聖鎧ザンヴァイル 少年たちの戦場

原作・氷川輝/著・進藤雄太

第二十三話 東京襲撃 

 東京にある米空軍基地。
 スクランブル発進をしようとした戦闘機に突如としてビーム砲が直撃し、爆散する。

 さらに、火薬や燃料類にも引火しているのか、そこかしこで爆発が発生し騒然となっている基地内の様子を、遙か上空から見下ろす三つの影があった。
 鈍色に輝く甲冑のような装甲を纏った三人のザンナイトの姿――。

「ひゅ~、直撃じゃん。やるね~壌君」

 タイガーズアイの鉱石色に似た装甲を纏うザンナイト【リオン】・干潟一郎が、軽薄な口調で、すぐ隣でビーム砲を放ったザンナイトにジャレつく。

「あんなの余裕だし。いつもやってるゲームより簡単」

「壌君」と呼ばれたザンナイト【セーレ】・木暮壌が淡々とした口調で返す。言いながらザンナイト・セーレは次の的に狙いを定め、ラブラドライトの鉱石色に似た装甲の両肩に装備された二門のビーム砲を構える。

「干潟君もちゃんとお仕事しないと、昇様に怒られちゃいますよ?」

 そう言いながら両手首に装備された拡散粒子砲を放ち、軍の格納庫を次々と爆撃しているのはクロムスフェーンの鉱石色に似た装甲を纏うザンナイト【マリウス】・木下爽子である。

「へいへい、分かってるよ爽子ちゃん。けどさ、アメリカ軍っつってもこの程度なのな。わざわざ俺たちが出向く必要なかったんじゃね?」

 そう言ってザンナイト・リオンは眼下に目を向ける。
 そこには同じような黒い鎧を纏った騎士たちが数十体以上、空軍基地を跡形もなく破壊しようと攻撃を仕掛けている。そしてその周辺には無数に展開された《鉱物》が浮遊していた。

「ここは【クローンナイト】だけに任せておいても問題なさそうじゃん?」

 ザンナイト・リオンは眼下で繰り返される惨劇を眺めながらクスクスと笑い声をあげる。

「そんなこと言って自分だけ楽しないでください。昇様に言いつけますよ?」
「お~怖い。そんじゃま、チクられる前にちゃんとやりますかねっと」

 そういうとザンナイト・リオンは地上へと降下し、基地内で一番目立つ建物の前で降り立つ。

「敵だ、撃て! 撃てーっ!」

 ザンナイトの姿を目の前にした米軍兵士が発狂したように発砲指示を飛ばすと、瞬時にザンナイト・リオンに嵐のように銃弾が撃ち込まれる。

「人間なんて全部脆いんだよ。俺たちレグバンダーの力の前では……さっ!」

 嵐のような銃撃を受けながらもモノともせず、ザンナイト・リオンは前方にそびえる建物に意識を向ける。
 そのまま呼吸を整え、構えを作る。力を拳へ集中させ目の前の建物へまっすぐに拳を繰り出す。瞬間、とてつもないエネルギーの塊がリオンの拳から放たれ、爆風が米軍兵士たちをなぎ払いながら目の前の建物――米軍基地司令塔に直撃し、轟音とともに崩壊させた。

「だからお前らもレグ様に選ばれるように、せいぜい祈るんだな」


    *     


「あの三人、なかなかの仕上がりになったようだな」

 巨大空洞を改造して作られたレグバンダーの拠点で、大型モニターに映し出されている米軍基地の様子を眺めていた瀬尾浩介が誰にと無く言った。
 
「ええ、彼らはあの合宿の中で見つかった選定者の中で、数少ないザンナイトへの進化能力を得られた優秀な子供たちだもの」

 浩介の言葉にほくほくした口調で返答したのは、傍らで一緒にモニタリングしている浩介の妻・瀬尾結子である。
 二人は科学者然とした風の白衣を着込み、モニターに映り込むザンナイトたちの行動を観察していた。そこに――。

「退屈なものだな」

 幼い女子の声が背後から聞こえ、浩介と結子はハッとして振り返る。

「お気に召しませんか、レグ様」

 大広間に設置された玉座に腰掛けた少女――レグの様子を見て浩介と結子が慌てて取り繕う。

「この時代の科学力は理解した。この先はお前たちに任せよう。私は少し眠る」

 そういうとレグは玉座から立ち上がって寝所へと歩き出す。

「かしこまりました、レグ様。お目覚めになる頃には私共が完璧に世界を作り替えておりましょう」

 控えていた昇がかしこまって言う。
と、レグは途中で足を止め、昇たちに視線を向ける。

「昇、朱美、司。お前たちは私の傍で待機を命じる。目覚めるまで傍にいなさい」

 その命令に昇はギョッとする。

「しかし、それでは我々の計画、【人類選定プログラム】の遂行に遅れが」
「奴らの今の戦力は判った。人間側にこれ以上の兵器が存在しない以上、我らを止められる術がないと申したのは昇だったな? ならば問題はないはずだ」
「それはそうでございますが」

 昇が言いかけた時、レグが急にその表情を変え――。

「お願いね、昇お兄ちゃん」
「……」

 純粋無垢な少女の表情……まさにそれは「来霧」の顔、声色、感情であった。昇は思わず言葉を飲み込んでしまった。

 そしてすぐに来霧の表情はかき消えレグの存在感に戻ると、そのまま寝所へ歩いていく。
 それを確認して朱美がすり寄る。

「命令は絶対だぜ、兄貴」
「分かっている」

 昇は、動揺する感情を必死に抑えこみ、冷静な態度を演じた。


    *     


「状況は伝えた通りです。各機関部に連絡を、私もすぐ向かいます!」

 アムルダート艦内に緊急警報が鳴り響く中、ブリッジへ向かいながらレインが通信を終える。その直後にブリッジクルーから全乗組員へ向けて艦内放送が流された。

「こちらブリッジです。現在、軍上層部より東京上空並びに東京近郊にある軍施設が敵の襲撃を受けているとの報告がありました。敵の名はレグバンダー、これより本艦アムルダートはこの基地を緊急発進し、東京の救援に向かいます。これは訓練ではありません。各乗組員は直ちに戦闘配置に移行してください。繰り返します――」
 
 緊急放送が終わらないうちに通路をたくさんの兵士が駆け回り始める。皆、突然の出撃命令に動揺の方が強く表れているように感じられた。

「レグバンダー……」

 ぽつりと呟くと、比呂弥は胸元にしまってあるロケットを開いた。中には比呂弥の隣で無邪気に笑う来夢の写真が入っている。

「来夢……お前の仇は俺が必ず取ってやるから。だから、俺を見守っていてくれ」

 強く呟くと比呂弥は、甲板へ向けて走っていった。

  ▼

 レインはブリッジに駆け込むと艦長席に座り、急いで機関室へ通信を繋いだ。

「こちら艦長の春日です! 機関室、対応どうか?」

『こちら機関室、ガリーだ! ずいぶんと急な話だな艦長。エンジンは絶好調、こっちはいつでもいけるぜ!』

 しゃがれた声の男が威勢良く応答する。レインはそのまま目の前で作業を進める通信兵に目線を向ける。

「オペレーター、発進までどのくらいかかる?」

「ま、待ってください~!」

オペレーター席に座っているエミリー・ハッキネンは泣きそうになるのを必死に堪える。

「落ち着け。ひとつずつ確実に確認していけば大丈夫だ」

 ルークがエミリーを落ち着かせようと指示する。しかし突然の実戦に、エミリーを筆頭に艦に乗艦する訓練生はその大半が困惑しているのも事実であった。

「現在最終安全確認を終了、全乗組員の搭乗を確認しました」

 見かねたミランダが操舵席を離れ、エミリーに代わり報告する。ミランダはそのまま前方に視線を向けて。

「ここから先、泣き言は通用しないぞ訓練生。生き延びたければ覚悟を決めろ」

 乱暴だがミランダの思いがその言葉の中から感じ取れ、ブリッジにいた訓練生たちは次第に冷静さを取り戻していく。

(へぇ~)

 ルークも思わず関心した。

「アムルダート緊急浮上!」
 
 レインが指示をすると操舵席に戻ったミランダがすぐさま応える。

「アイサー! アムルダート、緊急浮上開始!」
 
 海面に浮かぶ巨大艦の周囲にさざ波が立つ。ドッグの天蓋が開いていく。機関が最大稼働していきアムルダートはその巨体をゆっくりと水上へと浮き上がらせていった。

「スターフィールド少佐、全武装の安全装置解除を頼みます!」

 レインはルークへ命じる。

「了解! 訓練生、火器管制の最終安全装置解除を急げよ!」

「あ、アイサー! え、えっと、各砲塔、ミサイルハッチの最終安全ロック解除を確認。一部を除き、武装使用可能に移行します!」
 
 火器管制を任された訓練生のメロディーが懸命に対応する姿に、ルークはひとまず安心した。

「艦の浮上を確認。艦長!」
 
 ミランダがレインへと報告する。

「目的地、東京上空! アムルダート、発進!」

 ブリッジに「アイサー」の声が飛び交い、アムルダートはその巨体を北へ向けて発進させた。

「まさかこんなに早く実戦に放り出されるなんてな」

 みんなの気持ちを代弁するようにルークがぼやく。

「映像、東京の様子はどうなっているの?」
 
レインはエミリーに状況の報告を指示する。

「正面のモニターに出します!」
 
 エミリーはブリッジ正面にあるモニターに衛生カメラで捉えた現在の東京の様子を映す。

「く……これは酷い」
「あれが、本物のザンナイトってやつか」

 ミランダやルークが唸る。東京は各地で火の手が上がり、建物は倒壊し、人々が絶叫とともに逃げ回っていた。映像には黒い鎧を纏った兵隊が無数に侵行しており、蹂躙の限りを尽くしている。さらには浮遊する謎の鉱物のような姿も確認できた。

「ありゃ何だ、岩が浮かんでいる……?」

 ルークたちが疑問を口にする。するとその背後から。

「あれは、タビュライトだ。どうしてあれがここに!?」
 
 ブリッジに入ってきた総一朗が映像を見て声を荒げた。確かにそこに映っていたのはタビュライトであり、それが無数に空を飛んでいる。

「タビュライトが空を飛ぶなんて……まさか、東京の人々をランダムに取り込んでいるのか? これはどこから飛んできている?」

 総一朗が険しい剣幕で索敵班の麻友・バニーに詰め寄る。

「わ、わかりません! レーダー類には何も反応がなくて……何も無い空間から突然出現しているとしか……!」
 
 麻友の言う通り、モニターにはタビュライトが突如として出現し、消えていくようにしか見えなかった。
 レインは少ない情報を整理しつつ状況を把握して全体に指示を飛ばす。

「機関全速! 我々はこれよりレグバンダーおよびタビュライトの殲滅に向かいます」

「艦長、格納庫から連絡です! 第一、第二飛行大隊の出撃準備が完了したとのこと! ハードギア隊も出撃できます!」

「分かりました、指示するまで待機を」

「了解! ブリッジより格納庫。第一、第二飛行大隊、並びに第一から第五ハードギア小隊は出撃準備し待機してください」

 指示を受け、格納庫では出撃準備が進められた。
 後退可変翼、水平と垂直を同時に兼ね備えたV字型の可変尾翼を搭載した最新鋭戦闘機ALM5「ワイバーン」である。その奥では武装装甲歩兵であるハードギア小隊が列を成し、出撃準備に入っていた。
 その中には結城真理香たち候補生の姿もある。

『各部隊、出撃準備が完了次第、待機せよ』

 アムルダートの甲板がせり上がり、下から発進口が上がってくる。その出口は甲板上にある滑走路に直結しており、そのまま発進レーンとなる仕組みであった。

 左右の発進レーンからワイバーンが合計十二機、ハードギア小隊が全部で十五人出撃するため待機に入る。

『敵部隊との接触空域まで到達次第出撃を許可します。ただし、敵ザンナイトにだけは注意をしてください!』

 通信からそのような注意が入ってくる。アムルダートは東京を目指して速度を上げた。

  ▼

「ひろ……どこに行くの瀬尾くん!?」

 呼び止めるアリルの声にも気づかず、比呂弥は甲板に躍り出ると、腰のバックルに装備されたスマートフォンを取り外し、メタモライズアプリケーションを起動する。 これは結城総一朗が、敵が持つ変身用クリスタルの代わりになるものをと開発したザンナイトへの変身アプリケーションシステムである。特殊な電磁波を発生させるアプリを起動させることで体内の擬似コアクリスタルをコントロールし、変身を促すのである。
 
 スマートフォンの画面に「STANDBY」の文字と音声が表示されたのを確認すると腰のバックルへ戻す。

「ヴァリアライズッ! ザンナイトォーッ!」
 
 叫び声によって音声認証システムが作動し、比呂弥の体を光の柱が包み込む。そしてその柱が消えると、そこには全身を丁寧にカットされた純白のダイヤモンドのような装甲に身を包んだ騎士――輝く白いザンナイトの姿が現れた。

 比呂弥は翼を広げ推進エネルギーを噴出させて空へと舞い上がる。

「比呂弥!」
 
 アリルの必死の叫びも届かない。

「俺は兄貴たちを許さない。例えこの世でかけがえのない肉親であったとしても!」
 
 比呂弥はそのまま一気に加速し一瞬で見えなくなった。
 アリルは急いで総一朗に通信を入れる。

『どうかしたのか』

「比呂弥が……瀬尾軍曹がザンナイトに変身して勝手に出撃してしまって!」

『何!? どういうことだ!』

「すみません、私もすぐに後を追いかけます!」

『こら、勝手な行動は――』

 アリルは途中で通信を切ると手近にあった通信機能が付いたハードギアのヘルメットを拝借し装着する。
 腰のバックルからアリル専用のライズデバイスを取り出すとメタモライズアプリケーションを起動させた。「STANDBY」の文字と音声を確認すると腰のバックルへ戻し、叫ぶ。

「ヴァリアライズ! ザンナイト!」

 叫び声と同時にアリルの体をピンクの光の柱が覆い、アリルの胸にあるコアクリスタルが輝く。体を包むようにクリスタルの鎧を具現化させ、光が消えるとピンクダイアモンド色の鎧を纏ったザンナイトが現れた。

「待って、比呂弥!」

 アリルは叫ぶと同時に翼を広げ滑走レーンから表に出るとそのまま急加速し、一気に遙か彼方の比呂弥を追って飛んでいった。

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