当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

変わらないもの風化するもの

 静かな夜だと思った。普段なら聞こえてくる風の音すらない、ただひたすら静かな夜。
 王妃は一人謁見の間にて審判を待っており、国王や王太子とその愛人たちはそれぞれの宮に閉じ込められ、中央貴族も成人を迎えていない子供を除けば全員がこの王城に閉じ込められている。

「どうかした?」
「静かな夜だと考えておりました」
「嵐の前の静けさだよ。リアに会いに兄上が近づいてきてる。きっと明日の朝には到着するよ」
「多くの血が流れますわね」
「そうだね。少なくはないだろうね。それにもう流れたちを戻すこともできない」

 この数か月で魔の森は恐ろしい速さで拡大し、王都の人間の知らない間にとても近くまでやってきている。
 魔物が北の領地にあふれ出て北に領地を持つ貴族や住む国民は、王都を避けるように移動しながら南の領地に逃げるか魔物と戦い死んでいった者が多い。
 ヴィルヘルム辺境伯領は早々に魔の森に呑まれた。
 けれども王都の人間はそれを知らず今日という日を迎えることになってしまった。
 魔の森は隣国の境界線であり砦の役目を担っている。そこに住まう魔物を扱う者もいる。

「兄上はお怒りだ」
「そうですわね。それでもまだこの国の人間が南に逃れることを見ないふりをしてくださいましたわ」

 魔の森の広がりを促しているのは隣国の第二皇位継承者であり、マティアスの兄であり皇帝と皇太子に次ぐ力の持ち主である。
 セシーリアよりずっと強いマティアスですら勝てない人。成長途中のその人はまだ実力が伸び続けているという。

「私が着てすぐにどうにかすれば兄上までは出てこなかっただろうに」
「そうですわね。でも、私は少しでも助かる人がいてほしいと願ったんですもの。結局無駄でしたけど」
「リアは馬鹿だよね。自分が我慢したって私達が黙っているわけないのに、無駄な努力を続けて結局この国の人間の血が流れていく」
「それでも、王都の今すぐに貴族国民皆殺しという事態にならなくてほっとしてますわ」
「まあ、最初から兄上が出てきてたらそうなっただろうから、少しはリアの希望通りになったんだろうけどね、全員救おうなんて無理な話だよ」
「ええ、私が考えている以上にこの国は腐ってましたもの」
「300年。時折正気の王族と貴族がなんとか外側を塗り固めたり、内側に柱を建てようとしてたけど結局害虫が食いつくしてしまった。監視者のほとんどがこの国に見切りをつけて国に戻った。最後の監視者も十数年前に死んで、その血を受け継いだライディーンも死んだ」
「審判の鐘はもう鳴らされたのですものね」
「そうだよ。もうどんなにもがいてもどうにもならない。害虫駆除されてこの国は消滅してトップの首が挿げ替えられる。この国の王都は我が国の領地となってリアの弟が領主になる」
「この国の王族の血の流れているから?」
「わが国が認めたこの国の最後の正統な王族だから」
「私は違いますの?」
「リアは我が国の皇女だからね」

 まだ成人してすらいない弟を思い出して胸が苦しくなる。降嫁した祖母の血を受け継いだこの国の王族らしい色合いをもって生まれた弟。
 父とも母とも違う色に泣いたこともある幼い子供だった弟は今何を思っているだろうか。

「リアの弟だからここの領主になれるんだよ。彼が死ねばこの地は魔の森に呑まれて南わずかな地だけが残される。この国の人間に与えられるのは慈悲じゃない。ただの猶予だよ」

 静かな室内で交わされる二人の会話は、この王都にいるすべての人間に聞こえるよう魔術が展開された。
 眠っている人間にも、成人を迎えていない子供にも容赦なく聞かされる会話。
 逃げ出そうとしてももう遅い。
 王都の周囲には魔物が待機して逃げれば容赦なく食い殺される。王城にいる人間はそもそもこの王城から抜け出すことが出来ない。
 王族に用意されるという抜け道など関係ない。

「腐ったものは捨てなければいけない。そして本当に腐った人間ほど、自分が腐っていると自覚がない」
「……ずっと、夢に見てましたのよ」
「どんな夢?」
「ただのむなしい夢ですわ。私がこの国の王太子妃になって、みんな平和に暮らすんですの。笑って泣いて苦しんで、それでも最後は幸せだと思えるような日を夢見てましたのよ」
「本当にむなしい夢だね。せめて王太子がリアを大切にすればあったかもしれないけど、失った未来は手に入らない。過ぎ去った日々は戻らない」
「ええ。わかっておりますわ」

 そこでふつりと伝達魔法が途切れるのを感じてマティアスを振り返る。

「……兄上のご到着だ」

 空を見上げれば、ちょうど日が昇るところだった。
 言われて意識を向ければ、王都の北側からやってくる膨大な魔力に苦笑を浮かべてしまう。

「怒っているかしら?」
「引き連れてるのが魔物と近衛らしいから、まだましかもね」
「ハンセン侯爵とその部下だったらある意味行軍は楽でしょうが、この国の人間には刺激が強そうですわね」
「それもいいとおもったんだけどね。彼らじゃ暴走した兄上を止められないだろうからしかたがないね」
「でも、この国の人間は覚えているのかしら」
「300年前の戦い?それとも…」

 マティアスはにやりと笑う。

「1500年前に自分たちが迫害して追いやった私たちの祖先の事?」
「ええ、そうですわね。魔の森がまだ小さかったころ、私たちの祖先は人間に迫害されましたわ。ただ見た目が違うだけで、力が違うだけで魔物と決めつけられ迫害されて追いやられて、まるで引き寄せられるように集まって集落を作って、発見されて殺されて」
「生き延びてまた集落を作って、集まって力を蓄えて、隠れて生き延びて500年前にやっと私たちの皇国を作った」
「変わらないのでしょうね。人間というものは」
「そんなの数百年前にわかりきってることだよ。だから我が国と無用な戦いを繰り返して魔の森が広がって、自分たちの首を絞めていく」

 セシーリアは静かに目を閉じて自分の体に流れる魔力を感じる。

「自分たちが一番でいたいんだよ、人間は。だから私たちのような生き物を認めなくない。それなのに人間よりも優れた力や容姿をもつ我々を手に入れたがる」
「化け物と呼んでなお、人間は私たちを手に入れたいのかしら?」
「かつての事なんて覚えてないんだよ。伝わってるのはこの国に時折訪れる隣国の美しい容姿をした人だ」
「そして彼らは静かで従順で、大人しかった」
「どこの国も同じだ。風化していく、そういうものなのだと割り切らなければならない」

 聞こえた第三の声に目を開ければ、開けられた大きな窓の向こうのベランダに佇むシルバーブロンドに赤い目の青年と目が合って泣きそうな笑みを向ける。

「お久しぶりですわ、ラス」
「久しぶりだね、私の姫」

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