当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

今はまだ遠い場所で ※マティアス

 鳥に変じた手紙を受け取り中身を読むと、セシーリアにどこか似ている青年はその美しくも冷たい顔を歪ませる。

「なるほど。リアが報告を有耶無耶にしたわけだ」

 メタリックなアイスブルーの艶やかな髪をかき上げて忌々しいと呟き、今住みかとしている屋敷の一室に積み上げられた本の中からこの国の歴史書を引き出す。
 バサバサと崩れていく山を風の魔法で押さえ、再び同じように山を作る。

「どうするおつもりですか叔父上。貴方の考えている以上にこの国の王族は腐っているようですが?」
「困ったものですね。あの蛆虫どもは」
「そもそもなぜ婚約をお認めに?リアを愛しているあなたの行動とは思えない」

 そう言って振り向けばそこには黒髪に赤い目の美丈夫な壮年の男性が怒りのあまり手紙をぐしゃりと握りつぶしている。

「リリーの望みなんですよ。もし王太子とセシーに婚約の話しがあれば断らずにこの国を生かすかどうかを見極めさせてほしいと」
「ああ、そういえば叔母上は貴女に惚れ込んだ以外にそんな理由でこの国に嫁いだんでしたか」

 その時点で滅ぼしておけばよかったのにと吐き捨てる青年にセシーリアの父、エリック・ヴィルヘルムは苦々しい顔をする。

「王族は腐っていても中央貴族はこの周辺にはまだ良識のある者がいたのでね。もっとも、この10年ほどでそう言った人は王都から追い出されたか殺されたようだけれど」
「……なんで滅ぼさなかったんです?」
「リリアンの望みだからですよ。あと面倒だったので」
「後者が本音ですね」

 それにしても、と青年は嗤う。

「隣の領地に騎士団が来てるのに、なんでこの領の異変に気が付かないんですかね。馬鹿なんですかねこの国の騎士団は」
「幻術をかけている張本人がよくもいう」

 ヴィルヘルム領は隣国に接し、魔の森に接している領地である。
 ここ2年ほどで魔の森は急速に広がり、今ではヴィルヘルム領の半分を覆いつくしている。それなのにまったく騒がれないのは青年、マティアス・ガルアーズスの幻術のおかげであった。

「なんだかんだ言ってお人好しで人を殺すことを嫌うリアを侮辱したんだ。滅ぼすのは確定でいいんですよね?」
「存分にどうぞ。ただ、セシーは友人が出来ているようだ」
「ってなると工作員を増やさないといけないわけか。ハンセン侯爵に人員借りようかな」
「彼なら喜んで差しだすだろうね。むしろ彼自身が嬉々としてくるんじゃないかな」
「あー、あの人が暴れるとめんどくさいんですよね。死体の数が増えるから」
「戦力増加につながっていいじゃないか」
「出来立てほやほやの死体なんてもろいだけですよ。数年、数十年かけて作った死体ならそうでもないですけど」
「なるほど」

 マティアスはふと何かを思いついたようにクスクスと笑いだす。その笑いは次第に大きくなり発作のようになるがエリックは気にしない。どうせ王族の処刑方法でも考えてツボに入ったのだろうとあたりをつけている。
 長い間セシーリアを『僕のお姫様』といって可愛がっている隣国の王子だ。今頃頭の中には処刑方法が100以上は浮かんでいるに違いない。
 しばらく笑いの発作に襲われていたが急に無表情になって手にしていた歴史書をめくっていく。

「300年前我が国に負け、恐怖し嫌悪して当時の王弟に和平条約や国防をまるっと押し付けた男の子孫なんて腐って当然か」

 それでも最初の100年は隣国におびえて暮らしていた。次の百年は全てを辺境伯となったヴィルヘルムに押し付け忘れようとした。
 そして次の百年から十数年前まで、生かされていることも忘れ、隣国以外の国がどうなっているのかも記憶の底から抜け落ち、魔物の国、化け物の国と隣国を詰ってぬけぬけと暮らし、十数年前に現れた皇女に心を奪われ手に入れようと今でも必死にもがいている。

「たかがこの国の人間ごときが、僕の姫を手に入れるなんて許せないのに、侮辱し凌辱するなんて死んだほうがましっていう目に合わせてやろうか」

 セシーリアに敬意を払い、愛情深く接すれば許すつもりでいた。それを最低というのも烏滸がましいことをされた。

「ああ、怖かったろうにリア。いくら強くあろうともたったまだ穢れのない15歳の体に受けた辱めは怖かっただろうに。今も続く辱めにおびえているだろうに。今すぐ言って抱きしめてあげたい」
「だめですよ」

 マティアスなら本当にやりかねないので一応注意しておく。

「じゃあ大使として赴く。王城にでも滞在させてもらおうかな」
「王子が行くのですか?」
「だめ?ハンセン侯爵が行くよりずっといいと思うよ?今のところ僕は抱えている領地の問題も解決したし」
「皇帝陛下に許可を貰えるのであれば私は止められませんが」
「おっけー」

 そう言ってマティアスは魔力を練ってグレーの大鷲を作り出す。

「爺様のところに行って伝えてね」

 一鳴きして大鷲は壁をすり抜けて空高く飛んでいく。

「相変わらずお見事」
「リアの繊細な小鳥には負けるけどね」

 エリックはどっちもどっちだと思いながら、どうせすぐに許可の知らせを持って帰ってくるであろう大鷲に深くため息を吐いた。

「とりあえず、国王(うじむし)は私がやりますんで残しておいてください」
「はーい」

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