聖鎧ザンヴァイル 少年たちの戦場

原作・氷川輝/著・進藤雄太

第二十話 戦うべき「敵」

 アムルダートの艦内を、艦長であるレインを先頭に専用のブリーフィングルームへとバルトたちを案内する。
 バルトは入室すると適当な椅子へと腰掛け、すぐ近くに総一朗と比呂弥、アリルが控えた。そして向かい合う形で艦長のレイン、副艦長のミランダ、砲術長兼戦闘指揮官であるルークがそれぞれ椅子に座る。

「すまなかったな春日中佐、まだ就任したばかりで日も浅い時期に急な訪問を頼んでしまって」

 警護兵を下がらせ、タイミングを見計らってバルトが言った。

「いえ。それで本日はどうされたのですか? 中将自らお越しになられるなんて」

  レイン・春日が凜とした声で訪ねる。
  バルトは「うむ」と一呼吸置くと、ゆっくりとした口調で話し始めた。

「どうだね、この艦は」
「とても素晴らしい艦だと思いますわ。日本の技術力の結集ともいうべき艦です」

 答えたのはミランダである。

「アムルダート級一番艦【アムルダート】……これだけでも軍事力としては相当なものであるが……他に二番・三番艦の建造も同時に進行中だということは知っているな?」
「はい。それらの完成を待った後、一つの独立部隊として結成し、来たるべき戦いに備えるためと伺っています」
「そうだ。では、その来たるべき戦いとは何か、君たちは知っているかね?」
「いえ……そこまでは」

 レインは答えながら横に控えているミランダとルークを一瞥する。二人も分からないという様子だった。
 腰掛けている椅子をひとつ軋ませ、バルトは話を続けた。

「全長一五〇〇メートルを超え、これまでに実現不可能だった高出力・高火力の兵器を随所に装備し、しかもこの巨体で飛行も可能としている。さらに艦内には多くの人間が居住できる広大な空間が確保され、乗組員が安定して長期的に航行できるようにも設計されている。その技術たるや、凄まじいものだ」
「確かに、私も初めてこの艦を拝見した時は同じことを感じました」
「そうか。では、こうは思わなかったかな? この技術は一体どこから来たものなのか、と」

 バルトの一言にルークもミランダも言葉を一瞬詰まらせた。レインは表情を崩さずにバルトの言葉を聞いている。

「おかしいとは思わなかったかね? いくら技術が進歩しているとは言えこのような超技術が今の日本に存在するのか。そもそも、世界中でもこれだけの規模の戦艦を一艦建造するためには相当な資金を要する。それを三艦も建造しなければならないような《戦い》とは何なのか」

 バルトはレインを睨むように、鋭い眼光を向けて尋ねる。そのあまりの迫力にミランダとルークは思わず息を飲み込む。

「バルト中将、お戯れはそのくらいで。簡潔に本題をお伺いしてもよろしいでしょうか」

 バルトからの圧力をものともしていないのか、レインはさらりとした態度を崩すことなく聞き返した。
 その様子を確認したバルトの表情は一瞬だが微笑したようにも見えた。

「君たちはタビュライト事件のことは知っているな?」
「はい、新聞やニュースで取り上げられている程度ですが」

 ルークが答える。

「こちらにいるのはタビュライト研究の第一人者である結城総一朗博士だ」

 バルトが総一朗を紹介する。

「結城……では、例の暴走事故の?」
 
 ミランダがポツリと言った。その言葉の意味をレインとルークもすぐさま感じ取った。
ひと月ほど前に起きた『結城製薬タビュライト暴走事故』。世界に名を馳せる巨大製薬企業のラボで起きた凄惨な暴走事故の様子は各メディアでも連日取り上げられ、これを発端として世界中で起きているタビュライト関連のニュースに世間が注目するようになった。


 暴走に次ぐ暴走。
 メディアの調べで分かったことは、タビュライトを研究していた世界中の研究機関のほぼ全てで暴走事故は起こっていたという衝撃の事実であった。
 それまで世界中で次世代を担う新たなエネルギー資源として期待された「タビュライト」は、今や「第一級危険指定物質」と呼ばれるほど一般にも広く浸透してしまっている。

「これだけの準備がなぜ必要だったのか。我々がいったい何と戦わねばならぬのか。それをこれから博士に説明してもらう。頼みます」
 
 バルトはそういうと、総一朗へとバトンを渡す。

「まずはこの映像を見てほしい」
 
 総一朗は部屋に備え付けられていたコンソールからパスコードを入力し、正面の大型スクリーンにデータを表示した。そこには楕円形のクリスタル状の鉱物のデータが様々表示されている。

「これは」
「これがタビュライトだ。アフリカの研究チームが最初に発見し、その後、私のラボで引き継いだものだ。当初このタビュライトにはそれ自体にエネルギーを蓄えることができる鉱物として、未来的にエネルギー不足の解消に利用できるよう研究が進められていた。そこまでは君たちも知っていることだと思う」
「ええ」
「しかし、我々は大きな勘違いをしていた」
「勘違い?」

 ルークが声に出して疑問を言った。

「そうだ。タビュライトが本体にエネルギーを蓄積しているのは、これ自体がレグの兵士を量産するための媒体であるため……端的に表現するならば、これは鉱物の形をした洗脳装置ということだ」
「洗脳装置……博士、レグとは一体なんなのですか?」
 
 総一朗の突飛な説明について行けず、レインも改めて訪ねる。

「それは」
「レグは、あれは悪魔そのものだ」

 言いかけた総一朗の言葉を遮るように少年の声が発せられた。全員の視線が声の主、比呂弥へと注がれる。

「悪魔だと?」

 ミランダが重ねるように訊く。
 総一朗がひとつ咳払いをして話を戻す。

「レグの出生はいまだ謎に包まれている。もとから地球に存在していたのか、はたまた宇宙から来た存在か。ひとつ確実なことは、このレグがタビュライトを創った存在であるということだ」
「タビュライトを作った悪魔……分かりませんな。一体どういうことなんです?」

 ルークが総一朗へ質問する。

「これを見てくれ」

 総一朗がモニターにとある解析データを表示する。

「これは?」
「私のラボで長年研究したタビュライトのデータに〝とある人物がもたらしたデータ〟を取り込んで解析し直したものだ」
「こいつは」

 新たに表示されたデータは何かの波形を表わしていた。

「波形が規則的に流れている……博士、これは」
「この波形に酷似するものがこの世にひとつある。それは人間の〝脳波〟だ。タビュライトはただの鉱物というだけでなく、明確な何者かの《意思》を宿した未知なる物質ということが証明された」
「これが人間の脳波の波長だとして、どうしてそれが洗脳に繋がると?」
「タビュライトの中には未だ解析ができていない高純度のエネルギーが充満している。そしてタビュライトは手近な人間を捉えてその内に取り込むと、記録されているものと同じ波長……つまり《レグの意思》となるものを取り込んだ人間に植え付ける」
「酷ぇな」
「それを証明することは?」

 間髪入れずレインが質問する。

「断片的ではあるが、この波形には『あるメッセージ』が隠されていることがわかった。それがこれだ」

 そう言うと総一朗は新たなデータを開示した。そこには波形の中に隠されたメッセージが表示されている。

「我が名はレグ。我を崇め、我を奉り、我の意思を体現せよ。さすれば永遠の祝福を与えん」

 読み上げながらミランダはレインに視線を送る。
 レインもある程度は腑に落ちたのか、顎元に指を当てて考え込む。

「なるほど。では、この《意思》とやらを植え付けてレグは何をするつもりなのでしょうか?」
 
 次に感じた疑問をレインは口に出してみる。

「人類選定プログラム。それがレグの狙いだ」
「それは?」
「タビュライトはレグの配下となる人間を見つけ出す装置であり、タビュライトに取り込まれた人間はレグの意思を植えつけられる他、肉体の能力が向上し、そして個体差はあるがある種の超能力を持つようになる。それらが集まった集団が【レグバンダー】……我々が戦わねばならない敵の名だ」
「レグバンダー。相手は人間……しかも元は何の関わりも無い人間が操られ、敵になるってことかよ……にわかには信じられねえ話だぜ」

 ルークは吐き捨てるように言った。他の二人も同様の気持ちであった。

「敵の主力は強化され、超能力を備えた超人部隊のはずだ。タビュライトを作り出したレグの科学技術は今の我らの遙か上を行っていると思ってもらっていい。戦いともなればどのような兵器を有しているかもわからない。そして、最も警戒すべき相手が、これだ」

 総一朗はさらに別のデータを表示した。鎧を纏ったような姿の人型の兵器のデータを。

「なんだよこれは……《ザンナイト》?」
 
 ルークが驚愕の声を上げた。

「信じられない、このスペック……二メートル程度の大きさでマッハ七で飛行可能、陸海空の行動が可能、個体差はあるが、このサイズでビーム兵器を内蔵……さらに固有の異能力《サイ》だと? 冗談だろ、このデータが本当ならこんなもの、人間の技術でどうにかできる代物じゃないぞ!」

 示された現実を目の当たりにして、ミランダも声を荒げる。

「そう、これが敵の主戦力となるもの、ザンナイトだ。現在、どれだけの数を敵が保有しているか定かではないが、確実に存在するものだ。データを見てもらえばわかるように、現状の解析だけでもこちらがこれまで保有していた軍事戦力の全てを遥に凌ぐ力を備えている。これまでの我々の技術だけでは、彼等に対抗できる兵器の開発は困難を極めただろう」
 
 総一朗は歯がゆそうに言うと、映像を切って言い放った。

「だからこそこのアムルダートが必要だった。そしてそれだけではない。ザンナイトに対抗できるのはザンナイトのみ。それが私の出した結論だ」

 レインたちは突きつけられた事実を受け入れられずに困惑したまま言葉を飲み込み、ブリーフィング内には静寂が訪れた。

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