最終少女と適正者のアルカディア

とりあーじ

modulation

 HMD越しの目の前のモニターには何も映っていない。
 AFVのコックピットの中は、機体の全長が他の機体に比べてやや大きいこともあり、やや広めに設計されていて窮屈感はそれほどでもなかったが、完全な暗闇の中、腰まで完全に囲いつくすような形の調律師専用の操縦席の威圧感は大きく、特別製のスーッは背部に機体と接続するコネクターが取り付けられていて、重さ三キロ近くあるそれは彼女が背負うにはかなりの体力が要求される。


 彼女はAFVが嫌いだった。


 調律師としてのポテンシャルが高かったせいで、周りの、同じ年代の少女が送るはずの青春は、機械と常に過ごし、トレーニングと試験に明け暮れる日々に置き換わってしまった。本人の意思が介在することは許されない。
 調律師として成長するのはとても難しい。
 ポテンシャルが高かったとしても、調律師として“使い物になる”代物になるとは限らない。度重なる試験で、使い物にならない、つまり落第の烙印を押された人はあっさりと切り離されて、元の生活に戻される。
 そこに、何の保障もありはしない。
 勝手に調律師の育成のための厳しいカリキュラムを受けることが義務付けられ、才能がないのが露呈すると不要物として追い出される。本来、あるはずだった日々はもう帰ってこない。世間の目はただの役立たず、落ちぶれた者を見る目へと変わる。
 教育が早く済んだものと、遅くまでかかったもの、そこでさらにヒエラルキーが生まれていく。


 勝手に生活を奪われ、勝手に出荷されていく。自由のない生活。
 向かう先は、命を賭した掛け値なしの戦場。


 吐き気がするほど、たまらなく嫌だった。


 すると、不意に鼻につく匂いが漂ってきた。彼女はHMDのバイザーを持ち上げると、前の席をのぞき込む。
 そこには金髪の男が操縦席のリクライニングを倒し、口にたばこをくわえている姿があった。この機体の機甲士だ。
 その澄んだ碧眼はうすぼんやりと、球体のコックピットの天頂部を見ていて、おそらく視界に何も写してはいないだろう。時折息をしたかと思えば、紫煙を大きく吐いている。
 密閉空間の中に、あっという間に充満した匂いに彼女は思わず顔をしかめた。
「臭い、です」
 すると、放心状態だった機甲士の男は、顔をしかめながら自分の顔を見る少女にゆっくりと視線をずらす。
 数秒間。彼女を見ていた男は、何を思ったのかスーッと視線をそらした。
「この程度の調律ごときに何日もかかってんだ、好きにやらせろ落ちこぼれ」
 口を薄く開いて男はそう言った。


 落ちこぼれ、そう言われた少女は、あぁ、と心の中で呟き、乗り出していた体をもとの位置に戻した。


 固有機の調律と呼ばれる作業は、調律師が機体に慣れるために段階的に起動して機体を動かす作業のことだ。通常二日で終わるはずの行程を、彼女は一週間たっても終わらせられずにいた。D2機関の出力すら安定させられない。


 彼女には才能がなかった。
 調律師になった以上、この扱いは永遠に続けられるだろう。エース級の機甲士にとって使えない調律師は荷物でしかない。戦闘中に機関出力の異常を起こすとそれこそ命を落としかねず、作戦の基幹を担う固有機の脱落は遂行に甚大な影響を与える。


 こんなことなら、脱落した方がはるかに良かった。


 そう、心の中で呪った。



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