聖鎧ザンヴァイル 少年たちの戦場

原作・氷川輝/著・進藤雄太

第十七話 異能力-サイ-

 それからおおよそ一時間、比呂弥は体内で起こっているコアクリスタルの融合による痛みで苦しみ続けた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 ようやく、比呂弥は息を荒くしながらも、徐々に落ちつきを取り戻し、再び眠りにつく。
 アリルと総一朗はその間、片時もベッドの側を離れずにいた。

「これが、この先も続くんですか?」
 
 アリルは鎮痛な面持ちで総一朗に問いかける。

「……しばらくはそうなる。それも、いつ終わるとはっきり断言できない話しだが」

 二人は沈黙したまま、比呂弥の静かな寝顔を眺めた。

「比呂弥」

 アリルがぽつりと囁く。
 一間の後、比呂弥の様子が落ち着いたのを見て総一朗がゆっくりと、静かに口を開いた。

「そろそろ本題に入るとしようか」
 
 総一朗は寝ている比呂弥を看護兵に任せ、アリルを廊下へ連れ出した。

「君の血中から擬似コアクリスタルの精製に必要なデータが採取できた。今、世界中の国々で研究途中のものが完璧にコントロールされた形でだ」

 強い口調で訪ねる総一朗。アリルは視線をそらす事無くまっすぐに向いて聞いている。

「そして、我が国でも未だ人体を使った実験がされていない擬似クリスタルを使ったザンナイトへの変身能力と、それら全ての研究結果を記した詳細なデータの所持。これらは一体どういうことなんだね。君は一体、何者なんだ?」

 アリルは迷いを見せることもなく、その質問に間髪入れずに答えた。

「私は……未来からやってきました。いえ、来たんだと思います」
「……そうか」
 
 総一朗はあまり驚かない様子でアリルを見た。その様子に、逆にアリルが驚いた。

「驚かないんですか?」
「薄々は感じていた。いや、そうでもなければ辻褄の合わないことが多すぎだったからな。だが驚いているのは事実だよ」

 「ふう」とため息を漏らす総一朗。

「しかし、来たと思う、というのはどういうことかね? 君は自分の意思でこの時代にやってきたのではないと?」

 その質問に、今度はアリルが総一朗へ訪ねる。

「タビュライトで力を得た人間は肉体を作り替えられた際、ザンナイトへの変身能力の他にもう一つ、固有の異能『サイ』を与えられることはご存じですか?」
「ああ、それについては私も過去のデータで見たことがある。いわゆる超能力というやつだろう? 個体差はあるが、タビュライトに取り込まれた人間の内、ザンナイト化はその個人の肉体が適応しなければ発現できないものの、異能力-サイ-に関しては例外なく全員に付与されるもの、とあった」

 タビュライトがもたらす二つの変化、「変身」と「超能力」について――これに関しては総一朗たちが研究していたデータの中にも存在した項目だった。ただ――

「それは遙か昔の人類が残した石碑に描かれた情報、その程度のものだった。実際にこの目にしたことはなかったが」
「本当です。私の場合はそれが時間を巻き戻すことができる異能力-サイ-……『リメイク《時間逆行》』という力です」

 総一朗はアリルを一瞥すると思考を巡らせるように窓の外へ目を向ける。

「時間を巻き戻す、か。その力を使って時を遡って来たということか?」
「私の能力にそこまでの力はありませんでした。それこそ、数秒を巻き戻す程度しかできません。でも、ある戦いの中で、気がついたらこの時間に来てしまっていたんです」
「ある戦い?」

 そこでアリルは一瞬口をつぐむと、ゆっくりと言葉を続けた。

「私のいた未来では、レグによる全世界への侵行が開始され、人口は全世界で半分以下まで減ってしまっていました。私はレグと戦うために軍に志願してザンナイトになり、そこで比呂弥と出会ったんです」
「……」
「そして、敵ザンナイトの大群との戦闘中に比呂弥とはぐれてしまって……比呂弥は敵ザンナイトとの戦いで重傷を負って……私、無我夢中で戦って……気づいたらここに」
「そうなのか。その戦いの中で起きた『何か』が原因で君の中の能力が暴走したと。比呂弥を知っているということはそう遠くない時間から来たということかね?」
「恐らく……一年は経っていないと思います」
「ふむ」

 総一朗は少し考え、再び口を開いた。

「少なくとも、君が我々の敵でないことは分かった。君の話しが本当であれば、一年の間にレグによって全世界の人間が全滅の危機にさらされてしまうということだ」
「はい……」
「ならばなおのこと急がなければならんな……アリル君、我々に力を貸してくれないか」

 まっすぐにアリルを見る総一朗。アリルもうなずき返す。

「レグの思い通りにはさせてはいけない。そのために、私はこの時間に来たと思っています」
「うむ。私はやらなければならないことがある。準備が整うまで君は比呂弥のそばにいてやってくれ」
「はい……」
 
 総一朗はそういうと廊下を歩いて行った。アリルは総一朗の背中に敬礼をし、再び比呂弥のいる病室へと入っていく。すると。

「起きてたの、比呂……瀬尾君」
 
 ベッドの上で、目を覚ましている比呂弥と目があった。

「君が、僕をここまで運んできてくれたんだって?」
「ええ。良かった、命に別状が無くて」
「……やつはどうなった?」
「え?」
「あの黒いやつだ。あいつは妹を……来霧を殺した」
 
 比呂弥の表情は険しく、憎しみに満ちていた。

「あのザンナイトは、逃げていったわ。どこに行ったかはわからない……って、何をしているの!?」
 
 比呂弥は衰弱しきった体を無理やり起こし、ベッドから出ようとしていた。アリルと看護兵が慌てて止めに入る。

「うぐ……」
「まだ動くのは無理よ! コアクリスタルも壊されて死にかけたんだから!」
「それでも、俺はあの場所に戻らなきゃいけない……兄貴たちを止めるのは、俺の役目なんだ……!」
「今はダメ、体を治す方が先よ!」
「そんな悠長なことは言ってられないんだよ。家族が人を平気で殺すなら、その始末は俺がつけなきゃいけないんだ!」
 
 アリルの体がビクッと震えた。しかし比呂弥もそれ以上体を動かすことができず、看護兵によって強制的にベッドへ戻される。

「くそ……」
「瀬尾君……」
「……ごめん、一人にさせてくれないか。大丈夫、頭は冷えたから」
「あの、瀬尾君――」
「早く出て行ってくれ!」
 
 怒声にアリルは体を強ばらせ、その後言葉をかけることなく静かに病室を出て行った。

「……父さん、母さん……兄貴……来霧……くそ……くそっ! くそぉっ!」
 
 ぶつけどころのない憤りともどかしさに、比呂弥の心は張り裂けんばかりであった。その気持ちは次第に大きくなっていき、いつしか、大粒の涙が頬を流れていった。そしてその嗚咽を病室の外で聞いていたアリルもまた、壁に寄りかかり声を殺しながら泣いた。

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