道化の勇者、レベル1でも活躍したい

水色の山葵

神との戦い方



 俺は寝ていたはずだ。
 確か昨日も何時もと同じ様に学校に行って学校から帰ってきて、お風呂に入って晩御飯を食べて歯を磨いて寝た。


 だけど気が付くとそこは布団の中では無かった。


 そこはおしゃれなバーのような場所で、カウンターの裏には大量にお酒の瓶が豪華なラベルが貼られ、置かれている。
 叔父が大の酒、ワイン好きだったので何となく置かれている酒のラベルの名前と年数、装飾を見ると一部の読めない銘柄以外はどれもが高級品である事が解った。


 カウンター奥から目を離し、辺りを見回してみるとビリアード台やダーツ盤が見えた。
 俺はこの部屋をおしゃれなバーと表現したが、金持ちの遊戯室と言った方が伝わるかもしれない。


「また来客か」


 そこに一人の老人が現れた。ロングヘアー、いや髪じゃ無くて顎鬚だからロングビアード? まあいいや取り敢えず白いふっさふさの髭を生やした爺さんがそこにいた。いや、今までいなかったよな。どこから湧いたよ。


「誰だ?」


「儂か? そうじゃな、仲介役とでも思っておれ」


「仲介? 一体なんの?」


「異世界を繋ぐ召喚の仲介じゃよ」


「異世界……召喚」


 ってあれか。小説とかで流行ってる。……俺が? いや寝ている俺を着替えさせてここまで移動させた。今の状況ならそう考えた方がしっくりくる。


「流石にドッキリでしょ。白い空間とかじゃ無いし」


「白い空間、それはこのような物か?」


 爺さんが勢いよく指を鳴らすと、そこに存在していた全ての物がバラバラになって空に飛んで行った。全ての物が無くなったそこには一面真っ白な空間が出来あがっていた。


 流石に信じるしかない。少なくとも俺の知る技術でこんな事は出来ない。なら俺からして未知の何か不可思議な現象が起きていると言う事だろう。


「これで信じたか? ではこれから最低限の事を説明するから、よく聞いておけ」


「はい……」


「まずお主は異世界に勇者として召喚されようとしている。ここは中間地点じゃ、儂は唯の仲介役なので召喚される理由などは知らん」


 勇者ってなんだよ……。俺が召喚される理由も良く分からないし。俺は勇者なんて出来ないぞ。


「そしてこの場所の存在意義じゃが、ここは異世界の召喚に伴い異能を、向こうの世界ではスキルと呼ばれる力を授ける場所じゃ」


 なるほど。つまり強い存在が選ばれるのではなく、選ばれた存在が強くなって異世界に送られると。誘拐かよ。


「それでは本題じゃが、スキルは1人につき5つ選べる。お主も選ぶがよい」


 すると、スキルの一覧が書かれた半透明の板が出現した。これがスキルか、総量は半端じゃないが分類分けされてるから選べない事はないな。


「異世界から召喚される者達は選ぶ時間がとにかく長い。しかもそれを選んでいる間儂は質問攻めにあうのじゃ。じゃからこれから儂は質問を5つしか受け付けない、それと質問には「YES」と「NO」で答える。解ったな?」


 有無を言わさない目を向けられ、冷や汗と共に俺は頷くしかなかった。


「ならば、選ぶがいい」


 スキルは全部で5個。
 スキルの系統は10種類。
 質問は5つで「はい」か「いいえ」の二択で出来る質問のみ。
 制限時間は無いようなのでじっくり選ばせて貰うとしよう。


 武術系 情報系 防御系 攻撃系 魔法系 ステータス系 生産系 職業系 変化系 特殊系


 この中で選ぶとすればまずは情報系だ。無難に鑑定でいいだろう。他にも詳細物質鑑定とか詳細生物鑑定なんかがあるけど、5つしか無い枠なら汎用性を選ぶべきだと思った。


 次に必要なのは身を守る能力。
 防御系を開き、少しづつ見ていく。
 決めた、物理外ダメージ無効。物理ダメージ軽減なんかと比べると用途が少ないように見えるが、洗脳や睡眠なんかの物理的要因では無いスキルを無効化する効果がある。正直ダメ軽減をとっても一撃でやられそうで怖い。
 なら即死級のスキルである洗脳や睡眠を防ぐこのスキルにした。それにこっちは軽減じゃ無くて無効だ、コスパ?があるのか解らないが、お得だろうと思う。


 次は職業系を決めたいと思う。
 農民や奴隷から王様や勇者まで何でもある。だけど女と付く物は選べないかった。
 職業系は例えば戦士のスキルを持つ人間と魔法使いのスキルを持つ人間とでは成長のしかたが異なるようだ。
 俺は道化師のスキルを選んだ。道化師の効果は敏捷力の向上と幻覚系のスキルが獲得し易くなるという物に加え、なんと行っても道化を演じる技能だ。
 いざという時には危険から逃げられるようにこれにする。


 これで3つ。
 あと2つだ。
 絶対に必要なスキルは取った。
 ならこれからは異世界で勇者が出来るスキルが必要だと考える。特殊スキルの欄を開く。
 特殊系とは他の9つの系統全てに当てはまらないスキルを指す。俺は進化を選んだ。
 効果は解らない、けれど俺はこれが必要だと感じだ。


 最後は主力を選ばなければならないが、正直困っている。
 このスキル一覧にはあまり強いスキルが載っていないように思えた。例えばスキルを奪うスキルや成長を加速するスキルなんかのチートと呼ばれるスキルは書かれていない。
 それに最後のスキルを選ぶ前に質問をしてみようと思う。


「最初の質問をさせてくれ」


 爺さんは見据えるように俺の顔に目を向ける。
 質問をしていいと言う事だろう。


「貴方の言う「YES」と「NO」には絶対に嘘偽りは無いのだろうか?」


 これは必要な事だ。確かにこの質問で仮にYESと答えたとしても、嘘偽りがないとは限らない。この質問の答えが嘘なのかもしれないのだから。


「YESじゃ」


 だがYESであるのならば俺がこれから言う事に対しての答えは最低限だけでも順守されると言う事だ。あからさまな嘘は言わないだろう。だがこれで質問権は後4回。慎重に進めよう。


「次の質問をする。このスキル一覧には俺が行こうとしている世界で現状の俺が獲得できる全てのスキルが表示されているんですか?」


「NOじゃ」


 やはり違う。
 恐らくここに乗っているスキルは基本スキルのような物なのだろう。
 つまりより強力な上位スキルが存在すると言う事だ。獲得方法が気になる所だが、それを聞く事は許されてはいない。
 この質問5つと言うのもこの爺さんの気まぐれで俺に起こっている一種の奇跡のようなものだ。この部屋で一番やってはならない事は爺さんをキレさせる事。


「俺は今から俺が選ぶ5つのスキルだけしかスキルを持たずに異世界に転移するんですか?」


 この質問は答えがYESであれば無駄な質問だ。だが俺は希望を抱いてしまった。例えばここで選ぶスキル以外にも別種のスキルを付与されているのではないのかと。


「NOじゃ」


 よし。つまり俺にはここに載っている以外の何らかの特殊なスキルが付与される。


 だが、あっちの世界の人はどうやってスキルの確認をしているのだろうか。
 人物詳細鑑定スキルを持っている人物に頼るのか? それじゃ人口と確認方法の希少度が釣り合っていない気がする。
 自分のスキルを確認する手段はもっと多く有るべきだ。俺が神ならそう考える。


「ステー……」


 言い終わる前に出て来た。言う事がトリガーでは無く見たいと考える事がトリガーだったらしい。





黒峰くろみね痲霧まきり LV1


種族 人間


職業 勇者 道化師


スキル
鑑定
物理外ダメージ無効
道化師
進化





 ゲームのように攻撃力とかが有る訳じゃ無いようだ。
 スキルはまだ付与されていないのか。レベルが身体能力とかに影響するのだろうか。
 それも聞いておきたいがそれは向こうに行けば必然的に解るだろうし、何よりも残り2つの質問をそんな無駄な事に使うつもりはない。
 次の質問をしよう、ここが俺の正念場だ。


「貴方は次の質問に「YES」と答えますか?」


 爺さんの目が細まる。俺の考えている事を察したのだろう。


「……」


 どうだ。ここで爺さんがキレれば試合終了。
 だが、俺が今まで話した限り自分の作ったルール内であるのならばそれは不正では無い、そう判断する人間だと俺は判断する。
 人間かどうかは自信無いけど。


 さあ答えて貰おうか。


「NOじゃ」


 やはり、自分の作ったルールを破るような性格ではなさそうだ。
 そして爺さんもある程度次の質問の予想は付いているだろう。だから最後の抵抗でNOを選択した。
 ならば俺はこう言おう。


「俺のスキルを倍にして、少しだけ説明を貰う事は出来ないだろうか?」


 この質問は質問であって質問では無い。何故なら爺さんが選択する回答は前の質問で確定しているからだ。


「…………NOじゃ」


「ありがとう」


 俺はキメ顔でそう言った。


「お主。いや馬霧と言ったか? 中々面白いな」


 どうやら五つの質問とやらは終わり、俺の最後の質問通りに説明の時間に入ったようだ。


「いや、あなたには及ばない。四つ目の質問に的確に「NO」と答えるんだから。それと俺は名乗った記憶は無いんだけど」


「そうじゃな。四つ目の質問が「YES」であれば必然的に5つ目の質問も「YES」となる。そうなればお主はもっと大きな要求をしたと言う事じゃろ? 儂はここに来る人間のデータは持っている。別に無作為に選んでいる訳でもない」


 俺のデータねえ。プライバシーとかどこいったんですかね。
 まあ相手はどう考えても普通の人間じゃないしどうしようもないか。


「いいえ違いますよ、もしも四つ目の質問が「YES」であれば俺は最後にこう言っていました「俺のスキルを倍にして、ちゃんとした説明を要求する」と」


「ん? それでは結果的に「YES」でも「NO」でも同じなのでは無いのか?」


「違います。「YES」場合と「NO」の場合では主導権を握る方が違います。仮に「YES」であったならば俺は「では~」と続ける事が出来ますが「NO」だった場合はそちらが「仕方ないから説明してやろう」となるでしょう?」


「そうか。では聞こう。何故スキルを全てでは無く倍としたのじゃ?」


 爺さんの口角が釣り上がった。既に俺がなんと答えるのか察しているのだろう。


「無論貴方を、怒らせないため、……ですよ」


「面白い! 実に面白いぞ小僧!」


 何とか正念場は越えたと言った所か。

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