道化の勇者、レベル1でも活躍したい
幻想とは
最初は部屋を用意された。
次に衣食の提供をされた。
最後に戦場と訓練を強要された。
この世界の事について解った事を確認したいと思う。
魔王、勇者、魔法使い、冒険者、こんなファンタジーが実在するような世界だ。
建築技術はヨーロッパの方に近いが、快適さが日本よりも劣っているかと言えば、そうでは無いだろう。
ポテンシャルだけ見れば、魔法があるこの世界の方が日本よりも可能性にあふれている。だから俺は目標を立てる事にした。
それが有るから頑張れるとか、それを手に入れれば楽になるとかそんな思いは人には必要な物だと考えるからだ。
部屋には日本の家にある最低限必要な物は全て揃っていた。
時計やカレンダーに始まり食器や簡易キッチンのようなスペースも存在する。タンスには見た事も無いような豪華な服が何着もかけられていた。
そして夕食後の午後10時を時計がさした瞬間。
俺の視界はくるりと回る。強制転移が発動した。
闇夜に解ける空間に俺は『暗視』と『空の視界』を発動させた。
その効果は『自分を中心に添える全ての角度からの視界』だ。三人称視点から全ての方向の視界を手に入れる事が出来る。その分全ての視界に対する集中が散漫になるのだが、用練習といったところか。
次に試すのは『空の移動』。
ようやくすると転移なのだが、自由に記憶と視界にある場所に飛ぶ事が出来る。
使用制限は少しあるが気にするほどのデメリットでも無い。酔うだけだ。これで王城に帰れないか試す。……結果は不可。恐らく何らかの結界が貼られていると思われる。つまり、帰る手段は強制転移のみ。
次にこの場所での行動方針の確定。これは王城ですませた。
レベルストップが有るのだからモンスターと戦闘する理由は無い。そもそも魔物と戦えばレベルが上がるって訳でもなさそうだったしな。
証拠は白騎士と黒騎士だ。鑑定結果はレベル7。王のそばに控える騎士でそのレベルなのだ。魔物を倒せば上がるなどと言った単純なレベル上昇システムだとは思えない。
要するに俺はここでは極力戦わない。戦う力はスキルだけだし、それを使えば勝てるなんて単純な思考回路も持っていない。
認識阻害を永続で俺自身にかけて姿をくらます。
時の加速を身体に時の減速精神に作用させ、体感速度を4倍にする。
空の守護によって俺の周りを浮遊し、追尾する4枚の結界を作り出す。
これで守りは完璧。
もし知的生命体が存在しているのなら道化師をもってして味方にする。
こんな所だ。
一通りの準備を澄ますと茂みが不自然に揺れた。
今になって気が付いた、俺が今立っている場所は酷く見晴らしがいい丘の上だった。つまりは見つかる危険性が最上級に高い場所という事だ。
汗が頬を伝う感覚。それを感じながら茂みを正面に捕らえる。鑑定を発動。結果はポイズンリーフ、ランクC。
「いや、まあ……ね。ツッコミ処は多いが……」
今度こそそこから現れたのは黒い熊のような魔物だった。
「ちょっ、熊ってラノベだったらBランク位に指定される初心者が相手しちゃダメな類いの魔物なんだけど!」
すぐさま俺は鑑定を発動させる。種族名は暗黒熊。レベルは11。職業並びに名前は付いていない。
恐らくは国の最高戦力でレベル7だった事を考えるととてつもないレベルだ。神様の言葉を信じるとするのならこいつの身体能力は約86倍となっている。
速度だけは4分の1となっている熊。だが、それでも通常の熊の21倍。
熊が四足歩行で走る時の速度を40キロと仮定しても、この熊の速度は840キロ!?
速度では絶対逃げられない事が確定。残った選択肢は戦闘……説得……餌付け?
俺の思考を待ってくれるほど熊の魔物は甘くない。さっさと対抗策を打つ必要がある。
「こんな序盤で使わされるなんて、とことんついてないな」
自身の体にエネルギーがみなぎるのを感じる。それは俺が使うオリジナルスキルの前段階。
「さて、1つ試してみようか『幻想世界』!」
時空神の加護・時空創造と幻想召喚の合わせ技。
二つのスキルを同時に使えるようになるには少し苦労したが、コツさえ解れば後は多少の気づきのような物だった。
具体的にはスキルを掛け合わせた後に起こる現象を何処まで適切に思い描けるかだ。火と水で蒸発、みたいな? 少し違うがそんなような物だと考える。
絶対条件はスキルの原理を理解する事だが、これには意外と時間がかかった。3時間ぐらいか。
幻想世界が発動した瞬間俺の身体の構造が組み替えられていく。
この能力の説明を入れる前にまずは鑑定の効果を書いておかなければならないだろう。
それは『自分のステータス詳細、その他生物の名前、レベル、種族、職業、無機物の名前、レア度を知る』である。
これを使い幻想召喚の詳細を確認したのだが、そこには『思い描く幻想を現界する』という何とも抽象的な物だった。
次に時空創造だが『望む法則の空間を生み出す』とこちらも中々抽象的だった。
そしてこれを同時に発動させた場合に起こる現象を俺はこう解釈した。
発生する空間を俺の身体のみにする事で俺の身体という世界範囲で法則を発生させ、その法則を幻想と変換する。
つまり俺の身体は幻想的に強くなる。
「俺の考える幻想は向こうの世界のその先だ」
スキルツリー
剣士 全解放
闘士 全解放
索敵 全解放
魔法 中級解放
妖刀 全解放
刀 全解放
盗賊 全解放
二刀流 全解放
エクストラスキルツリー
魔剣士 全解放
刀神 全解放
破壊 全解放
俺が昔やっていたオンラインゲームの最強状態。勿論俺はそこに至った事はない。ただの幻想だ。
そして『幻想世界』のスキルは同じ効果は一度しか発動できない。金輪際この状態になる事は出来ないという事だ。かと言って全知全能なんて俺には想像さえできない。
これが俺の幻想の限界だ。そして一度体現した幻想の二度目は幻想ではなくなる。
「こんな熊一匹に切り札の一つを消費させられるなんてな」
それに倒してもレベルアップなんて都合のいい物は発生しない。
経験はゼロではないが、限りなくそれに近い。
もう掛けだよ。
この世界の生物で熊に似てるからってそれのレベル0が熊と同じ身体能力だなんて限らない。それにこの世界にはスキルなんて物も存在する。俺の予想を超えて強い可能性は十分考えられた。
今更になっての熊の突進。『幻想世界』の展開に3秒しか掛かっていないと考えても随分と悠長な奴だ。
見切りEX。相手の動作から次の動作を予測する。
魔剣作成。魔法の力を宿す魔力の剣を作成する。
破壊付与。武器に腐属性の付与を掛ける。
空間認識。円状に展開された領域内の動作を完璧に読み取る。
早業。肉体の動作を向上させる。
熊は頭目掛けて腕を振り上げた。
俺はそれをいなす。
弾いて、切り裂いて、腐らせて、目を潰して、鼻を叩いて、健を切断して、首を割いた。様々のスキルの相乗効果によって熊はなすすべ無く倒れた。
「グ? ガァ! グッグッグァ!! ヴァァア! ヴァウア! ガグ!? ガガギャ!」
遅れて傷が出来たように一瞬遅れて熊は反応した。だがそれは体の痛みにだ。
俺の身体能力は決して高くはない。レベル1なので通常の1.5倍だ。だがスキルを大量にかけている俺の剣速は少なくとも熊の反応速度を軽く越えた。
7閃してやっと気が付いたのだ。それほどに集中し、研ぎ澄まされ、感情と感覚を置いてきた攻撃だった。
始まってしまえばキャンセルは不可能なそんな剣技。俺が放ったというのもおこがましいような才能と努力なくしては得られないであろう攻撃。
俺の幻想は熊に後れを取る事は無かった。
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