当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

仕組まれた事故2 ※ライディーン視点

 控えめなノックの音と足音がして殿下が何かを言うったのはすぐ後の事。

「よかったねシシー」
「え、なに?」
「キドランド伯爵とその子息が王城の帰りに馬車で事故にあって亡くなったそうだよ」
「……え?」
「シシーが望んだからじゃないかな。夫なんていらないってシシーが望んだから、キドランド伯爵親子は死んでしまったんだよ」
「私のせいじゃ」
「シシーが悪い子だからだよ」
「ちがっ」
「私の言うことを聞けない悪い子だから、シシーの周囲で不幸なことが起きるんだよ。ライディーンも君がわがままを言い続けたら死んでしまうかもしれないね」
「だ、だめよ」
「じゃあわかるよね、シシーはいいこだから」
「……わからない」
「悪い子のまま?だめだよシシー、現実を見て。ライディーンのこの状態はシシーのせい。シシーの実家が爵位を返上しなくちゃいけなかったのもシシーのせい。キドランド伯爵親子が馬車の事故で亡くなったのもシシーのせい。ぜーんぶ、シシーのせい。シシーが私との約束を守らない悪い子だからこんなことになったんだよ」
「わ、わた・・しは」
「シシーが悪いんだよ。シシーのせいでみーんな不幸になった。私の言うことを守らないから、シシーのせいでみんな不幸になるんだ」
「あ…あ・・・・・・た、たすけて」
「誰に言ってるの?」
「らでぃっラディ助けて」
「ラディってこの体がぐちゃぐちゃになったラディにいってるの?」
「ひっいやっちがうっラディ、ラディお願い助けて」
「私にお願いしているの?」
「そう、そうよ。ラディお願い助けて」
「何を、どう助けてほしいの?」

 間違えるな、と動かない口で叫びそうになる。ここで言葉を間違えればシンシアは心の入っていない人形にされてしまうとライディーンは叫びたかった。

「……も、う誰も私のせいで不幸にならないように、助けて」
「でも悪い子のシシーのお願いだからなあ、どうしようかな」
「お願い。いい子でいるわ。もうラディの言うことを破ったりしないわ」
「何度も破られてるからなあ」
「じゃあもう学園にもいかない。ラディの傍を離れないっだからお願い」
「そう?うーんでもなあ……確証がないからなあ」
「確証?誓約の術式は使えないわ」
「ああ、違うよ。……私の物になるっていうんなら、今ここでシシーから私に口づけをして」
「それは…ラディが見てるから」
「目が開いてないのに見えるわけがないよ。ほら、いい子ならできるだろう」
「は、はい…」

 少しの衣擦れの音と、くぐもった声と濡れた音の後、シンシアのか細い悲鳴が聞こえる。

「ラディ、なに…」
「ん?シシーが本当に私の物になるかの確認」
「ひゃんっ……なんでドレスを脱がすの?」
「他の男が触ってないかの確認だよ」
「触ってなんか」
「ライディーンとキスはしてたんだよね?」
「うん…」
「なら消毒しようか」

 再び聞こえてくる声と音に耐え切れず耳をふさぎたくなったが手が動かない。
 それにしても、私はどれだけ眠っていたんだろうか。私の体はどうなっているんだろうか…。

「ふっん……らでぃ、もう許して」
「だめだよ。悪いシシーへのお仕置きなんだから我慢しなくちゃ。それにシシーは私の物になったんだから、言うことを聞かないといけないんだよ」
「でもっくふ・・・」

 思考を切り離そうとしても聞こえてくる声に頭の痛みは強くなっていく。脳みそが焼け付くほどの痛みを感じて、意識がぶつりと途切れる。





「ああ、目が覚めたね」
「よかったですわ」

 次に目を覚ました時に見たのは、セシーリア様とガルアーズス大使だった。

「リアのお願いでね、私の滞在している宮に秘密裏に移させてもらったよ。治療も済んではいるけど、随分私の血と相性が良かったのかな」

 その言葉に首をかしげる。

「もともと君のは我が国の血が強く出ているようだったし、ありえないことではないんだけど、もうずいぶん前の代のものだろうに、血の保存の呪いでもかけてたのかな」
「あの…いったい」
「鏡を見ていただきましょう」

 セシーリア様がそう言って侍女に大きな姿見を持ってこさせ、ガルアーズス大使の手に支えられて身を起こす。

「え?」

 鏡に写っていたのは群青色の髪と琥珀色の目をした誰か。ペタペタと顔を触れば鏡の中の人物も動く。

「わたし?」
「悪いな。ちょっとやそっとの魔力と血じゃ治らなかったんで盛大にした結果そうなった」
「マティは私よりも優秀な医療魔法の使い手なんですのよ。私では力が足りなくて」
「まあ、とりあえず体は治したから。私は少し眠るよ…流石に触媒に血を使いすぎた」
「はい。おやすみなさいませ、マティ」

 そう言って私が眠るベッドの横にうつぶせになるガルアーズス大使に慌てれば、セシーリア様が「しー」と言ってそっと大使の体に毛布を掛ける。

「3週間です。貴方が階段から落ちてからそれだけの日が経ちましたわ。もっと早くに運び込みたかったのですが、秘密裏にするために準備に時間がかかってしまいましたの」
「どうして秘密裏に?」
「ライディーン・リドホルムは亡くなったんですわ」
「え?」
「体を動かすことも出来ず、硬直が始まり、鼓動は弱くなっていった。そして死んだと医師が判断し、先週に葬儀と埋葬が行われました」
「は?」
「私とマティの見立てでは仮死状態でしたので、こっそり墓を暴いてこちらに連れてきて治療をしたのですが、なかなか目が覚めなかったのでマティがつい自分の血と魔力を多く注いでしまったのです」
「つい…?」
「そう本人は言っていますわね」
「……私はこれからどうしたら?」
「残念ですが選択肢は差し上げられません。マティの侍従としてみっちり勉強を受けてくださいませ」
「………そうですか」
「私を恨みますか?あのまま死んだほうがよかったですか?」
「いいえ。……いいえセシーリア様。私は、ライディーンは死んだのですから恨むことなんてありません。私は生まれたばかりの名もない人ですから」
「そうですか。名前はマティに決めていただきましょう」
「はい」

 ライディーン・リドホルムは死んだ。
 『己の役目はいずれ分かる』というひい御婆様の遺言が今ならわかる、ライディーン・リドホルムは死をもってその役目を終えた。
 過去を気にすることのない、過去から逃げていい・・・。いや、過去も何もない。今はただそれがうれしくて仕方がなかった。

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