だの何だのが終わった後の事だった。ラグナにはその後もまた予定があったのだ。部屋に入る。
入った途端の出来事だった。
パーン、というクラッカーの音がする。頭に紙吹雪のようなものが被さる。
「ラグナ君! 大隊長就任及び貴族の仲間入りおめでとうー!」
見知った顔だった。ライネスだ。
それにアモン。そしてセラフィス。その他色々。学院で共に学んだ連中が殆どだった。
「お兄様ーー!」
リリムが抱きついてきた。
「お兄様ーー! 素敵でしたわーーー!」
リリムはそう言う。
「人間君。よくやった。アスタロト、褒めて遣わす」
アスタロトは言った。無効共鳴(ヴォイドハウリング)の件以降、母国にアスタロトを返すわけにもいかずに、黒の魔王国で保護している。より厳密に言えば利用している。アスタロトは魔族として優秀だ。戦力にもなる。保護という名目で黒の魔王国は彼女を利用する事にした。彼女の成長は止まっている。特に胸は変わっていない。本人に言うと気にしているから怒るかもしれないが。
「さあ、料理も用意したから今日は存分に食べて飲んでくれ。ーーと、その前に。メインヒロインの登場だよ!」
ライネスは言う。
黒いドレスを着たリリスが現れる。少し大人びて落ち着いたように感じる。大人の魅力が出てきたような。少し艶っぽく、そして艶めかしく感じる。メイクも少し大人びた着がする。「ラグナ、おかえりなさい」
リリスは笑みを浮かべる。
「ああ……。ただいま」
ラグナは答える。ラグナにとって心安まる瞬間だった。そう、学生時代の延長のようで。学生生活が続いているようで。心が安らぐ時間であり、空間だった。
こうして祝勝会が行われる。
「……それでお前達、どこまで行ってるんだよ?」
「え?」
アモンは聞いた。
「もう当然、ヤっちまってるんだろうな。おい?」
食い気味でアモンは言った。鼻息が荒い。
「品がないよ。アモン君」
ライネスはそう諫めた。
「ははっ。ノーコメントで」
リリスは言葉を濁す。
「くそっ! 兵役で忙しくて俺が彼女も出来ないっていうのにヤりまくりやがって! ちくしょう!」
勝手にヤりまくっているという前提で話が進んでいる。
アモンはやけ食いをしようとした。しかし手を伸ばした先には何もない。
「って、皿がもうねぇ!」
「もぐもぐもぐ」
アスタロトが無心で料理を悔い続けていた。料理の大半を彼女は平らげていた。
「て、てめーー! 何してやがる!」
「もぐもぐ。ご飯を食べてる」
「そう、ありのままの事を言えって言ってるんじゃねぇよ! なに一人で殆ど平らげてるんだ! 周りの事を考えろ!」
「ごめん。つい」
アスタロトは謝った。
「謝ってすむか!」
アモンは叫ぶ。笑いが飛び交う。
戦争中の束の間の出来事だった。

祝勝会が終わっての事だった。ライネスがラグナに話かける。
「ラグナ君。知っているかい?」
「なんだ?」
「紅の魔王国が王都アヴァロンと同盟を結んだ、っていうのはもう一年は前の出来事になるよね」
「それは当然知っている。もう大分前の事だ」
「そうそう。それで結構、やばい奴がいてさ」
「やばい?」
「強いって意味だよ。その同盟国の人間の中に。聖剣の使い手がいるんだ。人類最強の存在、勇者の称号を得るんじゃないか、って言われてるんだよ」
勇者とは勇気がある者の事を指す言葉ではない。そんな曖昧で抽象的な概念ではない。勇者とは人類の最大戦力となり得る存在を指す言葉だ。
「……へー」
「どうかしたのかい? ラグナ君。少し表情が硬いじゃないか?」
「いや。心当たりがあるんだ。聖剣の使い手に」
ラグナは笑った。
「もしかしたら戦場で巡り会う運命にあるかもしれん」
「知り合い、なのかい?」
「まあ、知り合いだ。それもこの世で最も古い知り合いと言えるだろう」
「ん? 意味深だね」
ライネスは疑問に思ったようだ。
「深く語らずともいいだろう。運命の歯車がそうなっているのならば、必ず巡り会う時がある。自然とわかるはずだ」
ラグナはそう語る。

紅の魔王国での事だった。
「本気かい? 父さん! いえ、紅の魔王ベリアル。僕の部隊に人間を編入させるなど!」
「不服か? ルシファー」
紅の魔王国、魔王城。魔王ベリアルとその子、ルシファーの会話だった。ルシファーではあるが今では大隊長として部隊を率いる存在となっている。
「脆弱な人間程度が僕の部隊についてこられるはずもない」
ルシファーは言う。
「ついてこられるかどうかは本人を前にして言うんだな。入ってきてくれ」
紅の魔王ベリアルは言う。
ドアを開け、部屋に入ってきたのは一人の少年だった。金髪をした少年。凜々しく整った顔立ち。
「き、貴様は人間軍の聖騎士。聖剣の使い手だったな」
「はい。リュート・デュランダルと申します」
「彼は優秀で腕が立つ。きっとお前の役に立ってくれるはずだ」
そう魔王ベリアルは言った。
「黒の魔王国にはあの暗黒騎士がいる。あの対抗戦でお前が負けた相手だ。この聖騎士ならば彼を倒す事も可能かもしれない」
「僕には無理だっていうのかい? あんなのはラッキーだったんだよ。今度は負けはしないよ」
ルシファーは言う。
「そういう事ではない。戦力は多い程いい。勝てれば良いのだ。勝つ為により勝算を増やしたい。その為に我々は人間と同盟を組んだのだ。それはわかるだろう」
「わ、わかってるよ」
「わかったなら大人になれ」
「くっ。そうだね」
ルシファーは悩んだ。
「すまない。人間、名をリュートと言ったか。僕の部隊に入ってくれるんだな。よろしく頼む」
「はい。それで、ひとつだけ質問があるのですが」
「なんだ?」
「暗黒の騎士……とは、どんな男なのです?」
「ああ。人間の男だ。人間の身でありながら今では黒の魔王軍の大隊長をやっているらしい。屈辱ではあるが昔僕も戦って負けている」
ルシファーは語る。
「人間の男……」
それだけでリュートの脳裏に物事の整合性が取れた。兄ラグナは生きていたのだ。そして生きていて、今では黒の魔王軍の大隊長になっている。
そう考えるのが自然だった。
兄さんは生きている。その事がまずよかった。だが、今では敵同士である。戦場で会えば剣を交えなければならない。血を分けた兄弟で戦いたくないという気持ちもあるが、純粋に武人としてどちらが上か剣を交えたい気持ちも混在していた。
とりあえずは兄が生きているかもしれない、という事にリュートは喜びを覚えた。
兄に会いたいという気持ちがリュートの中で大きくなっていく。
「作戦は後日伝える。今日は部屋で休んでくれ」
ルシファーはリュートにそう伝えた。

プロット思案。書きたいシーン展開。

「ラグナとリュートの戦闘」→エネルギーの衝突が激しいあまり、異界への門が開かれ、地獄に落ちる。その後お互いに力を合わせ帰還する。

「サタン死亡」

前段階「伏線リリス病気になる、母親譲りの病気」「リリス妊娠出産→死亡」

リリス死亡。育児放棄。リリムが正室になる。リリムにリリスを重ね、身体を求める。リリム拒否する。ラグナ無理矢理犯す。
その後もラグナのはけ口としてリリムは定期的に犯されるようになる。
「付き合っているうちにリリスの死を受け入れ、リリムを一人の女性として認めるようになる」


「……はぁ……」
黒の魔王城で魔王サタンは一人溜息を吐く。
「どうなされましたか?」
側近であるレヴィアタンはそう聞いた。
「だってよ。紅も蒼も同盟組んで2、2になってるわけじゃん」
「……はあ」
わけじゃん、とはどういうわけか。一刻の魔王として相応しくない言葉遣いだが、レヴィアタン相手には気を許しているのか若者のような言葉を遣う。
「今度はどうも紅の魔王国とやり合うわけじゃん。どう考えても不利じゃん」
「それはそうですが、でしたら我々も同盟を組んだらいかがでしょうか? 我々が同盟を組んではいけないという決まりはないですから」
「それもそうだな。というかそれを俺は考えていたんだよ。けど、どこと同盟を組む」
「はぁ……それを私に言われましても」
「深緑の森のエルフか。人里離れた山奥に住んでいる竜人か。勿論、個体の強さや戦力も重要ではあるが、援軍を取り付けるにはそれだけの手材料がなければならない」
「そこが問題ですよね。人間のように自己の欲求に素直な存在ばかりではありませんから」
「金で動くなら御しやすいが、それで動かないとするならばどうするか。情に訴えるか」
色々と魔王サタンは思案していた。そうしている内に、思わぬ方向から同盟を結ぶきっかけになりそうな出来事が起こったのである。

蒼の魔王国での出来事だった。ここはハイド博士に与えられた研究施設である。
「クックックックック! これはまた素晴らしい素材を手に入れました!」
逃げ延びたハイド博士はまた兵器の研究に勤しんでいた。
逃げられないように拘束具に固定されているのは全裸の少女である。全身には何本ものチューブが取り付けられている。
金髪をした色白の美しい少女。アスタロトのように控えめな身体ではなく、女性らしい凹凸のある身体つきをしている。
意識を奪われているのか、あるいは絶望しているのか少女の表情は無表情であり、ピクリとも動かない。
彼女は人間ではない。竜人である。しかも竜人の姫君である。捕まるより前はおてんば姫であり、どこへでも勝手に出かける活発な少女ではあったのだが、今は見る影もない。
一人で狂喜乱舞をしているところに、蒼の魔王ベルゼブブが研究室に入ってきた。
「おおっ。これはこれは蒼の魔王ベルゼブブ様ではないですか。いかがされましたか? 随分と血相が変わっているではありませんか?」
「竜人の姫を捕らえたとは本当の事ですか?」
「ええ。本当の事です。ほら、あちらに」
ハイド博士はそう指し示す。その通り、竜人の少女が捕らえられ、様々な研究を行っている最中であるように見えた。
「なんて事を……。これでは竜人側を敵に回す事になります」
「左様ですか」
「左様ですか、とは何ですか。これは大きな外交問題になりますよ」
「私は研究者ですから。研究以外に関心がありません。外交問題など外交官がやればいいんですよ」
「それはそうかもしれませんが」
「それに言っちゃなんですが、私は空中都市エデンの所属です。蒼の魔王国とはあくまで同盟関係。聖女ソフィア様もまた竜人のエキスは美容に良いと言って許可してくれたんであります。いくら蒼の魔王ベルゼブブ様でも、エデンの最高権力者の許可があるのですから従う理由はありません」
「……そうですか」
毒を持って毒を制すと自分で言ったが、実際にその通りだった。人間は自分の欲求に素直すぎる。欲に溺れた醜い生き物だ。
だがこれもまた自分の判断だ。魔王ベルゼブブは苦渋の現状を受け入れざるを得なかった。 空中都市エデン。天上人と手を組んでいる利益は間違いなくあったのだから。
「喜んでください。エキスだけではありません。この竜人の遺伝子を研究すれば間違いなく強力な兵器ができますよ。クックックックック」
ハイド博士は不気味に笑った。

「あー。くっそだりぃなぁ。ったくよ」
黒の魔王城、魔王の部屋での出来事だった。魔王サタンは玉座に座りながらひたすらに悪態をつく。
「俺は勝てない喧嘩はしたくねーんだよ。ったく。あーめんどくせ」
一人ごちる。
その時だった。側近であるレヴィアタンが部屋に入ってきた。
「どうした?」
急にシュッとする魔王サタン。
「報告があります。魔王サタン様」
「報告? 聞こうではないか」
「はっ。黒の魔王国、正確に言えば空中都市エデンから派遣された研究者が竜神の姫君、ホリィ姫を誘拐し、監禁したそうです」
「なんだと! それは確かか」
「はい。確かな情報です。竜人族側はかなりお怒りのようですから。再三の返還要求にも従わないとの事です」
「これは外交のネタになるな。すぐに使者を用意しろ」
「はっ!」
レヴィアタンは言った。
「使者としてリリスを派遣する。そしてラグナ大隊長に守護させろ、他は数名適当でいい」
魔王サタンは命令する。

移動用の車の中での事だった。ラグナは思う。
リリスは良い。彼女は使者である。だが、他の面々はどうだろうか。
ライネス。アモン。リリム。そしてアスタロト。
学生時代と何も変わらないではないか。戦争により突然終わった学生生活が延長されているようだ。
アスタロトに到っては学院どころか住んでいた国事態が違うのだが。
「てか、なんでお前がいる?」
ラグナはアスタロトに言う。
「暇だったから」
「同じく」
ライネスは言う。
「俺もだ」
アモンは言う。
「わたくしもですわ」
リリムは言う。
「そうか。聞いた俺が馬鹿だった」
というか外交交渉に対する一連の行動に対して、暇だったから程度の理由で帯同させるのは些か問題ではないだろうか。
「それよりアスタロト、お前がいるのはまずくないか?」
「なんで?」
「そもそも蒼の魔王国が竜人の姫様を誘拐したのが問題なんだろう」
「パパはそんな事しない。したのはきっとあの変態研究者」
「それでも同じ事だろ。同盟関係を結んでいれば同じと見なされる」
「あー。それもそうかも。けど」
アスタロトは親指を立てた。
「黙ってればバレない!」
「まあ、そうかもしれんが」
ラグナは言う。わざわざ言う事でもないだろう。
ともかく進む。竜人の国は人里離れた場所にある。幾多もの山を超えひたすらに進み続ける。
そして竜人の国ーー実際はそんなに多くの人数はいないらしい。国というより里か。竜人は魔族以上に繁殖能力が高くなく、個体数は非常に少ない。強力な戦闘能力を持ってはいるが、数は少ないのだ。その点が種族としての大きな欠点だと言えるだろう。
「止まれ!」
声がした。言われた通りに止まる。そして車から降りる。
崖の上の高いところから一人の少女がこちらを見下ろしてくる。情熱的な印象の赤い髪。赤い瞳。露出は少々高い民族衣装のような恰好をしている。
状況的に竜人の少女と見て間違いがないだろう。
「これより先は竜人の領域である! 許可なき立ち入りは死を持って償って貰う!」
少女は言った。
「俺達は黒の魔王国からの使者だ!」
ラグナは言った。
「竜神の姫が蒼の魔王国に誘拐されたと聞いた! その件で同盟の話がしたい」
「……なんだと。難しい事は私はよくわからない」
少女は言った。
「エアロ! どうしたらいい!」
別の少女に聞いた。他にもいたようだった。
「うーん。とりあえず、竜人長に聞いてきたら?」
「そうだな。そうしよう。長(おさ)に聞いてくる」
そう、少女は言った。しばらくの時間を置いて竜人の少女が戻ってくる。
「長(おさ)の許しが出た。通るがいい」
そう、少女は言った。

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