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ループしますか、不老長寿になりますか?

茄子

017 シェインク視点

 父上が、ストロベリーを正妃にしたいのなら、伯爵家以上の養女にさせなければいけないとかいうから、俺が奔走してやっと伯爵家の養女になれて、正式にストロベリーは俺の婚約者になった。

「やった! これであたしはシェインクの正式な婚約者なのね」
「ああ、でも正式な婚約者になったら王族教育が始まってしまうな。こうして一緒に過ごす時間が減るのはなんだか残念だ」
「もうっ、寂しん坊ね。大丈夫よ、王族教育があったって、あたしの一番はシェインクだから」
「ストロベリー、ありがとう」
「あたしこそ、あたしの為に一杯頑張ってくれてありがとう、シェインク」

 そう言ってたのに、実際王族教育が始まったストロベリーとの時間は減る一方だった。

「ストロベリー」
「シェインク、どうかしたの?」
「いや、最近忙しそうだから大丈夫かなって思って」
「心配してくれたの? 大丈夫よ、これも全部シェインクの為だから、がんばれるわ」
「そうか、でもたまには休憩をしてもいいんじゃないかな。良かったらこの後俺の部屋で」
「ストロベリー様!」
「あ、女官長様」
「お早く、ダンスの教師の方はもう来ていらっしゃるのですよ」
「あ、はい。じゃあまたね、シェインク」
「あ、うん……」

 こんなやり取りは何度目だろうか。俺の事を一番に考えるっていっていたのに、結局は王族教育に時間を割いて、俺との時間を蔑ろにしているじゃないか。
 そんな不満が少しずつ溜まってきていたあの日、俺はある令嬢に出会うことになった。

 馬車停めの所で、途方に暮れたようにしている、見かけない令嬢。

「何しているんだ、こんなところで」
「え、あ……。その、わたくし今日からこの学園に通うことになったのですが、案内に来るはずの方がいらっしゃらなくって……」

 その令嬢は、涼やかな水色のストレートヘアと、まるで淡い満月をはめ込んだような薄い金色の目をした、儚げな娘だった。

「こんな時期に転入生?」
「はい。そのお恥ずかしい話しなのですが、わたくしは庶子の出でして、最近母が亡くなり、お父様に引き取られることになりまして……」

 その言葉になんとなく察した。まあ、季節外れの転入生の事情なんて大抵こんなものだ。

「君、名前は?」
「あっ申し遅れました。わたくしはレッソ男爵家に引き取られました、メルと申します。あの、シェインク王子様でいらっしゃいますよね?」
「俺の事、知っているんだ?」
「はい、以前モカ様と孤児院の慰問に行かれた際に、お姿をお見掛けいたしました」

 モカと孤児院に慰問……そんなこともあったな。今となっては捨ててしまいたい思い出だ。

「わたくし、感動したんです。シェインク王子様が、わたくし共のような市井の民の事にも気をかけてくれているということに」
「そ、そうか」

 モカと婚約を解消してからというもの、そう言った事からすっかり縁遠くなってしまったな。
 そんな事を思いながらメルと名乗った令嬢を見る。
 市井で育ったせいなのか、華奢で壊れてしまいそうなほど細い肩、髪の色や目の色も相まって、今にも消えてしまいそうなほど儚げな雰囲気の……。

「俺が案内しよう」
「え?」
「職員室まで、俺が案内してやるって言っているんだ」
「よろしいのですか?」
「ああ、不慣れな転入生の面倒を見るのも、王子としての責務だからな」
「そうなのですか?」
「ああ」

 本当はそんなことはないが、メルを放っておくことは何故か出来なかった。
 その後も、何かにつけてメルの面倒を見るようにした。
 仕方がない。俺の事を放っておいたストロベリーが悪いんだ。

「シェインク様、このようなわたくしの面倒等いつまでも見ていては、シェインク様の評価が下がってしまうのではないでしょうか?」
「なぜそんな事を言うんだ?」

 俺の問いかけに、メルは言いにくそうに、けれども意を決したように俺の目を見て口を開いた。

「だって、シェインク様にはストロベリー様という婚約者がいらっしゃいますでしょう。婚約者でもないわたくしにこのように構っていては、よくない噂が流れてしまいますわ」

 その言葉に、痛いところを突かれたと思ったが、今俺がメルの世話を焼くのをやめたら、メルの傍には多くの子息が集まるだろう。
 そんな光景を見るのは、何故だかわからないが気に入らないと思えてしまうのだ。
 実際に、俺がいない所では、メルに声をかけている子息がいるのだ。俺が世話を焼いている事で幾分か牽制になっているが、離れたら一気に集られるに違いない。

「気にすることはない。それに、ストロベリーは最近王族教育で忙しく、俺の事を蔑ろにしているんだ。その癖、自分の都合のいい時だけ、一緒に居たいって言ってくるんだよ」
「まあ、そうなのですか?」
「そうなんだ。それに、メルと過ごす時間は俺としては嫌いじゃない。メルは嫌いか?」
「そっそんなことありません!」

 メルは真っ赤になって、両手で頬を抑えながら否定する。その仕草がたまらなく愛らしい。
 そんな風にメルと過ごす時間が次第に増えていき、ストロベリーと過ごす時間はどんどん減っていった。
 俺が誘う時は、王族教育で忙しいと言って相手にしないくせに、自分の都合のいい時だけ俺に声をかけてくるストロベリーの相手をするのは、最近疲れてきてしまった。
 そんなある日の事だった。

「シェインク、今日も一緒に帰れないの?」
「ごめんよ、ちょっと外せない用事があるんだ」
「外せない用事って何?」
「それは……」
「あたしに言えない事?」
「そんな事は」
「じゃあなに?」
「新しく転入してきた男爵令嬢がいることは知っているだろう?」
「誰の事?」

 なんてことだ! ストロベリーは俺の婚約者の癖にメルの事を知らないのか?
 自分で言うのもなんだが、俺とメルの事はそれなりに噂になっているというのに。

「誰って……」

 視線でメルがいる方を見る。メルは心配そうな視線をこちらに向けて来ている。

「ほら、俺は第一王子として、転入生をサポートしなくっちゃいけないんだよ。聡いストロベリーならわかってくれるよな」
「なにそれ。あんな子より、あたしを優先すべきでしょう? だってあたしはシェインクの正式な婚約者なのよ!」
「ストロベリー!」

 今の言い方はメルに対して失礼だ。

「なんてことを言うんだ。転入したてで不安な彼女に対して失礼じゃないか」
「そんな! それこそあたしに失礼よ! 婚約者であるあたしより、他の女を優先するなんて最低!」
「なんだって!?」

 このまま教室で、人前で無様に言い合いを始めそうになったその瞬間。

「シェインク様」

 最近よく聞く、鈴を転がしたような涼やかな声は、弱々しく不安げに揺れていた。

「いいのです。わたくしがシェインク様のお手を煩わせていることが悪いのです。ですから、今後はどうかわたくしの事などお気になさらないでください」
「メル」
「ごめんなさい、ストロベリー様」

 メルはそう言って、目尻に涙を溜めてストロベリーに対して頭を下げる。
 止めてくれ、メルはそんな事をしなくていいんだ。

「泣かないでくれ、メル。お前が泣くと俺の心も痛むんだ」
「シェインク!」
「なんだストロベリー、とにかく俺はメルの相手をしなくちゃいけないから、邪魔をしないでくれ」
「なっ!」
「行こう、メル」

 俺はメルの肩を抱いて教室を出ていく。
 これで噂には拍車がかかるだろうが、仕方がない。ストロベリーが淑女としての振る舞いをしないのが悪いんだ。

「シェインク様、いけませんわ。ストロベリー様の所にお戻りにならなくては……」
「気にしなくていい、さっきの事はどう考えてもストロベリーが悪い」
「そんな、わたくしが悪いのですわ。いつまでもシェインク様に甘えているから……」

 そう言って、メルは一筋の涙を流す。
 ああ、こんなことで泣いてしまうなんて、メルの事は俺が守ってやらないと。

「メル、泣かないでくれ」

 俺は、メルの頬に手を添えて、涙を拭きとってやる。
 その時に、手のひらにかすった唇に思わず視線が向いてしまう。
 この唇はきっと柔らかかいだろう。触れたらきっと気持ちが良いに違いない。

「メル……」
「え?ぁ、い、いけませんわ」

 顎に手をやり、口づけを落そうとしたその瞬間、柔らかいメルの手がそれを止める。甘い良い香りがした。
 確かにこんな人気のある場所ですることではなかったな。

 数日後、俺は人気のない教室にメルを呼び出した。
 やってきたメルが逃げれない様に、壁際に追い込むと、両手で囲い込む様にしてメルの目を見る。

「メル、ここには誰も居ない。俺とメルの二人っきりだ」
「シェインク様いけませんわ。こんなこと……もし誰かに見られでもしたら、大変な事になってしまいます」
「だから、誰も見ていない」

 俺はメルの顔に自分の顔を近づける。

「駄目です、シェインク様にはストロベリー様という婚約者がいらっしゃるじゃないですか」
「最近のストロベリーはカリカリしていて近くに居ると疲れるんだ。メルと一緒に居る方が癒される」
「ぁっ、だ、駄目です。やっぱりこんなこといけないですわ」
「メルは真面目だな。大丈夫だよ、黙っていればバレないって」
「駄目です、わたくし、ストロベリー様に合わせる顔が無くなってしまいます」
「ふっ、かわいい」
「んっ」

 触れたメルの唇はやっぱり柔らかく、そして甘かった。

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