戦闘狂の迷宮攻略 〜早熟と模倣でお前のスキルは俺のもの〜

水色の山葵

勇者になるために



「結界は完璧に発動している。一ノ瀬家の敷地外には音も景色も広がらないし、その中に一般人が入り込むこともない」


「偵察は終わってる。今、あの家では儀式が行われているはずよ。内容は生物と生物の合成、それもこの世界の生物と魑魅魍魎とのね」


 今日日、寧さんに一ノ瀬の当主から一つの通達が届いた。


 今宵、丑の刻頃、我が屋敷へ参られたし。


 そんな簡素な文が寧さん宛に届いたらしい。何があるのかと思って調べてみれば、生物同士の合成、その最終段階を今日やると。
 ここまで情報があれば、馬鹿でも何がしたいか解る。


 寧さんが、僕と、第一位不明と協力してダンジョン攻略を行っている事は調べれば誰でも知ることができる。つまり、寧さんに危機を及ぼせば僕が動くことを理解してこんな事を仕出かしてるって訳だ。


「つまりさ、あいつらは俺に勝てるって考えてる訳かよ」


 僕の言葉に答える人間はいない。そこには最初から僕しかいないし、オリビアさんとアーサスさんとの通話は切っている。
 今回、フランスには一般人を巻き込まないための結界の作成を、アメリカ冒険者にはそれに加わって結界作成を行っているフランス騎士の護衛をして貰っている。


 行くなら正面からだ。そこにどんな理由があったとしても、そこにどんな大義が存在したとしても、僕の仲間に手を出そうと言うのなら、僕はお前たちを潰す。


 一ノ瀬家の玄関は静かな物だった。警備は誰もいない。いや、居たけど倒されているようだ。何人かの日本人が転がっている。


「私はついて行かせてもらうわ。アメリカは貴方の能力を知りたいの」


「我は汝についていこう。それが騎士団長の命令なれば」


「妾もな。こんな楽しそうな催しは久しぶりじゃのう」


 オリビア・ドラゴニア。ウィリアム・レイド。ティエル・トレース。
 アメリカ1の冒険者とフランス騎士団第二第三部隊の隊長がそこにいた。


「まあいいですけど…………。俺について来れなくても知らねえぞ」


 俺達四人は挨拶もそこそこに突入した。
























 (side 神道翔しんどうかける


 正直、俺はいつかこうなるんじゃないかと思ってましたよ。
 雅花蓮は俺の大切な友達だ。だから花蓮からこの家の護衛を頼まれた時、俺は二つ返事で了承した。


 花蓮の家は魔術師の家らしい。花蓮の家の事はダンジョンが出来る前から知っていたし、花蓮の家が名家である一ノ瀬の家の分家だという話も知っていた。
 花蓮はダンジョン攻略で実力を伸ばしていき、元々魔術に対する高い適正もあったことから今では本家分家を合わせても魔術の技量で彼女に及ぶ者は少ないらしい。


 そこで、本家からこの家の護衛の依頼がやってきて花蓮は喜んでいた。この依頼を見事やり切れば彼女の家の実力が認められることになるのだから。
 そんな大事な依頼の助けに俺を呼んでくれたのは、花蓮が俺を信頼してくれている証であり、素直にうれしいと思う。


「それで翔、なんでテメェがここにいる?」


 この家では今日儀式が行われるらしい。その儀式の妨害を企む組織がこの屋敷を襲う可能性があるからと、護衛の依頼が花蓮に行ったようだ。
 そして、最悪の人間が僕の前に現れた。


 ワールドランキング1位。全ダンジョンを含めた最高到達者にして最速到達者。


「俺はここを守る様に依頼を受けまして。まさか襲撃者が貴方だとは」


「俺は急いでる。道を開けないのなら倒して通る」


 正直、今の俺が勝てるわけがない。ここにいるのは俺だけだ。そもそも、この依頼を受けたのは花蓮で同行しているパーティーメンバーは俺だけ。
 それだけ花蓮は俺を信頼しているという事なのだろう。


 俺は剣を抜き放つ。それは誰でもない、今目の前にいる最強から渡された世界に2つと無い最強のつるぎ。


「そうか。正直、テメェとはいつかこうなると思ってたぜ」


「俺もです。貴方とはいつか戦うと思っていた」


 気になる事は山ほどある。何故この人がここにいるのかとか、この屋敷の人はこの人に目を付けられるような事を今しているのかとか。
 この屋敷では何か起こっている。それはこの人がこんな事をしなければならないような事なのだろう。


 だが、そんな事に頭を悩ませながら勝てる相手なんかじゃない。それは俺が一番わかってる。


『私の夢は世界一の魔術師になる事。この仕事はその夢の大きな一歩なんだ』


 その一言だけ。俺はそれだけを覚えていればいい。何も知る必要などない。
 答えは後からついてくる。もしも、俺の思い以上の物を貴方が持っているのなら、俺は貴方に負けるかもしれない。
 けれど、俺のこの感情を証明するために俺は貴方に負けない。


「「ブレイブオーラ!」」


 俺がスキルを発動したのと同時に、あの人もスキルを発動する。


 そう。どれだけの栄光を浴びたとしても、どれだけの称賛があったとしても。
 それはこの人が譲った物でしかない。俺が勇者だと呼ばれるのは、この人がその名誉を拒否している結果でしかない。


 俺が勝って、俺の思いが正しいと証明する!
 俺が勝って、俺の方がこの人よりも強いと証明する!
 ずっと、この人に上には居させない。俺がこの人に追い付いて追い越す。
 それは今だ。ずっと、この人は俺よりもずっと高い場所に居た。


 天叢雲剣。俺が扱える聖剣の最強の形態。
 神剣に属するこの剣は、あらゆるスキルを切り裂き、あらゆる能力を無効化する能力を持つ。
 ただ、それは一の権能を持つ俺には意味のない能力だ。


 しかし、天叢雲剣の能力はそれだけではない。
 天叢雲剣は一の権能の能力以外に2つの能力を備えている。


「スサノオ!」


 それは完全なる耐性の所得。この状態の俺は火傷を負う事も毒や病気に蝕まれることもなく、水中の呼吸すら可能とする。


 縮地法。それは伸が持つ技術で一瞬にして移動する技だ。伸から教わるのには苦労したが、今はこれを教わっておいてよかったと心の底から思える。


 体全体からあふれ出る黄金の魔力を剣に集約させる。そうする事で、剣自体の長さが増し、さらに攻撃力も大幅に強化される。


 しかし、その攻撃が徹さんに当たる事はなく、すり抜けたように回避される。
 あの動きはなんだ。急激に加速した事で、剣がすり抜けたように回避されている。


「動きを止めすぎだよ」


 そう言って、徹さんは剣を振るう。俺の剣よりもずっと短い短剣なのにその刀身は影が纏わりついているかのように真っ黒な刃が伸びていた。


 そして、一本しか剣を持っていないはずのその剣は俺の目にはどう見ても三本見えた。


 後ろに飛びのく形で避ける。ただ、徹さんはそこで止まりはしなかった。


 追撃、後ろに飛びのいた瞬間。徹さんが消える。


「違う!」


 視線を必死に動かし、位置を探るがどこにもいない。ならば……


「上か下!」


 2分の1、俺は上を見上げ、剣を構えた。
 居た。すぐさま瞬歩のスキルを発動させる。伸も持っているこのスキルの最大の特徴は、自分の姿勢に関係なくその効果を発動させられることだ。


 すぐ様更に後ろに身を引くが、それでも空中を蹴って徹さんが追い付いてくる。


「ダブルスラッシュ!」


 二連の剣で応戦するが、空中だというのに姿勢を完璧に制御し俺の剣をまたも透り抜けるように回避する。
 くそ、全然当たらない!


 光魔法。オーバーライト! それは発光する球体を出現させ爆発させることで、周辺にありえない量の光子をばらまく魔法。
 相手の視覚能力を奪う魔法だ。


 これで止まる。そう思い徹さんを見たが、俺の期待は簡単に砕かれる。


「なん……で!」


 突き出された短剣を、必死に剣で受ける。徹さんは目を瞑って戦っていた。


「もう終わらせよう」


 一瞬で姿が掻き消える。今までのとは違う。それは単純な移動、目ですら負えない速度での移動。


千切ちぎり」


 次に徹さんの声が聞こえてきたのは俺の背後からだった。首裏に強い衝撃が走る。


 勝てない……のか。意識が朦朧とする。今目を閉じて眠ればどれほど気持ちがいいだろうか。この痛みにあらがう事がどうしようないほど馬鹿な事のように思えてしまう。


 でもさ。あの花蓮が俺に頼み事をするなんて初めての事なんだ。花蓮は強がりで弱みなんて誰にも見せなくて、全部自分で解決しようとしてしまうような奴で。
 そんな花蓮が俺にこの依頼を手伝ってほしいって言ったんだ。初めてなんだ。花蓮が俺にそんなお願いをするのは。それだけ大事な事で、それだけ叶えたい物なんだ。
 俺はそれを手伝いたい。


「「「「「「「「だから、まだ沈めない!」」」」」」」」


 天叢雲剣の二つ目の効果。それは自分を8つに分身させる能力。
 それは戦力を8倍する究極の能力。


「そうか」


 あの人から影が伸びていく。8体の自分全員が部屋中が黒く包まれた事に違和感を覚えた。
 絶対に何か来る。全員が背中を合わせ、全ての方向を警戒する。


「影分身」


 それは群れだった。夜の群れ。
 真っ黒な徹さんが。数えるのも馬鹿らしい、数十を超える数の最強がそこへ君臨していた。


「後は任せろ。お前はよくやった」


 一人だけ黒く染まっていない、色のある徹さんが呟く。


「「「「「「「「それでも、俺は負けられないんだ!! ブレイブブレード!!」」」」」」」」


「虫の密語」


 俺の剣に宿った黄金の光は、あの人の呟きと力のこもっていない剣によってかき消された。


「天照」


 影全員が俺に向けて剣を振るう。それはあの人が蛇の神を倒した時のスキル。
 すべてを切り裂き、全てを破壊する一閃。


 俺を覆っていた黄金の魔力と天叢雲剣のスサノオの厄除けの効果が剥がれていく。
 同時に俺の意識が完全に途切れていく。どれだけ身体を動かそうとしても、指一本動く気配はない。


「まだお前は俺には勝てねえよ。だがな、今まで戦った敵の中でお前が一番強くなるだろうよ」

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