星乙女の天秤~夫に浮気されたので調停を申し立てた人妻が幸せになるお話~
08. 調停_1
夫婦関係等調整調停、事件名:離婚
第一回調停期日。まずは申立人である私が呼ばれた。
私が挨拶したのち、代理人である桐木先生が名刺を出すと、調停委員さん2名のうち年配の男性が「桐木というともしかして最高裁の…」と言いかけたので、桐木先生が遮るように「私の父です」と言っていた。桐木先生がものすごく嫌そうな顔をしていたので、調停委員さんからの印象が悪くなったら先生のせいにしようと思った。
調停は基本的には当事者が答えるので、先に提出していた書類の通り、私が夫の不貞による不和について話をする。不倫相手が妊娠中であり復縁の可能性はないとはっきり答えたので、20分程で終わった。
続いて相手方の夫が呼び出される。夫は神代早苗を連れてきていた。
夫には代理人を通して「利害関係人として神代早苗を連れてきて欲しい」とお願いしておいた。不倫相手が調停に参加しないと、法的拘束力が得られない。逃げられるかと心配していたが、むしろ望んで来ている様子だった。きっと私に挑みたいんだろう……。
何を主張したのかわからないが、次に呼ばれたときに調停委員さんが困った顔をしていた。
「離婚には同意されてるんですが、慰謝料に関して納得できないようで。相手方の女性が、奥さんに慰謝料請求すると言ってます」
「……は?」
申立をすると決めてから、桐木先生や榊さんに資料をもらって、私なりに勉強もしたから、その主張がとんでもないことはわかった。
「こちらから説明はしたのですが。相手方はあなたも含めて話したいと希望されています。勿論、別件として扱って別の日に話し合うことも出来ます。どうしますか?」
いざとなると私は少しだけ怯んでしまった。隣にいる桐木先生に視線を投げると悠然と笑い返されたので、私は調停委員さんの方に向き直って答えた。
「大丈夫です。よろしくお願いします」
「私達は愛し合ってるだけ」「奥さんが邪魔してるだけ」「さっさと別れてくれなかった奥さんがおかしい」「だから慰謝料をよこせ」
要約すると、神代早苗の主張はこうだった。愛し合っている二人の邪魔をしているのが私らしい。虫唾の走るような自己陶酔もいい加減にして欲しい。頭が痛い。
「私は悪くないでしょ?!」
何故か自分が慰謝料をもらえるものだと思い込んでいる神代早苗がなかなか納得してくれない。
夫が有責配偶者で、神代早苗が共同不法行為者であり、申立人が慰謝料請求する立場なのだと調停委員さんが噛み砕いて説明しても、「でも私ももらえるでしょ?」と言う。
民法によるところの不貞行為に対する慰謝料請求である、と桐木先生も説明してくれたけど、愛がどうだのといった次元の違う話になってしまう。平行線をたどって堂々巡りしてしまい、妊婦でもある神代早苗を落ち着かせるため、一旦休憩をはさんだ。このままだと次回に持ち越されかねない。出来れば長引かせたくないと思っていた。
「桐木先生……私、耳栓していいですか?」
「ああ、いいぞ。と言いたいが我慢してくれ」
「ですよねー……」
桐木先生は何かを言いかけてやめた。
「すぐ戻る」
そう言って桐木先生は電話をしながら廊下の端へと行ってしまった。他にもたくさん案件を抱えて忙しいのに申し訳ない。ひとり残された私は、申立人控え室に行く気にもなれず、白い壁にもたれながら、ため息ばかり吐いていた。
「はい、差し入れ」
急に目の前にお茶のペットボトルが差し出された。
顔をあげると森林判事がそこにいた。今日は法服ではなく、グレーのスーツを着ている。
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