聖鎧ザンヴァイル 少年たちの戦場

原作・氷川輝/著・進藤雄太

第十三話 選別

「合宿?」
 
 比呂弥は浩介から受け取ったプリントを見て、素っ頓狂な声を上げた。

「ヒロ兄、それ何?」
 
 隣にいた来霧が横からプリントの中を覗こうと顔を近づけてくる。

「近辺の学生を対象に行う。参加は全員強制。現代の高校生の能力を検証するための実験合宿だ」
「そんなこと急に言われたって」
「合宿は二泊三日。私と昇たちも臨時で監督役を頼まれてな。嫌とは言わせんぞ?」
 
 特に強く言われたわけではなかったが、どうしてか反論できない威圧感が含まれていた。比呂弥は浩介の言葉に違和感を感じつつもその言葉に従う他無かった。
 そして疑問に思った点がもうひとつ。それは受け取ったプリントの最終頁……主催名にあった。

(結城製薬……?)
 
なぜ結城製薬がこのような合宿を企画したのか、比呂弥には不可解なことばかりであった。

  *

 合宿当日、比呂弥と来霧は浩介から命じられた合宿に参加するため、市内にある公共複合施設を訪れた。大きなスタジアムも併設されたこの施設は海外から試合に来る選手の宿泊村としても機能するため、大人数の宿泊に適していた。

「結構集まってるんだな」
 
入口には比呂弥が通う高校の生徒たちも大勢集まっていた。

「比呂弥、やっぱりお前も来たか」
 
 声をかけてきたのは猛であった。

「猛、お前もこの合宿に?」
「ああ、俺の力がどこまで通用するのか試してみたくてさ」
「なぁ、もしかして猛はこの合宿の意味、知ってるのか?」
「何言ってるんだ比呂弥? 当たり前だろう、俺たちは《声》を聞いたんだからよ」
「……声?」
 
 比呂弥はここでも、言葉にできない違和感を感じた。退院の日、病院の入口で久しぶりに家族と再開した時と同じ感覚を。

「それではこれより実技に入る。各自、配らえた資料に目を通し、その通りに行動するように」
 
 引率役の一人と思われる年配の男性が、集まった学生に向けて拡声器で無機質に言った。
 実技は基礎的な体力測定から始まり、本格的な走力、反射神経、ジャンプ力、筋力の限界値を調べるために複合スポーツ競技までプログラムされていた。

「これって一体……」
 
 基礎体力の測定が終了し、渡された結果を見て比呂弥は驚愕した。どの数字も世界レベルの現役アスリートのそれとほぼ同じか、上回る数字であった。

「おいおい凄いな比呂弥! どの数値も俺より高いのかよ。悔しいぜ」
 
 隣で結果を盗み見た猛が、がっかりしたように言った。

「おい猛、やっぱりこの合宿おかしいって! こんな測定、何かの間違いじゃ。こんなに急に運動ができるようになるなんて」
「何言ってんだよ比呂弥、タビュライトの力で俺たちは生まれ変わったんだ。当然だろ?」
 
 その言葉に、比呂弥は愕然とした。

「タビュライトだって……?」
「俺たちはタビュライトを通じて《レグ》に選ばれた人間なんだ。お前も《レグ》の声を聞いただろ?」
「! いや、僕は……」
 
比呂弥はこの瞬間に全て理解した。違和感の正体はこれだと。

(レグ? だけどここは)
「……もちろん聞いたさ。少し驚いてね」
 
 比呂弥は咄嗟に話を合わせることにした。
(一体、みんなに何が起こってるんだ……?)

 比呂弥は感覚的に危険を感じつつも、なぜか合宿を降りる気にはならなかった。
 
  *

 翌朝、比呂弥が朝食を摂るため食堂に行くと、あることに気がついた。

(……人数が減ってる)
「おはよう、ヒロ兄、藤岡先輩」
 
 まだ少し寝ぼけ眼でボーっとしている来霧が朝食を乗せたトレーを持って現われた。比呂弥たちと同じテーブルに座る。

「おはよう来霧ちゃん。昨日は大活躍だったみたいだね」
 
 猛が軽く挨拶を返す。

「そうなの、昨日は自分でもびっくりするような記録ばっかり出ちゃって! もしかして私、実は凄い才能があったのかな?」
 
 照れたように来霧が言った。本人にはまだ、その運動能力が世界アスリートをも凌駕するものだとは微塵も自覚がないようだった。

「なぁ来霧、昨日何か変わったことはなかったか?」
 
 比呂弥が小声で尋ねた。

「変わったこと? そういえば」
「何かあるのか?」
「今朝目が覚めたらね、同室の子が何人かいなくなってたの。さっき昇兄に聞いたら、辛くなって夜のうちに家に帰ったんだって」
「そっちもか……」
「そっち?」
 
 来霧が不思議そうに首を傾げた。

(来霧に余計な不安を与えるわけにはいかない)
「いや、なんでもないよ」
「ふうん、変なヒロ兄」
(僕の考え過ぎなのか……?)
 
 その日は基礎能力の測定に留まらず、剣術や体術、銃火器の特殊訓練までもプログラムされていた。プログラムが進行されるたびに子供の人数が減っていく。しかし、そんな状況になってもまだ、異を唱え出る者はいなかった。
 比呂弥は明らかにおかしいと感じつつも、今出て行くのは危険だと直感し、しばらく従うフリをすることにした。
 二日目のプログラムが全て終わった時、残っている子供たちの前に、初めて瀬尾浩介と結子が姿を現した。

「諸君、よくぞここまでの訓練を耐え抜いた。レグに導かれし子供たちよ、君たちはレグの戦士として戦える栄誉を与えられた」
 場内にいた子供たちが割れんほどの歓声を上げた。

(レグの戦士?)
「これから始まる人類選定計画の礎となるため、みなの力をぜひとも貸してもらいたい!」
「レグの復活はもう間もなくです。それまでにさらに訓練を積み、レグの戦士として相応しい強さを身につけるのです」
 
 浩介と結子の言葉に「おぉーっ!」と一斉に歓声が沸く。その様子に比呂弥は驚愕した。

「ついに来たぜ比呂弥! 俺たちはレグの戦士になれたんだ!」
 
 猛も異様な興奮状態にあった。
 戦い……その言葉にずっと疑問に思っていたことに一つの答えが浮かび上がった。これまでの訓練が「何か」と戦うための訓練だったとしたら――。

(レグの復活? みんなそのレグってやつに操られてるんだ)

横の猛を見た。戦えることを心から楽しみにしているその表情は嬉々とし、比呂弥はゾッとした。

「猛……そうだな!」
 
ここは話しを合わせたほうが得策だと、比呂弥は直感的に感じた。

(何かと戦わせるためにレグはみんなを……ここは危険だ、何とか外と連絡を取らないと)
 
 しかし、携帯は合宿の初日に規定により一時的に回収されてしまっていた。
 その夜、比呂弥はこっそりと自室を抜け出し、外部と唯一連絡が取れる事務室へと向かった。

「誰もいない……?」

 空っぽの事務室は鍵がかかっており中へは入れなかった。仕方なく別の連絡手段を探そうと施設内を歩いていると、明かりが漏れている場所を発見した。

(こんな夜中に……明かり?)
 
 そこは体育館であった。扉は締め切られており中の音までは聞こえなかったが、窓ガラスからこっそりと中の様子を盗み見た。
 そこには浩介と結子、昇に朱美、司と、十数人の子供たちの姿があった。

(父さんと母さん……兄貴達も?)
 
 子供たちはみな、恍惚の表情を浮かべ幸せそうに感じられた。その中の一人の少年が、浩介の前に歩み出る。浩介はその少年に何かを告げると、昇に合図を出した。

(一体、何をしてるんだ?)
 
 しばらく様子を見ていた比呂弥の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
 浩介から合図を受けた昇が何かの言葉を発した瞬間、腕が硬質化したのだ。
 そして、鉱物のように変化したその腕は鋭い刃となり、少年の心臓を貫いた。

(なっ!?)
 
 比呂弥は、思わず飛び出そうになった叫び声を必至に抑えた。
 胸から大量の血を流す少年を目の当たりにしても、他の子供たちは顔色一つ変えない。それどころか、その光景を当然のように眺めていた。そして昇は串刺しにした少年を背後にあった巨大な箱のようなものに放り込んだ。

(兄貴たちが、人を……ここはヤバい、来霧!)
 
 比呂弥は気づかれないように息を殺したまま、しかし急いでこの場を離れえようと走り出した。


 昇の顔が一瞬、比呂弥のいた方向を向いた。
 その顔は無表情であり、一切の感情が消え失せたようでもあった。

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