俺だけFPS
銃と、剣と、XIII
ぶつかり合うは刀剣ではなく、銃弾と剣撃。
走り迫る少女と撃ち逃げる少年。
高度な鬼ごっこと表そうか。
捕まれば剣撃が少年の身を斬り付け、逃げ続けている間に少しずつ少女の体力と体力を削る。
全ての銃弾を切り裂き、二つに割れた銃弾は少女の後方の砂埃となるしかなかった。
持つ武器は、遠距離を制圧する拳銃と、近距離カウンター型の刀。双方全く異なる武器を持ちながら、しかしその二人には一つだけ共通点があった。
それを見た視聴者は魅入られる。
心からの笑みを浮かべた彼等の戦いは、闘いと言う以上に芸術的ですらあった。
少女が進化すらしていない基礎スキルであるトップブーストを発動させれば、それはゲーム内最速を有した風船に迫る勢いの速度を有していた。
世界王者シェリー・バーリオンの考えている事は至極単純。『私だったらこうするから、敵はこう動く』それを高度かつ連続的に考える事で、スキルの発動タイミングと使い方を最善手へ導いて行く。
シェリー・バーリオンというFPS全世界一位の才能。それは間違えない才能と言い変える事ができた。
彼女は最善手を選び続ける事ができ、だからこそ相手の最善手を理解できる。相手が行う一番強い行動を察知し、それに完璧に対応するという彼女のバトルスタイルを一言で表すとするのなら。
『フィーチャービジョン』日本語で『未来視』と呼ばれる才能だ。
次の一手が彼女には解る。それを続けている彼女のプレイスタイルを持ってすれば全てのゲームは単純な詰将棋へと変容する。
だが、それをして尚追い付けない相手がいる。
シェリー・バーリオンを以てして読み切れない相手が現れてしまう。
シェリー・バーリオンが未来視と呼ばれたのと同じ様に彼の才能も露見した。
見えていない相手二人の頭を壁越し同時に撃ち抜き、そしてパーティーメンバー全ての数値や敵味方の位置の全把握という驚異的な計算能力を持つ彼をあるニュースアプリのライターはこう表現し、的を射ていると話題を呼んだ。
『ラプラスの悪魔』
それは、この世界に存在する全ての粒子の位置と物理的エネルギーを知るが故に、あらゆる未来を確定的に知り得るとされた悪魔の名前。
回答を出すための原理の話だ。
『自分ならこうする』という思考回路は確かに自分が間違えない限り絶対に不正解を選ばない能力である。それを支える経験と直感を持ち合わせる彼女だけが使える手法。
だが、『状態と動作の全てを把握』し、その場合の最善手を考えるというロジックとどちらが正確性の高い未来を視る事ができるか。
シェリー・バーリオンの能力は、確かに正答率50%のはずの二択を99%近い確率で正解へ導く驚異的な能力だ。
しかし、それでは絶対に1%の漏れが生まれ、その男はそれを見逃さない。
それこそ、完全に意識外の早着替えや刃の伸縮性でもなければ追い付けない程の差となり得てしまう。
その差は如実で確実に現れる。
HPとSTMの減り方を見れば優勢なのがどちらなのか一瞬で知る事が出来る。
減り続けるスタミナはどちらも同じ、しかし銃弾を弾いている分シェリー・バーリオンの方が多くスタミナを消費してる。
更に、HPに関してもミズキは完全回復済みなのに対して、彼女はミズキの武器種が二丁拳銃であるが故に、物理的に片方しか弾くことができない二発の銃弾の一方をどうしても受けてしまう。
シェリー・バーリオンとて、その全てに対してダメージの低い方を選択しているが、それにしても鬼ごっこで勝てない限り彼女に勝利の目はないように見えた。
ただし、ステータスやスキル面で劣るシェリー・バーリオンがそこまで喰らいつけている事こそが異常なのは誰が見ても解る事実であるからこそ、一概に彼女が弱いとは誰も言えないだろう。
そして一見劣勢に見える挑戦者の姿勢で彼女が浮かべる獰猛な笑みからは、彼女が敗北を悟っているようには見えなかった。
だからこそ、ミズキも笑う。
王者が向ける餓えた笑みに応えるように。
ここに勝者はいない。勝者はとは戦いの後に決まる物だから。
だからこそ、その場に立つのは総じて挑戦者。勝利を渇望し挑み戦う者達。
「秘剣」
対人戦に置いてスキルの音声入力が使われる事は少ない。名前から相手へ情報を与えてしまうからだ。
だが、それを分かった上でスキルを音声で起動する必要があるとするのなら、それは咄嗟にスキルを発動する場合と、未だそのスキルに身体が慣れて居らず、思考で使用すると事故る可能性がある場合だ。
そして彼女が音声入力を使う理由は後者。
銃弾を初撃から切り裂き、数発で慣れたと語った彼女を以てして、未だ慣れずを意味する技。
「燕、返し」
高速の一刀。いや、その剣技は二刀であった。
だが、殆どの人間が通常の動体視力でそれを見れば一刀にしか見えないだろう。
ただ、スキルの終了時点が刀が元の位置に戻るまでである事が一刀であるという推測を否定する。
つまりこのスキルは使用者が設定した方向に対して一刀の後、返す刀で一刀という連撃のスキルであった。
しかし、その剣戟の速度はスキル発動から終了までを以てして約3フレーム。一刀、返し、一刀。それに割く時間が1フレームづつという驚異的なスキルだ。
回避不可能、射程距離内で発動されれば回避する方法は存在しないニ閃。
当然、そんなゲームバランスを崩壊させるような個人技は存在しない。というかレベル99までのスキルには原理的にそんな性能のスキルが芽生える事はありえない。
だから、それは彼女の技術スキルではなく、固有武器に搭載された公式チートと呼ぶべき一撃。
【伸縮自在】による武器の変形に加え【秘剣・燕返し】による超速の一刀の習得こそが不知火の本当の能力。
だが、ミズキはシェリー・バーリオンの刀の間合いに入るような真似はしていなかった。だからこそ反応が遅れ、意識外からくるもう一つの能力に思考が至れない。
「誰も縮む効果だけなんて言ってない」
大昔の剣豪から習ったであろうそのスキル。そしてその剣士が扱った刃は、竿と呼ばれる程長かったと伝えられている。
不知火の【伸縮自在】は不知火の刀身を三つの形状へ自由に変形させる能力である。
その三つとは、小太刀、打刀、物干し竿。
シェリー・バーリオンがスキル名を口にした理由は二つ。
そのワードを聞かれようが回避は不可能である事。そして何より、剣の長さを操作する事に意識を集中させるため。
一瞬だけその刃の長さが拡張される。
長さ70cm程度だった刀が1m前後まで拡大される。
その一閃はミズキの喉笛を切り裂き、返す一閃は両腕を裂いた。
クリティカルノックバック。
ミズキは喉と両腕からダメージエフェクトを溢れさせながら、彼方へと吹き飛んで行く。
「ふぅ」
シェリー・バーリオンが息を吐く。燕返しは必殺の剣であるが故にその後の戦闘は考慮されていない。
現存するスタミナの全消費。それがこのスキルに発生するデメリットだ。
だからこそ、シェリー・バーリオンは笑う。打ち払った男が立ち上がる姿を見て。
燕返しは彼女が想定したよりも浅かった。首を断つには至らず、腕を切り落とすにも至らなかった。
見てから反応したという事は有り得ない。だからこそ驚異的。ミズキがシェリー・バーリオンという人間の動作から燕返しを予見し対応したという事実に結び付き、思い至った彼女は戦慄を覚える。
私ならこうする理論では見た事が無いスキルに反応する事は不可能だ。
だからこそ、一人の人間の動作からその人物が隠し持つ武器を検討し警戒する事の異常性が他の誰よりも確実に分かってしまう。
まるで自分の上位互換を見せられているような感覚。
だが、彼女は震えないし絶望しない。
だからこそ、笑うのだ。
「私には、まだ上がある」
その証明が目の前にいる幸運に。
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