当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

足音はまだ遠く

「また、隣国からの大使ですか?」
「ああ。しかもシアをご使命だ」
「そうですか」

 最近訪れがないから油断していた殿下の訪問に、シンシアはいつになく緊張していた。
 学園の中ではシンシア様との仲はセシーリアが認めたことで暗黙の了解となり、婚約者のライディーン様には同情が集まっている。
 ただ、ここのところセシーリアのアドバイスが功を奏したのか、魔力操作技術の腕はめきめき上がってきている。
 身体強化魔法に優れているのでこのままいけば騎士団にスカウトされるかもしれないが、残念ながら彼は伯爵家の跡取りであり、そのスカウトを受けることはできない。

「今回は前回のように日帰りではなくしばらく滞在するとのことだ」
「今回もハンセン侯爵がいらっしゃるのですか?」
「・・・・・・本当に知らないようだな」
「え?」
「今回来るのは隣国王太子の息子、マティアス様だ」
「まあ!」

 その言葉にセシーリアは驚きの表情を浮かべながら、背中に冷や汗が浮かぶ。
 ここ最近監視の目が緩んで送ることが出来るようになった手紙にはつつがなく過ごしているというような内容を記載していた。
 セシーリアが殿下や陛下から受けた屈辱や凌辱はごまかし、殿下の浮気もぼかして伝えている。

「知り合いか」
「ええ、小さいころからよくしていただいております」
「そうか」

 答えれば突然口づけをされソファではなく床に投げ捨てられる。

「な、にをっ」
「嬉しそうな顔だな。シアの想い人というところか?」

 倒れたところを仰向けに転がされ上に載られて首に手を当てられる。

「隠れてこそこそと何かをしているとは聞いていたが、助けでも呼んだのか?」
「そのようなことはしておりません」
「どうだかな。隣国の奴は悪逆非道の悪魔だという説もある。感情のない人形ともな」
「それはっくっ」

 喉を押さえる手に体重がかけられ息が詰まり顔をゆがめる。

「……シアはこんな顔でも美しいな」
「けほっごほ…」

 はずされた手に咳き込んで必死に空気を求めれば、テーブルにあるナイフを今度は目の前に突き付けられる。

「余計な行動をすれば今もまだ駐在している騎士団が動く。余計なことを言っても同じだ」
「はい」
「マティアス王子と最後に会ったのはいつだ?」
「こちらに来る、一年前です」
「ふーん」

 殿下はそう言ってナイフでセシーリアのドレスの前身ごろを胸元から切っていく。

「おやめください」
「…こんなに蠱惑的になった姿を見てどう思うだろうな。お前がまだ純潔と信じてくれるだろうか」

 確かに、ここに来たよりも胸は大きくなり、腰は細く、尻は少し大きくなってまろみがより強調されている。

「ひっ…」

 開いた服の間からわき腹を下から撫でられ、胸に触れられる。

「この体を以前とは違い我が国の物で包み、私の傍にいるシアを見てどう思うだろうな」
「なにをいって」
「シアは私の妻となるんだ」
「は、い」
「私以外がシアの横に並ぶのは許さない」
「いっ…つ」
「わかっているだろう、シア」
「はい…ラディ様」
「シアが泣きつけば隣国は動く。我が国は蹂躙される。シアのせいで、人が死ぬ」

 耳元で冷たく、甘さを一切含まない声でささやかれる。

「国民は隣国を恨み、王家を恨み、シアを恨む。憎しみが憎しみを産み、血で血を流し、秩序もなく平然と罪人が歩き、罪なき人間が殺される」
「そのようなことにはなりません」
「なぜ?すべてはシア次第だろう。優しい優しい私の婚約者は、大人しくできるだろう?」
「………ぁ」
「できる、だろう?」

 唇は耳から離れ唇に軽く触れ、手はいつの間にか頬に添えられている。

「私は、国民を犠牲にするつもりなどありません」
「いい子だ。私たちは、仲睦まじい婚約者同士だ」
「んっ…ぁ」

 言われ口づけを落とされて涙が流れる。

「…ん。私の浮気を見逃すぐらい、私を愛しているのだろう」
「……は、い」
「マティアス王子が来るのは3か月後だ。歓待のパーティーには必ず出なければならない。ほかの貴族やその子女も参加する」
「ひあっ」

 谷間に手を埋められ、変な声を出してしまう。

「シアのオトモダチに頼んでおけ。マティアス王子を篭絡しろと」
「出来ません!」
「逆らうな」
「んっ…、皆様婚約者の、っいらっしゃる方がほとんどです、わ」
「だから?」
「隣国には、愛人制度はございません」

 胸を掴まれ強く握られ痛みに息が詰まりそうになる。

「おや、色欲に溺れた獣という文献もあったが?」
「力、ある方は愛人ではなく、側室を設けます」
「側室。その子供にも継承権があるため争いのもととなり数百年前に廃された制度か」

 そこでやっと手が離されほっと息を吐く。

「なるほど。我が国に長い間不干渉だったのは内部争いでもあったか?」
「そのようなことは」
「古い地図には大きな大陸に複数の国があり、魔物の森があった。けれど今伝わっているのは我が国と魔の森と隣国の地図だ」
「……この大陸に国はほとんどございません」
「続けろ」
「隣国と魔の森に呑まれた国がほとんどでございます。まだ隣国以外に12の小国が残っておりまっぐ」
「まさかとは思うが、我が国が小国といっているのではないだろうな?」
「ぁ…く」
「300年。その長きにわたり魔の森の進行を防ぎ、魔物の脅威を払い、隣国に侵略されていない我が国を小国というのか」
「…は、い」

 離れていた手がまた首に絡みつき、体重がかけられる。

「どこまでも隣国に染まった女だな。シアの愛国心は我が国ではなく隣国にあるのだろう。許されないぞ、私の妻となる身にそのようなことは許されない」
「がっ…で、も」
「黙れ!」

 叫ばれて首を絞められたまま口づけされる。舌を吸い取られ、わずかな空気すら奪われていく。

「隣国にいつまでも染まっている妃など、許されない。常に我が国を想い、我が国に仕えろ」

 酸欠で目の前がチカチカし始めたところで唇と手が離される。
 頭がフラフラしてうまく考えられない。

「シアは、私のものだ」

 何を言っているのかわからない。立ち上がろうとするがうまく力が入らない。
 腕を掴まれて無理やり立たされれば、急な動きに余計にめがまわる。

「……シアといるといつも私はいらいらする。憎しみがわいてくる、どうしようもない感情が沸き上がってくる。………シシーと大違いだな」

 手が離されどさりと床に倒れこむ。
 ドアが開き殿下が出て行って、侍女が入ってきて悲鳴を上げる。

「姫様っ典医をっ」
「だめっ、少ししたら何時ものように自分で治せます」
「けれど」
「アスが三か月後に来ます」
「マティアス様が」
「今の私をすれば、アスが何をするかわかるでしょう。隠し通さなければ…」

 セシーリアの言葉に侍女は緩く首を振る。

「手遅れでございます」
「どういう」
「ハンセン侯爵がお持ちになった絵画すべてに記録を取り、特定の方へ送る魔術がかけられております」
「まって、私に気が付かせずにそんな魔術をつかえ、る……まさかっ」
「皇帝陛下の御手にございます」
「あ、あ…」

 セシーリアの膝がガクガクと震える。今この状態で戦争が始まれば殿下のいう通り血が多く流れることになる。
 物語のような無血開城は叶わない。

「だめ、だめよ…。そんなの、だめだわ」

 国民は知らされていないだけのただの弱きものなのだ。貴族だって家族を守るために王家に忠誠を誓っているように見せかけているだけなのだ。

「とめな、くちゃ…」

 ガチガチと歯が音を立てる。お爺様達が、叔父上達が、いとこたちが本気で動けば、この国は地図上から消滅すらするかもしれない。

「あ、アスにアスに連絡を…いいえ、お父様にっ」
「姫様。大丈夫です、もし本当にあの方々が動くのであれば三か月などという猶予は作りません。少なくとも、マティアス様やハンセン侯爵が即日に動くはずです」
「…で、も」
「三か月です。その間に出来る限りのことをいたしましょう。姫様の望みとあればあの方々も無理はなさいますまい」
「…そう、ね」

 祖父たちにかかればこの国の人間など赤子のようなもの。いえ、虫けらのようなもの。
 原作のようにうまくやらなければ。できる限り人が死なないように立ち回らなければ。

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