聖鎧ザンヴァイル 少年たちの戦場

原作・氷川輝/著・進藤雄太

第二十四話  初陣

「瀬尾軍曹とクローゼ軍曹、飛行速度……マッハ七を超えています!」

 索敵担当の麻友・バニーの報告に結城総一朗を除くブリッジクルー全員が耳を疑った。

「なんて速さだ、もうモニターから消えやがった!」

 ルークも、二人のザンナイトの凄まじいスピードを初めて目の当たりにし驚愕する。ブリッジが一瞬沈黙したところで外部から通信が入りエミリーが慌てて応答する。

『こちら、アリルです。アムルダート応答願います』

 通信の主はアリルだった。

「艦長、あの、ザンナイトさん(?)から通信が」

 おずおずと尋ねるエミリーに、レインは小さく息をつく。

「こっちにまわして。春日よ。クローゼ軍曹、通信できたのね?」

『すみません、格納庫で余ってた通信機をお借りしました。今、瀬尾軍曹を追いかけているところです』

 年のわりにはやけに小慣れている感じはあったものの、今はそんなことを問いただしている場合ではないことはレインもわかっている。
 
「ええ、こちらでも確認しています。すでにカメラが捉えられない場所まで飛ばれてしまっているけれど。戻ってこられそう?」

『いえ、このまま先行して東京に向かいます』

「どういうこと?」

 アリルの言葉にレインは思わず訊き返してしまった。

「まさか沖縄から東京まで飛んでいくつもりか?」

 ミランダも信じられないといった様子で言う。レインはすぐさま冷静になるとアリルに言い返す。

「待ちなさい軍曹、こちらも今、艦を東京に向けて発進させました。このまま一度帰艦しなさい」

『それだと間に合わなくなるかも知れません。瀬尾軍曹のことは私に任せてください。失礼します!』

「ちょっと、話を聞きなさい! 軍曹!」

 レインが何度も呼びかけるが、アリルからの通信は一方的に切られてしまっていた。

「アリル君がああ言うなら心配はないだろうが。特に比呂弥……瀬尾軍曹は特別な境遇でザンナイトになってしまった経緯もあったからな」

 チラチラと様子を伺う新米クルーたち。ブリッジの空気感を察して結城総一朗が一言添える。だからといってこれは後でしっかりとした対応をしなければ他のクルーの士気にも関わる。レインは早くも頭痛の種が生まれたのを感じた。

「ですが結城博士、ここは軍隊です。規律は守られなければ。あのような身勝手な行いは認められません」

 レインの気持ちを代弁するかのようにタイミング良くミランダが噛みつく。総一朗もこの程度は想定済みといった様子で受け止めていた。

「わかっている。バルト中将には私から報告しておく。しかし、あの速度なら東京までそれほどの時間はかからないだろうが……艦長、ワイバーンを出撃させてくれるか」

「しかし、東京まではまだ距離が」

「彼らの体力の消耗を少しでも抑えたい」

 総一朗の指示の意図をレインは即座に理解する。したはいいが、まさか軍が誇る最新鋭戦闘機を「足」代わりとして使うことになるとは。簡単には納得できることではないが、それだけの価値が彼らにはあるということか、と自らを無理矢理納得させる。

「了解しました。エミリー、ワイバーン隊に出撃命令」

「艦長、よろしいのですか?」

「構いません。それと白と赤のザンナイトは味方だと各員に通達を忘れないで!」

「ア、 アイサ!」

 指示を受けたエイミーが各所への通達を開始した。


  △


 一方、アムルダートへの通信を終えたアリルは翼を羽ばたかせ、全速力で先行する比呂弥を追っていた。

「見えた!」

 視界の前方に純白のザンナイトを確認する。ザンナイトとしての力の配分をまだ完全にはコントロールできてないらしく、アリルの方がスピードで優っていたのが幸いした。

 アリルは比呂弥に追いつくと、その肩を掴んで空中で制止させる。

「比呂弥、待って!」

「何だよ、邪魔するな!」

 止められた比呂弥は酷く興奮した状態であった。

「わかってるでしょう、私たちの飛行能力は体力をたくさん使うの。東京までそんなスピードで飛んでいったら戦う前に消耗しきっちゃうわ!」

「そんなことどうだっていい。俺は行かなきゃいけない! 兄貴たちを止められるのは俺だけなんだ!」

 掴まれた肩を振りほどこうと藻掻く。

「だからって無理して飛んで行っても戦えなくちゃ意味ないわ!」

「だったらどうするんだよ!」

「こうするの!」

 アリルは比呂弥の手を引いて飛ぶと、後方から飛んできたワイバーンに目を向け、速度とタイミングを合わせて操縦席を跨ぐような形で両翼に足をかける。

「お、おい、一体何のつもりだ!?」

 ワイバーンのパイロットが突然のことに慌てふためく。

「ごめんなさい、私たちの体は飛行にも体力を使ってしまって。東京まで乗せてください!」

 巨人から少女の声が聞こえ、パイロットは間近で見るザンナイトに動揺しながらも、艦長からの指示の通り了承する。

 しばらく飛行すると東京の街が見えてきた。

「もう十分だ、ここからは自分で飛ぶ!」

 そういうと比呂弥は翼を羽ばたかせ、乗っていたワイバーンから飛び出した。
 パイロットが機体の制御に意識を奪われる。

「すみません、ありがとうございました!」

 アリルは丁寧にお礼を述べると、比呂弥を追いかけるため同じように機体の翼面を蹴って飛び立つ。一気に加速する二体のザンナイトはワイバーンの飛行速度を遥に上回るスピードまで一瞬で到達し、瞬く間にワイバーンパイロットの視界から消えてしまった。


*     *     *


 東京ではなおも《クローンナイト》による破壊が行われていた。

「うははははっ、逃げろ逃げろ!」

 クローンナイトたちは街を我が物顔で蹂躙し、破壊の限りを尽くす。逃げ惑う人々を今度は、どこからともなく飛来してきたタビュライトがその口を開け、誰彼構わず飲み込んでいく。

 東京は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
 そんな地獄の中にあって違和感を放つ三人の少年少女の姿がある。三人は各々適当なコンクリ片に腰掛けたりして、その光景を眺めている。

「脆いね。やっぱり俺らレグバンダーこそが至高であり頂点に相応しいな」

 好戦的な物言いが特徴的な少年、干潟一郎は愉快そうに言った。

「クローンナイトってどうしてああも下品な戦い方しかできないんでしょうか。疲れましたし、私、早く帰りたいのですけれど」

 退屈そうに言うのは木下爽子だ。清楚な見た目で物静かな雰囲気を醸す彼女だが、目の前で起きている悲鳴などにも一切動じる気配はない。むしろ、その景色を楽しんでいるようにも思えた。

「木暮さんもそう思いません?」

 爽子が、脇で一人スマホゲームに集中している長身・長髪の少年、木暮壌に話しかける。

「興味ない……」

 壌は本当に興味がないといった様子でゲームに集中する。湧き出るエネミーを次々と銃で撃ち殺して進むタイプのガンアクションゲームだ。爽子は「むう」と頬を膨らませる。

「その通りだよ壌君。弱くて愚かな人類には用がない。全て抹殺するんだ。それがレグ様の望みなんだからね!」

 両手を天に向け、眼下で広がる殺戮と破壊の余興を楽しみながら一郎は言い放った。その時である。

「……ん?」

 壌が何かに気づいてゲームを中断する。
 普通なら気にも止めないことであったが、壌は異質な気配を感じとった。同じ《異質な者》同士だからこそ分かるその気配には、巨大な怒りと憎しみの感情が混じり合っていた。

「なぁに、どうしたのですか?」

 爽子が不思議そうに尋ねる。

「何か来る……速い何か」

 壌はそういうと、気配を感じた方角に視線を向ける。

「んん?」

 一郎と爽子も同じ方向を見る。遠くの空から高速で何かがこちらに向けて突っ込んで来る。その姿はダイヤモンドをカットしたような美しい純白の鎧を纏った騎士の姿――。

「うおおぉぉぉぉっ!」

 咆吼とともに、純白のザンナイト――比呂弥は、両腰に装備された二本のロングソードを引き抜き、街中を覆い尽くす大量のクローンナイトたち目掛けて突っ込んだ。

「レグバンダーッ! お前たちは俺が殺す!」

 二刀の剣がクローンナイトたちを次々と両断していく。宙を飛び回るタビュライトも、両肩に内蔵されたビームキャノンを連射して次々と撃ち落とされていく。

「おおおおおぉぉぉっ!」

 獣のような雄叫びを上げ、純白のザンナイトはクローンナイトとタビュライトを蹴散らしていく。そこにアリルも合流し、両肩に装備された半月状のブーメランカッターを投擲しクローンナイトをなぎ払っていく。

「な、なんだこいつらは!」

 クローンナイトの一体が絶叫する。
 純白のザンナイトは輝く白銀の翼を羽ばたかせると、さらにクローンナイトの群がる場所へ突っ込む。高速で飛行しながらすれ違い様に切り倒し、一気に十数体を両断した。
 アリルは両肩に装備された半月状のブーメランを取り外し、一つに繋ぎ合わせると、丸い円盤状の極大カッターへと変形させる。

「やあぁっ!」

 それを力の限り投擲する。円盤状のカッターは高速回転し、円を描く軌道で敵部隊を切断していく。斬られていくクローンナイトたちから次々と断末魔があがる。

「い、いい気になるな!」

 クローンナイト部隊が一斉に手首に内蔵されたビームキャノンを撃ち込んだ。しかし、比呂弥の装甲はビームの直撃にも難なく耐えたのである。

「お前たちの攻撃は効かない。今度はこっちの番だ!」

 比呂弥は両肩に内蔵されたビームキャノン砲を展開させるとクローンナイトの集団へ向けて砲撃した。

「ぐぎゃああああぁぁっ!」

 ビームキャノンの直撃にクローンナイトの体は粉々に吹き飛んだ。

『目標確認、戦闘区域に到着しました!』

 少し遅れてアムルダートが東京の少し外れに到着する。

『各員戦闘態勢。ワイバーン小隊、およびハードギア部隊出撃!』

 レインの号令でワイバーン大隊とハードギア小隊が出撃する。

「行くぞ小僧共。俺に続け!」

 ハードギア部隊を率いて先陣を切るのはルーク・スターフィールドである。続けて数人がアムルダートから飛び立つ。
 すでに戦闘は始まっており、そこかしこで大きな爆発や粉塵が舞い上がっているのが見えた。

(これが戦場……本物の……!)

 結城真理香もそれに続こうと構える。が、いざ本物の戦場に降り立つ前になれば膝が震えまともに立つことも怪しくなってしまった。

『先に行くわよ真理香』

 通信で割り込み、先に飛び立ったのは、後順で待機していたジゼルである。

(わ、私も、行かなきゃ……!)

 恐ろしくなる気持ちを無理矢理抑えこみ、自らを奮い立たせて少女は艦を飛び立つ。

 戦場に到着したルークは装備したガトリングガンポッドと機銃でクローンナイトに攻撃をかける。直撃を食らったクローンナイトは断末魔とともに粉々に砕け散った。

「よし、こちらの武器が効く! 各員、陣形を崩さず一気に敵を殲滅するぞ!」

 ルークは重火器の効果を確認すると部下に指示を飛ばす。

「地上のクローンナイトは俺たちハードギア隊に任せてくれ! ワイバーン隊は空を飛ぶやつらを頼む!」

『アイサ!』

 ワイバーン隊は旋回すると次々と飛来するタビュライト目掛けて機銃を撃ち込む。 四散するタビュライト。その様子をブリッジのメインモニタで見ていたミランダたちは歓喜した。

「艦長、こちらの兵器は十分通用しています! これならば殲滅も時間の問題でしょう」

 ミランダがレインに言う。レインは横で黙っている総一朗に目配せする。

「博士」
「うむ、あれは雑魚に過ぎん。問題はザンナイトだ。やつらが出てきた時が本当の戦いになるだろう」

 総一朗の言葉にブリッジクルーたちは再び黙ってしまった。


*     *     *


「あれあれ、これはまずいんじゃないですかね?」

 なぎ倒されていくクローンナイト部隊を見ながら、爽子が間の抜けた口調で言った。

「二人とも、体力は回復したか?」

 一郎が冷静に二人に確認した。

「問題はない」

「もちろんです」

「オーケー」

 確認すると干潟一郎は懐から漆黒の鉱石を取り出す。爽子と壌もそれに倣う。

「それじゃあ壌君、爽子ちゃん。また軽ぅ~く捻り殺しちゃおうかねぇ」

 一人呟くと、三人は漆黒の鉱石を掲げて呪文を唱えた。 

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