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ループしますか、不老長寿になりますか?

茄子

030 そして契約へ

「あの」
「なんです?」

 わたくしの声に、きつめの声で返されてしまいました。

「ピーチ様はわたくしの事をお認めにはなって下さらないのでしょうか?」
「そ、そのようなこと言ってはいないでしょう。何を勝手に解釈しているのです」
「では、わたくしの事を認めて下さるということでしょうか?」
「そ、それは、バレルがどうしてもというのだから仕方がないではありませんか」
「ピーチ様ご自身は、わたくしの事をどう思っていらっしゃるのですか? 嫁姑の関係になるのですから、そこの所を確認させていただきたいのです」

 わたくしの言葉に、ピーチ様の目が一瞬泳ぎ、幾度か迷ったような感じでしたが、再び私を真っ直ぐ見てくると、背筋を正し、口を開きました。

「悪くないと思っておりますわ」
「……と、言いますと」
「モカ、ピーチは素直でないところがあってな、水鏡で見ているモカの姿を見て、少なからず気に入っているのだ。そうでなければ、この出不精のピーチが魔王城を出るなどないからな」
「まあ、そうなのですか」
「旦那様!」

 チーノ様のお言葉に、ピーチ様は顔を真っ赤にしていらっしゃいます。
 なんだか、可愛らしく感じてきましたわ。

「ふん。モカ、そのクソ女のことなぞ義母と思わなくていいぞ」
「まあ! スコッチ、なんてことを言うのですか! モカのわたくしに対する印象を悪くするつもりですの?」
「事実を言っただけだろう。自分勝手なクソ女なのは事実だ」
「スコッチ、いくら契約者だからと言っても、わたくしも我慢の限界という物がありますのよ」

 ピーチ様は顔を赤くして目の前にいるスコッチ様に食って掛かります。
 まるでわたくしに良い印象を持ってもらいたいと、そう聞こえてくるようですわね。

「だいたい、五百年前の事をいつまでも根に持っている根暗に言われたくはありませんわ」
「ふん、私の力がなければチーノの側妃になれなかったようなクソ女が何を言う」
「なんですって!」

 ぶわり、とピーチ様の魔力が膨れ上がったかと思うと

「いい加減にしろ!」

 と、チーノ様が声を大きくして仰いました。

「ピーチ、お前はモカをなんだかんだと言って気に入っているのだろう。スコッチに当たらずに、真正面からモカと話をしたらどうだ。モカには時間があまり残されていないのだぞ」
「そ、それは……」

 チーノ様の言葉に、ピーチ様はわたくしを見ます。その目は揺れていました。

「……いいですか、魔王の妃というのは、生半可な覚悟でできるものではありませんわ。貴女も、婚約破棄をされる前までは王族教育を受けていたのだからわかるでしょう。多くの民を支えるというのは、大変な事なのです」

 ピーチ様の目は真剣そのものでした。

「特に、魔王と正妃がそれぞれ自由奔放に動けば、そのつけは側妃にかかってくるのですよ」
「まあ、そうなりますわね」
「わたくしだって、言いたくはありませんが、旦那様と正妃様のせいでどれほどの苦労をさせられたかわかりませんわ」

 あ、ピーチ様の目が少し遠くなりましたわ。隣に座っているチーノ様を見ると、暢気にお茶を飲んでいらっしゃいます。
 そういえば、チーノ様は以前色々なことをしたり、魔王業務に励んだり、と魔王業務の事をついでのように仰っていたことがありますわね。
 もしかして、そのフォローをピーチ様がなさっているのでしょうか? 正妃様は一体何をなさっておいでなのでしょう?

「正妃様は、東洋の国で冒険者をしておりますのよ。この百年間、一度も帰ってきてはおりません」
「まあ……」

 それはさぞかし大変な思いをなさっておいででしょうね。

「まあいいのです。これも、次期魔王たるバレルを産んだ功績ゆえのことですもの」

 誇らしげに、けれどもどこか疲れたように言うピーチ様に少し同情してしまいます。

「と、とにかく。バレルの正妃になったら、今のように自由に暮らすなどできなくなるかもしれませんのよ。それでも、バレルと契約をして結婚をするというのですか?」
「……ええ、お許しを頂けるのでしたら」
「そうですか。……旦那様、わたくしはもう帰りますわ。やらなくてはいけない業務が残っておりますので」
「そうか」
「え」

 ピーチ様はそう言って席を立つとドアの方に歩いて行きましたので、わたくしは慌ててその後を追います。
 ドアを開けて、山小屋の外に出て、森の外に向かうつもりなのでしょう、ピーチ様が一人で歩いて行くので、わたくしは声をかけていいものかわからずに、その後をついて行きます。
 そうしてしばらく森の中を歩いて行き、もう間もなく森を出ようという所で、ピーチ様がわたくしの方をくるりと振り返りました。

「見送りはここまでで結構ですわ」
「そうですか。……あの、わたくしは本当にバレル様の事が」
「構いません」
「え?」

 ピーチ様の言葉に、思わず目をぱちくりとさせます。

「わたくしは、バレルはその地位にふさわしい嫁を貰うべきだと思っております」
「……はい」
「後見のない妃など、魔王城に来れば嫉妬の的になるでしょう」
「はい、覚悟しております」

 わたくしがピーチ様を真っ直ぐに見てそう言うと、ピーチ様は「ふう」と息を吐き出して、優しくわたくしに目を向けました。

「スコッチはわたくしの契約者です」
「はい」
「スコッチは貴女の保護者のようなものでしょう」
「ええ、そうですわね」
「でしたら、何かあったら、わたくしの所にいらっしゃいませ」
「え?」

 ピーチ様の言葉に、首を傾げてその美しいお顔を見ていると、ピーチ様は少し頬を赤らめて、「コホン」と咳払いをなさいました。

「スコッチの被保護者なのでしたら、わたくしの被保護者も同然ですもの、頼ってくれても構いませんわよ。これでも魔族の中での発言力はございますの」
「えっと、……と、言いますと?」
「ですから、何かあったらわたくしに言いなさいと言っているのです。バレルは一見頼れるように見えますが、ああ見えて抜けている所がありますもの、本当なら、しっかりとした魔族の令嬢をあてがうつもりでしたが、貴女は、まあ、それなりにしっかりしているようですし、構いませんわよ」
「それって、わたくしとバレル様の事を認めて下さるということなのでしょうか?」
「だから、そう言っておりますでしょう。魔族の男たちというのは、とにかく頼りにならないものなのです、いざという時は必ずわたくしを頼るのですよ」
「わ、わかりましたわ」
「よろしくってよ」

 ピーチ様はそうおっしゃると、森を出る寸前のところで、転移の魔法陣を空中に描き、わたくしの方を見てもう一度頷くと、そのまま姿を消してしまいました。

「認めていただけたのですね」

 そう独り言ちてから、わたくしは山小屋へと踵を返しました。
 山小屋に戻ると、そこにはいつもと違った光景が広がっていました。
 スコッチ様が描いたのでしょう、空中にいくつもの魔法陣が描かれており、その中心にバレル様がいらっしゃいました。

「ああ、戻ったかモカ。クソ女との話し合いは済んだようだな」
「え、ええ……あの、これは?」

 わたくしは目の前に広がる数多くの魔法陣を見てそう言いますと、スコッチ様は何でもないという様に「契約の為の魔法陣だ」とお答えになりました。

「スコッチ様、契約をするのはわたくしであって、スコッチ様ではないのですけれども……」
「ああそうだな。このままではただの落書きのような物だ。あとはモカの魔力を流し込めばいいだけだぞ」

 至れり尽くせりですわね。
 バレル様は、いくつもの魔法陣に囲まれて、目を閉じてじっと佇んでいらっしゃいます。
 チーノ様はそんなバレル様を見て面白そうに笑っていらっしゃいます。

「えっと、わたくしの魔力をここに流し込めばよろしいのですか?」
「そうだ。モカが帰って来るのが遅かったからな、時間つぶしに私が魔法陣を準備しておいた」
「そうなのですか」

 思うのですが、スコッチ様も存外甘やかしですわよね。ピーチ様が仰った保護者というのも的を射ておりますわ。

「モカ、魔力を流し込み、頭の中に浮かんだ文言を口に出すんだ。普段無詠唱で魔術や魔法を使っているようだが、今回ばかりはちゃんと詠唱するんだぞ」
「わかりましたわ」

 わたくしは自分の魔力を、スコッチ様が描いた魔法陣に流し込んでいきます。
 そうしますと、次第に頭の中に詠唱の文言が浮かんできます。

「わたくし、モカ=マティは契約を望む者なり。汝、我が望みに応え、願いを聞き届けよ。……汝の魔力を、生命力を我に与えよ。聞き届けたまえ、我が声に応えよ」

 詠唱を呟きながら魔法陣の中央にいるバレル様を見ます。すると、バレル様の瞳がゆっくりと開いて行き、わたくしと目が合いました。
 その瞬間、バレル様はふわりと微笑み、口を開きました。

「我、バレル=イジドは、モカ=マティの願いに応える者なり。魂を繋ぎ、魔力を繋ぎ、この寿命が尽きるまで、未来永劫共にあることを契約す」

 その瞬間、魔法陣がすべて茨のように形を変え、わたくしとバレル様を繋ぎ合わせます。
 パシン、という乾いた音がして、魔法陣であった蔦が一瞬で消えてしまいました。

「ふむ、成功のようだな」
「え」

 あまりにもあっけない契約に、わたくしは思わずチーノ様の方を見て首を傾げてしまいます。

「モカとバレルの手首に揃いの蔦の模様が出来ているだろう。それが契約書の替わりだ」
「そういうものなのですか」

 そう言って手首に浮かび上がった金色の蔦模様を指でなぞっていると、不意に背中から抱きしめられました。

「モカ、もう離さない」
「バレル様」

 抱きしめていらっしゃったのは、もちろんバレル様でした。暖かい温もりが背中を通して全身に伝わってきます。
 ああ、これで、バレル様との契約は果たされたのですね。わたくしのループ人生も終わりを迎えるということでしょうか。

「バレル様、契約は致しましたけれども、結婚式はまだに致しましょうね」
「え」
「身辺整理はお済みのようですけれども、わたくしまだまだ、ここでスコッチ様のお手伝いをしていたいのですわ」
「モカ?」

 わたくしの言葉に、バレル様が不安そうな声を出します。生憎後ろにいらっしゃるので顔は見えませんが、情けない顔になっているのでしょう、スコッチ様とチーノ様が笑っていらっしゃいます。

「それに、ヒート様の後継者育成のお手伝いもしたいですし、やりたいことが山のようにございますのよ。バレル様も冒険者をまだ続けたいのでしょう?」
「それはそうだが、それは結婚してもできることじゃないか?」
「まあ、そうかもしれませんわね」
「だったら」

 ぎゅう、と力強く抱きしめられます、が、わたくしの心は変わりません。
 バレル様との結婚式は、わたくしがやりたいことを一通りやってからにいたしますわ。
 どうせ永い人生ですもの、少しぐらい待ってくださっても構いませんわよね。

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