当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

隣国の大使2 ※コンラード視点

 中々に衝撃的なことをしてこちらの出鼻をくじいてくれたハンセン侯爵はセシーリアと楽しそうに会話を弾ませる。
 その内容のほとんどがコンラードにはわからない。
 この半年の間二人の関係は王太子宮以外では仲睦まじい婚約者同士、けれどもその実お互いに距離を置く冷え切った関係だ。
 もちろん婚約者同士としておかしくないようにそれなりの口づけや接触は取ってきた。けれどもだからこそ距離が開いていく。
 一緒にいても心が休まることはなく、口づけを交わしても心が温まることはない。

「ヨンセン侯爵のところは先だっての魔物討伐で随分国民が死亡しまして」
「まあ」
「おかげで我々は大忙しだったんですよ」
「そうですわね。数は足りておりましたの?」
「各地からかき集めました。放置することはできませんので」
「ええ、そうですわね。ヨンセン侯爵にはくれぐれもご無理をなさらず、次代の育成に力を入れてほしいとお伝えしていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。彼も姫様からのお言葉とあれば喜びましょう」

 いたましそうに、それでいてどこか目を輝かせるセシーリアの表情を知らない。
 こんなひょろひょろの青白い優男がセシーリアの信頼を得ているのだろうか。

「ところで、隣国からの大使と言うことしか聞いていないのですが、今回はどのようなご用件でいらしたのでしょうか」

 話しを遮るように本題を切り出せば、ハンセン侯爵はクスリと怪しい笑みを浮かべる。

「もちろん、姫様の婚約祝いですよ。両国の架け橋となる婚約に我が国の皇帝も気になさっておいでなのです」
「ではお土産というのは婚約祝いなのでしょうか」
「いいえ。あれは姫様に私個人が持ってきたものです。なんでも姫様が持ってきたものが実家に帰ってきたとか」
「それは…」
「ああいいのですよ。王族に嫁ぐのですから家具などはすでにあったのでしょう」

 ただ、とハンセン侯爵はその赤い目でコンラードをひたりと見据える。

「何もかも突然この国のものに慣れろというのは、いくら優秀な姫様にも酷というもの。せめて心の慰めに我が国の本や絵画や装飾品を傍に置くことをお許しいただきたい」
「………そうですね」
「ああ、お心の広い方でよかった」
「お気遣いありがとうございます、ヨハン様」
「いいのですよ。ユニコーンが領地に戻ってきたときは何事かと思いました」

 実家に帰したものの中には登城する際に使っていたユニコーンもあった。
 その角の欠片だけでも万病に効くとさえ言われるユニコーンを返すべきではないという意見も出たが、家具と一緒に実家に帰した。
 それがまさか隣国のほうに帰ったとは思わなかった。

「まあ、もしかして暴れてしまいましたか?」
「それなりに。けれども今はそれなりに落ち着きを取り戻しております。いやあ本当に良かったですよ、この国の人間がユニコーンに手を出さなくて」
「さすがにそれはないと思いますけれど」
「いやいや姫様。人間というものは己の欲望に忠実な生き物です、良くも悪くも。そうでしょう、コンラード殿下」
「そう、ですね」
「過去何人の人間がユニコーンを害そうとして身を滅ぼしたかわかりません」
「そうですわね。歴史書にもそう書いてありますわね」

 視線を落としたセリーリアに見えないのをいいことにハンセン伯爵がじとりとコンラードを見る。観察するように、見定めるように見つめてくる。

「本当によかった。あれらは姫様になついていましたからね、戻ってきた当初は暴れて大変でしたよ」

 領民にも被害が出たとハンセン侯爵は言ったのにセシーリアは苦笑するだけで何も言わない。
 自分の領民に犠牲が出たというのにあまりにも無関心な態度に腹が立った。

「墓も荒らされて手入れに時間がかかってしまいました」
「まあ、それは困りましたわね。あの子たちにもっと言っておくべきでした」
「いえいえ。構いませんよ。ちょうど整理をしなければいけない時期でしたし」

 領民よりも墓の心配をするセシーリアを信じられないものを見るような目で見てしまう。
 死者を悼むための墓は確かに重要だが、それよりも生きている領民の心配をなぜしない。こんな女が王妃になって国民を気にかけてくれるのだろうか。いや、気に掛けるはずがない。

「………では、今回の要件はもう済んだということでしょうか」
「ええそうですね。姫様はいらぬ犠牲を望みませんから、ええ、そうですね……まあいいでしょう」

 ハンセン侯爵はそう言ってセシーリアを見る。

「貴き青き血に捧げる忠誠に変わりがありません事を姫様にはお忘れなきよう」
「ええ」
「コンラード殿下に置かれましては、姫様をくれぐれもよろしくお願いいたします」
「もちろん。私たちは仲睦まじい婚約者同士ですから」

 そういってセシーリアの腰を抱き寄せれば目を細められる。

「ええ、本当にそう願いますよ」





 ハンセン侯爵は王城に留まることも、王都に留まることもなくそのまま隣国へ戻っていった。
 セシーリアの部屋はお土産として持ってこられた物の仕分けで忙しく、先ほどまでこの談話室にも飾る絵をどれにするかと侍女とセシーリアが話していた。
 持ち込まれたもののほとんどが食料と本で書斎に本棚を追加すべきかなどという話しも出ていた。
 セシーリアは読書家だ。すでに王城の図書室の本の四分の一を読み終えているという報告が入っている。

「婚約祝いの手土産がシアにだけとは、これが隣国の作法なのか」
「そんなことはございません。すでに婚約祝いはこの国に届いております」
「聞いていないが」
「瑠璃色の染め物の技術が婚約祝いでございます」
「あれか…」

 ここ最近になって隣国から入ってきた技術。もともと青く染める技術は我が国にもあったが、あの瑠璃色に染めることはできず、入ってきた技術に染め物職人たちが狂喜乱舞しているらしい。
 これで停滞していた技術が飛躍的に向上すれば国の産業の活性化につながる。
 実際にその染めの美しさに商人に献上されたハンカチーフをセシーリアに贈ったほどだ。

「もっとわかりやすくはできないのか」
「あちらも色々とあったようですので、それに隣国はあまりその技術を他国へ流しませんので十分な祝いかと存じます」
「ふん」

 鼻を鳴らしてソファの端に座るセシーリアを押し倒す。

「あのような青白い優男がシアの好みか?」
「いいえ、そのようなことは」
「そういう割には随分と楽しそうに話しをしていたようだ」

 唇を親指でなぞり、何かを言う前に塞ぐ。

「ん、んんっ」

 濃い紫のドレスの開いた肩口から鎖骨を撫でる。

「ヨハン様は、お強くいらっしゃいます」
「私の前で他の男の名を呼ぶな」

 一瞬離れた唇が気に入らず再び塞ぐ。本当に、この女といると心が落ち着かない。
 腹立たしさがこみあげてきてこの細い首を手で絞めつけて苦しめたくなる。

「シアは私の婚約者で次期王太子妃だ。先ほどのように領民の犠牲よりも墓の心配をするようでは困る」
「それは、ぐっ」
「黙れ」

 腹を押し黙らせる。

「民を思う心もないようなものに王太子妃は務まらない」
「は、いっ…」
「シアは私のものだ」

 私の婚約者なのだからそれにふさわしくいなくてはいけない。

「はい…」

 腹を押す力を弱めればコホコホと咳き込む姿を見て少しだけ胸がすっとする。
 一年以上共にいるのに穏やかさとはいいがたい、気持ちの悪くなるほどの嫌悪に心の底が冷えていく。






 私はもっと、心穏やかな時間を過ごしたいのに。

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