当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

歪んだ望み

 マティアスが来てから三か月ほどたった日、王妃陛下が離宮を訪ねて来た。
 セシーリアがこの王城に来てから数年、数えるほどしか会ってはいないが、前回あってから随分とやつれたように見える。
 マティアスの横に座り、王妃陛下を受け入れる側の立場にいれば、それに疑問を抱くことなく王妃陛下は通された応接室に入るなり最敬礼をしたまま頭を上げずにいる。
 顔を上げるように声をかけたいが、マティアスが視線でそれを止めてくるので頭を深く下げ続ける王妃をずっと見つめる。

「……そろそろ頭を上げてはいかがです?貴女はこの国で二番目の権力者でしょう」
「権力など…」

 王妃はそう言ってのろのろと頭を上げ、すすめられたソファに座りマティアスとセシーリアをじっと見る。

「お久しぶりです。暮らしに問題はないでしょうか?」
「王妃が手配してくれた離宮です。私は特に問題ありませんが、セシーリアの住まう離宮は長く手入れがされてなかったようで先日やっと庭の手入れが終わったばかりですよ」
「それは、申し訳なく…」
「ああ、お気になさらずに。急に言い出した私も悪いのですから。けれどまさか愛人の子供用の離宮に住むことになるとは思いませんでしたよ」
「それは…」
「そうですよね。この国は外からの貴人を招くような習慣は長く廃れていたのですから、仕方がないことですよね。それにもっと大きな愛人の子供用の離宮は埋まってしまっているのですから」

 マティアスの言葉に王妃は顔を下に向けこぶしを握る。

「ああ、もしかしてセシーリアをいきなり王太子宮に住まわせたのもろくな離宮がなかったからですか?」
「いいえ、一刻も早く王太子と仲良くなってもらえればという陛下の思いです」
「仲良く…仲良く、ねえ?まあ、表向きは仲良くしていたようだけど、実際がどうなわけ?」
「残念ながらいまだに心を通わせるようになってませんわね。それはコンラード殿下がシンシア様を愛人にしたことからもわかりますわ。そうですわよね、王妃陛下」
「・・・・・・それについては、申し訳なく」
「誤解なさらないでくださいませ。私の心は全く傷ついておりませんの」
「そう、ですか」

 王妃が落としていた視線を上げセシーリアを見て、もう一度頭を深く下げる。

「息子の行いについて深く謝罪いたします。こうなる前にもっと私が動いていればと何度悔やんでも悔やみきれません」
「行いとは愛人を作ったことでしょうか?」
「それもありますが、息子は婚約者である貴女に、隣国の姫である貴女に屈辱的なことを繰り返してきました」

 その言葉にピクリと反応したセシーリアの代わりにマティアスが口を開く。

「王妃陛下は知っていたと?国王陛下も知っていて見逃したと?」
「……はい」
「それは、我が国への宣戦布告ととらえてもいいのですか?」
「致し方ないと、すべては陛下を止めることが出来なかった私に責任があります。厚かましい願いとはわかっておりますが、どうか国民には慈悲をいただきたく思います」

 真っ青な顔で震える王妃にマティアスは少し考えて口を開く。

「二代前の国王は優秀でした。それ故に殺されてしまったようですけれど」
「っ…。はい」
「先代の国王は不出来でした。けれど兄を陥れて手に入れた王座に満足していた。それだけでした」
「はい」
「今代は愚者です。甘言にばかり耳を向け、心ある言葉を切り捨てた上、手に入らない夢をいつまでも見続けて、夢の代わりに別の夢を手に入れようと画策して妻と息子に阻まれている」
「はい」
「あればですが、次代は被害者であり加害者だ。両親の歪んだ教育のせいで己の心を見誤り、もしかしたら手に入ったかもしれない夢と未来と自ら壊し、歪んで狂った感情を無理やり手に入れた。いや、手に入れるがただしいのかな」
「あの子は・・・間違ったのです」
「そうですね」
「そして今から起きることを、私は止めることが出来ません」
「今から起きることとは何ですか?」

 マティアスの言葉に王妃はしばらくの間黙り込み、小さく、けれどもはっきりと声を出す。

「手に入れた愛人が自分だけを見るように、自分だけのものになるように、他に希望を抱かせず、ただ自分だけを欲するように、救いが自分だけにあるのだと思わせるように、不幸な事故と不運な運命を作りあげるつもりなのです」
「それはどうやって?」
「………ライディーン・リドホルムが今日この王城のとある場所でキドランド夫人と出会い会話をするでしょう。けれど不運・・なことに会話のすぐ後にリドホルム子息は階段から足を滑らせ転落します」
「なっ!?」

 驚きのあまり立ち上がったセシーリアに王妃は緩く首を振る。

「きっと体のどこかを骨折してしまうでしょう。最悪死んでしまうほどの怪我を負うでしょう。けれどもキドランド夫人は医療魔法を使えますのですぐに手持ちの医療術式の中でも骨折を治す術式を発動する。けれども、小さな怪我であれば術式を書いた紙など不要ですが、骨折のようなものを治すのであれば術式を魔力インクで書いた魔法紙が必要です」
「シンシア様はここ最近骨折の治療の術式に関してはちゃんとしておりますから治りますわね」
「……その術式が運悪く(・・・)昔書いたもので未熟なものであれば?骨だけが治りそのほかの皮膚、神経、筋などが修復されないものであれば、リドホルム子息は一命をとりとめても必要以上に長い治療と苦痛を受けることになるでしょう」
「まさか、そんなこと」
「偶々(・・)、前日に侍女によって術式を欠いた魔法紙が整理され、偶々(・・)一番上にあった昔の魔法紙を持っていたのであれば、不幸な偶然が重なった事故となりますでしょう」
「なるほど。キドランド夫人がリドホルム子息に気があるのはわかりますからね。王太子殿下としては邪魔者を彼女自身の手で排除させたいわけだ。責任を取ると彼女が言いだしても彼女はすでに既婚者。実際に責任を取るのはキドランド伯爵家というわけか」
「多くの財が失われるほどの賠償になるでしょう。それが払い終わった後、手続きのため訪れていた王城からの帰り道に不運にも(・・・・)馬車の事故にあって帰らぬ人になるかもしれません」
「王妃陛下は、それを知っていてお許しになるのですか。殿下の望みなら人が傷つこうとも死のうとも構わないのですか!」

 思わず叫んだセシーリアの腕をマティアスが掴み首を振る。

「彼女の実家にも手をまわしているのですか?」
「男爵家は、すでに爵位を返上しただの国民となり南端の海のある街へと移り住んでおります」
「なぜ…」
「貴女に申し訳ないと…」
「そんな・・・」
「まあ、結婚前に愛人になるような行いを娘がしたとなれば、おまけにセシーリアは我が国の継承権を持つ姫だ。ある意味ただしい行いだろう。時間がかかったのは領地の整理や引継ぎの関係?」
「ええ、キドランド伯爵家に領地や財産などをすべて譲る手続きに少し時間がかかっていました」
「なるほどね。すべての準備が整って不幸な事故が起こる日にわざわざ訪ねて来たのは、セシーリアの足止めが目的ですか」
「なんてこと!アス離してください、今行けば間に合うかもしれません」
「王城のどこで起きるのかわからないのに?それにきっと、王妃陛下がここに来た時には事件が起きて、今頃不幸な事故が起こってる」
「そんな…。ならせめてキドランド伯爵の事故を止めることはできますでしょう」
「王城と学園の行き来しかしてないリアが?伯爵に注意するようにいうのか?無理だろう、不幸な(・・・)事故は起きるべきして起こる。もし事故を回避すれば別の不運なことがまっているだけだろう」
「そんなことっ王妃陛下はどうしてそんなことをお許しになるのですか!」
「手に入らない夢を傷つけるぐらいなら、幻想を見たままでいさせてあげたいのです」

 王妃はそう言うと疲れ切ったような笑みを浮かべる。

「陛下を止めることも、息子を止めることも疲れました。私の実家ももうありません、あとは王妃としてこの国の国民への慈悲を願うのみです。私は・・・セシーリア、貴女に嫉妬しています。陛下と息子の心を捕え続ける貴女がうらやましい。王妃教育だって、陛下に近づけたくなくて私のもとに呼び出さずに息子に押し付けました」
「言い訳ですね」
「ええ。セシーリアのデビュタントの時からこうなることは予想できていたのに、それでも陛下を止めることが出来なかった、私に出来たのは引き延ばすことだけ。それも多くの犠牲を払ってでのことです」
「王妃陛下はどうしたいのですか?我が国との戦争を望んでいるということでよろしいのでしょうか?」
「リリアン様に見逃していただいたことがもう奇跡だったのです。今は多くの者が口を閉ざし眼をそらして生きております。何も知らない国民はただ明日を生きることを望むのみ」
「ここ十年ほどで善良な貴族がいなくなっていったと聞きましたが?」
「女の甘言に惑わされた陛下をいさめようとした結果ですわ。彼女は学生時代の陛下の恋人で、国王夫妻宮の侍女として登城して再会し、焼けぼっくいに火がついたように関係を持っていきました。彼女は…ソフィーは私を嗤ったのです。陛下の情けももうもらえない王妃など哀れだと」
「……ああ、ただの私怨ですか。それに巻き込まれた国民も哀れなものですね」
「ふふふ・・・。大使は鋭くていらっしゃいますね。そうですわ、こんな…私を馬鹿にした女をのさばらせる陛下がいる国など亡べばいい。私の家を、家族を滅ぼしたやつら共々亡べばいいのです」

 息子も同じことを繰り返すに違いない、せめて幻を見たまま死なせてあげたい。そういって王妃はどこまでも歪んだ笑みを浮かべて笑った。

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