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ループしますか、不老長寿になりますか?

茄子

033 番外編 未来の嫁と姑

「待っていましたわよ、モカ」
「ご機嫌よう、ピーチ様。バレル様より、わたくしをお呼びとお聞きしましたが、どうかなさいましたか?」
「母君。母君のわがままでモカを呼び出したのなら」
「お前は黙っておいでバレル。わたくしはモカに用があるのです。ああ、バレルは何もしないのならもう帰っても良くってよ」

 あらまあ、バレル様がなんだか可哀そうですわね。
 本日、わたくしは魔王城にお邪魔しております。
 今朝スコッチ様と朝食を食べ終えて食器を片付けていると、バレル様がいらっしゃいまして、ピーチ様がわたくしに用があるので、魔王城に来てほしいと言われてしまったのです。
 バレル様はもちろん魔王城に転移の魔法陣を持っておりますので、今回はわたくしを運ぶ役目を担っていらっしゃる感じですわね。

「母君がモカに何かしないかここで見張っている」
「はあ、それでも結構ですが、邪魔をしたら容赦はしませんわよ」

 なんだか、ピーチ様疲れていらっしゃるような?
 バレル様はピーチ様に言われてなのか、大人しく部屋の隅に置いてある椅子に座ってこちらを観察するように眺めていらっしゃいます。
 さて、魔王城に来たのはいいのですが、ここはどこなのでしょうか? 応接室には見えませんし、ピーチ様の個人的なお部屋とも思えません、あえて言うのでしたら、執務室でしょうか?
 部屋全体は綺麗に整頓されていますが、執務机と思われる机の上には書類が山のように積まれていますし、壁一面にある本棚には文献やファイルがぎっしりと詰まっておりますわね。
 これ、全部ピーチ様お一人で処理なさっているのでしょうか?

「モカ、貴女が色々と忙しいのはわかっていますが、少しでいいので、わたくしの手伝いをしていただきたいのです」
「……わたくしがですか?」

 なんとなくそんな気はしておりましたが、実際に言われると、思わず首を傾げてしまいます。

「ええ、役立たずな旦那様と正妃はまだ帰ってきませんし、バレルも執務を手伝う気はなさそうですし、頼れるのはモカだけなんですの」
「そ、そうなのですか」

 あ、よく見たらピーチ様の目の下にわずかに隈が浮かんでいますわね。お化粧も以前お会いした時よりも簡素なものになっておりますわ。
 うーん、これも花嫁修業の一環でしょうか? あと十年は花嫁になるつもりはないのですけれども……。

「モカ、早速だけれども、こっちの書類を名前順に纏めてくれるかしら」
「わかりましたわ」

 わたくしは、とりあえずと指さされた書類の山を見て、頷きます。

「バレル! 暢気にお茶なんて飲んでいないで、モカを見習いなさい。貴方の横に並んでいるファイルから、高位魔族の名簿を探し出して、爵位順に書き出してちょうだい」
「え、我も?」
「当たり前でしょう! 貴方は次期魔王なのですよ、このぐらい出来て当然でしょう」
「出来るが、何も今やらなくともよいのでは? 今は切羽詰まった揉め事などないだろう」
「だからこそ、この時期に纏めておかなければならないのですわよ。このおバカはそんなこともわかりませんの? ああ、旦那様がご健勝だからと言って、今まで教育を怠ってきたわたくしが悪いのですわね」
「は、母君?」

 ピーチ様は額に手をやり天井を見た後、ギロリとバレル様を見ます。

「いい機会です。魔族の長がどのような業務をするのか、モカと一緒に学びなさい」
「え」
「口答えは許しません。早くなさい!」
「は、はい」

 バレル様は慌てて立ち上がると、すぐ横にある書棚からファイルを引き出しました。
 わたくしは書類を一枚一枚確認しながら、名前順に並び直しつつ、その様子を眺めます。うーん、ピーチ様ってばそんなにお忙しいのでしょうか?
 お手伝いしたいのですが、生憎わたくしもこの先十年は予定が詰まっておりますので、大したことは出来ないのですよね。
 バレル様が作業に取り掛かったのを確認すると、ピーチ様は椅子に座り、積まれた書類に手をかけ始めました。
内容を読んでサインをしたり、再提出させるために侍従を呼んだりと、お忙しく作業をなさっておいでです。
 書類を見ていくと、高位魔族の方々の名前が多数出てきますね。
 確かに魔族には国がありませんが、それでも爵位という物は存在しているようです。領地も高位貴族ですと、持っていらっしゃるようですわね。
 うーん、これで国がないというのが不思議なぐらいなのですが、魔族という物はそういうものなのだと思うしかないですわね。
 人間の常識が魔族に通じるとは限りませんもの。
 この名前を纏める作業も、なんだか、何かのパーティーか夜会の招待状リスト作成のように思えますわね、近々夜会でも開くのでしょうか?

「ピーチ様、名前順に並べ終えましたわ。確認をお願いしてもよろしいでしょうか」
「およこしなさい」

 ピーチ様がずいっと手を出してきたので、その手の上に今まとめた書類を乗せると、ピーチ様はパラパラとめくって確認をなさいます。

「よろしいですわ。では、今度はこのファイルにあるデザインにあるドレスの中から、自分の好きなものをいくつか選びなさい」
「は?」
「聞こえなかったのですか?」

 ピーチ様はわたくしを睨んでいらっしゃいます。

「聞こえてはいますが、なぜ私がドレスを選ぶのでしょうか?」
「貴女が着るドレスだからですわよ。今後、この魔王城で活動するときに着てもらうものになりますわ。ああ、部屋には後で案内させますので、転移の魔法陣を描いておくように」
「……えっと?」
「何を呆けた顔をしているのです。モカ、貴女はバレルの、次期魔王の婚約者なのですよ。魔王城に部屋があって当然でしょう。今後、こうやってわたくしの手伝いをしてもらうことも増えるかと思いますし、ドレスがあったほうが便利でしょう。そのような、村娘が着るような服を着て歩いていては、他の魔族に馬鹿にされてしまいますわよ」
「ああ、なるほど」

 確かに、わたくしはドレスというものは公爵家を出る時に置いてきて、持ってきたのは市井の民が着るような服ですものね。
 確かに、これを着ているのが次期魔王の花嫁だとなると、バレル様のお名前に傷がついてしまうかもしれませんわ。

「モカ、母君のいうことなど気にしなくて」
「バレル、貴方は黙っていなさい。ドレスは女にとって鎧であり武器なのですよ」
「そうですわね」
「モカ!?」

 バレル様が裏切られたと言った感じにわたくしを見てきますが、事実なのですから仕方がありませんわね。
 まあ、男の方にはわからないのかもしれませんわね。
 バレル様、魔族は実力主義とか言っておりましたし、衣服には頓着しないのかもしれませんわね。
 けれども困りましたわね、わたくしも本当にメルさんとコッチさんの育成や、スコッチ様のお手伝いなどで忙しいので、ピーチ様のお手伝いをする余裕はあまりないのですよね。

「ピーチ様、わたくしにも予定がございまして、あまりピーチ様のお手伝いは出来ないと思うのですけれども……」
「ええ、ですから余裕のある時で構いませんわ」
「……余裕のある時ですか」

 それって、最終的にわたくしの余裕がなくなるのではないでしょうか?

「それに、結婚までには高位魔族との顔合わせを済ませておくに越したことはありませんしね。モカ、貴女の予定表をわたくしに提出なさい、それでわたくしが予定を立てて差し上げますわ」
「えっと……」
「母君、それではモカの余暇が無くなってしまうではないか」
「お黙りなさい。まあ、いきなり結婚すると言い出さないだけ、モカの方が現実を見ていると言ったところなのでしょうけれども、今回は側妃を迎えるのではないのですからね。モカは貴方の正妃になるのです、少なくとも伯爵位以上の高位魔族への面会は済ませておくべきでしょう」
「別にそのようなことをしなくても、結婚式の時にどうせ顔を合わせるのだからいいではないか」

 バレル様はそう仰いますけれども、確かに前以て顔を知られているのと知られていないのでは、かなり違いますわよね。
 わたくしは頭の中で予定を計算しながらそんな事を考えていると、いつの間にかバレル様がわたくしの背後に立って、後ろから抱きしめていらっしゃいました。

「モカ。モカはどちらの味方だ?」
「……バレル様」
「我か!」
「駄目駄目ですわね」
「なっ」
「ピーチ様、すぐにでも予定表をご用意いたしますわ。と、申しましても、わたくしにも予定がございますので、あまりここに長居できるわけではないですし、朝昼晩はスコッチ様に食事を作らなくてはいけませんので、山小屋に戻らなければいけなせんの」

 わたくしはバレル様に背中から抱きしめられたままの格好でそう言いますと、ピーチ様は「スコッチなど放っておいても死にはしませんのに」と仰いましたが、わたくしの保護者ですし、可愛い牛や鶏もおりますので、譲れない所なのですよね。
 ヒート様のお手伝いもありますしね。
 わたくしは前に回されたバレル様の手に自分の手を重ねて、後ろを振り返り、にっこりと振り返ります。

「バレル様。わたくし、バレル様との円滑な結婚の為にがんばりますわね。でも、執務のお手伝いをしている時は、バレル様も一緒に手伝ってくださると嬉しいですわ」
「そ、そうか? モカがそう言うのなら……」

 バレル様がそう仰ったのを確認して、わたくしはバレル様に見えない様に首を元に戻し、ピーチ様に笑みを向けます。
 ピーチ様も満足そうに微笑んでいらっしゃいます。言質は取りましたし、今後は積極的にピーチ様のお手伝いに参加してくださることでしょう。
 けれども、魔族には国はないと聞いていましたが、やることはいっぱいありますのね。
 それなのに、チーノ様は今生、冒険者として過ごしていらっしゃって、先日いらした時は正妃様のいらっしゃる東国まで足を延ばすとか仰っておいででしたわね。
 ああ、なんとなくピーチ様のお疲れの原因が分かるような気がいたしますわ。
 ピーチ様はチーノ様達のようにどこかに行きたいとは思わないのでしょうか?

「わたくしまで奔放にしてしまったら、誰がこの激務をこなしますの」
「あ、顔にでておりましたか?」
「いえ、わたくしの特質で相手の考えていることがなんとなくわかるんですの」
「まあ、それは便利といいますか、ある意味お気の毒と言いますか……」

 気が付きたくない事にも気が付いてしまうというのは、厄介でしょうね。
 わたくしはバレル様に背後から抱きしめられたまま、ピーチ様の苦労をおもんばかります。
 旦那様であるチーノ様や、お会いしたことはございませんけれども、本来はピーチ様ではなくこの場にいなければいけないのであろう正妃様、もう少しピーチ様を労わって差し上げてくださいませ。

「それはそうとバレル。貴方、言った事は終わりましたの?」
「もちろん終わった。だからもう帰ってもいいだろう?」
「話を聞いていませんでしたの? まあ、帰りたいのでしたら一人で帰りなさいませ。モカにはまだやってもらうことがありますので」
「むう。では我もまだここに残る」

 背後から、嫌々というような空気が漂ってきます。バレル様、王城がお嫌いなのでしょうか?

「バレル様、王城にいることが苦痛なのでしたら、無理に付き合っていただかなくても結構ですのよ?」
「違う! 王城にいることは別にいいんだ」
「ではどうして?」
「王城に居ると、母君はああしろこうしろとうるさいし、女どもには秋波をかけられるし、なんというか、鬱陶しいのだ」
「まあ、そうなのですか。それはなんといいますか、次期魔王なのですからある意味しかたがないのでないでしょうか?」
「だが、父上は自由にしているではないか」
「……ピーチ様、ご苦労をお察しいたしますわ」
「分かってくれてありがとう、モカ。今後はバレルの手綱はモカが握るのですから、任せますわよ」
「出来る限り頑張りますわ」

 わたくしとピーチ様は同じタイミングでため息を吐き出しました。

「モカ、やはり母上のわがままに付き合うのは疲れるのではないか? 無理をする必要はないのだぞ」
「あら、そう仰ってくださいますの?」
「もちろんだ」
「では、バレル様は今すぐにでも冒険者をお止めになって、ピーチ様の補佐をなさるべきですわね」
「え」
「まあ、出来ませんの?」

 振り返って問いただしておりますので、わたくしとバレル様の顔の距離はとても近いものになっておりますわ。
 バレル様はかなりの時間考えていたようですが、最後には溜息を吐いて、諦めたように「わかった」と仰ってくださいました。

「それがモカの為になるのなら、冒険者の身分は捨てることにしよう。母君の業務の手伝いも、いつまでも逃げてはいられないしな。出来れば結婚してもしばらくはモカと自由に過ごしていたいと思っていたのだが、モカが望むのなら仕方がない」
「七十点でしょうか?」
「三十点ですわよ、モカ」
「まあ、厳しめですわね。わたくしと致しましては、惚れた欲目もあるかもしれませんが、冒険者をやめると言っただけすごいと思いますわよ」
「甘いですわよ、モカ。モカの為だと、最終的な責任をモカに押し付けるような言い方をしています。これでは大減点ですわ」
「それは、まあ確かに……」

 わたくしとピーチ様の会話の意味がわからないのか、バレル様がわたくしの頭の上に顎を乗せてきます。

「二人だけで話して、ずるいぞ。我も混ぜろ」

 こんな事を仰るだなんて、いつかスコッチ様が仰っておりましたが、確かにまだ世間知らずの坊やなのかもしれませんわねえ。
 魔族の寿命ってどのぐらいあるのでしょうか? 少なくとも千年ぐらいはありそうですけれど……。
 その後、わたくし専用になるという部屋に案内され、そこでバレル様と一緒にドレスのデザインを十着ほど選び、転移の魔法陣を描いてこの日は帰ることになりました。

「モカ、本当に無理はしなくていいのだぞ。結婚式も急ぐ必要はない。モカのやりたいタイミングで構わない」
「ありがとうございます。もちろん焦るつもりはございませんし、わたくしにもやることがございますので、すぐに結婚とはいきませんわね。それよりも、バレル様は明日からのご自分の身を案じたほうがよろしいのではありませんか?」
「んー、そうだな。母君は容赦ないからな、今までサボっていた分、詰め込まれるだろうな」

 バレル様はそう言って肩をすくませます。

「分かっているのでしたら、最初から逃げ出さなければよろしいのに」
「子供は風の子、元気な子。外に出て元気に遊んで来いと、父君が仰ってな」
「チーノ様……」

 ああ、本当にピーチ様は苦労なさっておいでですのね。
 もしかして、側妃になったのも、チーノ様がお好きでとかという理由ではなく、溜まっている業務を片付けるために側妃になったのでしょうか? だとしたらお可哀そうすぎですわ。
 今度魔王城にお伺いするときは、何か精の付くものをお土産に持っていく事にいたしましょう。

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