ループしますか、不老長寿になりますか?
009
昼食の準備をしながら、半日がかりで一階の作業場の掃除を終えることが出来ました。
下手に魔法を使うと、魔法が干渉してしまう物もあって、そういう物は手作業で掃除をしなければいけないので、時間がかかってしまいました。
昼食は、朝食とあまり変わり映えのないメニューとなりました。というか、保冷庫に入っている野菜や干し肉、干した魚を使っているのですから、おのずとそうなってしまうのは仕方がない事ですわよね。
明日は家庭菜園の方にも赴いて、ハーブを摘んだり、野菜の収穫をしたりいたしましょう。
出来れば、明日の内に狩りや釣りに行ければいいのですけれども、行けますかしら?
魔法を使うとはいえ、畑仕事は重労働ですものね。
午前中は畑仕事をして、午後は狩りに行くという様に致しましょうか。
ふう、やはり最初の方はやることが多くて大変ですわね。
けれども、これも今後の楽な生活の為だと思えば、乗り越えて見せますわ。
「モカ、ちょっといいかい?」
「はい、スコッチ様」
掃除が終わるまで部屋で読書でもしていてください、と追い出していたスコッチ様が、掃除が終わった気配を感じたのか顔を出されました。
「昨日の話の続きをしたいんだけど」
「是非お願いします」
魔族と契約して、長寿を得るという話ですわよね。
わたくしとスコッチ様は、またテーブルに向かい合わせに座ると、真っ直ぐに見つめ合いました。
「モカ、これから話す内容は、決して他言してはいけないよ。不用意な者が行えば、その者の命が奪われるからね」
「わかりました」
わたくしはコクリと頷くと、真剣な眼差しをスコッチ様に向けました。
「まず、私が魔族と契約を結んだのは約五百年前のことになる」
そんなに前なのですね。
「当時の私は、とにかく実績を欲していたから、魔族との契約の書物を発見して、試してみたくて仕方がなかったんだ。幸いな事に私の魔力量は、魔族の胃を満たすのには十分だったらしく、無事に契約を結ぶことが出来た」
そうして、スコッチ様は、「ただ……」と話を続けます。
「私は契約の内容までちゃんと理解していなかった。ただ力を欲していた私は、魔族の言うがままに契約を結んでしまったんだ」
「どのように言われたのですか?」
「単純だよ。力が欲しければ、己と魂を繋げる契約を結べばいい。そう言われたんだ」
「魂を繋げる……」
わたくしは口の中でスコッチ様の言葉を反芻いたします。
「そう、そうしたことで、確かに私の魔力は膨大なものになった。けれども同時に老いることもなく、死のうとしても死ぬことのできない体になってしまったんだ」
「死のうとしても死ねない体ですか?」
「そう、何度も自死を試してみたよ。けれどもその度に少しの眠りのあと何事もなかったかのように目が覚めてしまうんだ。何度も何度も試して、私は死ぬことを諦めたんだよ。そうしてこの家に引きこもることにしたんだ。それが約三百年前の事かな」
「そんなに長い間、この山小屋で過ごしていらっしゃるんですね」
わたくしは感心したように言うと、スコッチ様は頷かれました。
「森の賢者なんて言われているけれども、その正体は愚かな錬金術師の末路でしかないんだ。モカ、君はそれでも魔族と契約を結びたいと思うのかい? 契約を結んだ魔族が死ぬまで、死ぬことが出来ないこの呪いのような魔術を本気で行うつもりはあるのかい?」
「……」
わたくしは、「はい」とも、「いいえ」とも言えませんでした。
スコッチ様の表情は、確実にやめておいた方がいいと仰っています。わたくしも、スコッチ様のように永い時間を過ごす覚悟があるかと言われれば、まだないとしか言えません。
死にたくても死ねない体というのは、一部の方々から見れば、確かに魅力的なものなのでしょうけれども、それがいつ終わるかわからないとなれば、苦痛になってくるのかもしれません。
「わたくしが死ぬ予定まで、あと五年ございます。ですから、じっくり考えようと思います」
「そうしたほうが良い。ここには居たいだけ、居てもらって構わないから」
「ありがとうございます」
わたくしがそう言うと、スコッチ様は椅子から立ち上がって手を伸ばし、わたくしの頭をぽん、と撫でてくださいました。
「さて、夕食にしようか」
「……メニューは朝と昼と大して変わりませんわよ?」
わざとらしく重苦しい声でわたくしが言うと、スコッチ様はそれで構わないと笑ってくださいました。
まったく、早く小麦と鶏を手に入れなければいけませんわね。
……卵なら、森にいる鳥から奪うことが出来るでしょうか? けれども今は繁殖期ではありませんし、自然の卵入手については、今は難しいですわね。
せめて後一か月早ければ、丁度繁殖期で卵も手に入りやすかったでしょうに。ループの開始時期も考えて欲しいものですわね。
そうすれば、そもそも婚約祝いパーティーで婚約破棄をされる前に、こちらから婚約破棄を申し込むことが出来ましたのに。
まあ、婚約破棄を申し込むなど、あのお父様が許してくれるわけがないのですけれどもね。
けれども、国王陛下に直接直訴すれば、叶っていたと思いますのよね。
なんと言いましても、原因はシェインク様の浮気なのですから。
まあ、それでも国王陛下はストロベリー様を側室にして、わたくしを正妃にすればいいと仰っていたでしょうね。
けれども、少なくともわたくしを断罪するような真似は出来なくなっていたに違いありませんわ。
そうですとも、そもそも、ループの開始時期がおかしいのですわ。せめて学園に入る時ですとか、その辺に戻していただければよかったのに。
そうすれば、ストロベリー様とシェインク様がどうして出会ったのかとか、わかったかもしれませんわ。
ああでも、あのいちゃつきぶりを何度も何度も目の前で見せつけられるのは、嫌ですわね。
嫉妬という意味ではなく、鬱陶しいという意味で。
「ではスコッチ様、わたくしは夕食を作ってまいりますわ」
「ああ、頼んだよ」
そう言ってわたくしは台所に向かいました。
せめて夕食は違うものにしようと努力はしたのですが、やはり朝食昼食と代わり映えのないものになってしまいました。
まあ、味は少しずつまともになってきておりますわよ。
やはり調合の際はちゃんとかき混ぜないといけないと、改めて思いましたわ。
調合の基本ですのに、ここ最近の人生ではしていなかったので抜けてしまっていましたのね。はあ、まったく駄目ですわね。
何度もループしていると言いますのに、肝心なところがたまに抜けてしまいますのよね。
この癖は直さないといけませんわ。
「どうでしょうか? 朝食よりはましな味になっていると思うのですけれども」
「うん、美味しいよ」
「そうですか」
スコッチ様でしたら、マッシュポテトに塩を振ったものを出しても「美味しい」とおっしゃるのでしょうね。
五百年も生きていると、味覚が大雑把になってしまうのでしょうか? それは困りますわね。
好きに生きると決めたからには、食道楽に走る気はありませんが、最低限の食事は楽しみたいものです。
あっ! そうですわ、牛乳! これも忘れてはいけませんでしたわね。
「スコッチ様、商隊から牛は購入できますかしら?」
「牛?」
「ええ、牛乳を搾るには牛が必要でしょう?」
「そんなもの別に必要ないだろう?」
「スコッチ様」
「ん?」
わたくしはまた、一つの文字に力を込めて発音いたします。
「牛、必要ですわよね?」
「……あー、うん」
若干スコッチ様の額に汗が浮き出ているような、引きつった笑みを浮かべていらっしゃいますが、充実した食生活の為ですから仕方がありませんわよね。
「大丈夫ですわ、世話は私がちゃんと致しますので」
「それは言い出しっぺなんだから当たり前だね」
「ええ」
それにしても、こうしてスコッチ様と食卓を囲んでいると、初めてここに訪れた時の事を思い出しますわね。
下手に魔法を使うと、魔法が干渉してしまう物もあって、そういう物は手作業で掃除をしなければいけないので、時間がかかってしまいました。
昼食は、朝食とあまり変わり映えのないメニューとなりました。というか、保冷庫に入っている野菜や干し肉、干した魚を使っているのですから、おのずとそうなってしまうのは仕方がない事ですわよね。
明日は家庭菜園の方にも赴いて、ハーブを摘んだり、野菜の収穫をしたりいたしましょう。
出来れば、明日の内に狩りや釣りに行ければいいのですけれども、行けますかしら?
魔法を使うとはいえ、畑仕事は重労働ですものね。
午前中は畑仕事をして、午後は狩りに行くという様に致しましょうか。
ふう、やはり最初の方はやることが多くて大変ですわね。
けれども、これも今後の楽な生活の為だと思えば、乗り越えて見せますわ。
「モカ、ちょっといいかい?」
「はい、スコッチ様」
掃除が終わるまで部屋で読書でもしていてください、と追い出していたスコッチ様が、掃除が終わった気配を感じたのか顔を出されました。
「昨日の話の続きをしたいんだけど」
「是非お願いします」
魔族と契約して、長寿を得るという話ですわよね。
わたくしとスコッチ様は、またテーブルに向かい合わせに座ると、真っ直ぐに見つめ合いました。
「モカ、これから話す内容は、決して他言してはいけないよ。不用意な者が行えば、その者の命が奪われるからね」
「わかりました」
わたくしはコクリと頷くと、真剣な眼差しをスコッチ様に向けました。
「まず、私が魔族と契約を結んだのは約五百年前のことになる」
そんなに前なのですね。
「当時の私は、とにかく実績を欲していたから、魔族との契約の書物を発見して、試してみたくて仕方がなかったんだ。幸いな事に私の魔力量は、魔族の胃を満たすのには十分だったらしく、無事に契約を結ぶことが出来た」
そうして、スコッチ様は、「ただ……」と話を続けます。
「私は契約の内容までちゃんと理解していなかった。ただ力を欲していた私は、魔族の言うがままに契約を結んでしまったんだ」
「どのように言われたのですか?」
「単純だよ。力が欲しければ、己と魂を繋げる契約を結べばいい。そう言われたんだ」
「魂を繋げる……」
わたくしは口の中でスコッチ様の言葉を反芻いたします。
「そう、そうしたことで、確かに私の魔力は膨大なものになった。けれども同時に老いることもなく、死のうとしても死ぬことのできない体になってしまったんだ」
「死のうとしても死ねない体ですか?」
「そう、何度も自死を試してみたよ。けれどもその度に少しの眠りのあと何事もなかったかのように目が覚めてしまうんだ。何度も何度も試して、私は死ぬことを諦めたんだよ。そうしてこの家に引きこもることにしたんだ。それが約三百年前の事かな」
「そんなに長い間、この山小屋で過ごしていらっしゃるんですね」
わたくしは感心したように言うと、スコッチ様は頷かれました。
「森の賢者なんて言われているけれども、その正体は愚かな錬金術師の末路でしかないんだ。モカ、君はそれでも魔族と契約を結びたいと思うのかい? 契約を結んだ魔族が死ぬまで、死ぬことが出来ないこの呪いのような魔術を本気で行うつもりはあるのかい?」
「……」
わたくしは、「はい」とも、「いいえ」とも言えませんでした。
スコッチ様の表情は、確実にやめておいた方がいいと仰っています。わたくしも、スコッチ様のように永い時間を過ごす覚悟があるかと言われれば、まだないとしか言えません。
死にたくても死ねない体というのは、一部の方々から見れば、確かに魅力的なものなのでしょうけれども、それがいつ終わるかわからないとなれば、苦痛になってくるのかもしれません。
「わたくしが死ぬ予定まで、あと五年ございます。ですから、じっくり考えようと思います」
「そうしたほうが良い。ここには居たいだけ、居てもらって構わないから」
「ありがとうございます」
わたくしがそう言うと、スコッチ様は椅子から立ち上がって手を伸ばし、わたくしの頭をぽん、と撫でてくださいました。
「さて、夕食にしようか」
「……メニューは朝と昼と大して変わりませんわよ?」
わざとらしく重苦しい声でわたくしが言うと、スコッチ様はそれで構わないと笑ってくださいました。
まったく、早く小麦と鶏を手に入れなければいけませんわね。
……卵なら、森にいる鳥から奪うことが出来るでしょうか? けれども今は繁殖期ではありませんし、自然の卵入手については、今は難しいですわね。
せめて後一か月早ければ、丁度繁殖期で卵も手に入りやすかったでしょうに。ループの開始時期も考えて欲しいものですわね。
そうすれば、そもそも婚約祝いパーティーで婚約破棄をされる前に、こちらから婚約破棄を申し込むことが出来ましたのに。
まあ、婚約破棄を申し込むなど、あのお父様が許してくれるわけがないのですけれどもね。
けれども、国王陛下に直接直訴すれば、叶っていたと思いますのよね。
なんと言いましても、原因はシェインク様の浮気なのですから。
まあ、それでも国王陛下はストロベリー様を側室にして、わたくしを正妃にすればいいと仰っていたでしょうね。
けれども、少なくともわたくしを断罪するような真似は出来なくなっていたに違いありませんわ。
そうですとも、そもそも、ループの開始時期がおかしいのですわ。せめて学園に入る時ですとか、その辺に戻していただければよかったのに。
そうすれば、ストロベリー様とシェインク様がどうして出会ったのかとか、わかったかもしれませんわ。
ああでも、あのいちゃつきぶりを何度も何度も目の前で見せつけられるのは、嫌ですわね。
嫉妬という意味ではなく、鬱陶しいという意味で。
「ではスコッチ様、わたくしは夕食を作ってまいりますわ」
「ああ、頼んだよ」
そう言ってわたくしは台所に向かいました。
せめて夕食は違うものにしようと努力はしたのですが、やはり朝食昼食と代わり映えのないものになってしまいました。
まあ、味は少しずつまともになってきておりますわよ。
やはり調合の際はちゃんとかき混ぜないといけないと、改めて思いましたわ。
調合の基本ですのに、ここ最近の人生ではしていなかったので抜けてしまっていましたのね。はあ、まったく駄目ですわね。
何度もループしていると言いますのに、肝心なところがたまに抜けてしまいますのよね。
この癖は直さないといけませんわ。
「どうでしょうか? 朝食よりはましな味になっていると思うのですけれども」
「うん、美味しいよ」
「そうですか」
スコッチ様でしたら、マッシュポテトに塩を振ったものを出しても「美味しい」とおっしゃるのでしょうね。
五百年も生きていると、味覚が大雑把になってしまうのでしょうか? それは困りますわね。
好きに生きると決めたからには、食道楽に走る気はありませんが、最低限の食事は楽しみたいものです。
あっ! そうですわ、牛乳! これも忘れてはいけませんでしたわね。
「スコッチ様、商隊から牛は購入できますかしら?」
「牛?」
「ええ、牛乳を搾るには牛が必要でしょう?」
「そんなもの別に必要ないだろう?」
「スコッチ様」
「ん?」
わたくしはまた、一つの文字に力を込めて発音いたします。
「牛、必要ですわよね?」
「……あー、うん」
若干スコッチ様の額に汗が浮き出ているような、引きつった笑みを浮かべていらっしゃいますが、充実した食生活の為ですから仕方がありませんわよね。
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