俺だけFPS

水色の山葵

研ぎ澄まされた剣と、磨き上げられた銃と、Ⅰ



 シェリーとの試合が終われば数分の休憩の後についに最終戦が始まる。
 問題があるとするなら時刻が20時を越え、時計仕掛けの天人の消費STM半減効果が失われてしまった事だろうな。
 決勝戦の相手はスバルを倒した程の手合いで舐めて掛かれる相手でもないし、その異質さも気になる。


 全身を漆黒の鎧で包んだ重戦士。タイプはスバルと似通っているように思えるが、その戦い方は全く異なっていた。


 相対する男は顔に黒い西洋風の兜で覆っている為アバターの顔すら見えない。
 まあ、木仮面で隠しているのは俺も同じだが。


「あんた、プロゲーマーなのか?」


 そう相手の選手、プレイヤーネーム『シマシマ』が話しかけてきた。
 プロかと問われれば微妙な所だ。大会の優勝賞金や出資金を貰った事が無いわけではないが、どこかのチームに所属している訳でもない俺はプロと名乗るには少し弱い感じがする。
 しかし、相手が聞きたがっているのはそういう事ではないだろう。俺だって休憩時間に掲示板くらいは見る。俺の名前がそこそこ話題に上がっている事も知っていた。


「まあ、少なくともFPSの世界大会で二位になったのは俺で間違いないな」


 そう答えれば歓声が一層増した。隠していても仕方のない事だし、有名になったからと言ってこのゲームを楽しめなくなるわけじゃない。そもそも最初から隠すつもりもない。自分から言う機会が無かったから言ってなかっただけだ。


「そうかよ」


 しかし、相手から帰ってきた言葉には多少の怒りが含まれていたように感じた。


「あんたらは才能が有っていいよな」


「何の話だ?」


「俺たちには才能がねぇから、データを強くする事でその差を埋めてんだよ。ただのプレイヤースキルだけで大会決勝進出、すげえ事だよ。けどな、それは俺みたいなデータを強くする事しかできない無才の人間を馬鹿にしてるんだよ」


 要するに妬みとか嫉妬とかそういう類の話なのだろう。
 そりゃ一般のプレイヤーからすればゲームのジャンルを問わずスーパープレイを見せる様なプロは尊敬するべき対象で、追いかけても追いつけない壁の様な相手なのかもしれない。
 それに唯一追い付く手段があるとするのなら、時間を多くかけ、才能ではなく能力を伸ばせるRPGというジャンルのゲームになってしまう。このパーティクル・ラプラスというゲームのやり込み要素はかなり多く、「俺つええ」をするために必要な地盤は整っているように思える。


 例えば全身を最高レベルのユニークアイテムで武装した相手にただのレベル99のプレイヤーが勝つ事は難しい。
 例えば、それがシェリー・バーリオンだったとしてもレベル1段階でレベル99のプレイヤーを倒す事は不可能だ。それがMMORPGというゲームジャンルだ。


「配信者とかプロゲーマーとか、うざいんだよ。腕だけのゲームやってればいいだろうが。なんでレベル制のゲームに来るんだよ」


 それがシマシマという男の本音で、同時に彼はプレイヤーネームを晒しながらそれを言う覚悟のある人間だ。
 だからこそ、蔑ろにしていい意見ではないと思ってしまう。


「こっちはコツコツとレベル上げして、強い敵にも努力で勝てるように頑張ってんだよ。それをVR適正だか何だか知らねえが、それだけの事で意味を失う物の為に俺は時間をかけてこのゲームをやってるわけじゃねえんだよ」


 この大会は本来なら確かにそういう大会のはずだったのだろう。
 多くの時間を消費し、レベルを上げて、装備を集めてスキルを最適に調整する。それに多くの時間を使った者こそが賞賛されるべき大会。
 そこに、ゲームを始めて一ヶ月も経っていない奴が二人も紛れ込んで準決勝まで進出して、それ同しの戦いが大会で一番の盛り上がりを見せている。
 自分たちの様な努力した人間ではなく、最初からゲームの才能を持っている者が賞賛される大会となってしまった。それをこいつは許せないんだろう。


 会場の空気も彼の言葉に動かされつつある。
 確かに俺やシェリーのやった事はこのゲームの性質を否定するような事なのかもしれない。
 けれど、俺はこっちの意見を聞かずして勝手に話を展開するのを黙って見ていられる程大した人間でもない。


「なあ、聞いていいか?」


「なんだよ」


「じゃあ、お前は何の為にこのゲームをやってるんだよ?」


「このゲームが楽しいからだ。努力がキチンと反映されて、一人づつ違った固有のシナリオがあって、やればやるだけそのシナリオは多くなっていく。そしてそれは力の数になって、お前みたいな才能を持たない俺でも強くなれる。だからその快感の為にだ」


「ああ、俺も同じだよ。いやまあ、最初だけだけどさ。勘違いしてないか? 別に俺もシェリーも配信者もプロゲーマーも、最初から強かった訳ないだろ。お前の努力を大切にするなら、人の努力を勝手に無かったことにしてんじゃねえ。努力が全て報われるって言うなら、他ゲーの努力も報われないとおかしいだろ。少なくとも、プロゲーマーでも配信者でもねえお前が勝手に語んな」


 少なくとも俺が戦ってきた奴らの中に努力をしていない人間なんて誰も居なかった。


 睨みつける。それは俺自身もそしてシマシマも同じ。
 舞台はまるで目から雷でも放っているかのような、ピリついた空気となっていた。
 それは会場も実況席も配信会場コメントも同じことだ。


 沈黙が場を支配する。それが解かれるとするなら時間経過によって試合開始の合図が行われた時。


『READY FIGHT!!』


 司会者はルールにのっとり、決められた時間に決められた言葉を口にする。 
 それが沈黙を破る合図となり、同時に二分する二つの意見を持つ人間を分ける合図でもあった。


 開始と同時に拳銃を撃つ。
 リキャスト半減なら、命中補正込みの見えない弾丸。


 一方を回避すれば、もう一方が当たる。そういう配置の弾道。


「だったら、プレイスキルがゲームスキルより弱いと証明するだけだ」


 シマシマはそう言って武器を出現させた。それは今大会でたった二人しか使っていなかった武器種にして俺と同じ武器種。
 銃カテゴリ、魔法銃《MG》という代物だ。それは他ゲーでいう杖の様な扱いを可能とし、引き金を引いた時、予め込めていた魔法が無詠唱で発動するという武器だ。


 そして拳銃タイプの魔法銃と同時に取り出したのは一本の細い剣だった。
 それは俗にレイピアと呼ばれる武器だ。刺突攻撃を得意とし、斬るというよりは突く事に特化した武器。


 こいつの武器は魔法銃とレイピア。確かに面白い組み合わせの様に思える。
 だが、真に驚くべきは出現した武器にではなく、彼の取った行動だ。


 回避しているのだ。頭を狙った一発目を右に寄せる事で左への回避を誘発させ、陽炎で見えない二発目を叩き込む。
 そういう狙いで撃った二発の弾丸を、首を傾げるだけで回避した。


 それは撃たれた弾丸の軌道を完全に把握しなければ不可能な芸当だった。


「俺のレベルは151。多分この大会に参加しているプレイヤーの中でも一番レベルが高いだろう。確かにこの大会では全てのプレイヤーの能力値がレベル99段階まで落とされる。しかし装備やスキルは違う。俺には魔界で手に入れたユニークアイテムとレベル100以上で解禁されるアーツスキルがある。証明してやるよ、俺の方が強い事を」


 そう言ってシマシマは笑う。
 どうやら、気を引き締めなければならないらしい。こいつはシェリーとは真逆のプレイヤー。
 確かにゲームに対する価値観や意見は俺とは全く相いれない相手ではあるが、もしも同じ場所を探すのであれば、こいつと俺はゲームに対する極めようとするという思いに関して似通っているのかもしれない。


 こいつは時間をかけ、レベルを上げ、装備を整え、スキルを調整する。確かにそれはゲームに対する姿勢としては間違っていないのかもしれない。
 そして、俺も同じだ。力量を上げ、準備をし、策を弄する。やっているゲームは全く別のジャンルで、きっと考え方も相いれる事はないだろう。


 だがしかし、この男は恐らく日本で今最も注目されている場所で堂々と意見を発する事ができるほどに、このゲームに対して努力している。
 それは認めざるを得ない事実だ。


 だが、一つこいつの意見には間違いがある。


 ゲームをするのに理由は要らない。電源を落とすか落とさないかの差でしかないのだから。
 誰がどんな理由でゲームをしていようとも、犯罪チートでも無ければ他者が介入する権利なんて何もない。


 そして、俺が今こいつと戦う理由はかなりシンプルになった。
 このゲームに一番時間を賭けた人間プレイヤー。そんなやつとの試合を逃す手は無いだろ。

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