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ループしますか、不老長寿になりますか?

茄子

031 番外編 今後の王都での拠点

「ほお、それで俺の所に転移用の魔法陣を組み込みたいって話なんだな」
「ええ、今後ヒート様のお手伝いをするのにその方が便利なので。流石に二週間も家を空けますと、わたくしの可愛い牛や鶏が悲惨な目にあってしまいますのよ」

 わたくしは年に一度ヒート様の所に顔を出すという約束の為、王都にやってきています。
 すっかり顔なじみになったわたくしは、『ヤドリギ』館も顔パスですが、毎回毎回、王都から帰る度に牛舎と鶏舎、ついでに作業部屋の掃除をするのが悲しくなってきたのですよね。
 バレル様との契約が済んで、わたくしも無事にいつもならすでに死んでいる時期を過ぎましたし、今後は王都の活動拠点として、この『ヤドリギ』を使わせていただこうと思っておりますの。
 そのことをヒート様に伝えますと、後継者育成を手伝うのであれば構わないと、あっさり許可を出してくださいました。

「じゃあ、今日からモカは俺の専属薬師兼代理人な」
「なぜそうなりますの?」
「だって俺の補助をして後継者を育てるんだろう? ただの専属薬師には荷が重いだろう」
「まあ、そうですけれども……」
「だから、モカは俺の代理人ってことで」
「……まあ、仕方がありませんわね」

 確かに、ただの薬師がこの国の闇社会の後継者を選ぶのに手を貸すなんて、おかしな話ですものね。
 代理人というのは言い過ぎのような気も致しますが、まあ、いいでしょう。
 わたくしは、ヒート様に用意していただいた私専用の部屋に、転移用の魔法陣を床に描いて行きます。

「ふーん、これが転移用の魔法陣か。初めて見るな」
「まあ、魔力がそこそこないと使えませんし、魔術ですので、使える人は魔族か、それ相当な魔法使いか、錬金術師ぐらいなのではないでしょうか?」

 ヒート様は床に描かれていく魔法陣を面白そうに眺めながら、一人ソファーに腰かけました。

「しかし、バレルってやつも可哀そうになあ、せっかく両想いになって、結婚しても構わないって、両親に承諾を得たっていうのに、肝心のモカに待ったをかけられるなんてなぁ」
「わたくしが見届けたいことを見届けましたら、ちゃんと結婚いたしますわよ。それまではお互いに自由にしましょうということです。バレル様だって、冒険者として名を上げているのですし、結婚するとなったらわたくしの正体に探りを入れてくる輩も出てくることでしょう? そうなりますと、闇社会に関して動きにくくなってしまいますわ」
「まあ、俺の裏の顔は冒険者のある一定のランクにいる奴らなら知ってる話だしな」

 魔法陣を描き終えて、維持するように魔力を流し込んでから、ヒート様の方を振り向きますと、ヒート様はにやにやとした顔をこちらに向けて来ていらっしゃいました。

「なんでしょうか?」
「いや、あのモカにもいい男が出来たのかと思ったらなあ、俺が何人も推薦しても『興味ございません』の一点張りだったモカがなぁ」
「あら、だってヒート様ってばわたくしがご紹介してくださった方と結婚したら、わたくしを後継者に指名する気満々だったではありませんか」
「ばれてたか」
「ええ、もちろん」

 わたくしは呆れた様に答えると、ヒート様は肩を竦めました。

「そう言えば話は変わりますが、ストロベリーさんのお子さんの養育は順調ですか?」
「ああ、今は洗脳教育を施している最中だ」
「メルさんのお子さんは?」
「離乳が終わった所だな」
「順調に事が進んでいるようで何よりですわね」
「ああ、シェインクにはまたストロベリーを抱かせているんだがなあ、二人目がなかなか出来ないんだよ」
「まあ、授かりものと言いますし、それに関して焦りは禁物ですわよね」

 わたくしは用意しておいたポットからカップにお茶を注いで、ヒート様に渡しながらそう言います。
 シェインクさんとストロベリーさんのお子さんは、髪はシェインクさん譲り、目の色はストロベリーさん譲りの、将来美形になりそうなお子さんですわ。
 メルさんとシェインクさんのお子さんは、メルさんの遺伝子が強いのか、髪も目の色もメルさん譲りでしたわね。

「それにしても、ヒート様の後継者ですか。表も裏も両方いっぺんに務まる方となると、中々に難しいですわよね。わたくしに紹介してくださった男性陣にはその条件に当てはまりそうな方はいらっしゃらないのですか?」

 わたくしも、お茶を飲みながら尋ねますと、ヒート様は難しい顔をなさって「うーん」と唸りました。

「表をモカに紹介した奴に任せて、裏をモカに任せようかと思ってたんだよな」
「あら、そうでしたの?」
「まあな。こう見えて、この国の闇社会は俺の手の中にあるからな、それを全部引き継ぐってなると、それ相応の能力がいるだろう、そうなると、中々担い手がいないんだよな。表の仕事だけならいくらでもいるんだけどな」
「とはいえ、この国最大の商会の後継者ですからねぇ、そちらも難しいのではありませんか?」
「まあ、そっちは何とかなる」
「そうなのですか」

 わたくしは多少ぬるくなってしまったポットを火魔法で温めて、ヒート様と自分用にお代わりを注ぎます。

「問題は闇社会の方の後継者なんだよな。それなりにマナーや武術なんかも仕込まなくちゃいけねーし、ただ仕事ができるってだけじゃ、ダメなんだよな」
「そういうものなのですか」
「そうなんだよ」

 だからといって、不老長寿になったわたくしが後継者になるわけにも参りませんものねえ。
 そもそもなる気がありませんし。

「メルさんは如何です? 礼儀作法も完璧ですし、あの容姿なのに武術にも長けていらっしゃるでしょう? 人心掌握術さえ学べば後継者として問題はないと思いますけれども」
「メルなあ……悪くはないんだが、メルは早々表には出せねーからな」
「ああ、そうでしたわね」

 確かに、一夜のこととはいえ、あの夜会の出来事でメルさんの顔を覚えている方はいるでしょうし、表には確かになかなか顔を出せませんわね。

「表と裏を分けるわけにも参りませんものね」
「捨てるとしたら、表の顔だな。商会がなくても別に困りはしないからな」
「でしたら、コッチさんを表の後継者にして、メルさんを裏の後継者にさせて結婚させるというのは如何です?」
「ん?」
「いえ、コッチさんとメルさんがご結婚されたら、シェインクさんとストロベリーさんに追加ダメージを与えられるのではないかと思いまして」

 あら、我ながらいい考えなのではないでしょうか?

「ほー、まあ、確かにコッチはあの夜会でも然程目立った活動をしていたわけじゃないからな、それに今も、表の方でも動いているから、まあ、無理な話じゃないけどな」
「ではそのようになさればよろしいのではありませんか?」
「モカはそれでいいのか?」
「いい、とは?」

 わたくしはカップに残ったお茶を飲み干してテーブルに置くと、首を傾げてヒート様を見ます。

「メルやコッチが正式な跡取りに成れるまであと十年はかかるぞ? それまで結婚をお預けにしてもかまわないのか?」
「ああ、その程度の事ですか。構いませんわよ」
「ならいいんだけどな、バレルってやつも可哀そうにな」
「ふふ、今度ヒート様にもバレル様を紹介いたしますわね」
「ああ。しっかし、魔族か。いるとは聞いていたが、影に隠れるか、変化の術を使って定期的に容姿を変えるせいで人間側からすれば見分けがつかねーんだよな」
「わたくしも今後は変化の術を覚えなくてはいけませんわねぇ。なにせ不老ですし」

 顔に手をペタリと当てて、わたくしは困ったように言います。
 そうしますと、ヒート様はおかしそうに笑って、女なんだから、ベールでも被ってればいいと仰ってくださいました。
 まあ、確かにスコッチ様も森を出る時は必ず仮面を被っていらっしゃいますし、ベールを被るのは悪くはないかもしれませんわね。

「しかし、俺が一代で築き上げたものだからなあ、あっちこっちから恨みも買ってるし、メルとコッチも大変だろうな。下手にモカに目をかけられたばっかりに」
「あら、まるでわたくしが悪いように仰いますのね。そもそも、わたくし以外に後継者になるような方をお育てにならなかったヒート様も悪いのではありませんか?」
「俺は裏と表で忙しくってそんな暇なんてなかったんだよ」

 それが不思議なのですよね。ヒート様だって女遊びを全くしないというわけではないのですが、生憎お子様はいらっしゃらないのですよね、いらっしゃれば後継者問題も簡単に片が付くと思うのですけれども。

「……もしかして、ヒート様はご自分のお子様を妊娠なさった女の方の命を奪っているとか、実は隠し子がいるとか、そういう」
「そんなことはないぞ」

 あ、違いましたか。

「俺はなあ、種無しなんだよ」
「あら」
「ちっせー頃に病気してな、それが原因で種無しになっちまったんだよ」
「そうなのですか。それはご愁傷さまですわね。病気でそうなったのなら、薬師の薬でもどうしようもありませんし、魔法でもどうにかできる物でもありませんものね、肝心なところでお役に立てずに申し訳ございません」
「気持ちだけ受け取っておくよ。まあ、養子を迎えてもよかったんだけどな、ピンとくる奴がいなかったんだよ。んで、そこで出会ったのがモカだったってわけだ。王族教育も受けた元公爵令嬢、俺の養女にして後継者にしようと思ってたんだけどなぁ」
「王都の外に出て、野盗に襲われて死んだことにしていましたものねえ、あの時は」
「そうだよなあ、綺麗な髪をバッサリ切っちまってて、最初はまさか公爵令嬢だとは思わなかったぜ」
「うふふ」

 わたくしは意味深に笑うと、カップとポットを片付けてから、ヒート様の腕を取って脈を図ります。
 しばらく静寂が流れ、わたくしは閉じていた目を開きます。

「不整脈が出ておりますわね。また無理をなさっているのではありませんか?」
「そうでもないぞ、まあ最近ポップ商隊がうちの縄張りに食い込んできてるからなあ、表の仕事が少し忙しくなってるってのはあるな」
「まあ、トロティー様がですか? でしたら私には何も言えませんわね、トロティー様もわたくしにとっては大恩人ですもの」
「じゃあ、手っ取り早くつぶすってのもできねーなあ。まあ、表がうまくいかなくっても、その分裏で稼げばいいだけなんだけどな」
「ポップ商隊、つぶさないで下さいませね」
「わーってるって」

 まぁ、トロティー様は一つの所に腰を据えない商隊ですので、この王都に出入り禁止になっても、多少不便になったなぁ、ぐらいにしか感じないかもしれませんけれどもね。
 そう考えていた時、部屋のドアがノックされました。

「どうぞ」

 そう返事を返せば、静かにドアが開きメルさんが小さなお子さんを二人連れて入って来ていらっしゃいました。

「あら、ストロベリーさんのお子さんと、胸に抱いているのはメルさんのお子さんですわね」
「はい、モカ様。お戻りになったと聞きましたので、ご挨拶にまいりましたの。ほら、ラズベリー、モカ様にご挨拶をなさいませ」

 ラズベリーさんというのは、ストロベリーさんとシェインク様の間にできたお子さんの名前ですわ。

「こんにゅちわ、モカしゃま」
「ご機嫌よう、ラズベリーさん」
「母親に似て来てるだろう」
「そうですわねえ、でもシェインクさんの面影もございますわね」
「うにゅ?」
「ラズベリー、そのように間の抜けた返事を返してはいけませんわ」
「構いませんわよ、まだ三歳でしょう? 今は他のお勉強に忙しいのでしょうからね、まあ、甘やかしすぎるのも良くはありませんけれども」
「わかっております。ストロベリーが子育てを出来ない分、わたくしがきちんとこの子を育て上げて見せますわ」

 その言葉に、わたくしとヒート様は顔を合わせました。その様子に、胸にお子さんを抱いたまま、メルさんは首を傾げます。

「いえ、ヒート様の後継者に、メルさんはどうかという話をヒート様としていた所なんですのよ」
「わたくしがヒート様の後継者ですか!? そのような大役、わたくしに務まるとは思えませんわ」
「表の仕事はコッチさんに引き継がせようと思っておりますの」
「コッチに、ですか…………。つまり、わたくしとコッチを結婚させようと、そういうわけでしょうか?」
「頭の回転が速くて結構なことですわ」
「わたくしにはすでにシェインクとの間にこの子が居りますけれども」
「コッチさんがそのようなことを気にすると思いますか?」
「思いませんわ」
「でしょう」

 わたくしの言葉に、メルさんは少し困ったような顔をしてヒート様を見ますが、ヒート様はあえて無視しているようです。
 早速代理人として働けということでしょうか?
 メルさんは数秒ヒート様を見つめた後、軽くため息を吐き出して、わたくしに視線を戻しました。

「わたくしは、今もモカ様がヒート様の後継者になるべきなのではないかと思っておりますが……」
「生憎、わたくしは冒険者のバレル様との結婚が決まっておりまして、ヒート様の後継者になることは出来ませんの、色々な意味で」
「……そうですか、それはその床に描かれた魔法陣と関係しているのでしょうか?」
「ああ、これは転移用の魔法陣ですわ。今後、ヒート様の後継者育成をお手伝いするために、頻繁に行き来するようになりますので」
「では、わたくしの教育はモカ様がしてくださるのですか?」

 メルさんがキラキラした目をして私の方を見てきます。

「ええ、そうですわね。闇社会に関してはわたくしが教育をすることになりますわね。表の商会の方は、ヒート様がコッチ様に手ほどきをなさいますのでしょう?」

 そう言ってヒート様を見ますと、妙ににやにやした顔で、口を開きました。

「いんやぁ、表の商会の方の教育もモカに頼もうと思ってるんだけどなあ、なんせ俺も年だし、無理はできねーしな」

 まあ、こんな時だけ年の話をなさるなんて、ずるいですわね。そのように言われましては、専属薬師として強く言えないではありませんか。

「……だ、そうですわ」

 わたくしが渋々そう答えますと、メルさんはさらに目を輝かせて、わたくしを見てきます。

「嬉しいですわ! わたくし達、子供のころからモカ様に憧れておりましたの」
「子供のころから?」

 はて、子供の頃に接点などないはずなのですが。

「まだこの組織に引き取ってもらう前の事になりますが、孤児院にいたわたくしとコッチに、モカ様はお優しく接してくださいました。その事は今でも鮮明に覚えております」
「孤児院ですか」

 確かに、公爵家の令嬢として、第一王子の婚約者として、色々な孤児院を慰問しましたが、その時のどこかの孤児院でお会いしていたのでしょうか?
 うーん、遥か昔のこと過ぎて覚えておりませんわね。

「わたくし、あの日からモカ様のようになりたいと思い、日々鍛錬に励んでおりますのよ」
「なんだ、メルとコッチが最初から妙に、真面目に訓練を受けていると思ったが、そういう理由があったのか。モカは子供のころから人たらしなんだな」
「ヒート様、人聞きが悪いですわよ」

 孤児院ではなるべく平等に接していたつもりですので、特別に目をかけていた子はいなかったと思うのですけれどもねぇ、メルさんとコッチさんにはそれでも印象深い思い出になったのでしょうか。
 それにしても、育てるという工程は残っておりますけれども、ヒート様の後継者問題は片が付きそうでよかったですわ。

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