当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

IF めでたしめでたし

 期待する国民からすら隠れるように登城し、両陛下と殿下に謁見した時我ながら面白みもない態度だと思った。
 王太子宮に住む様になって、翌日に殿下が訪れると聞いた時は心臓がどくりとなったけれども、使いの方に何かを気取らせることもなく了承の返事をした。

「これからはシアと呼んでも構わないだろうか?」
「はい、殿下」
「どうぞ私のことはラディと」
「はい、ラディ様」

 抑揚のない声でそう言えばつまらなさそうな視線を向けられる。

「この婚約が気に入りませんか?」
「いえそのようなことはございません。父が決めたことに否やなどございません」
「……親の言いなりか。まるで人形のようだな」

 そう言われたとき、心の中でだけ笑った。まったくもってその通りだから、私はお母様の代わりの人形でしかないから。

「その辛気臭い雰囲気は王太子妃として相応しくない。人前ではちゃんと王太子妃らしくしておくように」
「はい、殿下」

 そう言って頭を下げた私のあごを掴んで殿下は顔を上げさせる。

「ラディだ」
「申し訳ありませんラディ様」

 そう答えれば投げ捨てるように手を振り払われたせいでバランスを崩して床に座り込んでしまう。

「少しは最高の美姫といわれた母親のようにふるまうといい」
「…はい、ラディ様」

 言い捨てて出て行った殿下の背中を見ながら、どこまでも私はお母様の代わりでしかないのだと笑いがこみ上げてきた。





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 最近殿下の機嫌が悪い。私が社交として友人たちと話すことが気に入らないようで、ここ最近何度かお茶会を中止させられたリ、夜会で話しをしているのを遮られる。
 ただどうしてそんなことをするのかは尋ねたことがない。そもそも学園への登校こそいっしょだが会話があるわけでもなく、人前ではエスコートされ仲良さげにふるまっているが王太子宮で殿下が私に会う時間を作ることもない。
 一度だけ、私に不満があるのかと尋ねたことがある。

「むしろどこに満足するところがあるのか教えてほしいぐらいだ。見目の良さしか取り柄がないお前は媚びを売るぐらいしかできないだろうにそれも満足に出来ないようだ」
「申し訳ありません」
「この私に媚びの一つでも売れば可愛がってやるというのに、本当に可愛げのない」
「申し訳ありません」
「まあ、その体で迫られても吐き気がするだけだろうがな」
「申し訳ありません」

 それこそ人形のように「申し訳ありません」と繰り返す私に嫌気がさしたのか、そこからはお互いに一言も口を開かずに学園に到着した。
 もし本当に殿下に媚びを売れば何かが変わっていたのだろうか。





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 殿下に最近お気に入りの令嬢が出来たらしい。校内のあちらこちらで親密槽に会話をしている姿が目撃されている。
 何人かの令嬢が心配してくれるが、心配ないと微笑み彼女が王太子妃の座に座れるわけがないのだからと言えば安心したように下がってくれた。
 けれどもそんな私の精一杯のフォローは殿下の機嫌を損ねるものだったらしい。

 -バシッ   トサリ。

 ほほをぶたれる音から少しあとに軽いものが落ちるような音が室内に響いた。
 どちらも発生源は私で、殿下に頬をぶたれた衝撃で床に倒れこんでしまった。倒れこんだまま頬も押さえずに殿下を見れば怒りをあらわにしてこちらを睨みつけている。

「シシーを馬鹿にした発言を繰り返しているそうだな」
「そのようなこといたしておりません」
「嘘をつくな!男爵令嬢ごときと言っていたそうじゃないか!」
「それは、殿下とご親密な様子を心配なさった方に男爵令嬢では王太子の正妃になれないといっただけでっ!」
「だまれ!」

 言葉の終わらないうちにまた頬をぶたれ、口を切ったのか唇の端から血がにじんで流れていく感覚がした。

「お前にシシーの何がわかる!人形のような女の分際で!」
「申し訳ありません」

 私のその言葉に殿下はカッと顔を赤くすると私の胸倉をつかんで無理やり立たせるとソファに投げつけるように放る。

「お前のような人形でも血は通っているらしいな。いや、人形のふりをしてシシーを侮辱しているのだからこのドレスの下はさぞかし黒いのだろうな」
「なっ!」

 言われてドレスを胸元から引き裂かれ、思わす目を見開き悲鳴が口から飛び出す。

「流石にこんな状態なら化けの皮が剥がれるらしい。ああ安心しろ、お前を抱くつもりはない。男を誘うその体に吐き気がする」
「申し訳ありません」

 震えそうになる体を叱咤して平静を装ってそういえば、殿下に顎を掴まれ唇を奪われる。
 しばらくそのまま硬直していると唇が離され苦々しい顔をした殿下がそのまま部屋を出て行った。

「どうして…」

 今までこんなことなどなかったというのに、殿下の様子が変わったのはやはりシンシア様の影響なのだろうか。
 無意識に震える体を叱咤して立ち上がり、衣装室へ着替えるために足を動かした。





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「お前を抱くつもりはない」

 学園での殿下とシンシア様の交友は、シンシア様が婚約者との愛を確認したことで終えたらしいが、殿下の中ではまだシンシア様への思慕が残っているらしい。
 多くの人に祝われた結婚式後の夜にそう言われ、そのまま出て行った殿下の背中にほっと息を吐いて寝台に座る。
 婚前交渉らしきものもなかったので、出来るならこのまま白い結婚を貫いてほしかったのは自分の方だ。
 結婚式の最中に気が付いたが、私はどうやら殿下に行為を抱くどころか嫌悪に近い感情を抱いているらしい。
 以前に受けた行為を引きづっているののかはわからないけれど、他人に期待をしていたい私にしては珍しい感情だった。





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 王太子妃として集めた情報の中に、殿下がシンシア様を愛人にしようと動いているというものがあり、未だに思っていたのかと逆に感心してしまう。
 伯爵家に嫁入りしたが、それ以来ほぼ家に引きこもり社交に出てこなくなったシンシア様にかえって恋情を募らせたのかもしれない。



 ライディーン様の不幸な事故もあって、シンシア様が愛人ではなく公妾の座に就いた。もっとも、事故すら殿下の企みであったのだが、シンシア様がそれに気が付いている様子はない。
 公妾の地位にあるせいか、夜会や式典にも堂々とシンシア様を伴って出席するようになった。
 そのあからさまな様子にご婦人方から気遣う声もあったが、妻としての務めを果たせていない私の代わりに殿下の心身を慰めてくれているといって宥めることが多くなった。
 私が殿下に抱かれていないという話しは多くの人が知っていることであり、そう伝えれば多くの人が私に同情心を抱いてくれた。

 日を追うごとに殿下とシンシア様の中は深まっているが、なぜまだ子供が出来ないのかと疑問の声も上がっている。
 婚家でも数年子宝に恵まれていないのでもしかしたが石女なのではないかという声も持ち上がっている。そのせいか、公妾の座にこのまま置くのはどうなのかという声が出始めている。
 だからだろうか、最近の殿下にはどこか焦りの色が見え始めた。






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「お前と離縁しシンシアと結婚する」

 そう言われたのはシンシア様の地位に疑問の声が強くなってきており、殿下でも抑えられなくなり始めていた時だった。
 もっとも、殿下がそう言いだすのは事前に情報として得ていたし、王妃陛下より離縁の話しが殿下よりされたら即刻実家に戻るよう言われていたので驚きはない。

「承知いたしました」

 荷造りはあらかた終えているのであとは日常品をまとめて実家に送れば問題はない。

「本当に人形のような女だな。離縁を告げられても顔色一つ変えやしない」

 そう言って出て行った殿下の後姿に、そういえば言葉を交わすのは数か月ぶりだったと思い出した。
 王妃陛下の忠告の通り、すぐさま実家に荷物を送り離婚届にサインをしてその足で城を出て、馬車に乗って王都の門を抜けたところで体の力を抜く。
 離婚の立会人となった国王陛下の目を思いだして肌が粟立つ。
 舐めるような、こちらを視線で犯してくるような眼差しに王妃陛下が即刻実家に帰るように言った理由が分かった。
 王太子との離婚後、辺境伯とのつながりを絶たないようにという理由付けで国王陛下が私を公妾にしようとしているという情報があったが、まさかと思っていた。
 けれどもあの視線を受けてしまえばそれが各省に近い情報であったのだと自覚できた。





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 実家に帰ってすぐに従兄に攫われるように皇国に連れていかれる。
 そこでお爺様や叔父様達にあの国の存在価値を問われたが、私は何も答えることが出来なかった。
 残る価値も滅ぼす価値も私はあの国に見出していない。しいて言えば友人がいるので滅ぼすにしても血をあまり流してほしくないというぐらい。

「じゃあもう一つ質問だよリア。君は元夫のこと、愛してた?」
「いいえ、私は殿下を愛したことなどございません」
「嫌いだった」
「ええ、そうですわね」
「そう」

 ただそれだけだった。それだけであの国、あの王家の行く末は決まった。





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 血の匂いのする廊下を抜けて謁見の間に行けば、そこには抱き合ったまま胸に穴をあけられている王太子殿下とシンシア様、そして沈痛な面持ちをした王妃陛下とあちらこちらにあざを作った国王陛下。
 シンシア様がこの場にいたのは私を追いやる原因を作った原因だかららしい。
 死ぬ時まで抱き合う姿に、本当に愛し合っていたのだろうと笑みが浮かぶ。

「想いがかなってよかったですわね」

 皮肉でもなんでもなく、ただ純粋にそう思っての言葉だ。こんなにも思いあえるのは羨ましくもある。

「セシーリア様……。この国の民はどうなります?」

 この土地はエミルが領主となって経営し、その死後に魔の森に飲み込まれる予定だ。エミルはこの国の王族の血が濃く出ているから、そしてお母様の息子だからの措置だという。

「エミルが領主となり南へ移民する猶予が与えられます。国王陛下は打ち首の上城壁に12日間さらされますが、王妃陛下は…」

 この土地を治めるエミルへ下賜されるとはなぜか言えずに黙り込んでしまった。

「私は?私はどのような死を与えられるのです?」
「……この国の行く末を見届ける死です」

 エミルデビュタントの時に王妃陛下に一目ぼれをしたらしい。それ以来ずっと王妃陛下に恋い焦がれていたと聞いたのはついこの間。

「なぜだ!これは私の妻だ!ともに死ぬのが定石であろう!」

 騒ぐ国王陛下の首が跳ねられて床に転がり、王妃のドレスのところで止まり王妃を濁った眼が見上げる。
 そこで張り詰めた糸が切れたのか王妃陛下は意識を失い血で濡れた床に倒れこんでしまった。

「最後まで愚か者だったな」
「そうですわね」

 その言葉と背中に触れた温もりに身をゆだねて目を閉じる。
 どうしてここに来たんだろうか。くる必要などなかったのに無理を言ってついてきてしまった。
 目を開けて抱き合ったまま死んでいる二人を見て、ああそうかと今更ながらに理解する。

「私、殿下とシンシア様が憎かったみたいですわ」
「そう?まあ憎しみであろうと感情が動くのはいいことだよ」

 そうなのだろうと思う。お母様の代わりとして人形のように生きてきた私にとって、マイナスの感情であっても動くというのはリハビリになったのだろう。

「さあ、後始末は放って帰ろうか」
「そうだよ、帰ろう」

 差し出された二つの手にそれぞれ手を乗せて、いつぶりなのかわからない心からの笑みを浮かべる。

「ええ、帰りましょう」



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あとがき
正直こっちのほうがハッピーエンドだと思っている(キリ

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