当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

サマーパーティー

 学園のサマーパーティーが開催される。とはいえ、大陸の南端のほうにあるこの国は真夏の昼間となっても涼しく、令嬢は肩の開いたドレスの上にストールを羽織っている。
 そして今回のサマーパーティーは今までと違い、上級貴族の令嬢が学年ごとにお揃いの色のストールを羽織っていた。
 もっとも色が同じであって、生地や飾り、刺繍はそれぞれに個性を出している。
 セシーリアは濃紺のシルクのストールに銀の糸で薔薇の刺繍がされており、縁をレースで飾ったものを羽織っている。

「……まあいいんじゃないか」
「ありがとうございます」

 めったにない殿下の誉め言葉に少しだけ嬉しくなり笑みを深めるが、次の言葉で心が凍り付いてしまう。

「上級貴族令嬢の遊びにしてはなかなかだ。下級貴族はのけ者のようで可愛そうだがな。如何にも傲慢な令嬢たちのしそうなことだ」
「そのようなことは」
「ではなぜ下級貴族をのけ者にした」
「それは、お抱えのお針子を持つ令嬢ばかりではございませんので」
「……そう言ったものにこそ手を差し伸べるべきではないか?」
「ですが、下級貴族の令嬢に私のお針子を紹介してしまえば贔屓と見える可能性がございます。それは令嬢方にとっていいものではありません」

 言ってじっと殿下を見れば、憎しみと嫌悪の籠った視線を向けられて恐怖心が沸き上がってくる。

「出過ぎたことを申しました」
「ふん。隣国の姫は自分の行動が上級貴族しか相手にしていないと言っているようだとは気が付かないらしいな」
「そんなことはございません」
「どうだかな」

 そう言って左腕を軽く開けてくれるので、そこに自分の右腕を軽く組ませる。
 すっと歩くのに半歩遅れて笑みを浮かべて会場に入れば全員の視線が集まるのを感じ、笑みをさらに深くする。
 ほう。という感嘆のため息が聞こえるなか、ホールの中央付近までエスコートされて歩いていく。
 セシーリア達が最後だったようで、動きを止めたのを確認してから学園長がサマーパーティーの開催を告げる。
 ファーストダンスはアップテンポのワルツ。
 スカートを持ち上げ殿下とポーズを組み体を密着させる。
 周囲でも婚約者同士や恋人たちは同じように、そうでない人は事前に申し込んでいたパートナーと少し恥ずかしそうにポーズを組む。
 曲が流れだしこの二年で随分と馴染んでしまった殿下のステップに合わせて足を動かす。
 クルリとセシーリアが回るたび、ふわりとステップを踏むたび薄紫のスカートが広がり揺れる。
 一組、また一組と踊りの輪から離れていくなか、最後に殿下とセシーリア、そしてライディーン様とシンシア様カップルが残る。
 視線を向ければライディーン様はステップを終わらせようとしているようだが、その度にシンシア様に何か言われて再び足を動かす。

「何を見ている」
「あの方々のダンスが、とても上手だと思いまして」
「ああ。あの男を見ていたというわけか」
「いえそんなことは」

 笑顔を作ったままステップを踏んでクルリと回され、腰に手が当てられ先ほどより密着させられる。

「私以外とダンスをすることは許さない。いいな」
「はい」

 結局、曲が終わるまで二組のダンスは続いた。
 曲が鳴りやむと会場から拍手が起こり、殿下に手を取られて飲み物があるほうへ向かえばすぐに人に囲まれてしまう。

「殿下、セシーリア様をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「すまない。私以外と踊るところを見ては嫉妬してしまいそうでな。今日のシアは私以外と踊らないと約束してくれているんだ」
「おやおや。随分とご執心なようで、我が国も安泰というものですね」

 わざとらしく腰を抱き寄せ、セシーリアの耳元に口を寄せて話す殿下に周囲は苦笑を浮かべる。

「ご令嬢方は私のシアのお守をお願いしてもいいかな」
「それは、もちろん光栄ですが…」

 それはつまり自分は踊りに行くもしくはこの場を離れるということで、上級貴族の中でも公爵家や侯爵家の令息令嬢が戸惑ったように二人を見る。

「皆様せっかくの機会ですわ。ラディ様にダンスの練習の成果を披露して差し上げてはいかがでしょう」

 にっこりと言えば戸惑ったように、それでもすぐに笑みに切り替えてがんばりますと令嬢方が答えてくれる。

「シア、君と離れるのはつらいけどいい子で待っていておくれ」
「ええラディ様」

 ストールから見える肩と首筋に唇を落とされ、片手で頬を撫でてから離れる殿下を笑みを浮かべて見送る。
 その際にふと見えたホールの中央では二曲目を踊るライディーン様とシンシア様の姿。婚約者同士だから構わないだろうと視線を飲み物へ移す。

「白ブドウのジュースをいただける?」
「どうぞ」

 給仕によってすぐさま冷えたジュースの入れられたひんやりとするシャンパングラスがトレイに乗せられ差し出される。
 それを無言で受け取って、数人の令嬢を連れてダンスの邪魔にならない位置にあるソファのところまでいく。
 ホール中央を見れば三曲目が始まったところで、殿下は一曲の中でも数回パートナーを変えているのが確認できるので、本当に全女生徒と踊る気なのか漏れない。

「殿下は本当にセシーリア様が好きでいらっしゃるのね。なんだか妬けてしまいますわ」
「まあ、ふふふ」
「ねえご存じ?首筋へのキスは執着や誘惑という意味があるんですって」
「まあまあ。情熱的ですわ」
「いやだ、なんだか恥ずかしいですわ」

 わざと頬を染めて肩をすくめながら首を傾げれば「かわいらしい」と令嬢から声が上がる。我ながらあざといとは思うが、好感度を稼いでおいて損はない。

「失礼レディ。ダンスにお誘いしてもよろしいかな?」
「まあまあ、どなたへのお誘いでしょう。セシーリア様は殿下が独占なさりたいそうですのであきらめたほうがよくってよ」
「おや、それは残念。けれど、私は貴女と踊りたい」

 そういってケイン様は伯爵令嬢へ向かって手を差し出す。

「まあ私?よろこんで」
「行ってらっしゃいませ」

 手を振って二人を見送ってセシーリア達はまた話しに花を咲かせる。

「あのお二人いい感じだと思いません?」
「今年最高学年のお二人ですが、毎年踊ってらっしゃいますのよ」
「まあ、それはお互いに気があるのでは?」
「でもミーシャ様にはご婚約者がいらっしゃるでしょう?」
「ああ、そうでしたわね」
「学生の間のアバンチュールというものでしょうか」
「まあ」

 クスクスと笑いがこぼれる。
 実際、この学園に限らず学生の間だけの恋を楽しむ子女は多い。
 政略結婚が当たり前のこの国で、夫がいつ愛人を持つかわからないこの国で、子息よりも令嬢のほうがそれを楽しむ傾向があり、子息はそれに乗っかる。
 体の関係こそ結ばないが、なかなかきわどいことをしている人もいるというのは暗黙の了解というものだ。

「あら?」

 一人の令嬢が会場の端のほうに目を向ける。
 そこには一人になったライディーン様の姿があり、ホール中央へ視線を向ければ、別の子息と笑みを浮かべて踊るシンシア様の姿が見える。

「去年もこんな感じでしたけれど、彼女よほどダンスが好きなんですのね」
「本当に。けれど婚約者でない男性と肌を寄せすぎではありませんこと?」
「確かにそうですわね」
「ほら見て、まるで胸を押し付けているようではありません?」
「仕方ありませんわ。そういうダンスですもの」
「でもセシーリア様。婚約者がいる会場で別の殿方とあんなに密着するなんて、マナー違反ではありません事?」
「そうですわ。なさるなら人目のないところでというのが暗黙のルールというものです」
「そうですけれども、見て見ぬふりをするのもまた暗黙のルールでしてよ」

 セシーリアの微笑みに令嬢たちは顔を見合わせて渋々頷く。

「あら、こちらに来ますわ」
「まあ本当ですわ」

 ライディーン様がこちらに来るのが見え、令嬢方がダンスを踊る気はないと自己主張するためなのか給仕に指示をして椅子を持ってこさせそこに座る。

「ああ、これは困りました」
「ごきげんようライディーン様」
「ごきげんよう、レディ方。困ったな、美しい花と踊れればを思ってきてみたのですが、皆様お疲れのようだ」
「ごめんあそばせ」

 クスクスと令嬢方が笑う。
 嘲笑われているとわかっていてもライディーン様の顔には柔和な笑みが浮かぶばかり。

「では美しい花へ蜜を届ける蜜蜂になりましょうか。なにかご注文はございますかレディ方」

 引く様子のないライディーン様にセシーリア達は目を合わせると

「では焼き菓子を少々。持ってきていただいたらご褒美を差し上げますわ」
「では美しいレディにふさわしいものをこの蜜蜂が探して参りましょう」

 そう言ってテーブルのほうへ行くライディーン様の背中を見送れば、すぐに一人の令嬢が椅子から立ち上がる。

「蜜蜂にご褒美を差し上げませんとね」
「ふふふ」

 ホールを見れば曲が終わり小休憩となっている。
 殿下は次の曲を踊る令嬢数名に囲まれているが、そこにシンシア様の姿が見えた。
 少しして曲が始まり、殿下はまずシンシア様の手を取った。心の底から嬉しそうに踊るシンシア様に殿下もまんざらではなさそうで、セシーリアは心の中で笑う。
 戻ってきたライディーン様から焼き菓子が品よく盛られた皿を受け取ってサイドテーブルに置くと、立ち上がっていた令嬢が手を持ち上げる。

「踊って差し上げてもよくってよ」
「これはなんと贅沢なご褒美でしょう。ぜひよろしくお願いいたします、レディ」

 二人はそう言ってホール中央へ踊りに行く。
 おそらくわざとなのだろう、どちらのリードかはわからないが躍り出たのはホールの中央。殿下とシンシア様のすぐ横で二人は親密そうに体をつけて踊りだす。

「まあ、張り合っていらっしゃるのかしら」
「殿下に対して随分勇敢ですわね」

 ライディーン様達の様子を見たのか、シンシア様が先ほどより殿下に体を密着させ、殿下もそれを受け入れる。

「ふふ」
「セシーリア様?」

 思わず笑ってしまったセシーリアに令嬢が気を遣うように声をかけてくる。

「いえ、次に殿下と踊るときは私も体を密着させたほうがいいのかと思ってしまったら、つい」

 くすりと笑みを浮かべれば令嬢たちはうっとりと頬を染め同意をする。

「もちろんですわ。この会場のだれよりも仲睦まじいのだと見せつけなければいけませんわ」

 けれど、物語のまま進むのであれば殿下はこのパーティーでセシーリアをもう一度ダンスに誘うことはない。
 流石に続けては踊らないが、何曲もシンシア様と踊るのだ。楽しそうに踊ってくれる人がパートナーだとこちらも楽しくなるという理由だけで。

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