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ループしますか、不老長寿になりますか?

茄子

013

 トロティー様に牛と鶏と小麦を頼んでから一ヶ月が経ちました。
 牛舎と鶏舎も完成し、今か今かと物資の到着を待っております。

「モカ、望みの物が来たようだぞ」
「まあ!」

 スコッチ様の言葉に、わたくしはまた意識を森全体に広げます。
 確かに普段は動植物しかいない森に、人の気配がいたしますわね。
 牛や鶏を連れているせいか、少々大所帯になっているようです。
 牛や鶏なんて、森に住むモンスターにとっては、格好の餌ですものね、護衛の冒険者を雇っているのでしょう。
 しばらく待っていると、山小屋のドアがノックされました。

「はーい」

 ドアを開けますと、そこには宵闇のような黒髪と炎を写し取ったような赤い瞳の美青年が立っておりました。ポップ商隊にこのような方はいらっしゃらなかったはずですが、どなたでしょうか?

「お、女の子!?」

 わたくしが出たことに随分動揺なさっているようですので、スコッチ様のお知り合いの方でしょうか?

「わたくしはモカと申します。スコッチ様の弟子のようなものですわ」
「あ、ああ……そうなのか。…………」

 その方はわたくしの事をじっと見つめて来て何も仰らないので、わたくしはコテリと首を傾げます。

「スコッチ様のお客様ですわよね? ポップ商隊の護衛冒険者の方ですか?」
「あ、ああ。そうだ。わ、お、俺はバレル=イジドという」
「まあ、貴方があのバレル様ですか!」

 冒険者をしていた頃に何度も耳にした名前ですわ。
Sランクの実力があるのにもかかわらず、昇格試験を拒否して、Bランクに留まっていると有名な方です。

「俺の事を知っているのか?」
「ええ、冒険者の間では有名ですもの」
「そ、そうか」
「はい。……えっと、後ろにいらっしゃるのがポップ商隊の方々ですわよね?」
「あ、ああそうだ。依頼されていたものを持って来た。どこに運べばいい?」
「では裏庭の方へお願いします。あ、小麦や調味料は玄関前に積んでおいてくだされば結構ですわ」
「わかった」

 そう言うと、バレル様は商隊の方々の方へ向かわれました。

「なんだ、バレルじゃないか」
「あら、スコッチ様。お知り合いですか?」
「ああ。いつか言ったかもしれないが人間に紛れ込んでいる魔族の一人だ」
「まあ!」

 なるほど、道理でお強いはずですわね。それに、高ランクになればなるほど忙しくなりますし、気ままな魔族からしてみれば、Bランクぐらいがちょうどいいのかもしれませんわね。

「驚きましたわ、本当に人間と見た目は変わりませんのね」
「あれは変化の術で姿を変えているんだ」
「そうなのですか? 本来の姿をスコッチ様はご存知なのですか?」
「ああ、知っている」
「どんな姿なのですか?」

 スコッチ様は少し考えて、口を開きます。

「角がある」
「それ以外は?」
「耳が少し尖るな」
「他には?」
「……ああ、顔に痣があったな」
「総合的に、今とあまり見目は変わらないと言うことでしょうか?」

 てっきり、羽が生えていたりするのかと思いましたが、そのような事はないのですね。

「裏庭のどこに運べばいい?」
「ご案内いたしますわ」

 バレル様に声をかけられて、わたくしは裏庭に建築した、牛舎と鶏舎に皆様をご案内いたしました。

「これ、立派過ぎないか?」
「そうでしょうか? わたくしの食生活に潤いを与えてくれる大切な子達に、あまりストレスを与えない様にと、少し広めにスペースを取っただけですわよ」

 まあ、確かに、牛舎は牛三頭ぐらいが悠々と過ごせるぐらいのスペースがありますし、鶏舎も十羽ぐらいが過ごしてもおかしくない大きさの物を用意いたしましたが、ちょっと張り切ってしまっただけですわ。

「まあ、世話をするのはお前達だからいいのだがな」
「ええ、この子達のお世話はわたくしが責任をもって致しますわ」
「……モカが一人で世話をするのか?」
「そうですわよ? スコッチ様は基本的にお腹が満たされればいいという考えですので、この子達は別に必要とはしておりませんし、必要としているのはわたくしですので、わたくしが世話をするのは当然でございましょう? まあ、わたくしが留守にするようなことがございましたら、スコッチ様にお世話をお願いするかもしれませんけれど」
「そうなのか」

 バレル様は、どこか眩しそうにわたくしを見ていらっしゃいます。
 何かおかしいことを言いましたかしら?

「バレル、久しぶりに顔を見せたんだ、茶でも飲んでいけ」
「茶だぁ? お前が出すのはせいぜい水がいい所だろう。良くてお前が飲んでいる苦い薬湯だ」
「では、わたくしが準備をいたしますわ。商隊の方々には外で召し上がっていただくようになってしまいますが、よろしいでしょうか?」

 商隊の方々を見て言いますと、皆様それで構わないと頷いてくださいました。
 わたくしは早速台所に向かうと、お茶の準備を致します。
 今回も疲れの取れるハーブティーを淹れました。

「どうぞ、バレル様、スコッチ様」
「ああ」
「あ、ありがとう。モカ」
「いえ。ではわたくしは外に居る商隊の方々に配ってまいりますわね」

 わたくしはそう言って山小屋を出て、外で待機している商隊の方に、ハーブティーの入ったやかんを届けに行きました。
 今回いらっしゃった分隊の皆様は、ポップ商隊の副リーダーがまとめている分隊ですわね。

「どうぞ、疲れの取れるハーブティーにですわ」
「ありがとう、ありがたく頂くよ。それにしても、本当にモカ公爵令嬢がこんな森の奥の山小屋に居るとはね」
「元、ですわよ。今はただのモカですわ」

 わたくしはそう言って微笑むと、皆様がそれぞれ取り出したカップにハーブティーを注いでいきます。

「少し甘いんだな」
「ええ、砂糖には滋養強壮の効果がございますので」

 この砂糖は、一か月前にトロティー様より購入した商品でございます。
 三ヶ月分の調味料をまとめて購入いたしますので、かなりの量になるのですが、わたくしには魔法の収納ボックスがありますので、何の問題もありませんわ。
 トロティー様も、まさかこの山小屋で在庫を引き取ってもらえるとは思っていなかったようで驚いていらっしゃいましたが、仕方がないですわよね。
 ああ、料金はスコッチ様が払いましたわ。
 今回の牛や鶏、小麦や調味料の代金もスコッチ様がお支払いしてくださいます。
 このお代はいつかお返しすると言いましたら、貯めているだけで使い道がないから好きに使って構わないと仰っていただきましたので、好きに使わせていただくことにいたしました。

「皆様はバルサミコ王国からいらしたのですわよね。何か面白い噂などございましたか?」
「そりゃあ、キャラメル公爵令嬢とシェインク第一王子の婚約破棄と、そのキャラメル公爵令嬢の失踪で王都は大騒ぎだぜ」
「あらまあ」

 わたくしはその話に、コロコロと上品に笑い声を上げます。
 元お父様はさぞかし狼狽していることでしょうね。

「シェインク様とストロベリー様の仲については何か面白い噂はありませんの?」
「それがな、盛大に婚約すると宣言したが、男爵令嬢を第一王子の正妃にするわけにはいかないって国王陛下が言ってな、未だに正式に婚約が出来てないんだとよ」
「あらあら、それは困っているでしょうね」

 まあ、当然ですわよね。ループしている時も、ストロベリー様は確か、シェインク様が懇意にしている伯爵家に養女になって、やっと婚約を認められたのでしたものね。
 コロコロと上品に見えるように笑いつつ、わたくしは他にもいくつか噂を聞いてから、山小屋の中に戻りました。

「今戻りました」
「遅かったな」
「故郷の噂話に花が咲いてしまいまして」
「モカは故郷に未練があるのか?」

 バレル様の言葉に、わたくしはキョトンとした顔をしてしまいます。

「まさか、未練があると言えばお友達ぐらいですけれども、それもそのうち解消される算段ですので大丈夫ですわ」
「モカ、何を企んでいる?」
「嫌ですわスコッチ様。企むだなんてそんな」

 わたくしはにっこりと微笑んで、そう言いました。
 ちょっとお父様を追い落とすことと、お兄様の発言権を強めることと、シェインク様とストロベリー様を追い落とすことぐらいですわよ。
 国家簒奪なんてことは考えておりませんし、国を裏から操ることも致しませんわよ?

「なんだ、モカは復讐をしたいとか思わないのか?」
「復讐ですか?」

 まあ、復讐と言えば復讐ですわね。でも、これは遊びの延長線上のような物ですし、折角ストロベリー様から悪役といわれたのですし、それにふさわしい行いをしようと思っているだけですものね。

「もしモカが復讐をしたいというのなら、わ、俺も手伝うぞ?」
「まあ、ありがとうございます。でも今は大丈夫ですわ。もしご協力いただきたいことが出来た時はぜひよろしくお願いしますわね」

 にっこりと微笑んでそう言えば、バレル様は少しだけ頬を赤らめて、コクコクと頷いてくださいました。

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