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ループしますか、不老長寿になりますか?

茄子

019 シェインク視点

「シェインク!」

 名前を呼ばれて振り返れば、そこには頬を赤く腫らしたストロベリーが居た。
 俺は咄嗟に背後にメルを隠すと、ストロベリーに向き合う。
 頬が赤く腫れているのは先ほど俺が打ったせいだとわかっているため、今は顔を合わせ辛い。
 それに今、俺の背後には隠れているだろうがメルが居るのだ。

「なんだ、ストロベリー。さっきの謝罪でもしに来たのか?」
「何を言ってるの? 謝罪をするのはシェインクの方でしょう」

 ストロベリーは腫れあがった頬を指さして笑う。その笑みはなんというか、今まで見たことのない、ストロベリーらしからぬ、かわいくない笑みだった。
 頬が腫れているせいでそう見えるのだろうか。

「打ったことは」
「でも、あたしのお願いを聞いてくれたら許してあげる」
「は?」

 まあ、お願い一つで今回の件を許してもらえるのであれば、簡単だろう。理由はなんであれ、女性を打つなど、王族としてあるまじき行為だからな。父上に知られたらまた面倒な事になるに決まっている。

「今度の国王陛下即位十周年記念の夜会に、ちゃんとあたしをエスコートしてくれるだけでいいの。婚約者だし、こんな約束をしなくてもエスコートしてくれるとは思ってるけど、最近あたし達なんだかうまくいってないじゃない? あたし心配なの」
「……」

 なんてことだ、今丁度メルをその夜会に誘おうと思っていた所だというのに……。

「なあに? まさか約束できないなんて言わないわよね?」
「まさか、婚約者をエスコートするのは当たり前だろう。もちろん、ストロベリーをエスコートするさ。そうだな、俺達は最近すれ違っていたからな、これを機会に一度話し合うのもいいかもしれないな」
「そうでしょう! 我ながら名案だと思ったの。……で、シェインク。どうして後ろにメル様がいるの?」
「そ、それは」

 まさか、エスコートを申し込もうと思っていたとは言えず、返事に困っていると、俺の背後から弱々しく、けれどもはっきりと声が聞こえた。

「わたくしがお引止めしてしまったのです。わたくしも国王陛下の即位十周年記念の夜会に参加致しますけれども、なにぶん初めての経験なもので、夜会の作法などに一番お詳しいであろうシェインク様にご相談していたのですわ」
「あらそうなの。貴女は誰がエスコートしてくれるのかしら?」

 その言葉に、どきりと、心臓が音を鳴らす。

「兄ですわ」
「そうなの。まあ、男爵令嬢になっての初めての夜会を存分に楽しめばいいわ」
「はい。ご相談に乗っていただきありがとうございました、シェインク様。ではこれで失礼いたします」

 メルはそう言って立ち去っていってしまった。
 名残惜しいが、夜会に参加する際のエスコート役が兄だとわかって少し安心する。
 ストロベリーとは、エスコートと、ファーストダンスを踊るという義務さえ果たせば、あとはメルの傍に居ても構わないだろう。
 ああ、メルの家はそれほど裕福ではないから、ドレス等まともに用意できないかもしれないな。
 夜会で馬鹿にされない様に、俺が準備してやろう。

「シェインク。ねえ、聞いてるの?」
「ああ、すまない。どんなドレスを贈ったら似合うかと考えていて聞いていなかった」
「え、それってあたしに贈ってくれるドレスよね? そんなに必死に考えてくれるなんて嬉しい」
「あ、ああ。もちろんだ」

 そうか、ストロベリーにもドレスを贈らなければいけないのだったな。
 ……以前は、ストロベリーにドレスを贈ることがあんなに楽しみだったのに、今では億劫に感じてしまえる。
 あんなに愛し合っていたというのに、どうしてだろうな。
 否、そもそも、この俺を蔑ろにしたストロベリーが悪いのだから、仕方がないだろう。

「ねえ、シェインク。久しぶりに一緒に王城まで帰らない? 色々ドレスの事とか話したいし」
「……ああ、そうだな」
「やった! 嬉しい」

 そう言って、以前のように愛らしい笑みを浮かべたストロベリーだったが、不思議と以前のようなトキメキは起こらない。
 少し前までは、この笑みを見るのが楽しみだったはずなのにな。
 二人で馬車停めの所まで歩いて行き、馬車に乗り込む。

「なんだか久しぶりだね、こうして一緒に帰るの」
「そうだな。なんだか随分と懐かしい感じさえする」

 もう以前のような関係には戻れないんじゃないだろうか。俺は、メルを愛してしまったのだから。
 ストロベリーも話せばわかってくれるはずだ。
 愛する者同士が結ばれる事の重要性をよく理解しているはずだからな。
 話し合いは、父上の即位十周年記念の夜会の後でいいだろう。とりあえず夜会はエスコートするとして、その後に父上も交えて婚約破棄の相談をしよう。
 元々、父上はこの婚約に前向きではなかったからな、俺の味方になってくれるはずだ。

「ねえ、シェインク。あたし、今度の夜会のドレスは、シェインクの瞳の色のドレスがいいな」
「ああ、そうだな。きっと似合うだろう」
「でしょう! あ、ピアスや髪飾りはどうしよう? 髪飾りは別として、ピアスはお揃いの物にしない?」
「ああ、そうだな」
「うふふ、嬉しい!」

 ストロベリーは随分楽しそうだ。正式な婚約者になって初めての大きな夜会だからな、興奮するのも仕方がないか。
 婚約破棄をするのは心苦しいが、このまま婚約を続けて、メルに現状報告されていること以上の被害、万が一にでも怪我などない様にしないといけないからな。
 ストロベリーとの婚約破棄が整ったら、すぐにメルをどこかの伯爵家の養女にして婚約を結ぼう。
 ストロベリーもコッチとか言う男爵子息と良い仲のようだし、婚約できるように手配してやればいいだろう。
 元々男爵令嬢なのだし、元に戻るだけだ。

「ドレスのデザインはどんなものがいいかなあ」
「ストロベリーはかわいいから、シフォンを重ねたドレスなんていいんじゃないか?」
「わあ! 素敵ね。届くドレス、楽しみにしてるわね」
「分かってる」

 そんな話をしているうちに、王城に着いた。

「じゃあストロベリーは王族教育に行くんだよな」
「そうね」
「俺は自室に戻るよ。じゃあな」
「ええ、またね。シェインク」

 離れていくストロベリーの背中を見送って、俺は二着分のドレスを用意するために自室に戻ることにした。
 メルのような華奢な娘にはあまりゴテゴテとした装飾のない、シンプルなドレスがいいだろう。色は、淡い系がいいかな。ピアスは、俺の瞳の色の物に決定しているとして、デザインはどんなものがいいだろうか。シンプルに一粒、ドロップ型の物がいいかもしれない。
 そうと決まれば早速注文を出さなければ。
 足早に自室に戻り、侍従を呼びつけると、二人分のドレスを準備するように指示を出す。
 二着という所に、一瞬疑惑の視線を投げかけられたが、気が付かなかった振りをして、そのまま指示を出し、ドレスの発注を終える。
 ああ、俺がオーダーしたドレスを着て、俺の瞳の色の宝石のピアスをつけたメルと踊ることを考えただけでも、今から興奮してしまう。

 そしてそれから数日後、オーダーしていたドレスが届いた。
 仕上がりを確認し、思い通りに出来上がっていることに満足して頷く。
 メルは喜んでくれるだろうか。否、喜んでくれないわけがない。
 こんなドレス等着たことすらないだろうから、感極まってまた泣いてしまうかもしれないな。
 泣くメルも愛らしいが、笑みを浮かべてくれた方が嬉しいと思いつつ、メッセージカードを添える。

「これをレッソ男爵家に届けろ」
「ディカ伯爵家ではなく?」
「ああ、ストロベリーに贈る分はあっちだ。あれも贈っておけ」
「……かしこまりました」

 少しの間があったが、侍従は頷くとそれぞれの箱を贈るよう指示を出して、部屋から運びだしていった。
 夜会は来週だ。ああ、本当に楽しみだな。今度こそ、俺は愛し合う者と婚約することが出来るんだ。

 そうして迎えた夜会の当日、俺は約束通りストロベリーをエスコートするため、ディカ伯爵家に向かい、ストロベリーを拾うと、王城に引き返す。

「ありがとう、シェインク。このドレスとっても素敵。ピアスもお揃いで、あたし達の仲が確かなものだって周囲に良いアピールになるわね」
「ああ、そうだな」

 気もそぞろに返事を返す。
 ああ、早く俺の贈ったドレスを着たメルに会いたい。
 王城に到着すれば、そこには既に多くの馬車が列を作ってた。
 俺は、馬車が止まると、ちゃんとストロベリーをエスコートする為、先に馬車を下りて、中に手を差し出す。
 中から出て来た、人形のように可愛らしく着飾ったストロベリーに、周囲から感嘆のため息が聞こえて来た。
 ストロベリーの機嫌はいいままだった。
 会場に入ってすぐにメルの姿を探すが、まだ来てはいないみたいだった。
 しばらくして、兄であろう男にエスコートされて会場に入って来るメルの姿を発見し、内心歓喜した。
 俺の思い通りに着飾ったメルは、それはもう美しい。今横に居るのが俺じゃないことが恨めしいぐらいだが、もう少しだけの辛抱だと自分に言い聞かせる。
 そのうち、国外からの国賓客が続々と入場してくる。
 大きな夜会に相応しく、やって来る国賓客もそうそうたる面子だ。俺が王太子になった時のために顔を繋いでおくに越したことはないな。
 挨拶の時に連れまわすのはもちろんストロベリーではなくメルだ。
 最後に父上と王妃陛下が入場し、いよいよ夜会の幕が開かれた。
 父上の挨拶の後、ファーストダンスが始まる。
 俺は、当然の如くストロベリーを伴ってダンスフロアに躍り出るが、踊っていて何度も感じる違和感にため息を吐きそうになるのをぐっとこらえる。
 ストロベリーは男爵令嬢だったのだし、仕方がないこととはいえ、ダンスがあまり上手ではない。モカが婚約者の時はこんな感覚を味わったことなどなかったんだけどな。
 まあ、十年も一緒に居たんだ、自然と呼吸もあっていたのだろう。
 ファーストダンスを踊っている最中、メルが誰かとファーストダンスを踊っていないかと探したが、兄と踊っているのを確認してほっと胸を撫でおろした。
 ファーストダンスが終わってしまえば、エスコートの義務も終わりだ。

「シェインク? どこへ行くの? あたし、まだダンスが躍りたいんだけど」
「悪いけど、他を当たってくれるか? ストロベリーなら引く手数多だろう? 俺は会いに行かなくちゃいけない人がいるから」
「……そう、それなら仕方ないわね」

 機嫌が若干悪くなったストロベリーと別れて、すぐにメルの元に向かう。

「メル」
「あ、シェインク様」

 案の定、メルは多くの子息に囲まれていた。ダンスの誘いに戸惑っているメルの隣に立って腰を抱いて、周囲に集まって来た子息達に鋭い視線を投げかけ、牽制すると、すぐさまメルに対して甘い瞳を向ける。

「メル、俺と踊ってくれないか?」
「そんな、わたくしのダンス技術ではシェインク様に釣り合いませんわ」
「俺がリードするから問題ない。ほら、行こう」

 俺は多少強引にメルの腰を引き、ダンスホールに躍り出た。
 メルはダンス技術が未熟だと言っているが、ストロベリーよりも余程踊りやすい。俺に身を委ねてくれている事も、踊りやすい要因の一つかもしれない。

「上手じゃないか、メル」
「お恥ずかしいです。今日の為に必死で練習してまいりましたの」
「俺の為にか?」
「ご、ご想像にお任せしますわ」

 メルは顔を赤くして俺から視線を逸らす。

「メル、踊っている時は相手の顔を見るものだぞ」
「恥ずかしくって……、今はどうかご勘弁くださいませ」
「駄目だ、俺を見ろ。メル」

 少し強い声で言えば、メルは恐る恐ると言った感じに俺と視線を合わせて来た。その瞳は若干潤んで揺れており、頬は会場の熱気に充てられたのか、紅潮している。

「そのドレスよく似合っている」
「ありがとうございます。シェインク様のお心遣いには、感謝してもしきれませんわ」
「なに、大したことじゃない。直にこれが当たり前になるんだからな」
「え?」
「嫌なんでもない」

 そこで曲が終わった。離れようとするメルの腰から手を離さず、俺は三曲目の開始を待つ。

「シェインク様、お手をお放しくださいませ」
「駄目だ」

 そうしているうちに曲が流れ始め、俺とメルは二曲連続してダンスを踊ることになったのだ。

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