当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

たちの悪いお茶会

「これは一体どういうことだ」

 マティアスの滞在する離宮に集まった、学園に通う幾人かの貴族子女の集まりに、報告を受けたコンラードがシンシアを連れてやってきた。
 この日集まっているのは学園の3学年生で、シンシアにも招待状は送られていたのだが、どうやら本人や殿下に伝わる前に捨てられたか、開催されないものと思われていたらしい。

「どうって、次期王太子妃として、また学園の最高位令嬢として皆様を宮にお招きしてお茶会をしておりますのよ。今まで王太子宮におりましたでしょう?ラディ様が警備の関係などの関係で開催をお許しくださいませんでしたので、本日やっと開催いたしましたの」
「ここはシアの住む宮ではなく大使の滞在する宮だが、ふざけているのか?」

 コンラードの言葉にマティアスがクスリと笑う。

「リアの住んでいる離宮にはこうして皆さんをお迎えして茶会を開く広間がないそうで。だからと言って中庭で行おうと思っても長い間放置されていたようで華やぎがないらしいので、この庭を提供しただけですよ」
「何を勝手に!そもそも貴殿は我が国の礼儀作法を身に着けるまで離宮より外出を禁じられているはつであろう」
「不思議なことをおっしゃる。私は離宮の敷地から一歩も出ていませんよ」

 その言葉にコンラードはぎりっとこぶしを握り締める。

「ラディ様。そもそも離宮に滞在している間大使としてこの国の貴族と交流を深めることに不都合はございませんわ。この国のことを知っていただく良い機会ではありませんか」
「このような勝手なことが許されると思っているのか?」
「まあ嫌ですわ。陛下はマティに一歩も離宮から出るなとは言いましたが、誰かを招待してはいけないと一言も言っておりません」
「シア、従兄が来たせいか随分と強気なようだな」
「そうでしょうか?今まではラディ様第一に考えておりましたのでそう見えておりましたのでしょう」

 セシーリアはそう言って、コンラードの横でただ一人を見つめているシンシアを見る。

「ラディ様には一時の慰みではなく、末永くご自分の傍に置く慰みが出来たようですので、私は自分のなすべきことをするようにいたしましたの」
「……ああ、なるほど」

 コンラードはそう言って何かを納得したように笑ってセシーリアを見る。

「嫉妬かな?シアの事もちゃんと想っているんだから気にしなくていいんだよ」
「まあ、ありがとうございますわ。けれどもどうぞ私のことはお気になさらずにいてくださいませ」
「拗ねてしまっているんだね。シシーのことは陛下がお決めになったことなんだ。それにシアが王太子宮からいなくなってしまって私も寂しい日々を送っていたんだよ」

 わざとらしいほど肩をすくめるコンラードにセシーリアは微笑みを浮かべる。

「まあ、嫌ですわラディ様。それでは王妃様のお決めになったことに意義があるように聞こえてしまいましてよ」
「そんなことは言っていないよ」
「そうですの」
「ところで王太子殿下。そろそろお連れのご婦人を紹介していただけるかな?」

 話しに割り込んできたマティアスを一瞬睨んだが、コンラードはシンシアにやっと視線を動かし、その視線の先にいる人物がライディーンであると気が付く。
 視線を遮るように一歩足を踏み出してシンシアの腰に手を当て自分に密着させると口を開く。

「シンシア・キドランド伯爵夫人だ。シシーご挨拶を」

 殿下の言葉にシンシアは反応せずに相変わらずライディーンを見つめている。

「シシー。ご挨拶を」

 再度強めに言われ、腰を強くつかまれたことでハッとしたように殿下に視線を向け、ゆっくりとマティアスに視線を移す。

「シンシア・ハンメルトです。初めまして」
「……ほう?私は王太子殿下に別人を紹介されたのかな」
「まだ結婚して間もないから家名になれていないんだろう。大目に見てくれ」
「まあいいけれど。マティアス・ガルアーズスという。隣国の皇太子の第二皇子で継承権第3位。まあここには隣国の大使としてきているよ」
「マティアス様ですね。よろしくお願いします」

 シンシアの言葉にそれまで成り行きを見守っていた子女たちがびくりと反応する。

「許したか?」
「え?」
「私はキドランド伯爵夫人に名前を許したか?」

 王太子殿下ですら"大使"と呼んでいるにもかかわらず、シンシアは"マティアス様"と呼んだ。
 学園の生徒同士では名前に様をつけて呼ぶことが暗黙の了解ではあるが、相手は隣国の王子にして大使なのだ。
 許しなく名前を呼んでいい相手ではない。

「えっと、その……私は別にそんな、えっと」
「マティ許して差し上げて。シンシア様はご結婚なさったとは言えまだ学園の生徒ですのよ。癖が抜けていないのですわ」
「私はあいにくこの国の学園の生徒ではないのでね。不愉快だな」

 マティアスの言葉にセシーリアは肩をすくめ、お茶会に参加している生徒はぎろりとシンシアを睨む。
 ここにいるほとんどの子女、いや殿下とシンシアを除いて全員がマティアスの機嫌を損ねてはいけないと察している。

「ら、ラディ」

 睨まれたことでシンシアはライディーンに助けを求めるように視線を向けるが、すぐさまコンラードによって遮られてしまう。

「申し訳ない。シシーは純粋で教えられたことを素直に受け止めてしまうんだ。シシー、彼のことは大使と呼ぶようにね」
「名前で呼んではいけないの?みんなのことは名前で呼ぶようにって学園で言われたのに?」
「ここは学園ではないんだよ。彼は隣国の大使で我が国の者ではないんだ」
「そうなの。わかったわ」

 こくりと頷くシンシアにマティアスは冷たい視線を向けると、侍従に全員のお茶を入れなおすように伝える。

「まあ、いいでしょう。ここは王太子殿下の顔を立ててあげましょう。私にキドランド伯爵夫人を紹介したということはこのお茶会に異論がないということでしょうしね」
「………次は認められない」
「おやおや。この国の王太子殿下は随分心が狭い。リアもずいぶん苦労しているんじゃないか?」
「まあ、ふふふ。ラディ様もシンシア様もどうぞお座りになって。お茶会は貴族にとって大切な社交ですわ、ラディ様もそれは十分に理解なさってますわよね」
「当然だろう」
「それなら私が茶会を開催して何も不都合はございませんよね?」
「シアの離宮ですればいい」
「残念ながら庭の手入れがまだ終わっておりませんの。なぜか今年の私に割り当てられた資金が随分少なくなっておりまして、庭師の数が足りませんのよ」

 セシーリアがそう言えばコンラードは苦虫を噛み潰したような顔になる。

「こちらの離宮は庭の手入れがされておりますし、私の宮の隣ですので場所を借りても問題ありませんでしょう」
「……庭の手入れの費用がそんなにかかるのか」
「少ない金額ではございませんわね。何せ荒れ放題ですので」
「贅を尽くすような庭にするつもりなのかな」
「まさか。この王都の貴族によくある庭にする予定でしてよ」

 ここで庭について避難すれば王都の貴族の家の庭を否定することになると気が付き、コンラードは黙り込む。
 その様子にマティアスはクスリと笑って、その横に座るシンシアに目を向ける。
 相変わらずライディーンだけをじっと見ている様子に、口の端を持ち上げてシンシアに話しかける。

「キドランド伯爵夫人は随分リドホルム子息が気になっているようだ」
「二人は幼馴染なんだ」
「ほう?そうなのですかキドランド伯爵夫人」
「………え、私ですか?」

 キドランド伯爵夫人という呼び方が余程身についていないのか、顔を向けられ言葉をかけられていると認識するまで随分と間があった。

「ええ。何か言いたいことがあればどうぞ遠慮なく言ってください」

 マティアスの言葉にコンラードがシンシアの口を遮ろうと動くが、そのタイミングで侍従がわざと二人の間に手を伸ばし紅茶と菓子をその前に置いて遮る。

「……あのねラディ」
「なんでしょうかキドランド伯爵夫人」
「そんな言い方止めて。学園でも言ったのにどうして意地悪するの?大丈夫よわかってるわ、私と結婚できなくなったのも仕方なかったのよね。陛下に言われたからどうしようもなかったんだもんね。わかってるから大丈夫よ。私はラディのことを今でも愛してる。ラディもそうでしょう」
「何のことかわかりかねます、キドランド伯爵夫人」
「私ね、ちゃんとわかってるのよ。全部陛下のせいなよのね」
「陛下への不敬になりますよキドランド伯爵夫人」
「なんでそんなに意地悪なことを言うの?あ、私がラディの宮にいるから怒ってる?だって仕方がないの。セシーリア様がいなくなってラディが寂しいっていうの。ラディもラディを愛してるのをわかってくれてるの。毎日ラディを愛してるっていってるのよ」
「キドランド伯爵夫人、学園で何度も言っておりますが、私のことはどうぞライディーンと呼んでください。王太子殿下と同じ愛称で呼ばれるなど恐れ多いことです」
「ラディはラディだもの。毎日愛してるってラディも言ってくれるじゃない。……そうでしょう?ラディはラディの代わりで、ラディの代わりにラディが私を愛してるって言ってくれてるんだもの、ラディはずっと私を愛してるんだわ」

 セシーリアは"ラディ"という言葉を聞きすぎてそろそろ頭が混乱してきた。
 他の子女も同じらしく、段々と顔つきが険しくなってくる。

「ねえキドランド伯爵夫人。君の"ラディ"は隣にいる王太子殿下?それともリドホルム子息?」
「ラディはラディの代わりで、ラディだからどっちもラディです」
「すまないがシシーは疲れているようだ。今日はこれで失礼する」
「ラディ、まだお茶会は終わっていないわ」
「後で私たちの宮で開いてあげるよ」

 無理やり手を引いて離れていくコンラードとシンシアの後姿に、誰彼となくため息を吐いた。

「リドホルム子息も苦労するね」
「申し訳ありません」
「おや、赤の他人のためにどうしてやまるのかな?」
「幼馴染ですから」
「ふーん。愛称で呼ばれるほど仲のいい幼馴染?」
「子供の、ときからキドランド伯爵夫人の心は成長していないようで、ただ純真なんです」
「それはそれは、随分と"かわいらしい"幼馴染だね」
「はい」

 ライディーンは言葉に含まれる棘にただひたすら耐える。

「マティ、私の後輩をいじめ無いでくださいませ」
「いじめてないよ。事実確認をしただけだよ」
「はいはい。ほら、皆様も戸惑っていらっしゃいましてよ」
「ああ、ごめんね。僕はしばらく食事に集中するからどうぞお茶会を楽しんで」

 マティアスの言葉に子女たちは戸惑いながらもおずおずと会話を始めた。

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