俺だけFPS
プロローグ 世界二位
銃声が止むことはなく、至る所で爆発が起きミサイルが降り注ぐ。
一発の弾丸が頭を捉える度に世界中で歓声が起こった。
同時視聴数30億人という偉業を達成したのはとあるFPSゲームの世界大会だった。
全世界の人間が自国のプレイヤーの勝利を望み、そのプレイに一喜一憂する。数十年前ならばこの役目は現実の肉体を動かすスポーツが担っていただろう。
しかし、西暦2041年の今日日。世界中の人間を熱中させているのはEスポーツ。要するにVRゲームである。
弾丸がヒットする度に、体力が削れるたびに、世界中が歓喜し落胆する。
そして、約300人のプレイヤーの中から頂点が決定する。
最後の一人になるまでのバトルロワイヤル、やり直しは無しの一発勝負。隠れて順位を上げるもよし、攻めてキルを稼ぐも良し。
そして日本代表の男はその身体を微動だにする事なく、長い銃のスコープを覗いていた。
紛れるように、祈る様に、その引き金に指を入れスコープの中を瞬きすらせず凝視する。
日本人の観客からすれば、絵のない画面に意識を逸らしてしまいそうになる。
その瞬間、日本代表の男は引き金を引いた。
1500mを越える長距離狙撃。
狙う相手は敵を殺し、その装備を奪い取らんとするどこかの国の代表。
その弾丸は音を置き去りにし、突き進む。風を切り裂き、頭部へ吸い込まれるように着弾する。
パァン!!
それは弾が発射された音だろうか、それとも弾が敵の頭を吹き飛ばした音だろうか。
日本代表の男は、敵を倒したのにも関わらず喜ぶそぶりもなくもう一度スコープを覗き始める。
今の一発で己の居場所は周りの敵に伝わった。ならば、それを計算し敵が移動するであろう位置を割り出す。
可能性がある場所全てに銃口を向ければ、その一つには確かに敵が居た。
少しずつ、物陰に身を潜め近づいてくる。
日本代表の男の持つ銃はヘッドショット以外は即死にならない。要するに胴体へ当たる弾は無駄撃ちと同義であると男は考える。
撃つなら確実に殺せるときに。
静寂が日本中を包む。誰もが男が引き金を引く瞬間を固唾を呑んで見守った。
撃たない。まだ、撃たない。待つ、じっとずっと彼はただ待ち続ける。
近づいてきた男はとうとうその場所へ到達した。後は階段を上れば日本代表の男が居た屋上へ行ける。C4やクレイモアの類がない事を入念に確認し進んでいく。
その時、不意に背後から音が聞こえた。聞こえたというには小さな物音だったが、男はそれを空耳と捉えない。
万事休すか、日本を応援する誰もがそう思った。
しかし、そこに居たのは日本代表の男ではなかった。それは全く別の国の代表。お互いにお互いを発見し、銃を撃ちながら物陰に滑り込むように隠れた。
場面は完全に日本代表の男の事など忘れさせ、彼らはお互いの相手へと集中した。
パァン!!
その一発は、どちらが発した銃声なのだろうか。
否。どちらでもない。
何故ならその一発の銃声は壁を貫通し、直線状に二人の頭を撃ち抜いていたからだ。
日本代表はその二人のプレイヤーの位置と武装から、未来を予測したのだ。パワーバランスからお互いが戦闘を開始する位置と戦闘が開始した場合の状況を予測し、足音などの情報から少しだけそれを補正する。
言うは易く行うは難し。正しくそれは未来予知であり、神業の類である。
『うおおおおおおおぉぉぉぉ』
日本中でその二枚抜きを称える歓声が上がった。
この日だけは、うるさいと隣人をしかりつける人間も居なかった。
その大会の最もたる名場面は正しくその瞬間だろう。それほどまでに、誰が見ても分かるような凄技。偶然ではない、そんな偶然はあり得ないからだ。
少なくとも頭を抜いているのは狙ったからだろう。
日本のスナイパー、ヤバすぎだろ!
日本以外の国の観戦者は、その行動に恐怖する。もしも自分がそれと相対した場合どう勝てというのだろうか、その答えを見つけられたものは少ない。
ついに、最終戦が始まる。
マップは半径15m程まで縮小し、残ったプレイヤーはたった二人だ。
日本代表、ミズキ
アメリカ代表、シルバー
両者持つ武器は全く違う。一方はスナイパー、もう一方はサブマシンガン。
このゲームを極めたといっても過言ではない両者は、引き金を引けば当てるだろう。
だからこそ、移動は絶対に射線の通っていない場所だけを選んで進む。
近づけばシルバー有利、距離を空ければミズキ有利だ。
お互いの思惑が交差する。
しかし、マップは小さくはなるが広がりはしない。
状況的にはシルバーが有利と言える。
しかし、スナイパーにはワンチャンがある。
極論を言ってしまえば0距離であったとしても頭に当てさえすれば勝ちなのだ。
全世界の人間がその決着を見守る中、状況が動く。
シルバーがミズキに向かって真っすぐ走り始めた。
そんな行動は狙撃してくれと言わんばかりの、誰がどう見ても悪手の類だ。
だからこそ、ミズキは撃ち悩む。
撃ってくれと言わんばかりの動き。まさか勝ちを譲ろうという話でもないだろう。
グレ、サブ武器、ドローン、スキル。
様々な可能性全てを潰していく。
だが、どの可能性においてもここで撃たないなんて選択肢はない。
いざ、尋常に。
顔を遮蔽物から出し、銃口を向ける。
その瞬間、シルバーが跳躍した。
しかし、その程度でブレるような鍛え方はしていない。すぐさま、照準を上に向ける。頭に向けて発砲するべく引き金に手を掛けた。
「不正解」
そう聞こえたのは幻聴ではないだろう。しかし、もう止められない。
パァン!
発射されたは銃弾は空中にいるシルバーを捉えた。
しかし、日本代表の男の視界に勝利の二文字が出る事はない。
ババババババ……
サブマシンガンの連射音。
それは撃ち抜いた空中からではなく、地に足付けた男から放たれた物だった。
ゲームオーバー直前、ミズキは見た。中身のない服とヘルメットだけが、跳んでいる光景を。
「早着替えとかいうゴミスキル積んでんじゃねえよ」
「ゴメンネ」
それは、あらゆる攻略サイトで最低評価に位置付けられたスキル。自分の衣服を脱ぐ速度が上がるという自分の防御力をより早く下げるだけという、全く使い道のないはずのスキルだった。
その奇襲が成功したのはVRというゲームシステム故の隙。現実をほぼ完全に際限するVRという技術は、人間の身体の中で最も面積が大きい衣服を脱ぎ棄ててのミスディレクションという荒業を成功させるまでに至った。
ある程度意思で変更可能なスキルの効果だが、今回は上に脱ぎ捨てるという風に使ったのだろう。
それに加えて、アメリカ代表の衣服の色は目を引く赤色だ。あんな最後の戦いの場面なら、絶対に見てしまう。情報を見逃さまいとしてしまうに決まっている。
心理の隙を的確についてきた。
きっと今日から早着替えの使用頻度が変わるだろう。その奇襲が成功するのは相手が極度の緊張状態にあり、尚且つ他のプレイヤーが介入する余地のない対決でのみであるのだが。世界大会で決め手になったスキルと言うだけで素人目には強いと認識されてしまうのだから。
驚くべきはスキル枠を一つ消費した状態でここまで勝ち上がってきたシルバーというプレイヤーの胆力と実力だ。
そんなスキルを盛っていれば、勝てる勝負も負ける可能性がある。それを容認してまで、つまり彼女には絶対に最後の二人になるまで死なない自信があったという事だ。
まるで、一発が致命傷と成りえるスナイパーが最後に残ると知っていたかのような切り札。
ゲームオーバーの文字が視界を埋め尽くす。
完敗だ。
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