当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

断罪の宴 コンラード

「…だれだ」

 猿轡がはずされ片腕を捻りあげられた痛みに意識が覚醒したのか、叫び声ではないコンラードの言葉にセシーリアはピクリと瞼を震わせる。

「隣国の皇位第二継承権を持つもの、リアの従兄の一人で、まあ王子ってところかな」

 その言葉にコンラードはセシーリアの姿を視線だけで探し、マティアスの横にいる無事な姿にほっと息を吐く。

「無事か」
「お前の頭の中の幻覚じゃあるまいし、私たちがいてリアに傷の一つでもつけさせるわけがないだろう」
「幻覚…そうか、あれは幻覚か…」
「叫んでいらっしゃいましたが、どのような幻覚をご覧になっていたのですか?」
「……シアを失う、奪われる…おかされっごふっ」

 言葉の途中でラルスがコンラードのわき腹を蹴りつける。

「失う?奪われる?そもそもリアはお前のものじゃない。彼女は彼女だけのもの。何人たりとも彼女を所有できはしない」
「シアは、私の婚約者だっ」
「そんなものはとうに解消されている。王妃と辺境伯の承諾を得てな」
「うそだ」

 そう言って視線を動かせば、喉から血を流している王妃を抱き上げて玉座に向かって歩いて行っている辺境伯の姿が見え、そのずっと後ろにおそらく国王であったであろう肉塊が散らばっていた。

「…みとめ、ない」
「なにを?」
「シアは私の婚約者だ!私のものだ!誰にも渡さない!奪わせない!」
「お前なんかが何を言おうと、もう手遅れなんだよ」
「シア、シア!お前からも言え!私の婚約者なんだと!いつも言っていただろう!私の婚約者なのだからだと!」
「ええ、言っておりましたわ。だって婚約者でしたもの。でももう私は殿下の婚約者ではありませんわ」

『私は貴方なんかの物ではありませんわ。私は陛下の者ですわ』

 幻覚のセシーリアの言葉がよみがえる。

『私のこの肌に触れるのも、口づけるのも、胎を満たすのもすべて陛下のみ』

 そういって目の前で父親に触れられ口づけを交わし、抱き合う姿を見せつけられる。滑らかな肌の感触をしっている。その肌に自分以外が触れ、赤い花を咲かせていく。

「やめろおおおおおおおおおおおおお!」

『はっん。ん…だって殿下じゃ無理でしょう?私を抱けなかったくせに、男として役に立たない殿下より陛下のほうがよっぽど素敵』

「違う違う違うっ私は抱いた!シアを抱いて胎を精で満たしてやった!違う違う違う違う違うっ!シアを手に入れたのは私なんだ!」
「何言ってんの?」
「ごはっ」
「幻覚でも現実でも気持ち悪いことを考えてるのはわかったけど、私の姫が穢されたみたいで気持ちが悪い」

『触らないでくださいませ、汚らわしい。私以外を抱いた手で私に触れるなど』

「違うっ」
「何が違うんだ?」

『何が違いますの?シンシアを愛していると私の前で言っておいて。私にはーーーが居りますの、貴方などに微塵も興味はありませんわ』

「愛してる。違うんだ。愛してるんだ」
「ラディ?」
「そうだ、呼んでくれラディと。私はお前にだけその名前を許したんだ」
「ラディ」
「シア!私はお前を愛してる!」
「え?」

 いつの間にか幻覚から目の覚めたシンシアがコンラードを呼び、コンラードがその声に反応して、またコンラードが反応し愛を叫んで、シンシアが呆然と声を上げる。

「うそよね?ラディが愛してるのは私でしょう?」
「触るな!お前のような代わりの人形なんかじゃない!私はシアだけだ!」
「うそよ!」
「シア、シア愛してる。愛してるんだ。私のものだ。私だけのものだ!誰にも渡さない!渡すものか!」
「ラディ、ねえラディ嘘って言って!うそなんでしょ?私を愛してるんでしょ?死んでも一緒だって昨日の夜に行ってくれたじゃない!」
「煩い人形が!お前がシアの代わりになるなんて考えた私が愚かだった」
「違うっラディはこんなこと言わない!」
「私は殿下のものではありませんわ」

『私は殿下のものじゃありませんわ。私はーーーのもの』

 そう言った幻覚の中のセシーリアの肌へ腕が伸び手が這っていく。
 白い肌は少しずつ色づいていき、セシーリアが艶めかしい吐息を吐き出す。

『ーーーはこんなにも私を満たしてくれますわ』

 いつの間にか横たわるセシーリアの顔を真上から見下ろしている。覆いかぶさる男に揺さぶられる顔を見ている。

『殿下じゃこんなことできませんもの。ねえ、役立たずさん』

 セシーリアの顔が歪みーーーに変わる。

『まあ、これでは陛下と比べるまでもありませんわ』

「ねえラディ!私を見てよ!」

 肩に、手が触れる。

『私を見て触れても役に立たない男など、必要ありませんわ』

「ああああああああああああああ!」
「がっぁ…」
「お前など、死ね!死ね!」
「らで、っぐ」

『ラディ様、もっと励みませんと子種も女の胎に残せませんよ。陛下の様に女を悦ばせる事も出来ないのですから』

「黙れ黙れ黙れ!私はあの男とは違う!あんな男とは違う!」
「ら、でぃ…くる、し…」

『貴方では私を悦ばせることもできないでしょう』

 すぐ下で横になり揺さぶられるセシーリアが嗤う。

「あああああああああああああ!」

 ごぎゅり、と音と立てて目の前の女の首が折れる。

「……シシー?」

 首から手を離しても、自分の肩を掴んでいる手が離れず、ずるりとコンラードの体に張り付くようにシンシアの体が下に落ちる。

「あ、え?」
「おや、愛していた愛人を自分で殺すとはね」
「シンシア様…。お可哀そうに」
「こんなにリアが情けをかけてやることないよ」
「でもマティ、シンシア様も王家の被害者ではなくて?」
「優秀な能力を持っていたにもかかわらず、その能力に脳みそが負けた女は死んだほうがましだったんじゃない?」
「ああ、この女はこの国の実験結果の一つか」
「なにを、いって?」
「ああ知らないのか、王族のくせに。我が国の人間の力をねたんで魔力のある人間同士を掛け合わせてより強い魔力を持った人間を作り出そうとしてた、50年ほど前までな」
「しらな、い」
「先々代の国王が廃止したからな。そして実験に使われていた自分の妹を辺境伯のもとに逃がした。お前が殺した女は別の実験結果の人間の孫ってところだろう」
「ああ、だからシンシア様はいろいろと至らない部分がありましたのね」
「強い魔力は普通の人間には毒だよ。脳みそに損傷でもおこしたんじゃないかな」

 そう思えば哀れなものだとセシーリアは未だにコンラードの肩を強くつかむシンシアを悲しそうに見る。

「まあどっちにしろ、自分を愛してくれた女を自分の手で殺すなんて馬鹿をしでかした奴に慈悲などかけるなよ」
「……ええ。もとよりそのつもりですわ」

 コンラードはいまだに強くつかまれる方に震える手を伸ばして、シンシアの手をはずそうとするが力が強すぎて話すことが出来ない。

「はな、せ…離せっ!」
「愛している女に随分な言い方だな」
「愛してなどいない!私はこんな人形などっ」

『ふふふ、殿下ってばお人形さんみたいですわ。私にされるままになっておかわいらしい。大丈夫、私にお任せくださいな、---とは違いますもの。ちゃんと男にして差し上げましてよ』

 そう言って自分にのしかかってくる女の肌の体温に気持ち悪くなる。胸の上を撫でる手の感覚に吐きそうになる。

『いい子ですわね殿下。いい子でいれば気持ちよくして差し上げますわ。ん、ほら、気持ちがいいでしょう?そのままお人形のように私に好きにされていていいのですよ。陛下にはちゃんとできたと言っておいて差し上げますわ。だからそのままいい子で私のいうことを聞いていてくださいませね』

 女は体の上で揺れ動き、コンラードの事など本当に人形のように扱う。びくりと震え女がコンラードに覆いかぶさると、深く口を吸われる。

『いい子でしたわ殿下。陛下にはちゃんと殿下は成功が出来たと伝えておいて差し上げます。だからまた遊びましょうね、私のお人形さん』
『違う』
『なにかおっしゃって?』
『私は人形じゃない!』

 枕元に隠していたナイフで自分の上に乗っている女の胸を刺す。

『が、ぁ……?』

 差し込まれたまま体制を変えて女の体を倒して何度も体にナイフを突き立てる。
 その度にびくびくと跳ねる体を体内に知らず笑いがこみ上げてくる。

『人形はお前だっはっくっ…』

 深く胸にナイフを突き立てて中に吐き出したところで侍女が部屋に入ってきて息をのむ。

『出来たぞ、私はちゃんとできたぞ』
『………--様は』
『この女は悪い子だから殺した。お前も私のいい子でいれば殺さないでおいてやる。陛下にちゃんと報告をするように』
『は、…はい』

 顔を青くした侍女が部屋を出ていくのを見送り、殺した女に目を向ける。

「シシー?」

 首が折れたシンシアが目の前に現れる。

『愛してると言ってくれたのに』
「あ、ああ…あ、シシー」
『私だけを愛してるって言ってくれたのに』
「違う、私はっ私は…」
『セシーリア様なんか愛していないと!私を愛していると言ってくれたからいい子でいたのに!ラディのいうことだけを聞いたのに!』
「愛してる、愛してるんだ。愛してたんだ、愛しく思ってたんだ、かわいく思って………愛してた?」

『セシーリア様と私のどちらしか命を救えない時、ラディは私を選んでくれますか?』

 あの時はシンシアを選ぶと答えた。けれども、本当に?セシーリアのいない人生を生きていけるのか?
 代わりの利く人形と代わりの利かないセシーリアを比べることがおかしいのではないか?

『ラディは私を愛してくれてセシーリア様は愛していないのよね』

「違う」

 コンラードは焦点の合わない目でセシーリアを探し、マティアスの横に立つセシーリアを見つけて手を伸ばす。

「私はシアを選ぶ」
「なんのことです?」
「愛してるのはシアだ。人形じゃない。私の子を産むのはシアだ。シアだけでいい。シアしかいらないんだ。私の本当に欲しかったのはシアだけだ。愛してる、愛してるんだ」

 捕縛の魔法で足が動かないせいか、手だけを必死に伸ばしてくるコンラードをセシーリアは苦しげに見る。

「遅いんだよね」
「マティ」
「最初に気が付いてればよかったのに」
「そうですわね」

 もう遅いとセシーリアは溜息を吐いてラルスを見る。

「どうかした私の姫?」
「先に周囲を片付けてくださいますか?少しお話しをしたいんですの」
「……はあ、仕方がないな」

 ラルスはそういうと周囲に並べられている貴族たちを作業的に殺していく。
 ホールに悲鳴と断末魔が響く中、セシーリアはマティアスと共にコンラードの近く、けれども手が届かない位置まで近づく。

「殿下を哀れに思いますわ」
「シア?もっと近くにいないとだめだよ。触れることもできないなんておかしいだろう」
「私たちは最初に間違えてしまいましたわね」
「間違ってなんかいない。私はシアを愛している。ほら間違ってなんかいない」
「貴女と私の過ちのせいでシンシア様という犠牲が出てしまいましたわね」
「シシー……私が殺した、……殺した?」
「ええ」
「いい子にしていたのに?シシーはいい子でいたのにどうして?」
「殿下が殺したんですわ」
「私が?」

 コンラードの視線が自分にぶら下がるシンシアに移る。

「シシー起きて。いつまでも寝るのは悪い子だよシシー。起きたらご褒美を上げるから、ほら手を離して起きて………起きろよ!立てよ!」
「死んでますもの無理ですわ」
「黙れ!この人形は私の言うことを聞くしか能がないんだ!ほら、起きろシンシア!」

 殿下の腕がシンシアの両脇に差し込まれ持ち上げられる。

「いい子だから目を覚まそうシシー。君はいい子だから私の言うことを聞けるだろう?」

 ぐらりと首が揺れ、何も移さない濁った眼がコンラードの目に入る。

「………死んでるのか?」
「死んでおりますわ」
「ああ、そうか。私の言うことを聞かない悪い子だから私が殺したんだ。やっぱり人形じゃだめだな。シアじゃなくちゃだめだ。シア、ほらそんなところにいないで私の傍においで。いつものように私の隣に」
「いいえ。そのようなことはもう二度とありえませんわ」
「この人形のことを気にしてるのか?大丈夫だよ、こんなもの代わりにもならない。私が愛してるのはシアだけだよ」
「両陛下のことはどうでもよろしいのですか?国は?国民のことはどうなってもいいのですか?」
「そんなものどうでもいい。私はシアがいればいい、ああ隣国の大使が来ているんだったね。ちょうどいいから全部壊してもらおう。こんな国全部」
「それが、王太子のいう言葉ですかっ」
「好きで王太子になってるわけじゃない。母上が言ったから、私は立派な王太子になるようにって母上が言ったから私は言うことを聞いて…」

 そこでコンラードの動きが止まり、うつろな目をして叫び始める。

「いい子でいればほめてくださる。勉強が出来れば褒めてくださる愛してくれる。いい子で…いい子?……違う!私は人形じゃない!私は王太子だ!私は、私は………」

 いい子だろう?と消えそうな声で呟いてコンラードは崩れ落ちる。
 その間にもラルスによる処刑は続いており、最後の一人の首が落とされた。

「私の姫、時間稼ぎは終了してしまったよ」

「当て馬の当て馬ってあんまりですわ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く