当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

馬鹿って言われた

「それでリア。随分と好きにさせてるようだね」
「侍女や監視魔術具から情報をえたのですね」

 クスリと笑うマティアスに溜息を吐く。王太子宮ではセシーリアだけではなく侍女も護衛も監視対象だった、数か月に一度実家からの仕送りを受け取りに行く時ですら監視がついていた。
 そんな中、少ない時間の必要最低限のやり取りで、侍女が父の使いに何をどう伝えたのかはセシーリアは聞いていない。
 聞くことはできなかった。

「辺境伯が溜息を吐いていたよ。ぼかて隠して当たり障りのない手紙しか飛ばしてこないと」
「それは…」
「まあ、早々にあったことを報告されたら即刻軍をよこしてこんな国消滅させてただろうけど」
「マティ!」
「それを望んでないから、私たちに情報をよこさず、一人耐えるという馬鹿なことをしていたんだろう」

 この国に、外の国の要人を滞在させる宮はない。だからマティアスに与えられた宮は"国王もしくは王太子の庶子"が住まう宮で、セシーリアも同じ目的の隣の宮に住むようにと、今侍女と護衛が荷物の搬入を行っている。
 家具などは改めてマティアスがセシーリアに土産という形でいろいろと持ってきている。
 ちらりと見たが、もれなく魔術の術式付きであった。

「馬鹿っていわないでくださいまし。私が人が死ぬのが嫌いなのは知っていらっしゃるでしょう」
「知ってるけどね。でもこの国の王族は死んでもいいって思ってるわけなんだ?」
「………そうね。人が死ぬのは嫌いだけど、あの人たちが死ぬのはもう仕方がないって思ってますわ。変、ですわよね」

 異聞録で殺された人たちなのだから、死ぬのはきっろ仕方がないのだといつの間にか思っていたと気づかされ、苦笑する。

「変じゃないけど?私だったら速攻で殺すし」
「マティ…」
「しないって。リアがここまで体張って馬鹿な自己犠牲してるんだから台無しにするようなことはしないよ」
「また馬鹿って…」
「馬鹿でしょ。侍女に泣きつくなり護衛に泣きつくなり、伝書鳥を飛ばして辺境伯に泣きついて早々に無理やり王都を出て実家に帰るなりすればよかったでしょ」
「う…」

 言われればそうなのだが、下手に未来を知ってしまっているせいか王太子殿下の婚約者として王都に、王城にいなければいけないと思い込んでいたらしい。
 マティアスは深くため息を吐いて侍女に入れさせたハーブティーを飲む。

「そんだけ暗器仕込んで反撃の一つもしないなんて、随分と"大人しい"ことだ」
「だ、だって…。びっくりして手加減忘れちゃって殺しちゃったらどうしたらいいかわからなくて」
「殺せばいいんじゃない?」
「だ、だって…」
「だってじゃないよ。手加減に気を使って犯されでもしてたらどうする気?」
「そうなれば流石に抵抗をしてましたわよ」
「どーだかね」

 セシーリアの目が泳ぐのを見てマティアスは机を指でトントンと叩く。

「だから罪人でもいいから人間を殺す練習をして慣れておけって言ったのに」
「だって…だって……怖いんだもの」
「リアが怖いのは親しい人や関係のない人間の死だろう?私の耳と目にはこの国の王族と一部の貴族は死ぬに値するごみくずみたいだけどねえ」
「この国の人間にだっていい人はいますのよ」
「無知は罪っていう言葉もあるけど?」
「マティ、意地悪を言わないでくださいまし。300年前のことを王族が隠し忘却したのですわ、普通の貴族や国民が知る機会などなかったのでしょう」
「都合の悪いことを押し付けた挙句忘却するような血族は死ぬべきだと思うけど?」
「一応、私の御婆様はその王族の血が流れてますわ」

 そういって目を伏せるセシーリアにマティアスはまた深くため息を吐く。

「私はこれでいくつの幸せを逃がしているんだろうね。この国の王族の血なんて君の父はほぼ受け継いでいないし、リアは我が国の皇女の血が強く表れこの国の人間ではなく、我が国の姫としか言いようがないだろう」
「でも…血が流れていることに違いはありませんわ」
「……何度も言うけど、本当にリアは馬鹿になっちゃったの?」
「また馬鹿っていう」
「馬鹿じゃなければ、阿呆でも考え足らずでも自己満足の偽善者でもいいけど?」
「ティースひどいですわ」
「酷くも言うよ。このまま馬鹿な自己満足に自己犠牲を続けられるんなら私がここに来た意味がない」

 空になったティーカップをソーサーにおいてマティアスは正面に座るセシーリアをじっと見る。

「いったいどうしたっていうんだい?もともと人の死には敏感だったけど、自己犠牲を払ってまで助けようなんてしなかっただろう」
「それは……」
「王太子妃になるものとしての責任を感じて?……違うよね。侍女が言っていたよ、まるで今耐えればいずれ救われると思っているようだって」
「……それ、は」

 未来を知っているからとは言えず、セシーリアは誤魔化すようにぬるくなったハーブティーの入ったカップを手に取って口に持っていく。

「リアが待っていたのは私?それとも、王太子が浮気の果てに婚約破棄を言い出すのでも待っていた?」
「っ…」
「それとも、王太子の婚約者に使うべき資金をただの浮気相手に貢いでいることが公になって廃嫡されるのを待っていた?」
「…は?」
「何?」

 王太子の婚約者に使うべき資金というものの存在を、今初めて聞かされたセシーリアは思わず目を瞬かせる。

「そんなもの、あるんですのね」
「あのさあ。王太子宮での食費、学費、家具、ドレスや化粧品、その他諸々の費用が無償なわけないでしょ。ちゃんと国家予算に組み込まれてるものだよ。リアは実家の仕送りで全部事足りてるから意識してなかっただろうけど、王太子からの贈り物は全部その資産から使われてたはずだよ」
「……はあ」

 そんな話を聞いたことはなかった。確かに王妃には独自の資金が組まれているが、王太子妃になっていない婚約者にまでそんな資金が用意されているとは思ってもみなかった。

「ああ、ちなみにここ数か月その資金が大量に王太子によって使用されているらしいよ。まあ、私が来たことで誤魔化すように動いているみたいだけど」
「……どうやって情報を得ているんですの」
「瑠璃色の装飾品は王族や貴族にずいぶん気に入られてるみたいなんだよね」

 数多の装飾品は"隣国に技術提供された特定の店"でしか販売されない。それであれば特定の貴族や王族に渡る装飾品に術式をかけるぐらいはできるだろう。

「……私は随分と無駄な努力を重ねているんですのね」
「うん。お爺様は最初怒り狂ってすぐにでも消滅させるって言ってたけど、今はリアの意思をくむって言ってくれてる」
「それはよかったですわ」
「うんうん。だから、今すぐ王族殺してきてもいい?」
「マティ!?」
「頭を挿げ替えるだけだよ。国民にも影響はほとんどないと思うけど?」
「駄目ですわ。もし王族が国民を盾にとりでもしたら」

 セシーリアの言葉にマティアスは首をかしげる。

「今、私は王城にいるから国民云々いう前に殺すこと、できるけど?」
「……騎士が抵抗をするかもしれません」
「こんな王族に従う騎士なんていらないとおもうけど」
「家族を盾に取られて従っている騎士も中にいますのよ」
「あー。なるほどねえ、どこまでもクズってわけだ」

 マティアスは顔をしかめると周囲にいくつかの蝶を魔力で作り出す。
 その蝶は壁を抜けて外へと飛んでいく。

「情報収集をもう一度念入りにしておくしかないね。ハンセン侯爵に頼んでいくつか人形を王都に紛れ込ませる予定だし、滞在中私もできる限り選別しておくよ」
「なんだか、マティがいろいろと動くと私の存在って何なのかしらって思ってしまうわ」
「一人で動こうというお馬鹿さんだからしかたないね」
「うう」

 マティアスをこの宮に案内してこうしてお茶を飲み始めてから、何度目になるかもわからない馬鹿発言にセシーリアは唇をかんで反省するしかなかった。

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