当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

最終話 眠り姫

 ふと目が覚める。
 触り心地のいい布の感触に寝台にいるのだと理解して目を開けるが何も見えない暗闇だけがある。
 夜なのだろうか、ひどく嫌な夢を見た気がすると明かりを探そうと手を動かす。

「動かないで、アン」
「……殿下?」
「そうだよ。貴女は重い病にかかって今やっと起きたんだ」
「病い…」

 覚えていないがそのせいで嫌な夢を見ていたのだろうか。

「アンはわからないかもしれないけど、今室内はとても明るいんだ。とても」
「まさか…」

 こんなにも暗いというのに殿下は何を言っているのだろうかと首をかしげれば、そっと頬に手が触れて撫でていく。

「患いのせいで視力を失ってしまったんだ」
「そんなっ」

 それでは王太子妃の役目を全うできないと飛び起きかけて制される。

「大丈夫。私が傍にいる。私だけは最期までアンの傍にいるよ」
「……………あなたは、だぁれ?」

 殿下からこんなに優しくされていただろうか?見ることが出来ないこの人は本当に殿下なのだろうか?

「私は、アンだけのエルだよ」
「エル様?」
「うん」
「今までのは夢?」
「どんな夢を見てたの?」
「長い、長い夢…エル様が私じゃないリリアン様に恋をして、結婚しても多くの愛人を作って……いろいろあって、最後に殺されてしまう夢」
「夢だよ。私たちはまだ結婚してもいないよ」
「そう、そうでしたわね」
「愛してるよ。私だけのアン」

 そっと触れられた口付けに目を閉じてもう一度眠りにつく。
 エル様が傍にいてくれるなら、もう怖い夢は見ないから。





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 コンラードの首が落とされた後、セシーリアは玉座のほうから強い医療魔法の気配を感じて振り返った。

「お父様?」
「……もういいだろう?リリーのいないこの世界で生きていくのはもうつらいんだ」
「お父様!」

 隣国の血を引いているとはいえエリックの魔力で強い医療魔法など使えば命にかかわってしまう。

「セシー、エミルはリリーによく似ているよ。狡猾で残酷でほしいものを必ず手に入れる」
「あの子が何だというのです!」

 玉座に駆け寄ろうとしてもラルスがセシーリアを抱きしめているせいで動くことが出来ない。

「ラルスどうして」
「交換条件だ。エミルは、エルはこの地を治めることの交換条件にリリアン王妃を求めた」
「は?」
「10歳のデビュタントで一目ぼれしたんだそうだよ。情報を集めて不当な扱いを受けていると知って自分が彼女の"エル"になるとお爺様に宣言した」
「全部丸く収まるよ。この国の王族は死んで、新しい領主にエミルが就く。条件はただ一つ、王妃を自分のものにすること。エリック様はリリアン様のいない人生をこれ以上生きることを厭い、自分の命と引き換えにリリアン様の願いと息子の願いを叶える」
「……セシー。リリーのかわいいお姫様」
「お父様、嫌です!死なないで」
「お前の願いを最期まで聞いてやれなくてすまない」
「いやぁっ!離してラス!お願いマティお父様を助けて!」
「駄目だ、これはお爺様が認めて決めたことだから。リアはつらいなら目を閉じていていいよ、私たちが全部綺麗にしておくから」
「リア、エリック様のお願いを邪魔することは私たちに出来ない」

 しっかりと背後から抱きしめられ、手を伸ばすこともできず、セシーリアは涙を流す。

「私は?私の願いは聞いてくれませんの?ねえ、お願いっお願いだからお父様を助けて!」
「私の姫、ごめん」
「リア、ごめんね」

 医療魔法の術式が完成し、王妃の傷が癒えて呼吸を始めるのと同時にエリックの体が灰のように崩れていく。

「いやぁぁぁ!お父様っお父様あぁ!!」

 その様子に力なくしゃがみこむセシーリアをラルスが抱きしめる。

「もういやっもういやぁぁ!」
「私の姫…セシーリア。今は泣いていていいから、泣き終わったら私たちの国に帰ろう」
「そうだよリア、帰ろう」
「嫌い、みんな嫌い!どうしてお父様が死ぬの?こんなの知らない!もういやぁっ」

 魔力が暴走するがラルスの魔力がそれを押さえつけていく。

「私はこんなの願ってない!最低限の犠牲で済む様に頑張ったのにどうして?我慢したじゃないっ嫌なことも全部、本当はこんなところに来たくなかったのに、お父様が言うから我慢したじゃない!」
「我慢なんかしなければか良かったんだ」

 マティアスの言葉にぴたりと動きを止めてマティアスを見る。

「最初からこの国の王太子に嫁ぐのなど嫌だと、我が国に逃げてくればよかったんだよ」
「でも、そんなの…」
「出来たよ。リアは我が国の皇女なんだから、お爺様に一番最初にお願いすればよかったんだ、王太子のところに、王都になんか行きたくないと。そうすれば私たちが最初から守ってあげれたんだよ、国から出さずに守って上げれた」
「……でも婚約はお母様の、願いで」
「叔父上に、君の父親に対してそうお願いしたんであって、リアにそう願ったわけじゃない。我が国に願ったわけじゃない」
「え?」

 ズキズキと頭が痛む。

「我慢なんてリアのただの自己満足だよ。最初から逃げればよかった、そうしなかったのはリアだよ」
「だって、だって!」
「だってはもういいよ。リアはいったい何に囚われてるの?"こうならなくちゃいけない"なんて運命を知ってるみたいに諦めて我慢して」
「……知ってたわ。未来を知ってたわ!でもこんなんじゃない!こんな未来じゃなかった!」
「先読みの魔法は確実なものじゃない」
「そうじゃないの!私はこの物語を知っていたの」
「未来の物語なんて存在しない。リア…私の姫はそんなものに囚われていたのか?」
「だって…違うのよ。この世界は物語で、私は王太子妃で……この国は隣国に侵略されて…」
「未来に物語なんて存在しない。先読みだっていくつもある未来の欠片をほんの少し垣間見るだけだ。それだって確実なものなんかじゃない」
「物語は過去にだけ存在するんだよリア。君がそんな夢物語のために我慢していたことに意味なんかなかったんじゃない?」

 頭が痛む。どこで間違えたのだろう。どこを間違えたのだろう。

「最初から、間違えていたのね」
「そうだよ」
「っ……わた、しは」
「本当に馬鹿だねリア。もっと頼ればよかったんだよ。今みたいに泣けばよかったんだよ」
「マティの言う通りだ。私達が動く前に頼ってくれればよかったんだ」

 体の力が抜けてだたひたすら涙が流れていく。

「私は、じゃあ何のために生きていますの?」

 どこまでの母親の影のあった我が家。自分を通して母親を見ている隣国の人々。
 母親の代用品でしかないのだと、愛されていてもずっとそう感じて生きてきて、婚約者が出来たと聞かされて、物語を思い出して初めて自分が自分として生きていると思えたのに、それすら間違っていたといわれれば、もうどうすればよかったのかわからなくなってしまう。

「生きるのに理由がいるの?私たちの祖先はそんなものすら奪われても生き抜いたのに?」
「だって…私はお母様の代わりで」
「私たちはリアしか知らない。リリアン様なんて知らない」
「私の姫。ずっとそう言ってたのに信じてくれなかったの?叔母上なんかじゃない。私が望んだのはセシーリアだけなのに?」
「ラス…私は……なんなの?」
「私の姫だよ。私が望んでいる姫だよ」
「リアは本当に馬鹿だよね。叔母上と叔父上だけじゃないか…お爺様も父上も叔母上を愛しすぎてリアをちゃんと見てなかったからリアは馬鹿になったのかな?ねえリア、私達はリアを見てるよ。叔母上なんかじゃないリアをちゃんと知ってる」
「私の姫。帰ろう、この国はもうエミルが引き継ぐ。こんな苦しみしかない国から早く逃げよう?」

 ラルスが強くセシーリアを抱きしめ、マティアスが苦笑しながら髪を撫でてくる。

「逃げて、いいの?」
「もうリアを苦しめる者はいらないだろう?お爺様や父上がまだリアをリリアン様の様にみるなら喧嘩してでもわからせてあげる」

 マティアスのその言葉にセシーリアの顔に知らず笑みが浮かぶ。

「勝てないくせに」
「わからないよ。兄上と二人で喧嘩すれば勝てるかもしれない」
「今勝てなくてももっと強くなって喧嘩すればいい」
「勝っちゃったら二人のうちどっちかが皇帝になってしまいますわね」
「あー、兄上だよね」
「面倒だからまだなりたくない」

 出来るなら魔の森で暮らしていたいというラルスにセシーリアは笑う。

「帰ろう。私たちの国に」

 ラルスの言葉にセシーリアは灰になった父と玉座にぐったりと座り王妃を見る。
 そして首の動く範囲に映る血だまりと首のない死体を見る。

「私、稀代の悪女ですわね」
「傾国の姫の間違いじゃなくて?」
「ええ。悲劇に酔った悪役ですわ」
「そう」

 優しく髪を撫でるマティウスに情けないほどに崩れた笑みを向け、ラルスに体重を預ける。

「もううんざりですわ。結局、私は無力ですもの」

 そう言って自嘲気味に笑うセシーリアをラスルはきつく抱きしめ、マティアスはセシーリアの瞼の上に手を置く。

「君の知ってるという未来の物語は終わったんだ。少し眠ろう、次に目が覚めれば新しい朝が来る」
「私たちにとって新しい朝は希望だ。生きているといいう希望だ」
「………ええ、そうですわね」

 最後に一筋の涙を流してセシーリアは深く眠りにつく。

「…私の姫がただの脇役の物語など、この私が認めるわけがないだろうに」
「そこで無様に死んだ女の当て馬だっけ?リアに相応しくないよね」

 この国に長く根付いた監視者の女が夢に見たという未来。それに興味を持ったのはリリアン皇女だった。
 様々な要因と想いが重なって用意された舞台は、ラルスやマティウス、セシーリアが産まれたときにはもう作り上げられていた。夢を見た女も死んで、舞台は開幕を待っていた。
 だから待っていた。その開幕と終幕をずっとまっていた。

「当て馬にするのも無礼だというのに、夢の物語にひとかけらしか登場しないなど、許されない」
「リアはもっと自由になるべきだよ。私たちの祖先の様にどうして耐えればいいなんて思ってしまったのかな?」
「私の姫は主役こそふさわしい。それがたとえ悪役であっても」
「兄上はリアの番になろうとは思わないの?」

 マティアスの言葉にラルスはこてりと首をかしげる。

「私の姫の想いを無視して番になれば、どこかの愚か者と一緒だろう。私たちの時間は長い。ゆっくり口説いていくだけだ」
「一応私もリアのことを大切にしてるんだけど?」
「マティを望むならあきらめる。でもそうだな、喧嘩でもするか?久々の兄弟喧嘩」
「あー、無理言わないでくれる?私が死んでしまう」

 クスクスと笑う兄弟の間でセシーリアは眠り何も聞こえずにいる。

「眠り姫を連れて帰ろうか。王妃をくれてやった代償だ、後始末は全部押し付けよう」
「そうだね。みんな待ってる」

 そう言ってセシーリアを抱き上げた二人は王城から連れて来た自分の国の人と共に立ち去った。





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 王城にいつの間にかやってきていた少年が静かに玉座に眠る王妃に近づいていく。

「物語は終わったよ。だからこれからは私が愛しい貴女に夢を見せてあげる、長いくて短い幸せな夢を」

 そう言って、少年は王妃の瞳から光を奪い抱き上げて血濡れのホールを去っていく。
 しばらくすれば生き残った貴族や使用人たちがここを片付けて、綺麗になる。
 少年が死ぬまで、この地は生かされる。死に行く土地におもちゃの王冠をつけた子供が君臨する。それはまるで悪い悪夢の続きのようで、人々は一人、また一人と南に逃げていく。
 少年は大人になって、鳥かごの中で夢を見る愛する人とそれを見守る。
 いつか誰もいなくなった大きな鳥籠の中で果てるまで、長くて短い夢を見続ける。

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