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ループしますか、不老長寿になりますか?

茄子

025

「なぁ、モカはどうやってヒート会長の裏の顔を知ったんだ?」

 スコッチ様の所に戻る旅程中、野営をしていた時にふいにバレル様にそう聞かれてしまい、わたくしは困ったように頬に手を当てて首を傾げました。

「言っても信じていただけないと思いますわ」
「モカの言う事なら信じるさ」
「あら、鵜呑みになさるおつもりですか?」
「まあ、内容によるが……少なくとも、ヒート会長の裏の顔に伝手があるなんて、ただの公爵令嬢には無理だろう?」

 あら、バレル様にはわたくしが元キャラメル公爵家の令嬢だったということがバレてしまっているようですわね。

「そうですわねぇ、ではこんな話は如何でしょうか? とある娘のお話ですわ」

 わたくしは、バレル様に婚約破棄から五年という人生を何度も繰り返している事を、他人事のように話しました。
 話している間、バレル様は真剣な顔でお話を聞いてくださいました。こうして真正面から見ても、本当に端正なお顔をなさっておいでですわね。
 スコッチ様の次にお美しいのではないでしょうか?
 一通り話を終えて、改めてバレル様を見ますと、何か考えているようですが、わたくしの方を真っ直ぐに見ていらっしゃいます。

「つまり、それがモカということでいいのか?」
「そうなりますわね。荒唐無稽な話でしょう? 無理に信じなくてもよろしいのですよ」
「いや、ある意味納得がいった。そうでもなければ、箱入り娘だったはずの公爵令嬢が王都を出て、いきなりスコッチの所に行くなどありえないからな。それにしても、野盗の経験もあるのか」
「軽蔑なさいますか?」
「いや、そんなことはないぞ」

 バレル様の言葉に、少しだけホッとします。もし軽蔑するなどと言われてしまっては、幾分傷ついてしまったでしょうしね。
 もちろん、バレル様がそのような事で軽蔑なさるような方ではないことはわかっておりますけれども、冒険者と野盗はある意味では敵対関係にありますものね。

「そうか、がんばったのだな。モカ」

 その言葉に、一瞬何を言われたのかわからず、キョトンとしてしまいますが、意味が分かってくると、次第になんだか泣きたい気分になってしまいました。
 このようにわたくしを想ってくださった方はいらっしゃったでしょうか?
 お兄様もスコッチ様もトロティー様もヒート様も、このような労りの言葉はかけてくださいませんでしたわね。

「わたくしはただ、好きなように生きて来ただけですわよ?」
「そうか? 俺には必死にもがいて生きているように聞こえたぞ。今生も、その五年間以上を生きようと必死なのだろう?」
「……ええ、そうですわね。まあ方法はなくはないと言いますか、可能性に賭けてみる価値がある話をスコッチ様から聞いてはいるのですが、まだ踏ん切りがつきませんの」
「可能性?」
「ええ、スコッチ様が行った、魔族との契約をしてみてどうか、という感じですわね」
「ああ、スコッチは母君と契約を結んでいるからな。まだまだ長生きをするだろう」
「まあ! スコッチ様はバレル様のお母様と契約を結んでいらっしゃるのですか」

 意外な事実を聞きましたわ。けれども、確かスコッチ様は高位魔族と契約をなさったと言っていたことがございますし、ということはバレル様も高位魔族ということになるのでしょうか?

「魔族にも階級制度がございますの?」
「ああ、あるぞ。完全な実力主義な社会だけどな。血縁関係があっても、魔力が少なければ高位魔族から蹴落とされる事なんてしょっちゅうだ」
「そうなのですか。バレル様は?」
「俺か? 一応父君の後を継ぐことになっている」
「まあ、そうなのですか」
「といっても、継ぐことになるのは当分先だろうな。父君もまだまだご健勝だからな」
「それはなによりですわね」
「ああ」

 でもそうですか、バレル様は前途ある魔族なのですね。そうなりますと、人間であるわたくしに向ける熱い瞳も、一時の遊びのようなものなのでしょうか。
 ……あら、今なぜだか胸の奥がチクリとしましたわね。これではわたくしがバレル様にまるで恋をしているかのようではありませんか。
 今生ではこのループ人生から抜け出せるまで、そのような事は忘れようと思っておりますのに、しっかりしないといけませんわね。

「モカ」
「なんでしょうか、バレル様」
「魔族の風習に、自分と同じ瞳の色の宝石を贈るというのは特別な意味がある」
「まあ、そうなのですか?」

 貴族では、愛を表すものですが、魔族でも同じような意味合いがあるのでしょうか?

「人間の貴族もそうだろうが、愛する者に自分の魔力で作り上げた、自分の瞳と同じ色の宝石を贈ることは、求婚を意味しているのだ」
「まあ!」

 流石に求婚の意味があるとまでは思いませんでしたわ。

「それは、わたくしに求婚しているということなのでしょうか? ただの人間のわたくしに?」
「モカの魔力量なら、父君も母君も文句はいわないだろう。それに、魔族との契約の件だが、俺と結んではくれないか?」
「え?」

 なんだか話が飛躍しすぎなのではないでしょうか? どこをどうしたらそうなってしまうのでしょうか?

「魂を繋げば、魔族の、この場合は我だな、我の命が尽きるまで、モカが死ぬことはない。母君はスコッチの魔力欲しさに、自分に優位な契約を結んだが、我はモカとは平等な契約を結びたい」
「まあ……」

 結婚の申し込みと言い、魔族との契約の事と言い、バレル様はまるでどこか焦っているような感じがいたしますわね。
 まあ、あと約三年半という期限付きですし、焦ってしまうのも無理ないのかもしれませんけれども。
 そうですわよねえ、あと約三年半しか残っていないのですわよね。けれども逆を言えば、約あと三年半残っているということですわ。

「けっして、けっしてバレル様のことが嫌いということではありません。けれども、まだ考える時間を頂けないでしょうか。それに、まだ本当に魔族と契約をするか考えている途中なのです」
「そうか」

 そうですわ、魔族と契約をしたからと言って、確実にこのループ人生から抜け出せるとは限りませんものね。
 そもそも、どうしてこのようなループをするようになってしまったのでしょうか?
 一度目の人生の最後、修道院でわたくしはただ、神様に問いかけておりました。どうしてこうなってしまったのかと。
 その時、決して自分の幸せなどを願ったりはしていなかったと思いますが、神様がわたくしの思いを勘違いして叶えてくれているのでしょうか?
 そうだとしたら、なんと皮肉な事なのでしょうか? 神様を好きに操ることなどできないとはわかっておりますが、もし本当に神様の采配の結果だとしたら、少し神を恨んでしまうかもしれませんわね。

「バレル様、神様というのはいらっしゃるのでしょうか?」
「いる、と言われているな。魔法は神の与えた恩恵、魔術は魔族や人間の考えた物、というのが一般的な考えだ」
「そうですわよね」

 やはり、神様がわたくしの願いを、問いかけを勘違いして叶えて下さっている可能性がありますわね。
 そうなりますと、今回わたくしの他にもループしているお兄様やヒート様も神様に何か問いかけたのでしょうか?
 それとも、ただわたくしに巻き込まれているだけ?
 ……うーん、わかりませんわね。
 長い間生きていますが、神様の存在を感じたことはございませんもの。
 修道院に居る時ですらそうでしたし、その後も神様の存在という物を具体的に、こう、と感じたことはないのですよね。
 けれども、いらっしゃるのでしょうね、神様は。こうして超常現象を起こせるのは、神様ぐらいなものですもの。

「モカ?」

 少し考えこんでいると、バレル様が心配そうにわたくしに声をかけてくださいます。

「なんでもありませんわ」

 わたくしはそう答えて、結界を張って今日は寝ようと提案しましたら、バレル様は寝ずの番をしてくださると仰ってくださいました。
 王都に行く時もそうでしたわね。結局最後までわたくしが寝ずの番をすることはありませんでしたわ。

「魔族は一週間ぐらい寝なくても何の問題もない」
「そういうものなのですか」
「ああ、それにモカの寝顔はかわいいからな。見ていたいのだ」
「まあ」

 その言葉に思わず顔が赤くなってしまいます。

「ふっ。モカ、顔が赤いぞ?」
「火に照らされているからでございましょう」
「そう言うことにしておいてやる」

 バレル様はそういうと、わたくしの肩に手をかけて、自分の膝にわたくしの頭が乗るように位置を調整なさいました。

「ゆっくり眠ると良い」
「……ええ」

 ああ、火が近いからでしょうね。こんなにも頬が熱く感じてしまうのは。
 わたくし、ちゃんと眠れますでしょうか。胸の鼓動がドキドキとこんなにも早くなっていますもの、なかなか眠れないかもしれませんわ。

「バレル様」
「なんだ?」
「そ、その。この体勢は少々恥ずかしいですし、何かあった時に咄嗟に動けないのではないでしょうか?」
「問題ないだろう。結界を張ってあるし、何もない」
「そ、れは……」

 そうでしょうけれども、わたくしが気にするのですわ。

「このままでは、なかなか寝付けそうにないと申しますか」
「俺の膝枕では不満か?」
「いえ、不満と申しますか、恥ずかしいと申しますか」
「ふっ。ならその恥ずかしがっているモカの顔も堪能させてもらうことにしよう。モカはいつもどこか達観したような顔をしているからな。新鮮で楽しい」
「悪趣味ですわよ」
「魔族だからな」

 そう言う問題でしょうか?

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