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ループしますか、不老長寿になりますか?

茄子

026

 恥ずかしい体験と、胸のトキメキを感じながらの一週間の旅程を終え、わたくしは数か月ぶりに、スコッチ様の住まう山小屋の前に来ていました。
 ノックをしようとした瞬間、扉が開き、そこからスコッチ様が顔を出されました。

「戻ったか、モカ」
「はい、ただいま戻りました。スコッチ様」

 にっこりと笑ってそう言いましたが、わたくしは見てしまったのです。
 数か月前まで、わたくしが苦労して片づけていた作業部屋は、以前のように乱雑にモノが置かれた汚部屋と化しておりました。
 笑顔が引きつっていなければいいのですけれども……。
 そういえば、このような状態ですし、牛舎や鶏舎の状態が気になりますわね。
 ただ餌を与えていればいいという問題ではございませんのよ。

「スコッチ様、戻ってきて早々ですが、牛舎と鶏舎の方を見てきますわ」
「そうか?」
「ええ、作業部屋の片づけはその後にさせていただきます」
「戻って来たばっかりなのだし、ゆっくりしてもいいんだぞ?」
「……スコッチ様」
「なにかな?」

 わたくしはにっこりと微笑みながらも、一言一言に力を込めて口を開きます。

「あとで、必ず片づけますから」

 覚悟してくださいね、という思いを込めて言いますと、スコッチ様は少し顔を引きつらせていらっしゃいました。

「バレル様は中でゆっくり……出来ないかもしれませんが、ごゆっくりなさってくださいませ」
「そうだな、まあ、この状態の方がなれているから問題はない」
「そうですか」

 わたくしは納得がいかないまま、今後私の食生活を支えて下さる牛と鶏のもとに向かいました。
 裏庭に設置した牛舎と鶏舎は外見こそ綺麗なままでしたが、中は酷い状態でした。
 スコッチ様、本当に餌を与えていただけですのね。

「大丈夫ですか? ごめんなさい、今、綺麗に致しますからね」

 わたくしはまず牛舎の方の掃除から始めます。
 掃除をしている間、わたくしは牛のコリをほぐすようにゆっくりと乳しぼりを始めました。
 やはり、スコッチ様はこの数か月乳しぼりをしていなかったようで、初めの方は出が悪かったのですが、掃除が終わる頃にはだんだんと良くなってきました。

「随分たまっていたのですね、体調の方は……スコッチ様が見ていたようですので悪くはないようですけども、ちゃんと乳しぼりをお願いしておけばよかったですわね、ごめんなさい」

 わたくしはそう言って牛の背中をひと撫でしてから牛舎を出て隣の鶏舎に向かいます。
 鶏舎の方は牛舎よりもひどい状態でした。
 産んだ卵があちらこちらに散乱しているのです。
 中には腐って使い物にならないものが多々あると言いますか、ここにある物のすべてが使えないと考えたほうが良いでしょうね。
 卵を含めて、わたくしは鶏舎の中を掃除いたします。
 風魔法に乗るように、鶏が少しはばたくのを見るのは少し楽しかったですわ。

「これからもいい卵を産んでくださいませね」

 わたくしはそう言って一羽ずつ撫でると、鶏舎を後にいたしました。
 山小屋に戻り、ドアを開けると、そこにはなんだか剣呑な雰囲気のスコッチ様とバレル様がいらっしゃいました。

「どうかなさいましたの?」

 近づきながらそう言いますと、お二人がぐるりとわたくしの方を向いていらっしゃいました。

「な、なんでしょうか?」
「今、スコッチにモカに求婚したと伝えたところだ」
「まあ」
「モカ、こんなまだ世間知らずの坊やの言うことなど聞かなくていいからな」
「俺はこれでも三百五十歳だ!」

 あらまあ、そんなお年なのですか。
 スコッチ様がバレル様のお母様と契約をなさったのが五百年前ですし、その後に生まれたのでしたら、適当な年齢と言った感じでしょうか?
 それを世間知らずの坊やと言い切るスコッチ様も中々のものですわね。

「モカに我の気持ちを伝えることの何がいけないのだ」
「伝えることは別に構わない。ただ、押しつけがましくなっていることが問題だと言っているのだ。本当に顔も性格も母親似だな」

 あら、バレル様はお母様似なのですね。
 スコッチ様の魔力を吸収してまで、バレル様のお父様と結婚なさろうとした方だそうですし、多少強引なのかもしれませんわね。
 でも、確かにいきなりの求婚や魔族との契約に関しては驚きましたわよね。

「確かに、いきなりの事で驚きましたわね」
「そうだろう」
「モカ、……すまない」
「いえ、謝っていただかなくてもいいんですのよ、驚きましたけれども、わたくしが気にしなければいいだけの話ですもの」
「いや、少しは気にしてくれ」
「バレル、モカは今を生きることで精いっぱいなんだ。余計な事で考えを煩わせないでくれ」
「なんだスコッチ、これは我とモカの間の話であろう」

 その言葉に、わたくしは思わず眉間にしわを寄せてしまいます。

「よくありませんわね」
「え?」
「そのように、自分勝手な振る舞いは良くないと言っているのです」
「それは……」
「魔族での結婚がどのようなものなのか存じませんが、そのように自分勝手に決めていいものでないのではありませんか? バレル様は高位魔族でいらっしゃるのでしょう? 少なくともご両親の承諾は得なくてはいけませんわ」
「そんなもの気にしなくていいのだがな、モカの魔力量なら両親だって納得してくれる」
「それはバレル様のお考えでしょう。結婚についてはじっくり考える必要がございますわ。魔族との契約についても、それこそ一生ものですもの、おいそれと決めるわけには参りませんわ」

 わたくしがそういいますと、スコッチ様は、それみたことか、と言わんばかりにバレル様を見ます。

「ほらみろ、モカはこう言っただろう。私の言った通りだ」
「むぅ」

 まるで何も言い返せないと言った感じにバレル様は押し黙ってしまいます。
 数秒そんな時間が続きましたでしょうか、バレル様が顔を上げて私の方を見てから、何かを思いついたかのように、何度か頷きました。

「じゃあ、近いうちに父君と母君と一緒に来ることにする」
「「は?」」
「一度、モカを見てもらうというのは確かにいいかもしれないな」
「あの……」

 わたくしが何か言おうとしましたら、スコッチ様が大きくため息を吐き出しました。

「これだから、魔族は自分勝手なんだ」

 どこか怒ったようにスコッチ様が仰るのは、ご自身がバレル様のお母様に、良いように契約を結ばれてしまったからなのでしょうね。
 バレル様はそのすぐ後に、山小屋を出て行ってしまいました。
 うーん、確かに少々自分勝手な面があるのかもしれませんわね。それとも、わたくしへの恋心が暴走している状態といった感じなのでしょうか?
 あら、これってシェインク様と大差ないかもしれませんわね? 全く、困ったものでわ。
 なるほど、スコッチ様が世間知らずの坊やと言った意味が少しだけわかりましたわ。
 バレル様が出て行ってすぐに、スコッチ様はやることがあると言って、ご自分の寝室に籠ってしまいましたので、これ幸いと、わたくしは作業部屋の掃除に取り掛かります。
 前回ほどではないとはいえ、多少埃は積もっておりますし、相変わらず本や器具は乱雑に置かれております。
 わたくしはため息を吐き出しますと、スコッチ様はいつまでたっても変わらないと考えながら、掃除を始めました。
 掃除が終わって、夕食の準備を終えたところで、わたくしはスコッチ様を呼びに、スコッチ様の寝室に向かいます。
 コンコン、とノックをしてみれば、中から「入りなさい」と声がありました。

「お邪魔いたしま、す」

 中に入って気が付いたのですが、確かに整頓はされていますが、掃除をしていないせいか、埃はたまっておりますわね。出来れば掃除したいのですが、許可していただけますでしょうか?

「どうかなさいましたか? スコッチ様」
「モカ、君は人たらしだな」
「は?」
「王都でのこともバレルから聞いたぞ。あのヒートと良い仲だそうじゃないか」
「まあ、ヒート様はわたくしが闇社会に足を入れていた時の上司ですし、何よりもヒート様にはループの記憶がございましたので」
「そうか……。はあ、これでは娘を持った親のような気分だ」

 その言葉に、言い得て妙だと思いました。
 わたくしの中では、スコッチ様は実の親よりも親のように感じておりますもの。
 スコッチ様は本棚からあらかじめ抜き取っておいたのか、複数の本をわたくしに渡してくださいました。

「魔族との契約に関する書物だ。五百年生きているが、契約を解除する方法は見つからない。だからモカ、本当に契約をしたいと思う時まで、考えて考えて、考え抜いてするんだよ」
「……わかりました」

 スコッチ様は、今もまだ契約を破棄する方法を探していらっしゃるのでしょうか? だとしたら、今度バレル様のお母様がいらっしゃった時にでも聞いてみるのもいいかもしれませんわね。
 まあ、教えて下さるかは別としまして。

「スコッチ様、ありがとうございます。わたくし、一生懸命考えて決めたいと思います。まだあと三年半ほど残っているのですもの、考える時間はまだまだありますわ」
「そうだな。逆を言えば、それしかモカに残された時間がないという事なのだけれどな」
「そうともいいますわね。けれども、『しか』と考えるよりも『まだ』と考えたほうが良いと思いませんか?」
「……それもそうだな」

 スコッチ様はそう言って笑いました。

「さぁ、スコッチ様。夕食が冷めてしまいますわ、お早く作業部屋に参りましょう。お土産のお酒も準備してありますのよ」
「モカの見立てなら、美味そうだ」
「ふふ」

 その後、わたくしとスコッチ様は久しぶりに二人で夕食を頂くことになりました。

「スコッチ様、王都で料理の腕も磨きましたの、如何でしょうか?」
「ん? 美味しいよ」

 以前と変わらない反応に思わずため息が出てしまいました。

「……はあ、期待したわたくしが馬鹿でしたわ。スコッチ様は何でも美味しいって言ってくださいますものね」

 まあ、料理の勉強をしたのはわたくしの為ですので、スコッチ様の為ではないので別に構わないのですけれどもね。

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