星乙女の天秤~夫に浮気されたので調停を申し立てた人妻が幸せになるお話~
小話 書記官より
【書記官より】
(【08-09】における東京家裁の調停室での会話)
私は、裁判所書記官、木島彩乃と申します。
裁判所事務官の公務員試験を受け、採用後、規定の研修を受けることで書記官になることができます。私は書記官になりたてで、まだ緊張しておりました。
家庭裁判所で行われる調停には通常、家事調停官、調停委員2名(男女1名ずつ)と書記官がつきます。
今日の案件は調停離婚。申立人は相手方2名に慰謝料請求をしております。申立人は書類には29歳とありましたが、それより若く見えました。可愛らしい容姿のせいでしょうか。そして、異様に目立つ代理人を一人、連れておりました。
申立人との話が終わり、家事調停官が席を外した後で女性の調停委員・村岡さんが言いました。
「桐木さんのお子さんって、弁護士さんになってたんですね」
最高裁の桐木判事は有名人です。
俳優さんかと思うほど格好良いのです。それでいて仕事には常に実直。事務処理も早く、裁判官からだけでなく、事務官・書記官からも尊敬されています。実は私、桐木判事の大ファンなのです。
そこで、つい口をはさんでしまいました。
「私、息子さんの噂、聞いたことあります。東大在学中に予備試験・司法試験に合格して、税理士と公認会計士の資格も持ってるって」
それを聞いた調停委員・若松さんが足を組み替えながら言いました。ややお太り気味なので、椅子の背もたれがギシギシ鳴っております。
「はぁ、そりゃ優秀だな」
鼻につく、と言いたげな口調でした。
「でも、お父様とは反りが合わないって話ですよ」
私がそう言うと、若松さんが納得したような顔をして「あんなのが自分の息子だったら、確かに一悶着ありそうだ」と呟いておられます。結構失礼です。なので、つい庇うような情報を付け加えました。
「25歳で事務所持ったそうです」
「へえ、すごいね」
今度は若松さんも素直に感嘆しておられました。法曹界に天才と呼ばれる人はたくさんいますが、その若さで事務所を持ち、かつ維持していくのは並大抵の努力で出来ることではありません。
村岡さんが皆が思っていた疑問を口に出してくれました。
「そんな人がわざわざ調停に来るって不思議ね?」
「……知り合いなんじゃないのかい?」
若松さんがそう答え、私も同意の意味でうなずきました。
申し訳ないのですが、有責配偶者の夫には勝ち目があるとは思えません。提出された書類は、感情は一切交えず、事実のみで構成された非の打ち所の無いものでした。これに、申立人の控えめな人柄を含めても、酌量されるべきは申立人のように思われます。勿論、これから相手方の話も聞かなければならないので、これはあくまでも私見なのですが。
どうも、申立人側は、調停をこの一回で終わらせるつもりのようです。離婚調停は一回で決まらないのがほとんどです。―――ちなみに、調停中に復縁、再構築するご夫婦も珍しくありません。今回のケースは無理でしょうが―――。
「不倫相手の女の人、納得するかしら……妊娠中でしょ?大丈夫かしら」
「それぞれに慰謝料300万円ってのは、相場から言っても高額だからなあ。簡単に納得はしないだろ」
調停委員さんの予想を上回って、この調停は荒れてしまいますが、勿論この時はまだ誰もわかってはおりませんでした。
(【08-09】における東京家裁の調停室での会話)
私は、裁判所書記官、木島彩乃と申します。
裁判所事務官の公務員試験を受け、採用後、規定の研修を受けることで書記官になることができます。私は書記官になりたてで、まだ緊張しておりました。
家庭裁判所で行われる調停には通常、家事調停官、調停委員2名(男女1名ずつ)と書記官がつきます。
今日の案件は調停離婚。申立人は相手方2名に慰謝料請求をしております。申立人は書類には29歳とありましたが、それより若く見えました。可愛らしい容姿のせいでしょうか。そして、異様に目立つ代理人を一人、連れておりました。
申立人との話が終わり、家事調停官が席を外した後で女性の調停委員・村岡さんが言いました。
「桐木さんのお子さんって、弁護士さんになってたんですね」
最高裁の桐木判事は有名人です。
俳優さんかと思うほど格好良いのです。それでいて仕事には常に実直。事務処理も早く、裁判官からだけでなく、事務官・書記官からも尊敬されています。実は私、桐木判事の大ファンなのです。
そこで、つい口をはさんでしまいました。
「私、息子さんの噂、聞いたことあります。東大在学中に予備試験・司法試験に合格して、税理士と公認会計士の資格も持ってるって」
それを聞いた調停委員・若松さんが足を組み替えながら言いました。ややお太り気味なので、椅子の背もたれがギシギシ鳴っております。
「はぁ、そりゃ優秀だな」
鼻につく、と言いたげな口調でした。
「でも、お父様とは反りが合わないって話ですよ」
私がそう言うと、若松さんが納得したような顔をして「あんなのが自分の息子だったら、確かに一悶着ありそうだ」と呟いておられます。結構失礼です。なので、つい庇うような情報を付け加えました。
「25歳で事務所持ったそうです」
「へえ、すごいね」
今度は若松さんも素直に感嘆しておられました。法曹界に天才と呼ばれる人はたくさんいますが、その若さで事務所を持ち、かつ維持していくのは並大抵の努力で出来ることではありません。
村岡さんが皆が思っていた疑問を口に出してくれました。
「そんな人がわざわざ調停に来るって不思議ね?」
「……知り合いなんじゃないのかい?」
若松さんがそう答え、私も同意の意味でうなずきました。
申し訳ないのですが、有責配偶者の夫には勝ち目があるとは思えません。提出された書類は、感情は一切交えず、事実のみで構成された非の打ち所の無いものでした。これに、申立人の控えめな人柄を含めても、酌量されるべきは申立人のように思われます。勿論、これから相手方の話も聞かなければならないので、これはあくまでも私見なのですが。
どうも、申立人側は、調停をこの一回で終わらせるつもりのようです。離婚調停は一回で決まらないのがほとんどです。―――ちなみに、調停中に復縁、再構築するご夫婦も珍しくありません。今回のケースは無理でしょうが―――。
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