当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

番外編 受け継がれるモノ

 ふと目が覚める。目の前には亡くなったはずのお母様がいて私を愛しそうに見つめてくる。

「かわいいセシー。愛しい私のセシー」
「おかあさま」

 なつかしさに思わず抱き着けば、弱弱しい力で抱き返してくれる。

 ああ、そうか。お母様はもうすぐ亡くなってしまうのだった。

 元々長くは生きられないと言われていたが、エミルを産んで一気に気力を消耗してしまったようにお母様は床に臥せる日が多くなった。
 私はお母様がいなくなるのが怖くて毎日必死にお母様に話しかけに行っていた。

 だってお母様だけが私を私としてみてくれていたから。

「ねえセシー、お前は私の生き写しのような娘。だからきっとお前は苦しい思いをたくさんすることになる。皆がお前の中の私を探す、どうしてかわかる?」
「そっくりだから?」
「そう。そして失ったものを取り戻したいと願うから。お父様にもお母様にも、兄弟の誰にも似なかった私は数代前に嫁いだという人の先祖返りなのでしょう」
「せんぞがえり」
「そう、妖精のように可憐で儚く、けれどもその実態は食虫花のように捕らえたものを逃さない存在。この美しさ、そしてそれを穢したいと思わせる色香で人を惑わせ狂わせる生き物。そんな存在の先祖返り、お前もそう」

 母は無意識に人を虜にさせる不思議な力があった。魅了の魔法ともいわれるそれは、多くの人を惑わせ狂わせ、だから城の奥に大切にしまわれていた。
 目が合ったものを問答無用で虜にしてきた母が、唯一望んで虜にしたのが父だった。
 大切にしまわれてきたせいか、母は傲慢で不遜でわがままで自由奔放な性格で、皇国の城にやってきた父をたまたま目にして、そして父が持ち込んだ監視役の女性の見た夢の話しを盗み聞きして、この国の父のもとに嫁ぎたいとわがままをいったらしい。
 そしてそれは、叶えられることになった。それはなぜか…。

 お母様は、もうあと数年しか生きられない体だったから。

 先祖返りの影響なのか、お母様の寿命は長く持たないと産まれたときに言われたらしい。お父様を見たのはその寿命もあとわずかと多くの母を愛する人々が恐怖していた時。
 手放したくないという思いよりも、望みをかなえてあげたいという思いのほうが強くなっていた時。だから少しひと悶着はあったけれどもお母様の願いは叶えられ、この国に来て愛する人の妻の座と親友を得ることにが出来た。
 たとえそれが多くの人の未来を踏みにじり、不幸にするとわかっていてもお母様は欲した。

「お父様は最期の時まで私をお前に投影するでしょうね、この家の者たちだって私が死ねば私をお前の中に探すようになる。お前を見てはくれないわ」
「…そんなこと、ないわ」
「残念だけど、事実です。私の娘に生まれたお前はかわいそうにね。私に似てしまったがゆえに本当の愛を知らずに過ごすことになるのでしょうね」
「そんなこと「あるのよ」っじゃあ、セシーはいらない子なの?」

 お母様の言葉に思わず涙が浮かぶ。美しいお母様は指先まで美しくて、頬に触れられた指はひんやりと冷たかった。

「必要な子よ。未来の物語の最後のカギを握るのはセシー、貴方なのだから」
「みらいのかぎ」
「そう。私の代わりにセシーはこの国の未来を決めることになるわ」

 お母様は知っていた。あの物語を知っていた。そしてきっとお父様も、お爺様たちも。

「お父様達にとってお前は私の代わりでしかないだろうけど、いつかセシーをセシーとしてみてくれる人が現れるでしょう。私に似た容姿をしているのだから取り込みなさい、そして逃がさないようになさい」

 これはまるで洗脳のように幼い私の無意識を蝕んでいっていたのだと今ならわかる。
 私はお母様の代わり、みんなが私の中にお母様を探していると深く植え込まれていた。だから私はお母様を知っている人たちに自分を見てもらおうと必死だった。
 だからお母様ではなく、扱いがひどくともセシーリアとして接してくれた殿下を疎みながらもどこかでこれがセシーリアに対するものなのだから仕方がないと思っていた。
 シンシアが現れたときは本当にほっとした。あのまま殿下に傍にいられれば愚かと自覚しながらも離れられなくなっていた気がしたから。

「セシー、私のかわいい娘。………可哀そうな、私の代わりの娘」






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「っ!」

 息を荒くしてベッド飛び起きる。ドクドクと早鐘を打つ心臓に手を当てて呼吸を落ち着かせて周囲を見れば、お母様の姿はなくここ最近すっかり馴染んだ自分のベッドの上だとわかりほっと息を吐く。

 あれは幼い時の記憶?

 それとも自分で作り上げた幻だったのだろうか。お母様とあんな会話をしただろうか?

「リア?」
「なんでもないの、少し変な夢をみただけでしてよ」

 離れた体温を探すように手を伸ばされて再びベッドに寝かされる。

「どんな夢を?」
「覚えてないわ……。もう、忘れてしまったわ」
「そう」

 抱き込まれて冷えた体を温められてやっと体に入っていた力を抜く。
 お母様の夢などずっと見ていなかったのに、どうして今更と思わなくもないがすべてが終わったこのタイミングだからこそ見たのかもしれない。

 お母様の代わり。

 それは今でも心の奥底に根付いて枯れることがない。
 愛してほしいと願ったお父様は最期までお母様しか見ていなかった。私のことをお母様の望みをかなえる道具としてしか見ていなかったのだろう。
 お爺様達も屋敷の使用人たちもみんな、お母様が言ったように私の中にお母様の面影を探していた。何をしてもお母様と比べられて、何をしてもまず言葉に出されるのはお母様のこと。

「……」

 自分を包むぬくもりに自分から抱き着けば優しく髪を撫でられる。

 私だけに与えられた温もり。

「愛してますわ」

 ここにはもうお母様はいない。私を私としてみてくれる、愛してくれる人がいる。

『食虫花のように捕らえたものを逃さない存在』

 お母様がそうであったように、私もそうなるのだろうか。己の望みのために誰かの未来をこれ以上踏みつぶしていくのだろうか?

「私も愛しているよ」

 ただ、今一つだけわかるのは、私を愛してくれるこの存在を絶対に逃がすつもりはない。どんな手を使ってでも私に溺れさせて縛り付けて見せる。
 それでどんなに罵られようと、蔑まれようとかまわない。

 それに、このお母様の虜で居続ける人以外に私の魅了に抗える人なんていないのだから。

 愛されることを理解して受け入れたころから私はお母様のように、目が合うだけで相手を虜にさせてしまえるようになった。
 ただそこに立つだけで人を引き付けるような女になった。
 そしてお母様と同じように隠されて多くの人に愛されて過ごすようになった。この力の強さがお母様以上といったのはお爺様だったか。

「ふふ」

 稀代の悪女、傾国の女。そのすべてを受け入れて私はこの小さな世界で生きていく。

『可哀そうな、私の代わりの娘』

 いいえお母様。私は私だけの愛を見つけました。でももしかしたら、お母様のように私に似た娘を産んだのなら、同じように可哀そうな娘というのかもしれません。

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