道化の勇者、レベル1でも活躍したい

水色の山葵

天秤



 俺に出来ないなら俺以外の奴にやらせればいい。そんな単純な事に今更気が付いた。
 転移で向かったのは四ノ宮の部屋の前、時間がないのでさっさとノックする。


「俺だ、頼みがある」


 いつもの敬語を使っている余裕がない程に俺は焦っているらしい。少しだけ冷静という言葉を思い出したころ、扉が開く。


「どうしたんだ。何か慌てているようだが」


 いつもと違い赤縁のメガネ姿で彼女は目の前にいた。『実影の門』で手に入れた並列加速鏡だろう。それの確認でもしていたようだ。


「手伝ってほしい。頼む」


 今の俺には頭を下げるくらいしか交渉材料がない。それにどう見繕っても俺の方が下手に出るしか方法がない。


「内容による。まあ、まずは入って話を聞こう」


「すまない。邪魔する」


 俺の部屋と構造は同じだが、置かれている家具や雑貨の違いから俺の部屋とは全く違う印象を受ける。まあ、女子の部屋と呼べるほどの物でもないだろう。


「君は、人に頼み事をする状況でもそんな事を考えているのだな……」


「何故にバレたし」


 やはり、この女のスキルには俺の心を読む何かがある可能性が高いと予想する。


「やっと何時もの調子に戻ったな。君に緊張は似合わない。それで? 話を聞こうか」


 どうやら、この流れは全て彼女の掌の上だったらしい。四ノ宮にルーシィの事を話す。そもそも第一王女と違い第二王女は親善試合の時位しか勇者の前に出てないので、名前くらいしか知らないだろう。
 それを俺が助けたいという。ルーシィの現状を説明する事である程度は把握してくれたようで四ノ宮は頷いた。
 ただ、全て納得したって訳じゃないだろう。


「だとしても私の『再生』では時間稼ぎにしかならないと思うが?」


「それでもだ。時間があれば、俺は魔王を始末出来る」


「言い切るじゃないか。相手は天災だぞ」


「それでもだ」


「何故君がそこまでする? ルーシィとやらに何かあるのか? それとも何もないのに助けたいのかい?」


 自問する。俺は何故彼女を助けたいのだろうか。人を殺す事が悪だから? 不幸な少女を救いたかったから?
 違う。合理的な理由はなく、それでいて論理的な訳もない。


「俺は、アイツが欲しい」


「は?…… 惚れたと?」


「違うよ。そんな訳はない。単純に欲しいんだ。手の中に納めていたい。ずっと眺めていたい。所有欲かな」


「全く、人間に対して当てはめる結論じゃないな。だが、私好みではある。君がそうしたいのなら今はそれでいいさ。けれど、忘れるな一度決めたのなら反する事は許されないぞ」


「当然。それで、協力してくれるのか?」


「協力はするさ。だが、この貸しは高くつくぞ?」


「上等」


 第一関門突破。後は篠目にも協力を仰いで読切で呪いを読み解いてもらう。これで解決策が見つかればよし、見つからなくとも四ノ宮の能力で延命させる。


 それは光明が見えた瞬間だった。城内全域に、重々しい声は響いた。


『我が名は魔王デューザ。今宵はこの国のプリンセス、ルーシィ・メラトニアを引き渡して貰いたく参上した』


 一瞬、理解するのに時間が掛かった。けれど、それは絶望からではない問題が自らやって来た幸運からだ。


「どうやら私の協力は別の形になりそうだな」


 四ノ宮の言葉に返答する前に扉が叩かれ、兵士が『勇者様方は玉座の間に集まってほしいとのことです』と、そう告げた。












 玉座の間に集まる。そこには勇者六人に加え、国王、王女二名、王子一名、貴族数名が集まっていた。
 そこでは事の経緯の説明が入る。俺はルーシィにある程度事情を聞いていたが、他の勇者は四ノ宮以外初耳だろう。
 それで、国王が話した内容でルーシィに聞いた以外の情報を整理する。


 まず魔王デューザは三年前に突如王城に出現。兵士数百名を虐殺し、王座の間まで侵入。王族全員に呪いをかけて行った。
 で、三年たった今舞い戻って来たと。どうやら王族から死者が出るギリギリまで待っての来襲だろう。
 ルーシィを要求しているようだが、それなら何故三年前に連れ去らなかったのか疑問が残る。


「儂が説明しよう」


 国王殿下によるとこういう事らしい。
 時系列に沿って説明すると最初は俺達がこの世界に来る2週間程前に遡る必要がある。突如として魔王がこの王城に出現したのだ。
 当然ながらその魔王の名はデューザ。それも一人で襲撃をかけてきて、騎士兵士を圧倒。皆殺しに近いところまで戦力を減らし国王含め王族全員に呪いを掛けていった。どうやら、この王城の騎士のレベルが全体的に低いのはそんな理由もあるらしい。以前の騎士団長はレベル13の強者だったが、その魔王に殺害されたようだ。
 そもそも何故襲撃されたのかという理由だが、ルーシィの固有スキルが狙いらしい。この国の王族の先祖は心眼の英雄と呼ばれる偉人で、その先祖たる王族は瞳に関する固有スキルを先天的に1つ以上持っているらしい。
 ルーシィの固有スキルは『精霊の瞳』。その力は精霊の魔力を視認し、精霊の形跡や愛用品から現在位置を特定する。更に精霊の魔力回路に刻まれた文字を理解する能力も備わっている。


 何のためかは知らんが魔王デューザはそのスキルが狙いだったらしい。しかし、ルーシィはその命令を拒否。絶対に協力しないと言い放った。
 洗脳とかいう都合のいい能力を持っていなかった魔王デューサは、王族に呪いを掛ける事で人質としたが、尚もルーシィが拒否。
 更には猛毒や麻痺といった状態異常をこれでもかとかけて、身内の苦しむ姿がまだ見たいか? と問いかけたが、尚もルーシィは拒否。
 頑固な女にイラつき、けれど殺せば元も子も無い事にもっとイラつく。
 結果的に見れば、キレた魔王がルーシィ本人にも呪いと状態異常を付与し、次来るときまでに死か服従を選べと言い残し、撤退した。
 これが今回の件の経緯らしい。そこから一週間で各国との連携の下、勇者召喚を決行。俺達を召喚してなんとかタイムリミットまでに魔王デューザ討伐をさせたかったようだ。
 しかし、出て来たのはレベル1でスキルが多少強いだけの平和な国の少年少女+α。この戦力では無理だと断念し、目的を自分たちの命から世界平和へシフト。
 危険は冒さずに勇者の育成に力を入れる事とした。


「だから、勇者方には避難して貰って構わん。魔王の狙いは我らなのだ、ここで貴重な戦力を失う訳にはいかない。各国とも既に話は付いている。隣国のどこに逃げても快く迎え入れてくれるだろう」


「……」


 勇者一同は黙る。何故ならば不確定要素が多すぎるからだ。魔王の強さは未知数。能力も不明。地図くらいは頭に入っているが、逃げ切れるかも倒せるかもわからない。
 それに俺個人の考えでも魔王はヤバイと思っている。過去の勇者召喚で出て来た勇者は基本的に1人で尚且つ固有スキルが1つ有るだけだった。
 スキルが神から授かる物だとすると、今回の魔王を討伐するのにそれくらいの戦力が必要だという事だろう。


「麻霧様。四ノ宮様から聞きました私を助ける為に行動してくれていたと。けれど、私にそれは必要ありません。もう覚悟は出来ていますから。魔王が何故私のスキルを欲しているのかは解りませんが素直にくれてやる気はありません。ですから恐らくこれで本当に最後です。ありがとうございました」


 綺麗にお辞儀する。俺はそんな彼女に掛ける言葉を思いつけない。
 助けたいのだろうか。そりゃ自分になんの被害も無く救えるのなら喜んで救う。けれど、魔王という明確な脅威が出現し、彼女を救うにはそんな死地に飛び込むしかない。
 相手は天変地異だ。勝てる見込みは何もない。


「で、どうするんだ? 逃げるか、それとも別の選択をするのか」


 勇者代表として相良が勇者に意見を問う。


「僕はどっちでもいいかな。どうせ何時か戦う訳だし」


「私は昴君に付いていくわ」


 昴は怯えてはいないようだ。坂嶺も昴に寄せる信頼からか、そこまで危機として捉えていないようだ。


「麻霧さんはどうするのですか……」


 篠目の目は真っすぐに俺を捉えている。手は小刻みに震えているが、俺を見上げる目には強い意志が見える。彼女の答えは俺の答えで変わるのだろうか。


「私は正直嫌だが……そうだな、麻霧君が参加するなら後方支援位はしてやってもいいぞ」


 なんか勇者ご一行様含め、王族様と貴族様も俺の答えを待っている。これ、俺の一言で全面戦争決まっちゃうやつだ。
 ていうかホントに戦うと逃げるしかコマンド無いのか?
 転移で逃がす。却下、時間が掛かり過ぎる上に魔王も転移を使える可能性が高い。それに、呪いで位置情報がバレてる可能性もあるし効果が薄い。
 素直にルーシィを差し出す。却下。ルーシィが納得しない上に最悪用済みになったルーシィが殺される可能性がある。そうなれば王族の呪いを態々解きに来るとは考えられない。
 結局、俺にできる事なんて多くはないのだ。だから、俺は俺のやり方で魔王あいつを攻略する。


「悪いが、今回の獲物は俺の物だ。誰も手出しすんな。魔王は俺が一人で倒してやるよ」



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