聖剣が扱えないと魔界に追放されし者、暗黒騎士となりやがて最強の魔王になる

つくも

第4話

一方その頃、魔界ではラグナも同様の問題に見舞われていた。
「へー。要するにあたしの服を貸しておいて、別の女とデートするんだ」
リリスは多少怒っている様子だった。
ラグナの腕を取り、褐色の美女は微笑んでいる。クーニャと言ったか。
「別の女って事はないだろ。こいつは魔剣の精霊だって説明しただろうが」
ラグナは言う。
「ふーん。そう、そういう事にしといてあげる」
「主様。この女は放っておいて早く出かけよう」
「……知らない」
リリスはそっぽを向いて歩いて行った。
「ま、待て誤解だ」
ラグナは言う。
「主様。クーニャはお腹が減った。お腹減った。ご飯、ご飯食べたい」
「ああ。わかったよ」
リリスへのフォローは後でしておこう。
っていうか別にまだリリスと付き合っていたり、そういう関係でもないんだから他の女とデートしていようがそんな事別に批難される謂われはないのではないか、と正直思わないでもなかったが。

ガツガツガツ、という程軽快な音がしそうな程に勢いよく魔剣カラドボルグの精霊クーニャは食事を食べていた。
近場の学生食堂とはいえ、大量に食べられるとそれはそれで学生の身分である以上、なかなかに痛い出費になりえた。
「うまいか?」
「ああ。うまい。ご馳走様、主様」
「ご馳走様? 流石に腹が一杯か?」
一縷の望みをかけて言う。
「いや、まだ腹三分といったところだ。食べさせてくれてありがとうという意味合いで言ったまでだ」
「……そうか」
テーブルの上には大量の皿が並んでいる。どんな大食漢でもここまで食わないだろうというボリュームだ。
財布の中身をラグナは気にかけた。
クーニャは立ち上がる
「も、もう満足したか?」
「いや。別の店に行こう。まだ食い足りないからな」
「ああ……」
ラグナは気のない返事をする。

歩いていた時の事だった。リリムに会う。リリスの異母姉妹である。
「あっ、お兄様だ! お兄様ーー!」
笑顔で駆け寄ってくるが、横にいるクーニャを見止めた瞬間、血相が変わった。
「お、お兄様! わ、私(わたくし)とお姉様というものがありながら、もう他の女と!」
「誰がお兄様だ。誰が」
ラグナはすかさず突っ込む。
「そちらの女性の方は?」
「説明が面倒くさいな。友達だよ」
適当に言葉を濁した。
「なるほど。性交友達(セックスフレンド)と」
「性交(セックス)を付けるな!」
「ところでリリムちゃん」
「なんですの?」
「金を貸してくれない?」
明らかに駄目男の行動ではある。年下に金をねだるとは。まあ、それで少し嫌われて距離がおけるならそれはそれでいいかという想いはある。ガチで軽蔑されるとつらいものがあるが。
「ま、まあ。お兄様。その年齢でその自堕落さ。でもいいんですの。わたくし、そういう駄目な男、放っておけない性質(たち)ですの。わたくしがいなければ生きていけない男。ペットのように母性本能をくすぐる存在ですの」
かえって好感度があがったようだ。この子の将来が不安になる。
「いくらいるんですの?」
「あるだけ貸してくれないか?」
「あるだけ、なんという無計画さ。使い道はなんですの? やっぱりギャンブルですの?」
「ギャンブル? 賭場なんてこの都市にはあるのか?」
「遊園地があるくらいですもの。当然ありますわ。競馬、それからカジノもありますの。その為周辺では高利の違法金融業、俗に言うヤミ金ですわね。それも盛んですわ」
「……はぁ。まあ、今のところ興味はないが。とにかく貸してくれ」
「はい」
リリムはカードを渡してきた。黒いカードだ。
「なんだ? これは?」
「わたくし現金は持ち歩いていませんの。クレジットカードでお支払いしています」
「……なんだそれは」
「要するにお金の代わりにカードでお支払いができるんです。その黒いカードはブラックカードと言って、魔王の親族と貴族のみに認められた限度額制限のない魔法のようなカードなんです」
「ああ……けどいいのか。そんな貴重なカードを」
ガチの富裕層(ブルジョア)である。庶民とは感覚がかけ離れているようだ。
「はい。どうぞ。だってお兄様はわたくし達と結婚して、いずれは魔王の親族となられるお方ですから」
顔を赤らめて言われる。
「お、おう。ありがとうな」
結婚の予定はラグナにはないが、この好意は甘えておこう。
こうして年下の女子に金をせびるという屑っぷりを発揮しつつ金銭問題を乗り切った。

「ふう、流石に腹がたまったな。魔力も大分回復したようだ」
デート……とも言えないだろう。本当にただ食事をしていただけだ。それも何件も。遊んでいた感じはしない。栄養補給をし続けたように感じる。
クーニャは言う。
「主様。今日は付き合ってくれてありがとうな」
クーニャはラグナの頬を慈しむように撫でる。
「いや。別に大した事はないだろう」
「謙遜するな。お礼に何かしてやろうか。主様」
「お礼って?」
「主様はまだ童貞だろう。童貞卒業の手伝いをしてやろうか」
「ば、馬鹿いうな」
「くっくっく。うぶな男をからかうのは面白いな」
「く、くそっ。からかうな!」
完全に遊ばれている。主従関係が逆転しているだろ。
「それより主様、気をつけろよ。近々、強い力と力のぶつかり合いを感じる。きっと何かまた起こる」
「……戦争か?」
「ああ。恐らくな。それも今までのような小競り合いではない。もっと強く激しいものが起こる事だろう」
クーニャは言う。
「そうか。その時またお前に世話になるな」
「ああ。お安いご用だ。剣は振るわれるためにあるのだからな」
クーニャは言った。
こうしてその日一日。魔剣の精霊と過ごした一日は終わった。

「魔王学院対抗戦」




黒の魔王学院。理事長室での出来事だった。クレア理事長の前に、生徒会長であるセラフィム・ローズベルトが立っている。
「今年もまた魔王学院の代表による対抗戦が行われる事となります」
「はい。存じております」
セラフィムは答える。
「概ねは交流戦と変わりません。ですが、大きな違いがあります。1対1のチーム戦ではなく、3チームであるバトルロワイヤル方式だという事。そしてもうひとつが5人のサブメンバーの補充が可能である事」
何らかの事情により人員が欠損した場合。あるいは戦局を変えたい場合など様々な理由で交代可能な補助人員が代表5人の他に5人選ぶ事が可能だという事。
つまり補助人員を含めれば10人を選抜する事になる。セラフィム自身もメンバーに含まれる為、残り9人を選抜する必要がある。
「この戦いは遊びではありません。学院の、そして国の威信をかけた戦いです。そうであるが故に私情を挟んだ人選は許されません。わかりましたね?」
クレア理事長はそう念を押す。
「わかっております。今回の人選に私情は入れません」
セラフィムは言う。
「よろしい。では任せましたよ。今後のスケジュールを冊子にしてきましたのでお渡しします」
クレア理事長は言った。冊子を渡される。
『魔王学院対抗戦までのしおり~楽しい(?)合宿もあるよ~』
可愛らしいマスコット調のイラストも描いてある。クレア理事長の自筆だろうか。ともかくとして。
「見てよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
~スケジュール~
6月初旬代表戦メンバー選考決定
6月中旬~下旬 代表戦メンバー強化合宿
7月中旬学院祭
7月下旬~各学院代表選手顔合わせ会~※場所は黒の魔王学院
8月初旬魔王学院対抗戦 本番
8月中旬 楽しい楽しい夏休み
しおりのスケジュールにはそう書いてある。
「……はあ」
「そういうわけで、6月の初旬までに代表戦のメンバーを選考しておいて欲しい」
「2週間ほどですか」
今は5月の下旬である。その為、2週間程度の期間だ。十分か不足かの判断には悩む。
「長く時間をかけたからと言って良い結果になるわけではないでしょう」
「確かにそうですが」
短いような長いような。そんな期間だ。
「代表者が決まり次第、用紙を書いて理事長室まで提出してください」
「は、はい。わかりました、理事長」

セラフィムは頭を悩ませる。その日、その時間。セラフィムは選考を理由に授業を欠席していた。当然のようにサボりたかったわけではない。学院生のパフォーマンスを見たかった為である。
それは一年生の授業だった。室内での剣技場での事。
剣が交錯する。交錯させているのはラグナとライネスである。
クラスメイトの女子達が黄色い歓声をあげる。強い男に惹かれるのは魔族でも人間でも関係ない。言わば女の本能とも言えた。
魔剣の性能など捨て置いてもその剣技は卓越したものがあり、学生の身分でありながら達人の領域に達していると言えた。
この二人に声をかけないのは選択肢としてはありえない事だった。

「僕たちを学院対抗戦のメンバーに?」
ラグナとライネスの授業が終わった直後、セラフィムはその旨を伝える。
「どういう風の吹き回しだ? 生徒会長。俺を人間だからという事で頑なに認めようとしたなかったじゃないか?」
ラグナは聞く。
「理事長に私情は入れるなと言われている。それに私が負けた男を入れないのも些か以上に問題があるだろう。これは勝つ為の人選であり、学院の威信をかけた戦いなのだ」
「しかし、面倒だな。辞退はできるのか?」
「な、何だと。学院の威信をかけた戦いなのだぞ。そのメンバーに選ばれるというのは名誉な事なのだぞ」
「名誉だなんだって、俺はそういうの興味ないんで」
ラグナはそっぽを向く。
「ま、待て! お前が出てくれないと私が困る!」
セラフィムは必死だった。
「生徒会長、デート一回をご褒美にラグナ君を釣ってみたらどうですか?」
ライネスは言う。
「なっ!? わ、わかった。デートするから。頼むから出てくれ」
真面目で実直なセラフィムはそう言う。
「あのー、冗談ですよ」
ライネスは言う。
「な、なんだと! じょ、冗談だったのか」
「くっくっく。思っていたより面白い女だな。生徒会長」
「な、なんだ。上級生に対してその口ぶりは」
「わかった。出る。出てやる」
ラグナは言った。
「よし。とりあえず3人は決まった。後はリリス嬢とアモン君も候補に入っている。それで後5人だ」
セラフィムは言った。
「5人?」と、ラグナ。
「対抗戦は交流戦と違ってサブメンバーも含めて10人を選ぶ必要があるんだ」
「ああ。そうなんだ」
「もう二人は妹のカレン、それから副生徒会長のミネルヴァ(前に名前なんかつけたっけ?)を選任する予定だ。後、三人という事になる」
「手伝いましょうか?」
ライネスは聞いた。
「ありがとう。だが候補はある程度決まっている。今の編成だと二年生が手薄だ。二年生を主に探してみたいと思う」
そう、セラフィムは言った。魔王学院対抗戦の代表メンバー探しは残るは3人に絞られた。
セラフィムの学外戦のメンバー探しが始まった。今のところ候補としては去年の新入生首席総代にして、2年生最強と目される氷剣使いであり、氷の魔女として恐れられているレイチェル・フロストノヴァ。そして何より学院戦という事もあり、HPが現象した場合の回復役(ヒーラー)は必要不可欠だった。
回復魔術が得意な女子生徒を二人メンバーとしての参加が決定する。名をミリアとアリアと言う。ざっくりとこうした流れで10人の学院戦の代表メンバーが決定する事になる。

放課後になったという事もあり、その10人の初の顔合わせの機会が設けられた、ミーティングという奴だった。
「……だるっ」
ラグナは率直な感想を漏らした。
「こら。ラグナ君。だるいと思っていても口に出しちゃいけないよ」
「こう時間が拘束されるんじゃ受けるんじゃなかった」
しかも聞いた話によると合宿なるものが二週間程度計画されているらしい。二週間の拘束時間は中々に苦痛だろう。
セラフィスは頭を悩ませる。こういった手合いには感情で訴えても意味はない。いかに打算的な回答を与える事ができるかで士気を高めた方が良い。
「この選抜戦に選ばれるのは名誉な事だ。しかも実績になる。卒業後に与える影響も大きい。士官として、魔王軍でより優位な立場として選任される可能性が高くなる。出世も早くなる可能性が高い。勿論、何かを成す上で犠牲はつきものだ。だがその犠牲に見合う見返りがある事は私が保証しよう」
「……はぁ」
ラグナは押し黙った。見合うだけの見返りがあるならそれに見合うだけの努力はするし、我慢はする。それが彼のポリシーである。合理性が得られたと判断したならば不平を口にする程彼は子供ではない。
「今後の具体的なスケジュールはクレア理事長が作成したその旅のしおりに書いてある」
そう、しおりを渡される。それは可愛らしいデフォルメキャラのイラストが描かれており、まるで小学校の子供の遠足のしおりのようだった。
「スケジュールとしては一週間後に当校の合宿所がある。そこで強化合宿を二週間行う事になる。その後は学園祭で一ヶ月程度空き、その次に各校代表選手の顔合わせだ。その後に学院対抗戦が行われる、という日取りにはなっている」
「……はぁ」
ラグナは答える。特に質問したい事もない。
「何か質問は?」
沈黙が答えを返す。
「なければ今日のミーティングは終了だ。一週間後の朝5時に学園前にバスがくるから遅刻しないように」
そう、セラフィスは伝えた。

強化合宿当日。予定通り、朝の5時という事もあり、早朝の出発になる。当然のようにもっと早く起きなければならない。
「ん?」
ライネスよりも早くラグナは起きていた。
「珍しいね。ラグナ君。僕より早く起きるなんて」
「うるさい……。黙ってろ」
「もしかして寝てないとか? 遠足が楽しみすぎて、興奮しちゃって、寝付けなかったとか」
「…………」
沈黙は肯定を促す。
「あれ? 図星?」
「き、貴様! 殺す!」
ラグナは凄い剣幕になる。
「こ、殺さないで。ほら、僕が死ぬと色々面倒だよ。学院戦のメンバーが一人欠ける。それは君にとっても不都合な事じゃないかい?」
「……そういえばそうだな」
「ふう……」
「恥ずかしい話だが、聞いてくれるか?」
ラグナは言った。
「ん? なんだい? 僕でよければ聞くけど」
「俺には人間界にいた時に思い出らしい思い出はない」
「え?」
「剣は習った。魔術も覚えた。それだけの幼少期だ。10歳の時、継承の儀で聖剣に選ばれなかった時からはもっと悲惨だった。同年代の子供達からは当然のように迫害されて育ってきたからな。だから、こういう経験は初めてなんだ。同年代の人達とどこかに旅行に行くなんて」
「はぁ……ラグナ君(くん)、君(きみ)は可哀想な人だ。そして痛い人だ」
「痛い?」
「ミーティングの時、『はぁーだりー俺いきたくねーわ』みたいなアピールをしておいて実はその内心はこの合宿に胸をときめかせていたんだね。なんと素直ではない。そう、痛い子なんだよ君は!」
「お前に正直に話た俺が馬鹿だった。やはり欠員覚悟でひとまず殺しとくか」
ラグナは魔剣を抜きかける。
「……い、いや。まって、ごめんごめん。ちょっと言い過ぎた。冗談、冗談だからせめて命だけは」
「漫才は終わりだ。そろそろ行かないとまずい」
「そうだね。ラグナ君、よかったじゃない」
「何がだ?」
「思い出、出来そうで」
「え?」
「過去に良い思い出がないんだったら、これから未来に作っていけばいいんだよ。違うかい?」
「……そうだな」
ラグナは珍しく微笑んだ。

修学旅行。少人数ながらもバスを乗り物とした移動はある意味修学旅行と行っても差し支えがなかった。
「……はい。ラグナ、あーん」
リリスは言う。
「なんだ。その食べ物は」
「知らないの? スナック菓子よ」
「太りそうだな。炭水化物の塊じゃないか」
「そう? 甘いものもあるわよ」
リリスは言う。チョコレート菓子やらキャンディーやらが姿を現す。
「遠慮しておこう」
「……よし。次は僕の番だ」
バスの中で席を向かい合わせるようにしやっているのはトランプゲームである。
「くらえ! 2だ! これで上がり」
「ん? なにー? 革命だ!」
「革命返し!」
「く、くそーーーーー! また俺の負けだ! 俺が大貧民だ! なぜ貴族である俺様が大貧民になど!」
アモスは項垂れた。
「緊張感の欠片もない……」
最前列でセラフィスは項垂れた。
「セラフィス様、移動中くらい気を抜かれてはいかがでしょうか。彼らを見習いすぎてもいけませんが」
副生徒会長ロザリアは言う。
「それもそうだが」
束の間の移動の出来事であった。

合宿所は山岳地帯の高所にあった。そこに学校の校舎と同じくらいの建物。それなりの規模のホテル程度の大きさだった。まずは部屋に案内される。荷物を降ろさなければならない。「部屋は一室につき二人組だ」
セラフィムはそう説明をする。編成的に男子は三名だ。
「俺はライネスと同室でいい」
「ん? 僕は構わないけど」
二人は男子寮で同室なのだ。気兼ねなくていい。
「……えっ? って事は俺は女子と同じ部屋に」
アモンは言う。
「そんなわけがあるか。喜べ、君は一人部屋だ」
「で、ですよね」
しかしアモンはがっかりしていた。
「荷物を置き次第、グラウンドに集合だ。今日は個別の戦闘訓練を行う」
セラフィスはそう説明をした。

「はあああああああああああああああ!」
「てあああああああああああああああ!」
剣の音がグラウンドに響き渡る。
「三百六十二。三百六十三」
重りを乗せられ、アモンはひたすらに腕立て伏せをやらされている。
「生徒会長」
「ん? なんだ? アモン君」
「もっとなんか、楽してぱーっと強くなる方法ってないすか?」
「そんなものはない。魔王城も一日にしてならずだ。日々の鍛錬こそが凡人にできる最良の方法なのだ」
「で、ですよね」
アモンは項垂れた。

「つ、つまらん。そして、きつい」
アモンは正直な感想を漏らした。一日中ただただ扱かれてきただけだ。
「当たり前だろう。俺達は遊びに来たわけではないからな」
ラグナは言う。
「くっ。楽しかったのは最初のバスでの時間だけか」
アモンは言う。
「それでも楽しい時間があっただけいいじゃないか」
と、ライネスは言う。

合宿所には当然のように入浴施設があった。大浴場もあり、そして露天風呂もあった。
ここは男子風呂だった。
ラグナとライネスとアモンの三人は露天風呂に入っている。
かぽーん、と竹作りの装置が音を奏でた。何という名称の装置なのかは知らないが。風流である。
そんな時の事だった。隣の女風呂から黄色い声が聞こえてくる。
誰々の胸が大きいだの、肌が綺麗だの、それどころか揉み合っているような声も聞こえてくる。
そう、隣にある桃源郷がどのようになっているか想像できるほど克明に様々な情報を男湯に与えてきているのである。
アモンはごぐりと唾を飲んだ。
「なぁ……」
「ん?」
「お約束、ってやつじゃねぇか?」
「お約束? なんだいそれは?」
「それは、その。あれだよ。皆まで言わせんなよ。隣に女子が入ってるんだぞ」
「覗きか?」と、ラグナ。
「単刀直入に言ってくるな! お前は! そこはそう、男の浪漫とかよ! 他の言い方があるんじゃねぇか」
「言葉を美化してもやる事は変わらないよ」
と、ライネス。
「やめておけ。バレたらお前の命は保証できない」と、ラグナ。
「はっ。命がけか、燃えてくるじゃねぇか」
アモンは言った。
「ははっ……」
「放っておけ。馬鹿につける薬はない」
ラグナは否定した。
「へっ。てめぇら臆病者はそこですっこんでろ。俺は命をかけても桃源郷を拝みにいくからな」
そう言ってアモンは手ぬぐい一枚を腰に巻き、男湯の外へと向かった。女湯に辿り着くには一旦崖を降りて、その上でさらには絶壁の崖を昇らないとならない。
かなりの難所である。しかしもはやアモンは引っ込みがつかなかった。

「でも生徒会長」
と、リリス。水面下で豊かなその胸が揺れる。
「なんだ? リリス君」
と、セラフィム生徒会長は答える。リリス以上に豊満な乳房が水面に浮かんでいる。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫、とは」
「それはその、年頃の男が隣にいるわけで。思春期の溢れかえった劣情を我慢出来なくなるような事もなくはないんじゃないですか?」
「つまり君は男子が女湯を覗いてくるのではないか、という事か」
「ま、まあ端的に言えばそうなりますね」
「私の見立だと二人はそういう事をするタイプではないよ。だが、一人その愚行をして来かねないな」
「アモン……ですね」
アモン。魔王貴族七つの大罪、その息子ではあるが、こいつは如何せんプライドが高いだけの馬鹿である。
「だがそれでも心配はない。恐ろしく割に合わない。私たちの裸を見ようとした代償は高くつく事になるだろう」
セラフィムは絶壁の崖からの景色を見渡した。

「……はぁっ!」
アモンは崖から飛び降りる。瞬間に魔方陣が発動された。瞬時に地面が数千度程度の高熱になる。
「ぐあああああああああああああっ! あちぃぃぃぃぃ!」
アモンは叫んだ。
「くそ! 魔方陣か!」
事前に仕込んであったのだろう。罠(トラップ)である。
氷結(フリーズ)系統の魔術で足を冷やす。
「ちくしょう! ここまで来て逃げられるか!」
アモンは塀を乗り越える。その上で次には絶壁の崖を昇らなければならない。生身で昇るのは困難を極める難所である。
「く、くそっ! 諦められるかよ!」
必死で昇る。
「侵入者を確認しました。防衛罠(ガードとラップ)が発動されます」
「な、なに?」
ガーゴイルである。露天風呂の置物であったガーゴイルの石像が動き出し、侵入者を襲う。 ただでさえ不安定な状況なのに無数のガーゴイルに襲われたら為す術もない。
「ち、ちくしょう! こいつら! ぐっ、がああああああああああああああああ!」
手が緩んだ瞬間、アモンは地表に落ちていった。

「悲鳴が聞こえてきましたね」
女湯での出来事。
「だから言っただろう。割に合わないと」
セラフィムは涼しい顔で告げた。

アモンの様子を見に来た。ぐったりとした様子で自室に寝ていた。全身傷だらけで包帯を巻いている。
「だから言っただろう。馬鹿な奴だ」
そうラグナは言った。
「う、うるせぇ! 男の浪漫での名誉の負傷だろうが!」
「痴漢行為をそこまで美化できるのはある意味すごいよね」とライネス。
「しかも失敗しているからな。骨折り損の草臥れ儲けだ」と、ラグナ。
「ちっ。ぼろくそ言いやがって、けが人に対して」
「自業自得だ」
「ラグナ君、風呂上がりに卓球やろうよ」
「ああ。そうしようか」
二人は卓球に向かった。
こうして強化合宿の日々は過ぎていった。

強化合宿のスケジュールとしては前半は地味な個人練習であり、後半はチームにより連携、及び作戦確認だった。あまり書いても面白くなりそうにないのでそういう事がありましたよ程度で省く事とする。
「皆の者、二週間の訓練誠に大義であった。これより学院の方に戻る」
そう、セラフィムは言った。
皆疲労困憊といった様子だった。バスで学院に戻る。
その頃には学院の方は学院祭の準備が行われていた。

学院祭の準備は強化合宿のメンバーを除いてある程度進んでいた。その為、クラスの出し物なんかは既に決まっているところが多かった。
衣装合わせやら何やらをしている段階まで来ているクラスも多かった。
「あっ、リリス!」
学院のクラスに入るなり、女子生徒が駆け寄ってくる。
「なに? いきなり」
帰ってきて登校した時は既に午後になっていた。午後の授業の時間は学院祭の準備に当てられていた。学院の入り口あたりにも既に装飾や掲示が施されている。
二週間の間に大分飾り付けが終わっており、学院の外装は様変わりをしていた。
ラグナとリリスのクラスは一年のAクラスだった。ライネスも同じである。
「私たちのクラスはアニマルメイド喫茶になったのよ」
「なに? そのアニマルメイド喫茶って」
「説明すると、動物を模したメイドになってお客様(ご主人様)を接待するメイド喫茶よ」
「メイド喫茶って、男子はどうするのよ?」
「イケメンは執事になる予定よ。だからメイド&執事喫茶。イケメン以外は裏方で飲み物作ったり料理作ったり、廊下で呼び込みしたりチラシ配ったり、色々よ」
「そう……」
自分達のいない間で随分と色々と決まっていたようだった。話が楽で良いが。
「と、いうわけで衣装合わせと練習があるのよ。リリスは可愛いんだからメイド役で決定しているのよ!」
「わ、わかった。き、着替えるから引っ張らないで」
簡易の敷居が出来ていた。カーテンレールで出来た敷居。そこが女子の更衣室というわけだろう。

しばしの時間を置いてリリスは着替えた。メイド服に猫耳、それから猫らしき尻尾もついている。
「はい。リリスちゃん、接客マニュアル」
冊子を渡される。各メイド事に台詞や仕草が決まっているようだった。
「なんだ? その格好は?」
「リリスちゃんのアニマルメイドは、キャットメイドなの」
要するに猫を模したメイドという事だろう。
「ラグナ君はお客様やって。今からロールプレイングしていくから」
ロールプレイング。演技での訓練をするという事だろう。
「客はどうやるんだ?」
「普通に教室に入ってきて。後はリリスちゃんが接客するからそれに従うの。お客には特にマニュアルとかはないのよ」
「まあ、そうか。わかった」
仕方なしにラグナは客役をやる事になる。

教室に入るなり、鈴のようなものが鳴らされる。
「…………」
リリスは顔を紅潮させる、恥ずかしそうだった。
「はい、リリスちゃん。ご主人様を接客して」
学院祭準備の仕切り役名はラミアと言う。ラミアはそう指示をする。
「わ、わかったわよ。いらっしゃいませにゃん、ご主人様」
可愛らしくリリスはポーズを取る。
「…………」
「な、なんか言ってよ! 余計恥ずかしくなるでしょう」
「いや。すまない。なんというか、見てはいけないものを見てしまった気分で」
「くっ。何よそれは」
「シラフだからそうなるのよ。学院祭なんていうのは一種のお祭りだから、なんか変なモード入っちゃって別に何とも思わなくなるわよ。その役に入り切っちゃうっていうか。皆そうだから別にそう思わなくなるわよ」
ラミアは言った。
まあ、そういうもんだろうな。
「はい。続きから。はい」
パンと手を叩かれる。
「ご主人様、こちらにどうぞにゃん」
リリスに案内をされる。
「ご主人様、こちらがメニューになりますにゃ」
リリスに言われる。
メニューに目を通す。普通のメニューだ。コーヒーだとか、アイスコーヒーだとか。紅茶だとか。それとその他、ケーキやお菓子が少々。お得なセットメニューがあるが、そもそもが値段は多少高めである。
その点はお祭り価格という事だろうし、サービス料込みなのだろう。
「じゃあ、コーヒーで」
「わかりましたにゃん。ご主人様」
そう、リリスは言う。

「はい。コーヒーお待ちしましたにゃん」
「ああ。ありがとう」
コーヒーが届く。
「ストーップ!」
ラミアが止める。
なんだ。普通の接客だと思えたが。語尾と格好は変だがそういう設定であるし。
「リリスちゃん、接客マニュアルをちゃんと読んだの? リリスちゃんの演じているキャットメイドにはドジッ子属性があるのよ。それを踏まえた接客をしてよね」
ドジっ子属性。なぜそんなものがついているんだ。
「はい。やり直し」
「くっ。わかったわよ」
リリスは言う。

「お待たせしましたにゃ。ご主人様。にゃ!」
リリスは転んだ。ラグナにもろにコーヒーをかける。盛大にコーヒーをぶっかけられた。
熱い。やけどしかねないだろ。
「にゃ! ごめんなさいにゃ! ご主人様」
慌てて服を拭き始める。
「うっ!」
リリスの着ている服は露出度が高く、胸元が強調されているものである。必然、身体を拭く時には前屈みになり密着とまでは言わないが、近接する。お客の視点は当然のように胸元に行く事になる。谷間の出来た豊かな胸元に。
「ちょ、ちょっと、どこ見てるのよ」
リリスは責める。
「し、仕方ないだろ」
男なら無理もない。それを狙ったサービスなのだろう。
「良いのよ。リリスちゃん、ここまで計算通りだから」
ラミアは言う。
酷い計算だ。
「はい! それでは次行きましょう!」
ラミアは言う。その後も接客の練習は続いた。
こうして学院祭の準備が続いていく。そしてついには学院祭当日を迎える事となる。

黒の魔王学院。学院祭の当日を迎えた。数々の飾り付けが施された魔王学院は煌びやかな外観になっている。それは内観もそうである。廊下の窓も飾り付けられており、教室も様々ではあるが彩られ、中には立派なお店のようになっている教室もあった。
校舎に到るまでの通路の脇にも多くの出店が出店されている。
そんな最中の事だった。
黒の魔王学院の中に不穏な空気が漂う。それもそのはずである。他校の学生の制服を着た少年が現れたのである。赤色を基調とした制服は紅の魔王学院のトレードカラーである。
色白の美少年。彼は生徒会長であるルシファーである。そしてその傍らにいるのが副生徒会長であるエキドナである。
「あれは紅(あか)の魔王学院の……」
「ああ。しかもそれに生徒会長の」
噂話のように小声での会話がささやかれる。
「でも、なんで」
「学園祭が終わったら学院の対抗戦が行われるだろ。その顔合わせがあるんだよ」
「……ああ」
そう囁くような会話が交わされる。
「ふーん。お祭りね」
ルシファーは言う。
「興味はありませんか? ルシファー様」
そう、エキドナは言う。
「あまり。特に知り合いがいるわけでもないのにこういった場に来てもね。楽しいとは思わないかな。まあ、暇つぶし程度にはなるか」
「そうですね」
ルシファーには感情というものがあまりない。喜怒哀楽の感情が欠如しているのだ。
「……訂正しよう。知り合いがいないというわけではなかった。だが別に親しい知り合いというわけでもない」
ルシファーは言う。
その時、両手にお菓子を持ち、ほうばっている女の子がいた。小柄で可愛らしい少女だった。まだ、10代の前半程度には見せそうであるが、青色の制服を着ていた。その青色の制服は蒼の魔王学院の制服である。
少女は小柄ではあるが大食漢のようだった。隣にいる小間使いのように執事風の格好をした男にに大量の食料を持たせている。執事が食べる様子はない。まだ彼女は食べるつもりのようだった。
「蒼の魔王学院生徒会長アスタロト」
アスタロト・シュヴァリエ。魔界を三分割する三大魔王のうち、蒼の魔王国魔王ベルゼブブの娘である。
「……ん? ……るしふぁー」
彼女は綿飴を口に山ほど突っ込んでいた為に大層喋りづらそうだった。
「淑女(レディー)が暴飲暴食してスタイルに響かないか?」
「ごくん(綿飴を飲み込む音)平気。私太らない体質だから」
アスタロトは言った。実際そうなのだろう。彼女は上にも横にも大きくなる様子がない。せめて胸には肉がつけばよいが、その胸板も控えめなままだった。寂しいとまで言うと可哀想だが。
「ルシファーも来ていたんだ」
「ああ。予定が空いたから暇つぶしにね。まあ、君がこの場にいた事は不思議ではないよ」
アスタロトは大食漢で、食べるのが何より好きだ。食べ物があるところにアスタロトが現るとも言われている。
「ここには色々な食べ物が出ているからね」
「失礼。人を食いしん坊みたいに言わないで。ベアル。お変わり」
「かしこまりました。お嬢様」
このベアルという少年。執事のような格好をしているが蒼の魔王学院の副生徒会長であり学生である。そうではあるが、蒼の魔王の家系に使える執事でもあり、アスタロトのお付きでもある。
「君が食いしん坊でなければ世の中に食いしん坊がいなくなると僕は思うんだけどなぁ」
ルシファーは率直な感想をもらす。
「ルシファー達はこれからどうするの?」
「別に。適当に暇潰しするだけだけど」
「そう」
「それじゃ、また翌日。嫌でも会う事になるだろう」
「うん。またね」
ルシファーとアスタロトは分かれた。

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