当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

愚かな人々 ※王妃

 -いいですわ。他でもない貴女が言うのなら。

 隣の開いている玉座に座り、王妃はホールの中心近くにいるコンラードを見つめ静かにため息を吐いた。

「……私の婚約者はセシーリアだ」
「ラディ!?」
「だが私はシンシアといる時間を愛しく思っている。シアといるときには得られなかった暖かさを感じている。私が愛しているのは、シンシアだ!」
「へえ?」

 マティアスの冷たくもあり、それでいて笑いを含んだ声に今すぐ謝罪に走って向かいたい足を無理やり押さえつける。
 国王の息子なのだと思い知らされるコンラードの言葉は、まだセシーリアを婚約者と扱っているだけましなのか、それともだからこそたちが悪いのか。
 愛人という制度、公妾という身分のあるこの国において男の浮気というものは基本的に咎められず、また愛人や公妾になった夫人の浮気をとがめられることもない。
 だがそれも状況による。
 この国の辺境伯の、それも隣国の孫姫を婚約者としながら、婚姻を結ぶ前に愛人を夜会にエスコートするなどという行いは王族であっても恥ずべき行いとされている。

(リリアン様、やはり私ごときではどうしようもなかったようですわ)

 目に浮かぶのはピンクブロンドの美しい皇女。
 セシーリアがどこか妖艶さを含むのに対して、どこまでも妖精のようにはかなげで可憐だった人。
 それでいてどこまでも傲慢で不遜で、無邪気とはいえない計算高い人で、国王だけでなく王妃も彼女に心を奪われた。
 コンラードは何も言わない王妃の気持ちを勝手に作り上げているようだが、リリアンへの王妃の気持ちはただ愛すべき夫の心を奪った人としての嫉妬以外に、その死の知らせを聞いた時にショックで気絶してしまうほどには友情をはぐくんでいた。

「この国の愛人制度はまあともかくとして、婚約者のセシーリアを差し置いてもうその愛人に愛を誓うと?」
「ああ」
「ふーん?セシーリアは愛していないっていうことでいいのかな?ああ、ここでそう言っても別に今すぐ婚約破棄をさせようってわけじゃないよ」
「………私は。……私はセシーリアを婚約者としてしか見ていない」
「それは愛していないということと受け止めていいっていうこと?」
「いずれ夫婦となり家庭を築いても暖かなものなどにはなりはしないだろう」
「うん、だから愛してないってことでいいんだよね?」
「ラディ、はっきり言ったほうがいいわ。セシーリア様だって変に期待しちゃう」
「……っ。私は、セシーリアを愛してなど、いない」
「あら、そうですの。私も殿下の事を愛しておりませんから問題ありませんわね」
「なん、……私という婚約者を前にして愛していないと?不貞を働くというのか?」
「おかしなことをおっしゃいますのね。そっくりそのままお返しいたしますわ。こちらに来てから私はずっと殿下をたてて動いておりましたし、尽くしてきたと自負しておりますが、まさか今の殿下にそのようなことを言われるとは思いませんでしたわ」
「尽くしてって、そんなの嘘です。いつだって作り笑いで楽しそうなんかじゃなかったじゃないですか。それに殿下を置いて王太子宮を出て行った、尽くすなんて嘘だわ」
「まあ、キドランド夫人。もと学園の学友として言わせていただきますが、殿下は私が逆らったことがあったと言いましたか?不満はあったかもしれませんが、私のとった行動を否定なさったことはありましたか?ああもちろん、貴女の言う"王太子宮を出て行った"ということを含めて」
「それはっ!……………で、でもラディはセシーリア様が自分を置いて出て行って寂しいっておっしゃったわ」
「それで?」
「だから、ラディはセシーリア様とじゃ幸せになれないんです。私がラディを幸せにします」
「まあ素敵な心掛け。でも貴女に王妃の役目はこなせそうにありませんわよね」
「ば、馬鹿にしないでください!」
「シアっ」
「私にだって王妃ぐらいなれます!」

 コンラードの制止はどちらに向けられたものだったのか、けれどもその声に意味はなく、シンシアがホール中に響く声で今この場で宣言したことで、マティアスの考えていた以上の影響がもたらされた。

「へえ、キドランド夫人は王妃になるつもりなんだ?」
「ラディのお嫁さんっていうことがそう言うことなら、王妃にだってなんにだってなってみせます」
「愛人ごときが、妻や王妃にねえ…。これは貴方の入れ知恵ですか?コンラード殿下自身がそう望んでいるということですか?」
「いいや」
「ラディ!?どうして?」
「シンシアは王妃になどなる必要はないんだ。私の傍にいて私の癒しとなってくれればいいんだよ」
「だから結婚して幸せな家庭を作りましょう。ラディも素敵っていってくれたわよね」
「まあそうなんですの殿下」
「……ああ、温かい家庭を持てるのなら素敵だといったよ」

 その言葉に多くの貴族がありえないとコンラードを見て首を振ったり顔をしかめるのが見えて王妃は視線を落とす。
 貴族であっても暖かな家庭など夢物語に近いのに、王族が何を言っているのだろう。それも婚約者がいる身でありながら愛人を自分の宮(いえ)に住まわせて居ながら言うなんて馬鹿らしいと嗤われる。
 けれども、コンラードが歪んだ性格になってしまったのは王妃と国王から与えられたそれぞれの教育のせいだとも理解している。
 国を愛し、国を守り、国王夫婦とはお互いが支えあうパートナーであり、そこに愛情を求めてはいけない。
 そう教育しながら、国王陛下の愛を求める母親の姿を見て育ったコンラード。
 国王とは、王族とは国の頂点であり、すべての上に立つものであり、所属するものは王に逆らうことは許されない。
 女とは快楽の道具であり、癒しであり、子を作るものであり、夫たる存在に従順でなければならない。
 性技の手ほどきを受けた女性にほのかな恋心を抱いたと自覚する前に、その女性が父親の愛人であり、教育の一環だと目の前で父親がその女性を抱くのを見せつけられる。
 寵愛の深いソフィではなく、数人いる愛人の一人だったその女性を、国王は物のように扱い自分の目の前で息子にも奉仕させる。
 その一方で、別の教育係から愛というものは暖かく、心が安らぎ穏やかになる物だと教えられ、夫婦とは愛にあふれお互いを支える大切な存在なのだと教えられる。
 いくつもの矛盾した教育に、コンラードが少しずつ歪んでいくのがわかり手を差し伸べようとしたときにはもう遅かった。

「シアといても私の心は苦しくなっていくだけだ。だから、義務で結婚しても幸せな家庭は築けないかもしれないとそういった」
「ふーん?我が従妹姫に対してそういいますか」

 -私ね、あと十年もしないうちに寿命で死んでしまいますの。
 -え?
 -だからお父様に無理を言って旦那様のところにお嫁に来たんですのよ。
 -どうしてです?
 -旦那様を愛しているから。あとこの国に流れた我が国の民の血の回収もそろそろしなくてはいけませんわ。
 -血の回収…。
 -わかっているのでしょう?この国はいつだって監視されているって。かつてこの国の行く末を弟に押し付けた国王の別の弟君から連なる公爵家の令嬢である貴女は、知っているのでしょう?

「シアは私のことを愛していないと今言った。そのような女に私が愛を向ける意味もない」

 ちらりと国王のほうを見れば、まるで面白いショーを見ているように笑いすら浮かべて見物している。
 コンラードとの婚約がなくなればセシーリアを自分の手元に置けるとでも思っているのだろうか?だとしたらあり得ないほど滑稽だ。
 リリアンにあれほど手ひどく振られ、しつこく迫りすぎた故に、王妃が身ごもったと判明したとたんに毒を盛られてもう子供を作ることが出来なくさせられたというのに本人はそれを知らずにいる。
 コンラード以外の"国王陛下の庶子"とされている子供は別の男の子供だというのに、それに気が付きもしない。
 何食わぬ顔をして他の男と肌を合わせながら国王の愛人を続ける女も、何も知らずに自分だけのものだと女を囲う国王も、すべてを知ってみないふりをしている王妃もすべて愚かしい。

 -貴女に賭けてみますわ。

(やっぱりだめですわ。私の想いだけは陛下の心を動かすことはできませんわ)

 -この国がまだ生き延びるかどうか、他の人と共に見て差し上げますわ。

(貴女のくれた慈悲も猶予も、ただこの国を腐敗させるだけでした)

 -でも覚えていて。

(わかっておりましてよ)

 -慈悲は与えることが出来ても、限度がありますわ。そして慈悲を踏みにじられた分、時が来ればそれは重い鉛の雨となることでしょう。

(けれど、リリアン様。貴女の娘は貴方以上に甘い人ですわ。出来るだけ犠牲を少なくしようとなさってくださっている)

 隣国から流れて来た血は先日のライディーンの死によってすべて回収もしくは消滅した。
 それであれば隣国がこれ以上猶予を与えてくれるというならば、それはただセシーリアのため。

「もともと政略結婚ですもの。殿下からの愛は期待しておりませんが、これでも来た当初は穏やかな関係でいることが出来ればとおもっておりましたのよ」

 悲しそうに微笑むセシーリアに、コンラードは本人も気がつかずどこかショックを受けたような表情を浮かべる。
 見事なものだと思う。今までのセシーリアのコンラードへの献身は有名なもので、セシーリアの言葉を疑う人間はほんの一部を除いていない。
 完璧な令嬢と名高いセシーリアが、今この場で悲しそうに弱みを見せた効果は大きい。
 多くの貴族がもう王太子との関係の修復が不可能なのだろ諦める。そして、ほんの一部がセシーリアを手に入れられるかもしれないと喜色を浮かべる。

「殿下のご命令ならばと、持ってきた家具も可愛がっていたユニコーンも実家に帰しましたわ。隣国のドレスがこの国の王太子にふさわしくないと言われすべて捨てられても何も言わず、殿下の望むこの国のドレスを身に纏ってきましたわ」
「それはっ」
「王太子宮にいる間、ずっと張り付く監視の目も私の身を案じてのことだと受け入れてまいりました。殿下から受けた手ひどい扱いも私の至らなさゆえとたえておりました」

 その言葉にザワリと貴族だけでなく給仕や警備の者も非難する目をコンラードに向ける。

「そうなの?リアに暴力でもふるったんですかね、コンラード殿下」
「そのようなことは」
「いいのですわマティ。私の努力が足りなかったのです。この国では婚前交渉が当たり前という風潮がありますもの、最後まで手を出されなかったのも殿下のなさる行為におびえる私への気遣いだったんですわ。だって、シンシア様は殿下にひどい扱いなんて受けていないのでしょう?」
「当たり前です!ラディはいつだって私にやさしくしてくれます」
「ほら。シンシア様へはお優しくなさっているんですもの。余程私に不満があったんですわ」

 今の会話でセシーリアが純潔を貫いていると貴族は認識し、シンシアは愛人ということもあってすでにコンラードの御手付きであると認識された。

 -私はもうすぐ死んでしまうでしょう。私、貴女が心配ですわ。どこまでも愚かな貴女はきっと最後までこの国の王妃であろうとなさるのでしょうね。

(ええ、リリアン様。もう私にはそれしか残っていませんもの)

「リアに不満?信じられないけど人の趣味はそれぞれだから仕方がないね。まあ、元婚約者の死因になったり実家や婚家を没落させた稀代の悪女に惹かれるのは趣味が悪いと思うけど」
「あ、悪女ってひどい!私は悪くありません」
「ああ、ごめんね。ただの不運が重なっただけだっけ。悪女であることは私は否定しないけど。それでコンラード殿下?うちのセシーリアをいつまで馬鹿にし続けるおつもりなのでしょうか?」
「なに?」
「この国の習慣を悪く言うつもりはありませんよ。ただ、あからさまに愛人を正室の様に扱うさまを見せつけられるセシーリアが私はかわいそうで仕方がない」

(頃合いですわね)

 一瞬向けられたマティアスの視線に小さくうなずき、王妃はゆっくりと玉座から立ち上がり手を打つ。

「もう結構です。もう十分でしょう」
「母上?」
「コンラード、王太子宮の人事はそなたに任せておりますので愛人を住まわせることにとやかく言うつもりはありません。けれどもただの庶民の愛人をこの夜会につれてくること、公衆の面前で隣国の孫姫であるセシーリア様をないがしろにする発言。この夜会の主催者として、王妃として見過ごすことのできるレベルをこえております。ガルアーズス大使の慈悲により今この場での婚約破棄はないが、今後そのことを覚悟しておきなさい。そして陛下」
「なんだ?まさか私にも愛人を連れてくるような真似をするなとでも言いたいのか?」

 自分に阿る貴族に囲まれて愛人の腰を抱いて体を密着させた国王が馬鹿にしたように言う。

「ええそうですわ」
「なんだと?」
「今宵の夜会は正式なパートナー以外の伴は認めないとお伝えしております」
「お前がこの私に命令するか」
「この夜会の主催は私です」
「無礼なっ。どうなるかわかっておろうな」
「先ほどの会話を笑っていらした陛下は、この後のことなど分かりますまい」
「コンラードとの婚約が破棄されれば他の貴族と結婚させればよい。そして私の公妾として迎えよう。ならば問題あるまい」

 その言葉にマティアスは冷たい笑みを浮かべ、セシーリアは無表情を貫き、コンラードは苦虫を噛んだように顔をゆがめた。

「あ、そっか。いい考えだわ。そうよね、そうすれば私はラディと結婚できるし、ラディが言ってたセシーリア様を王家に取り込むっていうのも問題ないわ」
「そのコンラードの愛人のいう通りだ。何の問題もない」
「それをヴィルヘルム辺境伯が認めるとでも?コンラードとの婚約ですらリリアン様の遺言というものがなければ叶わなかったというのに?」
「リリアンだと?」
「ええ、ヴィルヘルム辺境伯夫人であるリリアン様の遺言でようやっとかなったことです。貴方が恋してやまないリリアン様の、残された最後の慈悲でしたわ」
「リリアンが何と言った!慈悲とはなんだ!」

 王妃の口から出たリリアンの名前に国王はひどく動揺し、腰を抱いていたはずのソフィを投げ捨てる勢いで離すと王妃のもとにかけていく。

「言え!何を隠しておる!」
「……この国の行く末を」

 王妃はそう一言言って国王を避けて壇上から夜会の参加者を見る。

「もう、誰も逃げ出すことはできぬのです。このような夜会を続けても仕方がないでしょう、皆休憩室にて今宵は休むよう」

 その言葉を待っていたかのように配置されていた騎士が動き、参加していた貴族を休憩室へと誘導していく。
 人の流れを目で追いながら、マティアス越しにコンラードを見れば顔を真っ青にして王妃を見つめていた。

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