当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

未来を決める選択 ※ライディーン視点

「国王陛下より愛人の打診が来ております」
「どういうことですか?まさか母上が陛下に召し上げられるということですか?」

 現在寵愛を受けているソフィ様のように?と暗に言えば、母は跡取りである私もここまで育っているので、この家のためになるのならそれでもいいのだけれどというが、そのあとに今回は母に来た打診ではないという。

「本来であれば結婚し子をなした女性が愛人として召し上げられるのは知っていますね?」
「はい」
「例外は子をなす前に夫がなくなった未亡人、もしくは白い結婚を貫いている妻です」
「はい」

 けれども我が家には女の子供はいない。それはつまり、まだ結婚していないシンシアを結婚後すぐに召し上げるということなのだろうか。
 男爵家の令嬢であるシンシアの持つ医療魔法は珍しく、王家にその才能を取り入れたいと思ってもおかしくはない。
 だがたったそれだけで召し上げるには、シンシアはあまりにも礼儀作法が足りない。実家の後ろ盾だって、ここ最近成長してきた商会のほうが強いぐらいだ。

「もとより、我が家に嫁いできても離れに閉じ込め子を産ませることに専念させておくつもりだったのです。社交に出る場合は貴女が恋人か愛人を作って連れていく予定でした」
「………はい」

 中央貴族とはいえ男爵で、その中でも下位に属するシンシアの家はほとんど庶民に近い暮らしをしている。
 私がシンシアの素朴さに惹かれ、医療魔法という気希少魔法に真っ先に目をつけた我が家と婚姻できたのが奇跡というレベルだ。

「それに、今回の打診は国王陛下からではありますが。王太子の愛人にという話しです」
「それはあまりにもセシーリア様に失礼に当たるではありませんか!」

 今ですらどれほどの無礼を許してもらっているのかわからないほどだというのに、婚姻前から学生時代の恋人を愛人にするというなど、国王陛下はいったい何を考えていらっしゃるのか。

「私どももそう思っていますよ。学生の間とはいえシンシアの行動は行きすぎておりますし、殿下も甘やかしすぎています。けれども、"学生の間の遊び"ではすまなくなりそうだと、陛下とは別に財務大臣より連絡が着ているのです」
「シンシアの家にではなく、我が家にですか?」
「娘の食費すらまともに工面できない家人に国の財政のことなど言っても無駄と判断なさったそうです」
「は?」

 確かに数回食堂の請求を滞納して魔力で払ったと聞いているが、最近は…。

「まさか、殿下が?」
「そうです。シンシアの食費の肩代わりを殿下がなさっているそうです。ほかにも花やアクセサリーなども贈っていると」
「それは、王太子殿下の私財で賄っているのですか?」
「財務に請求が行っていて、財務大臣が動いているのです。私財ではないのでしょう」
「まさか、王太子の婚約者に充てられる予算を使用している、と?」
「セシーリア様はご自分の生活は持ってきた持参金で賄っていて、4か月に一度実家から連れて来た侍女が辺境伯領と王都の中間地点にある町で追加分の生活費を受け取っているそうです」
「それは…」

 その話が本当であれば、次期王太子妃にあてがわれる資産の横領になる。
 そんなことが辺境伯に、いや隣国に知れたら…。

「よく戦争にならないものです。貴方も私のひい御婆様の血を引いているのですからわかるでしょう?隣国の恐ろしさを」
「はい」

 私が産まれる一日前に亡くなったひい御婆様は私と同じ黒髪と赤い目をした人だったという。
 何代前に隣国の血が混ざったのかはわからないが、亡くなる直前まで若々しく美しかったというその方は亡くなった瞬間灰のように消えてなくなったらしい。
 彼女の遺言はただ一つ私に宛てたもの。『己の役目はいずれ分かる』ただそれだけ。
 この国の人間ではありえない存在だった彼女は結婚後しばらくして人前に出ることはなくなり、夫に愛人をあてがうようになったと聞く。

「隣国からの大使がしばらく滞在することになったと、貴族の間で広まっています。国王も財務大臣もセシーリア様が使用する権利のある資金を王太子が横領したなどとしたくないのでしょう」
「だから、愛人にと…」

 今まで使用された金額は、愛人に報奨金として支払われていたものだったと書類を偽造するつもりなのだろう。
 愛人や公妾になるには"結婚していること"が最低条件だ。書類上だけでもいい。
 書類を出すだけであれば男女ともに15歳以上であれば認められている。

「我が家としては、ラディの意思に任せようと思っています」
「……もし、嫌だと言えばどうなりますか?」
「自分で考えなさい。この程度のことも考えられないようでは跡取りとしての資格はありません」
「時間は…」
「今週中は猶予をいただきました」
「わかりました」

 女主人として父の代わりに家の采配をする母の執務室を出て自室に戻る。
 伯爵家とはいえ下位に属する我が家はそこまで豪華な家ではない。ライディーンに与えられているのは寝室と書斎と居間のみ。
 居間ではなく書斎にいって誰も呼ぶまで来ないように伝えるて椅子に深く座って机に突っ伏す。

 シンシアを愛しく思っている気持に偽りもないし変わってもいない。
 魔力操作に伸び悩んでいた時にどんどんとその才能を伸ばしていく彼女に嫉妬してわざと距離を置いていたこともある。
 今は、殿下が傍にいるために距離を置かざる得ない。セシーリア様がいるにもかかわらず、殿下と親しくする様子に何度かシンシアに注意したが、友達だからだと、最近ライディーンが構ってくれない間優しくしてくれたからだと言われて少なからずショックを受けた。

『ラディ様はね、私がつらい時に傍にいて優しくしてくれたの。それにね、王太子殿下っていわれてもラディ様は寂しい人なのよ。お友達もいないそうだから私が慣れればって思うの。それにセシーリア様って本当にラディ様と仲がいいのかしら?私にはそうは見えないのよね』
『ラディも一緒にラディ様のお友達になればいいわ。……どうしてそんなことを言うの?私ラディはもっと優しいと思ってたのに、他の人と同じなのね』

 シンシアは周囲にどう見られているのか全く理解していない。セシーリア様が許しているからこそ、平穏に過ごせているというのに、そのセシーリア様を責める。
 幼いころに自分と婚約をしたせいか政略結婚というものをよく理解せず、暖かな家庭を作るのが夢だと語る。
 自分が他人から殿下の"学生時代の恋人"と見られているのに愛人という存在を否定する。

『ラディ様はお友達だよ。愛称で呼ぶのはそう呼べって本人に言われたし、セシーリア様になんで呼ばないのかって責められたんだもん仕方ないじゃない』

 そう言われたときにどれだけの衝撃が走ったかシンシアは知らない。
 殿下を愛称で呼ぶのは確かに不敬に当たる。そもそも親族でもない異性を愛称で呼ぶなど、特別な関係だと言っているようなもの。
 だが王族である王太子に愛称で呼ぶように言われてそれを断るのも不敬に当たる。そして愛称を許される意味を理解していないシンシアをセシーリア様が許してくださっている。
 どうして理解できないのか…。

 魔職操作技術や魔法術式の成績だけよくとも、貴族に必要な教養が足りない。

(そんなシシーがこのまま王太子殿下の愛人になる?)

 自分の妻になるだけでも奇跡なのに、愛人になれば何をしでかすかわからない。
 そしてその責任を負わされるのは、婚家である我が家になる。
 母はああいっていたが、シンシアが王太子の愛人となるのは財務大臣や国王の中では確定事項なのだろう。
 母が言っていたのは、このまま許嫁として書類上の夫婦となるか、それともシンシアを見捨てて我が家に被害が及ばないようにするかという選択。
 シンシアが愛人になることを拒否すれば、"不運な事故"がライディーンに待っている。今までだって拒否した何人もの愛妻家が"不運な事故"に合い、結局妻を愛人にと差し出すことになってきた。
 ここで許嫁という間柄を破棄すれば、シンシアは王家の用意した男と結婚し、婚家に行くことなくそのまま王城に住まいを用意されることになる。
 学園には通えるだろう。何といっても希少な医療魔法持ちだ、悪いようにはされない。

 考えれば考えるほど気分が悪くなってくる。見捨てればいいと、伯爵家の跡取りとして冷静な自分がささやき、見捨てる気なのかと幼い日に彼女に恋をした自分が言う。

 今週と言われたが、答えは早く出したほうがいい。

『いずれラディのお嫁さんになりますけど、ラディとはもっと笑顔にあふれた本当に幸せな家庭を築きたいって思っただけです』
『作り笑いが絶えない家庭なんて、気持ち悪いじゃないですか。家族なら本当に笑いあって過ごしたいです』
『私は、そもそもラディが愛人を作るなんて嫌ですけどね』

 シンシアは、…………貴族の、伯爵家の女主人にはなれない。

「我が家は、王族に愛人を差し出して出世するような卑しい家ではない」

 答えは話しを聞いた時から決まっていた。ただ決心がつかなかっただけ。

「初恋は実らない、か…」

 自分以外誰もいない書斎で、両手をきつく握りしめ、誰にも知られずに涙を流した。

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