道化の勇者、レベル1でも活躍したい

水色の山葵

自称、鈍感ではない



 勇者召喚から二週間が経過した。実戦はもう少し先になるようだが、必ずその日はやって来る。だが、国王を始めこの国の人間はまだ崖っぷちでもない事からそこそこの余裕があるようで俺達をキチンと育ててから実戦をさせる予定のようだ。夜獄で毎日実戦しているとは口が裂けても言えない。


 そして、その訓練の一環なのか知らないが他国の勇者と懇親会を開くらしい。そこには他の国の王族やら貴族やらもやってくるようで、要するに俺達のお披露目だ。俺達にも先輩勇者と会話していい刺激をとか言ってたが興味が無く聞いてない。


 懇親会はここで行うらしいので、6人もいるのだし一人くらいバックレてもバレないだろう。なんて考えていたのだが……


「出席を拒否したりしませんよね?」


「ルーシィ様? こんな所で平民と話していると怒られますよ?」


「勇者様は平民ではありませんよ?。それで、参加してくれますよね?」


 いい笑顔だな。大体の男はそれで落ちるから頑張れ。しかしこの二週間は伊達ではない。その程度で俺が謀れる事はありえない。


「参加します、はい」


 バカお前よく見ろ。青くサラサラで腰まで伸びた髪。染み一つないその白い肌。低身長で俺と目を合わすために少し上を向いた水色の瞳。笑顔と憂いがコロコロと変わる表情は小悪魔的な雰囲気を放つ。要するにかわいいは最強なのだ。


「よかったです。これで……」


「これで?」


「いえ、他の国の勇者様方は能力の然ることながら容姿も美しいそうですよ」


 君の方が全然可愛いよ、とかそんな事を言えばギャルゲーでは恋が始まるのだろう。しかし、俺にはそんな度胸も無ければこの世界がリアルである事も自覚している。要するに、沈みそうな船に自分から乗る勇気はない。


「強くて美形とか、そりゃ羨ましい事で」


「羨ましい……のですか?」


「俺には両方ないからな」


「両方ない?」


「そりゃ勇者としてのスキルはあるが、俺はレベル1だ。大した力でもないって」


「いえ、そちらではなく……いえ!なんでもありません。確かにマキリ様は何も持っておられません!」


「そんなに言い治さなくてもいいんだよ」


 この姫様は俺に恨みでもあんのか。こちとらこの世界の状況が全然分からなくて苦労してるってのに。


 他国の勇者だって交友的とは限らない。そもそも俺達が呼び出されてる時点で自分たちだけでは足りないと判断されてるって事だし。普通なら怒りも沸くだろう。


「今日の勉強はここで終わりだ。ルーシィもさっさと部屋に戻れ。そろそろ使用人に見つかるぞ」


「名前……あ、いえなんでもありません」


「すまんけど、俺にはこれが限界だ。今日はこれくらいで勘弁してくれ姫」


「そうですか。なら今日の所はこの辺にしておきます。騎士」


 ルーシィを見送り、俺も部屋に戻る。別に俺は鈍感ではない。彼女が俺に好意的な何かを持っている事は解る。ただ、何故俺にそんな感情を抱いているのか、それには理由があるはずだ。


 この二週間、俺は王城内に限られるが彼女の事について調べた。第二王女ルーシィ=メラトニア。彼女は王位継承権第3位に位置するこの国で五番目に高貴な人間になる。国王、王妃、第一王女、第一王子、そしてルーシィだ。つまり、現在では彼女が王位につく事はありえない。


 しかし、それはこの国のパワーバランスを変化させる事でひっくり返す事が可能だ。この国で力を持つのは貴族と騎士団。だが、その二つの所有権は国王にあり王位を継ぐ前にそれを獲得する事は至難であり、何より継承権第三位では彼女を王に押す貴族も少ないだろう。しかし、つい最近、騎士団など簡単に超える武力がこの国に舞い込んだ。


 勇者。それを個人で所有する事で彼女は自分が王になろうとしているのだ。ふ、そんな事には騙されんぞルーシィ・メラトニア。俺は自由が好きなんだ。


 そして、次の一手を既に彼女は仕込みに来ている。そう、懇親会の出席を確認してきた事だ。本来なら俺が懇親会に出ようと出まいと彼女には関係ない事だ。それなのに彼女は俺を半ば無理矢理に出席させようとしてきた。つまり、ルーシィは懇親会で何かをしようとしている。


 恐らくは、何か情報の暴露。何の権力も持っていない状態で武力的に何かする事は不可能だ。ならば情報操作の類いだろう。


 さて、彼女が話す情報で俺が会場に居ないと成り立たない物。知るかそんなもん。


 いや、実際問題今の事だけで理解するとか不可能じゃね。しかし、ルーシィの好きなようにさせても俺にとって都合のいい事にはならないだろう。ただでさえ目立つ行為は避けたいのだ。下手なことを言われて面倒事をしょい込むのは御免だ。


 まあ、要するにルーシィに何もさせなければいいのだ。別に彼女が何をしようとしているかなど知っている必要はない。




























 いつも通り、夜獄に転移される五分前。俺の部屋の扉がノックされる。ただ、いつもと違い今日来たのは二人だった。


「やあ、麻霧君」


「こんばんわ、麻霧さん」


「今日も大人っぽいっすね四ノ宮さん。こんばんは、篠目さん」


「君はいつも私の事をそういう風に言うが、私はまだ24だぞ」


 まあ、確かに見た目的にもその位だ。長く、手入れされた黒髪も合わせて大人っぽく見えるが普通に美人の部類だろう。


「俺からすれば凄い差ですよ」


「そ、そうなのか……」


 最初のとげとげしい雰囲気が随分と汐らしくなった物だ。やはりいきなり異世界に連れてこられて、あの時は不安もあったのだろう。


「それで、なんで今日は二人だけなんだ?」


 睡眠時間の点で毎日という訳にはいかないが、それでも二日に一回くらいのペースで五人とも夜獄に入り浸っている。世界全体を見ても屈指の危険地帯だという事を理解しているんだろうか。まあ、そういう事でこの2人だけと言うのは不自然だ。


「今日は皆さんにお願いして、私と四ノ宮さんだけにしてほしいとお願いしたんです」


 何かあったのだろうか?


「理由を聞いても?」


「少し、麻霧さんとお話したい事があって」


「他の勇者に聞かれたくないって事?」


「ええ、その、麻霧さんは本当に魔王を全て倒せると思いますか?」


 魔王を全て倒せるか。それはかなり難しい判断だ。現状、魔王の能力も戦力も明らかにはなっておらず、しかし天変地異を引き起こす原因になるほどの脅威である。それをこの勇者6人。いや、全人類で抗ったとしても勝利する事ができるのか。


「正直、不安しかないな」


「私も、そして四ノ宮さんもです」


 そう言って。彼女達は俺の袖を掴んだ。どうやら時間になったようで、一瞬で景色が変化する。ここなら他に誰も監視する事は出来ない。つまり、秘密を喋るには最適な場所だ。


「私達はこの国から出ようかと考えています」


 こんな事が国王を始めとした国の人間に聞かれたら、最悪の場合処刑である。それは謁見の時の騎士の様子からも察する事が出来る。だから、二人はここで相談する事にしたのだろう。


「けど、なんでそれを俺に言うんだ?」


「もし、この国を出ていく時、麻霧さんなら付いてきてくれると思ったからです」


「何故?」


「麻霧さんだって本当は怖いんじゃないですか?」


 俺の道化師を見抜いた彼女達だからこそ、俺の内面を最も知っているのはこの世界では彼女達だろう。確かに、俺には戦闘センスも無く、戦力になるにはレベルも足りず本来なら戦なんて嫌悪する世界に居たのだ。その結論は理にかなっていると彼女達は考えているのだろう。


「確かに怖い。誰も殺したくないし殺されたくもない。血を見るのも嫌いだし、誰かを失うのも耐えられない」


「なら!」


 自分の考えが当たった事にか、それとも自分と同じ人は見つけた為か彼女は喜々として言葉をつなげようとする。


「私達と一緒に行きましょう!」


「確かに、それもいいかもしれないな。けどすまない、俺にはここを出るメリットよりも出る事で起こるデメリットが現状では大きいんだ」


「どういう事ですか?」


「麻耶君。麻霧君は王国からの生活保護を捨ててまで出るメリットがあるのかと言っているんだよ」


「それでも、そうしないと戦争に参加させられるんですよ!?」


「けど直ぐじゃない。確かに俺達のスキルがあればこの世界でも不自由なく暮らしていく事は可能だろう。しかし、王城を出ると情報の鮮度と信憑性が一気に落ちる。それに王国にも敵に回られるだろう。魔王は魔族や獣人を配下にしている奴もいる。つまり、俺達は文字通り世界全てを敵に回す事になる。他の国に助けを求める事は可能だが、それなら今と変わらない。王城を出るのは好きにするといい。けど、俺は今すぐ出て行かなければならないとは思わない」


「なるほど……。そう、ですか」


「まだ決行するには早いという話だよ。別に彼は拒否している訳ではない。それに、麻霧君の言っている事も事実だしな」


「ですが私は諦めませんから! どうせ貴方と一緒でなければ意味がありませんし」


 確かに、外界と繋がりを断つには俺の時空神の加護の法則作成はかなり便利な力だし欲しがるのは解る。けど、その程度なら彼女達の能力でもどうにかなる気がするけどな。


 その日、篠目さんはストレスでもぶつけるようにレベル10越えの魔物を屠っていた。

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