当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

怒るわけないでしょう?

 ここのところ殿下が中庭でシンシア様と昼食をよく食べているという噂が広まっている。それも二人っきりでという話しだ。
 そんな噂を知っているはずなのに態度の変わらないセシーリアに生徒も教師も何も言えずにいる。
 だが、誰もが心の中で思っている。二人が学生の間のアバンチュールを楽しんでいるのではないかと。

「あら」

 食堂に向かうセシーリアがそう言って見たものは、昼食が入っているであろうバスケットを二つ持った殿下と連れ添って歩くシンシア様の姿。
 今まで鉢合わせなかったことが不思議なほどだが、生徒や食堂の職員がセシーリアを悲しませないために時間を調整していた。
 けれどこうして見てしまえばセシーリアも何も言わないわけにはいかない。

「ごきげんよう、ラディ様。これからお外で昼食ですか?」
「シアか。ああ今日は天気がいいからな」
「お二人で?」
「シアが望むのなら三人で食べてもいいんだけど?」
「申し訳ありません。本日はすでにこちらの方々とお約束がありますの」
「それは残念だ」
「ええ。シンシア様ともぜひご一緒にお昼をいただきたかったのですが、殿下とのお約束があるのでしたら私の誘いを断るのも仕方がないことですわね」
「えっと、その。ごめんなさい」

 今日の昼食会は二年生の下級貴族の令嬢とのもので、本来ならシンシア様もその中に入っていたのだが昼休み前になって急にいけなくなったと連絡が入った。

(もともと来るとは思っていませんけれど。もし素知らぬ顔で参加すれば恥知らずとののしられるでしょうし)

「責めるなシア。私が誘ったんだ」
「まあ嫌ですわラディ様。責める気などございませんのよ。無聊を慰めるお相手は必要ですもの」
「シシーではシアに敵わないさ」
「まあ、愛称で呼んでいらっしゃいますのね。仲がよろしくて結構なことですわ。もしやラディー様も愛称をお許しに?」
「まだ呼んでもらってはいない」

 まだ、という言葉にセシーリアに合わせて笑みを作っていた令嬢の視線が鋭くシンシア様に突き刺さる。

「まあシンシア様ってば意地悪ですのね」
「え?何でですか?婚約者でもない異性のことを愛称で呼ぶのは親族か相当仲のいい人だけですよね?私間違ってますか?」
「いいえ」

 でも、とセシーリアは続ける。

「ラディ様が呼ぶように言ったのでしょう?」
「はい。ラディは婚約者とかぶってしまうけれど、いいなれてて呼びやすいだろうとおっしゃってくださいました」
「殿下が望まれるのですから呼んで差し上げてはいかが?」
「なんでセシーリア様がそんなことを言うんですか?」
「シア、あまりシシーをいじめないで上げてくれ。この子は正しいと教えられたことを純粋に信じる子供のような素直さを持っているんだ」
「まあ、そうですの」

 殿下のその言葉に令嬢たちがクスクスと笑う。

「なんなんですか。どうしていっつも私のことを笑うんですか」
「いじめるなと私は言ったはずだが?シアのように色々なことを考えれる子ではないんだ」
「これは失礼を。殿下のお気に入りというのであればどうぞお好きになさいませ。私は私に対する必要最低限の礼儀さえ守っていただければ何も言いませんわ」

 そう言ってコテンと首をかしげて笑みを浮かべる。

「だって私はラディ様の婚約者ですもの」
「今更なことを言う。シアは私の婚約者で、シアほど完璧な淑女はいないさ」
「もったいないお言葉にございます。バスケットの中身が冷めてしまいますわね、お時間を取っていただきありがとうございました」

 セシーリアはそういって殿下に礼をしてシンシア様を無視するように食堂へ向かう。
 内心でセシーリアはあまりにも物語通りの展開に内心笑いが止まらなかった。
 物語の中では素敵に感じる場面も、実際に見てみれば滑稽以外の何物でもない。けれどもそのおかげでここ最近はセシーリアへの接触も少なくなり、侍女や護衛の監視も緩んでいる。

「セシーリア様、よろしいのですか?」
「いいことですわ」
「でも」
「何かにつけてお忙しいラディ様の一時の慰めになるのでしたら、よろしいではありませんか。彼女には正式な婚約者もいらっしゃいますし、夢が覚めるなり現実を見るなり…どちらにせよ、ね」

 その言葉に令嬢たちはセシーリアがそう言うのならと頷く。

「ああ、先ほどのことは皆様にも伝えてくださいませね」
「え」
「だってラディ様がおっしゃったではありませんか、シンシア様をいじめないようにと。愛称で呼び合うなんて何も知らずに聞いてしまえばシンシア様を責める方がいらっしゃるかもしれないでしょう?」
「殿下のためなのでしょうか」
「ええもちろん」
「セシーリア様のお気持ちはどうなるのですか?あのような不敬を許すというのですか?」
「私のことはよいのです」
「セシーリア様がそうおっしゃるのでしたら…」
「ありがとう。皆様もいいですわね?」

 すでに食堂に入っていたため多くの注目を浴びているのをわかっていて、寂しそうに健気な婚約者に見えるように笑みを浮かべて言えば令嬢方も周囲の子女もコクリと頷いた。







「セシーリア様」
「はい」

 翌日にはシンシア様と殿下の事は全校に広まった。当然ライディーン様の耳にも入っているのだろう。
 いつ接触してくるかと思えば昼休みにトレイを持ったライディーン様に声をかけられる。

「その、ここに座ってもよろしいでしょうか」
「もちろん。いいですわよね皆様?」

 今日は5年生の上級クラスの令嬢との昼食会だが、昨日のことを全員が知っているのであえてセシーリアの前の席を開けるよう移動してくれる。

「どうぞおかけになってライディーン様」
「ありがとうございます」

 今日も食堂は満席に近く、相席をしてもおかしくはない。それがセシーリアの座る席でなければ、であるが。
 座ったものの何も言わず食事を食べ始めるライディーン様に、セシーリア達もいつも通り話をしながら食事を進める。

「昨日はせっかくのセシーリア様のお誘いを断った方がいらっしゃったとか」
「仕方がありませんわ。急なお約束が入ったとのことですもの」
「急なご用事は毎日入っているようですけれども」

 クスクスと笑う令嬢たちにライディーン様の手が止まる。

「本当にセシーリア様は寛大でいらっしゃいますわ。私でしたら急な用事など許せませんもの」
「あら怖い。でもだめですわ、いじめてはお叱りを受けてしまいましてよ」
「そうでしたわね」

 ライディーン様に聞かせるように続けられる会話に、段々と頭が下がっていく。

「ねえライディーン様はどう思います?」
「………レディ方にもしかして私はいじめられているのでしょうか?」
「まさか。どうしてライディーン様をいじめているだなんておっしゃるのかしら?ねえセシーリア様」
「ふふ、皆様あまりからかってはお気の毒ですわ。ライディーン様に落ち度があるのなら私も同じように落ち度があるのですもの」

 その言葉に令嬢方が慌てだす。

「セシーリア様に落ち度などございませんわ。寛大な態度と深い慈悲をお与えになったではありませんか」
「であはライディーン様も同じではありませんこと?」
「それは……」
「そうですけれども…」

 そこでセシーリアは寂しそうな笑みを浮かべる。

「節度を守っていただければ私は何も言いませんわ。ライディーン様もそうでいらっしゃいますでしょう?」
「………私は、憎らしい」
「そうですか」

 ライディーン様の発言はいつの間にか静かになっていた食堂に響いた。

「ではどうなさるおつもりです?」
「何もできません」
「憎らしく思っているのに?」
「アレを見誤った自分と、アレに対する劣等感を抱く自分が憎いだけですので」
「あくまでも自分が憎いだけだと?急なお約束などには何もしないということでよろしいのでしょうか?」
「はい。私には何もできません」
「……そうですか。ところでライディーン様は魔力操作技術がなかなかうまくいかないとお伺いしておりますわ」
「え、あ…はい」

 突然の話題変更に周囲がセシーリアについていけず首をかしげる。

「術式は見事ですのにもったいないと教師陣が嘆いていらっしゃいました」
「申し訳ありません」
「けれどもそれも仕方がないことですわよね」
「え?」
「だって、ライディーン様は隣国の血が強く出ていらっしゃいますもの。魔力の使い方がまず違いますわ」

 セシーリアはそう言ってトン…と自分の頭を指さす。

「この国の方は頭で魔力を操作します。けれども」

 そう言って今度は心臓の上を指さす。

「隣国貴族や国民は体をめぐる血で魔力を操作いたします。頭…脳はその経路の一つにすぎませんわ」
「めぐる血ですか」
「ええ、その黒髪も赤い目も隣国の血が強い証拠。今度から頭ではなく体をめぐる血を意識して魔力を操作してごらんなさいませ」

 そう言えばライディーン様は自分の心臓に手を置く。

「前から言おうとは思っておりましたがなかなか機会が訪れませんで、遅くなってしまって申し訳なく思っておりますわ」
「いえ、そのようなことはありません」
「貴方の劣等感がこれで少しでも薄れればよいのですが」

 そう言って微笑むセシーリアにライディーン様は苦しそうな表情を浮かべるも、すぐに笑みを浮かべて礼をする。

「貴き血を持つセシーリア様からの助言、無駄には致しません」
「お励みなさいませね」

 そこまで話して周囲の生徒がやっとセシーリアが唐突に話を変えた意味が分かる。
 学年最高の魔力操作技術を持つ婚約者に対して学年最下位の魔力操作技術であれば、確かに劣等感を抱いていてもおかしくはない。
 浮気相手の婚約者へまで慈悲を忘れないセシーリアの話しは瞬く間に学園中に広まった。
 そしてそれに反比例する形で、シンシア様と殿下の評判が落ちていく。底辺まで落ちないのは唯々、殿下が公式の場ではセシーリアを優先しているため。

 だが、いつのころからかこうささやかれ始める。
 殿下はシンシア様の気を引きたくてわざとセシーリアをエスコートしているのでは?その証拠にシンシア様に見せつけるようにセシーリア様に触れていると、殿下とシンシア様の耳に入らないところで、初めは令嬢たちの間で、次第に子息の間で、やがて各家の人間たちの間でそうささやかれ始めていた。

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