ループしますか、不老長寿になりますか?
002
家に着きますと、わたくしは早速と言わんばかりに、お兄様の執務室に連れ込まれてしまいました。
まあ、家族ですしいいのですが、せめて着替えぐらいはさせていただきたいものですわ。
婚約祝いの主役に相応しく、今宵のわたくしは随分と着飾った格好をしております。髪も複雑に結い上げられていて、髪飾りが重いですし、ドレスも家で着ているような簡素なものではなく、ふんわりとしたシフォンを幾重にも重ねた物で、動きやすいかと言われたら、全く動きにくいものになっております。
それでも、ダンスではそんな素振りを見せてはなりませんので、これでも女性というものは苦労をしておりますのよ。
まあ、男性にはわかりませんわよね。
男性には男性の社交界があるように、女性には女性の社交界や意地がございますの。
「それでね、モカ」
「なんでしょう、お兄様」
「君は何回分の記憶を持っているのかな?」
え?
「お兄様?」
「いや、僕もついさっきまで思い出せなかったのだけど、今回の婚約破棄は、初めてじゃないよね」
まあ! まあまあまあ! わたくし以外にループをなさっている方がいらっしゃるのも初めての体験ですわね。
ああ、だからお父様達を先導して廊下で追ってきてくださったのでしょうか?
「お兄様、自分が何をおっしゃっているかお分かりですか? 頭がおかしくなったと思われてもおかしくありませんわよ?」
「そうだね。普通だったらおかしいのは自分だって思うんだけど、モカの態度からして、今回が初めてじゃないって思ったんだよ」
驚きましたわね。
さて、どういたしましょうか。
「そうですわね。確かに、わたくしはこの人生を何度もループしておりますわ。お兄様は何回ループなさっておいでですか?」
「五回だよ。どれもモカがシェインク様に縋りついて断罪されたり、その後に修道院に入れられたり、領地に幽閉されてしまったりするものだったよ」
あら、でしたらかなり最初の方のループの記憶を持っていらっしゃるという感じなのでしょうか?
もう随分前から婚約破棄をされてすぐに家に帰っておりましたものね。
「わたくしには、その数十倍のループ経験がございますわ。ここ最近では、お父様に何かされる前に家を出て、冒険者をしたり、騎士になってみたり、侍女をしてみたり、ウェイトレスをしてみたり、薬師になってみたり色々な経験を積んでおりました」
まさか、他国に人質同然に送り込まれたり、年上の貴族の後妻にさせられたり、野盗の経験もあるなどとは流石に言えませんわよね。
「そんなに? 僕は思い出す度に、モカをなんとかしようとしたけれど、養子の僕では発言力があまりないから、結局力にはなれなかったよ」
そう、お兄様……マキアート=キャラメルは実はお母様とお父様の子ではありません。
お母様が嫁いで来て長らく子に恵まれなかった為、お父様の親戚筋から養子にと、貰った子なのです。
その数年後にわたくしが生まれたのですが、女児だったことと、ちょうど第一王子と同い年だったことから、五歳になる頃には必然的に、本人たちの仲が(その当時は)良かったことから、婚約者になったというわけでございます。
本当に、婚約した当初はわたくしとシェインク様は仲が良かったのでございますよ。
それも、貴族の子女なら必ず通うことになっている学園に入るまででございますけれども。
十五歳になって学園に入ってからでしょうか、シェインク様の周辺にストロベリー様が侍るようになりました。
きっかけが何だったのかは存じ上げませんけれども、お二人は知り合いになって、たった数か月で深い仲になってしまったのでございます。
そう、今回のように、事前に婚約破棄を当家に申し出るということをせず、婚約祝いの席で婚約破棄をするという、とんでもないことをするぐらいに、シェインク様はストロベリー様を愛してしまわれました。
まったく、何度目かのループの時からか思っておりましたが、婚約祝いのパーティーをする前に、当家や国王陛下に婚約者を変えたいと申し出て下されば、わたくしの運命も変わっていたかもしれませんわね。
まあともかく、学園に入ってから数か月で、わたくしの運命は半ば決定づけられてしまったということなのでございましょう。
「それで、領地経営を手伝ってほしいとおっしゃったのは、わたくしが修道院や領地に幽閉されない様にとの思いからおっしゃってくださいましたのね」
「ああ、僕にできる事はそのぐらいだと思ったからね。けれども、そうか……モカはもう僕なんかよりも何度もこの人生をループしているんだね。僕の助け舟なんていらなかったかな」
「そんなことは……」
まあ、必要ないといえば必要ないのですが、せっかくのお兄様のお申し出を無下にするのもなんですものね。
それに、領地経営というものはしたことがありませんでしたし、今後またループした時の為にもいい経験になるかもしれません。
「大丈夫ですわ、お兄様。お兄様のお心遣い、とても嬉しく思います」
けれども、わたくしが二十歳の誕生日を迎えるあたりに毎回死んでしまうことは黙っていたほうが良いでしょう。
お兄様もループしているので、気が付いているかもしれませんが、言わぬが花という物でございますよね。
「しかし、シェインク様は何を考えているんだ? まるで、モカを晒し物にして自分達を正当化するような行いなど、許されるものではない」
「それなのですが、お兄様は覚えていらっしゃるでしょうが、シェインク様の頭の中では、わたくしはストロベリー様を虐めた悪人になっているようなのでございます」
「それがおかしいと言っているんだよ。婚約者が自分以外の異性に気を取られているのに、むしろ何もしない方がおかしいじゃないか」
「そうですわよね」
そう、わたくしがしたことは決して間違いではございませんのに、シェインク様は何をどう勘違いなさったのでしょうね。
それに、わたくしが行った虐めの中には、なんでも階段から突き落とすという殺人じみた行為も含まれておりました。
まったく、そんなこと出来るわけありませんわ。わたくしには常に王室から監視が付いているのですよ。
まあ、今後は外されるでしょうけれどもね。
十年間ずっと傍にいてくださいましたし、名残惜しいと言えば、名残惜しいですが、この数十回のループのなかで、その別れにも慣れてしまいました。
「それで、モカは今後何かしたいことがあるのかい?」
「いえ、今は特に。とりあえずは、お兄様の案に乗らせていただこうと思いますわ。領地経営って初めてですもの」
「そうかい。モカが手伝ってくれると僕も嬉しいよ」
にっこりと笑うお兄様の顔は、どこかお父様に似ていらっしゃいます。親戚なのですから、どこか似ていてもおかしくはないのですが、よく似たその笑みに、お母様はお兄様が実はお父様の隠し子なのではないかと、今でも疑っているのですわ。
そのような事はないと、お父様が否定するたびに、その疑いが濃くなっていくのは何故なのでしょうか? きっと言い方が悪いのでしょうね。
最初の人生で一度だけその現場に居合わせたことがありますが、お父様はお母様に対して、『ありもしない妄想に付き合っている時間はない』と仰っておりました。
あれでは流石にお母様が可哀そうというものですわ。
それに、お父様は言い方が悪いだけで、お母様の事をちゃんと愛していらっしゃいますわ。
その証拠がわたくしですわよね。まさに愛の結晶というものでしょうか、言っていておかしく思えてしまいますが。
わたくしが生まれてお母様のお心も落ち着いたようだと、わたくし付きの侍女から聞きましたが、それでも、お母様の心の中には不安が残っているのでしょうね。
こればっかりは当人たちの問題ですので、どうしようもありませんわ。
「お兄様、とりあえず、着替えて来てもよろしいでしょうか?」
「え? ああ、そうだったね。すまない、こんな急に連れ込むような真似をしてしまって」
「いえ、構いませんわ。では、また改めてお伺いいたしますわね」
「ああ、待っているよ。でも今日はゆっくりおやすみ」
「よろしいのですか?」
「今日はもう疲れただろう?」
もう慣れた事なので、大して疲れてはおりませんけれども、折角の好意を無下にするのもなんですわよね。
「では、今日はもう休ませていただきますわ。また明日、お兄様」
「ああ、また明日。おやすみ、モカ」
そう言ってわたくしはお兄様の執務室を後にいたしました。
部屋に戻る途中、ともうしますか、部屋の前でお母様が待っていらっしゃいまた。
まあ、家族ですしいいのですが、せめて着替えぐらいはさせていただきたいものですわ。
婚約祝いの主役に相応しく、今宵のわたくしは随分と着飾った格好をしております。髪も複雑に結い上げられていて、髪飾りが重いですし、ドレスも家で着ているような簡素なものではなく、ふんわりとしたシフォンを幾重にも重ねた物で、動きやすいかと言われたら、全く動きにくいものになっております。
それでも、ダンスではそんな素振りを見せてはなりませんので、これでも女性というものは苦労をしておりますのよ。
まあ、男性にはわかりませんわよね。
男性には男性の社交界があるように、女性には女性の社交界や意地がございますの。
「それでね、モカ」
「なんでしょう、お兄様」
「君は何回分の記憶を持っているのかな?」
え?
「お兄様?」
「いや、僕もついさっきまで思い出せなかったのだけど、今回の婚約破棄は、初めてじゃないよね」
まあ! まあまあまあ! わたくし以外にループをなさっている方がいらっしゃるのも初めての体験ですわね。
ああ、だからお父様達を先導して廊下で追ってきてくださったのでしょうか?
「お兄様、自分が何をおっしゃっているかお分かりですか? 頭がおかしくなったと思われてもおかしくありませんわよ?」
「そうだね。普通だったらおかしいのは自分だって思うんだけど、モカの態度からして、今回が初めてじゃないって思ったんだよ」
驚きましたわね。
さて、どういたしましょうか。
「そうですわね。確かに、わたくしはこの人生を何度もループしておりますわ。お兄様は何回ループなさっておいでですか?」
「五回だよ。どれもモカがシェインク様に縋りついて断罪されたり、その後に修道院に入れられたり、領地に幽閉されてしまったりするものだったよ」
あら、でしたらかなり最初の方のループの記憶を持っていらっしゃるという感じなのでしょうか?
もう随分前から婚約破棄をされてすぐに家に帰っておりましたものね。
「わたくしには、その数十倍のループ経験がございますわ。ここ最近では、お父様に何かされる前に家を出て、冒険者をしたり、騎士になってみたり、侍女をしてみたり、ウェイトレスをしてみたり、薬師になってみたり色々な経験を積んでおりました」
まさか、他国に人質同然に送り込まれたり、年上の貴族の後妻にさせられたり、野盗の経験もあるなどとは流石に言えませんわよね。
「そんなに? 僕は思い出す度に、モカをなんとかしようとしたけれど、養子の僕では発言力があまりないから、結局力にはなれなかったよ」
そう、お兄様……マキアート=キャラメルは実はお母様とお父様の子ではありません。
お母様が嫁いで来て長らく子に恵まれなかった為、お父様の親戚筋から養子にと、貰った子なのです。
その数年後にわたくしが生まれたのですが、女児だったことと、ちょうど第一王子と同い年だったことから、五歳になる頃には必然的に、本人たちの仲が(その当時は)良かったことから、婚約者になったというわけでございます。
本当に、婚約した当初はわたくしとシェインク様は仲が良かったのでございますよ。
それも、貴族の子女なら必ず通うことになっている学園に入るまででございますけれども。
十五歳になって学園に入ってからでしょうか、シェインク様の周辺にストロベリー様が侍るようになりました。
きっかけが何だったのかは存じ上げませんけれども、お二人は知り合いになって、たった数か月で深い仲になってしまったのでございます。
そう、今回のように、事前に婚約破棄を当家に申し出るということをせず、婚約祝いの席で婚約破棄をするという、とんでもないことをするぐらいに、シェインク様はストロベリー様を愛してしまわれました。
まったく、何度目かのループの時からか思っておりましたが、婚約祝いのパーティーをする前に、当家や国王陛下に婚約者を変えたいと申し出て下されば、わたくしの運命も変わっていたかもしれませんわね。
まあともかく、学園に入ってから数か月で、わたくしの運命は半ば決定づけられてしまったということなのでございましょう。
「それで、領地経営を手伝ってほしいとおっしゃったのは、わたくしが修道院や領地に幽閉されない様にとの思いからおっしゃってくださいましたのね」
「ああ、僕にできる事はそのぐらいだと思ったからね。けれども、そうか……モカはもう僕なんかよりも何度もこの人生をループしているんだね。僕の助け舟なんていらなかったかな」
「そんなことは……」
まあ、必要ないといえば必要ないのですが、せっかくのお兄様のお申し出を無下にするのもなんですものね。
それに、領地経営というものはしたことがありませんでしたし、今後またループした時の為にもいい経験になるかもしれません。
「大丈夫ですわ、お兄様。お兄様のお心遣い、とても嬉しく思います」
けれども、わたくしが二十歳の誕生日を迎えるあたりに毎回死んでしまうことは黙っていたほうが良いでしょう。
お兄様もループしているので、気が付いているかもしれませんが、言わぬが花という物でございますよね。
「しかし、シェインク様は何を考えているんだ? まるで、モカを晒し物にして自分達を正当化するような行いなど、許されるものではない」
「それなのですが、お兄様は覚えていらっしゃるでしょうが、シェインク様の頭の中では、わたくしはストロベリー様を虐めた悪人になっているようなのでございます」
「それがおかしいと言っているんだよ。婚約者が自分以外の異性に気を取られているのに、むしろ何もしない方がおかしいじゃないか」
「そうですわよね」
そう、わたくしがしたことは決して間違いではございませんのに、シェインク様は何をどう勘違いなさったのでしょうね。
それに、わたくしが行った虐めの中には、なんでも階段から突き落とすという殺人じみた行為も含まれておりました。
まったく、そんなこと出来るわけありませんわ。わたくしには常に王室から監視が付いているのですよ。
まあ、今後は外されるでしょうけれどもね。
十年間ずっと傍にいてくださいましたし、名残惜しいと言えば、名残惜しいですが、この数十回のループのなかで、その別れにも慣れてしまいました。
「それで、モカは今後何かしたいことがあるのかい?」
「いえ、今は特に。とりあえずは、お兄様の案に乗らせていただこうと思いますわ。領地経営って初めてですもの」
「そうかい。モカが手伝ってくれると僕も嬉しいよ」
にっこりと笑うお兄様の顔は、どこかお父様に似ていらっしゃいます。親戚なのですから、どこか似ていてもおかしくはないのですが、よく似たその笑みに、お母様はお兄様が実はお父様の隠し子なのではないかと、今でも疑っているのですわ。
そのような事はないと、お父様が否定するたびに、その疑いが濃くなっていくのは何故なのでしょうか? きっと言い方が悪いのでしょうね。
最初の人生で一度だけその現場に居合わせたことがありますが、お父様はお母様に対して、『ありもしない妄想に付き合っている時間はない』と仰っておりました。
あれでは流石にお母様が可哀そうというものですわ。
それに、お父様は言い方が悪いだけで、お母様の事をちゃんと愛していらっしゃいますわ。
その証拠がわたくしですわよね。まさに愛の結晶というものでしょうか、言っていておかしく思えてしまいますが。
わたくしが生まれてお母様のお心も落ち着いたようだと、わたくし付きの侍女から聞きましたが、それでも、お母様の心の中には不安が残っているのでしょうね。
こればっかりは当人たちの問題ですので、どうしようもありませんわ。
「お兄様、とりあえず、着替えて来てもよろしいでしょうか?」
「え? ああ、そうだったね。すまない、こんな急に連れ込むような真似をしてしまって」
「いえ、構いませんわ。では、また改めてお伺いいたしますわね」
「ああ、待っているよ。でも今日はゆっくりおやすみ」
「よろしいのですか?」
「今日はもう疲れただろう?」
もう慣れた事なので、大して疲れてはおりませんけれども、折角の好意を無下にするのもなんですわよね。
「では、今日はもう休ませていただきますわ。また明日、お兄様」
「ああ、また明日。おやすみ、モカ」
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