当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

隣国の大使

 隣国の大使が王都に来るのはこの国の歴史が始まって以来初めてのこと。
 王都に住む国民はその大使の訪れを今か今かと待っている。
 ただ、セシーリアの時とは違いお祭り騒ぎにはならない。あくまでも来る人は大使なのだ。

「来た」

 誰かが呟く。王都の門から大きな黒塗りの馬車が3台ほど縦に並んではいってくる。
 先頭の馬車を引くのは黒い大型の犬の魔物。
 ガラガラと車輪が音を立てることなく進むその馬車は通常の馬車の倍以上のスピードで王城へと向かい消えていく。

「…あれが、隣国の」
「魔物…」

 国民はたったあれだけの光景で自分たちとの違いを見せつけられる。
 あの黒い大きな魔物はこの国では一個師団でやっと捕まえることが出来るかできないかというレベルの魔物。
 セシーリアのユニコーンも相当なものだったが、その見た目やセシーリア自身の美貌で恐ろしさが打ち消されていた。

「化け物」

 誰かが言う。隣国にはあんな化け物がうろうろしているのだろうかと。
 そして誰もが王城を見て願う。王太子とセシーリアの仲が睦まじいままであることを。






 謁見の間でセシーリアは殿下の横に立ち大使を待つ。誰が来るかは聞かされていない。というよりもおそらくわかっていないのだろう。
 ただ、隣国から正式な大使が訪れるという書状が辺境伯経由で届いただけだ。

「ガルアーズス国大使、ハンセン侯爵ご到着にございます」

 その名前にセシーリアだけがピクリと反応する。
 名を呼ばれ入ってきた男性は透けるような蒼銀の髪に赤い目を持つ、肌が病的なまでに青白い人で、今にも倒れてしまうのではないかというほどに細い。
 ハンセン侯爵先導が止まった位置の半歩前に進み、片方の膝を深く折り胸の前に手を置く隣国の挨拶を披露する。

「礼をとき顔を上げよ」

 国王の言葉に体を戻しまっすぐに国王を見るハンセン侯爵に国王はどこか気圧される。

「…長旅ご苦労であった。隣国からの初めての大使ということでこちらも不手際が多いだろうが、両国の発展のため忌憚のない意見の交換が出来ればと思う」
「ガルアーズス国のヨハン・ハンセン侯爵でございます。この度はこちらの国への初めての正式な大使という大任をいただき光栄に思っております」
「うむ。今回の外交担当には我が息子の王太子とその婚約者のセシーリアが付く。若輩者だがよろしくお願いする」
「ええ。こちらこそ」

 すっと視線がセシーリアと殿下に向けられる。
 その視線を受けて思わず彼をよこした隣国に文句を言いたくなってしまう。

(往復の時間を含めて2か月間も国を開けていい人ではないでしょうに)

 セシーリアの思いに気が付いたのか、ハンセン侯爵はクスリと笑みを浮かべた。






「改めて自己紹介を。私はコンラード・ステンホルム、こちらは婚約者のセシーリア・ヴィルヘルムです」
「ご機嫌よう、ヨハン様」
「お久しく存じます姫様」
「知り合いか?」
「ええ、私が隣国に持っている領地の管理をしていただいております」
「なるほど」
「ええ、ですから私が選ばれたのでしょう。姫様あとでお土産がたくさんございますのでどうぞお受け取りを」
「……せっかくだし貰っておきなさい」
「はい。ヨハン様ありがとうございますわ。ところで、お仕事のほうはよろしいのでしょうか?」
「なに、息子も育ってきています。2か月ほどならば変わりが務まるでしょう」
「そうですか」

 その時侍女がテーブルに置いた茶のにおいに懐かしさを感じる。

「お茶と茶菓子は我が国の物を用意させていただきました。お気に召していただけるといいのですが」
「ラディ様お気を付けください。これは甘茶です」
「甘茶?」
「甘いお茶ですわ。普通のお茶と思って飲むと大変なことになってしまいますので」
「申し訳ありません、私の好物なのです。お土産にも入れてありますのでお気に召したら殿下もぜひどうぞ」
「ああ。……っ!」

 甘茶を口に含んで一瞬目を開き吹き出しそうになるのをこらえたのだろう。
 事前に言っておいてよかったと思いつつも、ヨハン様を睨みつける。セシーリアが注意しなければ隣国の大使の前でお土産として持ってこられたお茶を吹き出すという無礼をしてしまう可能性だってあった。

「ラディ様、無理をなさらなくても」
「いやなれれば大丈夫だ」
「そうですか」

 そして次に出されたのはキャラメリゼしたリンゴのコンポートを使った小型のアップルパイ。
 はっきり言ってヨハン侯爵が持ってきたものなのだから甘い。これでもかというぐらいメイプルシロップが使われていて甘い。
 セシーリアはある意味なれているので表情を変えずに食べるが、甘いものがあまり得意ではない殿下は段々と顔色を悪くしていく。
 だが、格が上の隣国から初めて遣わされた大使に出された物を残したとあっては最初から外交上悪印象を持たれかねない。
 そして当の本人は目の前で甘茶のおかわりと二個目のアップルパイを食べ始めている。

「おや、王太子殿下の口には合いませんでしたか?」
「いや…」
「ラディ様の分は私が頂きますわ」

 そういって一口しか口のつけられていないアップルパイの乗った皿を自分の手前に持ってくると、半分ほど食べていたセシーリアの皿がヨハン伯爵の手によって奪われる。

「姫様。食べすぎはよくありません。こちらは私がいただきましょう」
「そうですか」

 セシーリアの食べかけを嬉々として食べるその姿に心の中でげんなりし、殿下から奪ったアップルパイを黙々と食べる。
 殿下は口直しをしようにも甘茶では口直しにならないだろう。

「ヨハン様、私紅茶が飲みたいですわ。オレンジペコーは持ってきてくださっているのかしら?」
「もちろん!姫様の御好きな紅茶ですからね。では姫様と王太子殿下にはオレンジペコーを」

 ヨハン様の言葉に私の侍女が頷きすぐに準備を始める。どうやら最初から茶葉は用意していたらしい。
 テーブルに置かれる茶器に入った紅茶を飲んでやっと殿下が一息つけたらしい。

「その、隣国ではこういったものが主流なのでしょうか?」
「いいえ。私の嗜好です」

 あっさりと言われてヨハンが笑みの下で盛大に顔をしかめる気配を感じる。
 まあ、からかわれたとわかれば当然の反応だろう。

「なに、私たちの姫様を妻に迎える男への儀式とでも思っていただければ結構ですよ。辺境伯の時は私ではなく別の者が昆虫料理を食べさせたそうです」
「昆虫料理…」
「お父様は表情を変えずに完食したそうですわ」
「それは、すごいな」
「ええ、戦になれば雑草だって食べるし木の皮だって食べる。昆虫なんて地獄の中では贅沢品なんだそうですわ」
「シア、我が国はここ100年は戦争がなかったと記憶しているが」
「辺境伯を継ぐための試練の一つで、身一つで魔物が住む森に放り込まれますの」

 平然とお茶を飲みながら言うセシーリアに殿下が目を見開く。

「戦を前提として生き延びるだけの能力がなければ辺境伯は継げない。というのが代々の家訓ですので」
「シアも、その試練を受けたのか?」
「いいえ」
「そうか」
「私が受けたのは、暗器の持ち込みを許される第一の試練のみですわ」

 さらりと答えたセシーリアに今度こそ殿下が絶句し、ヨハン様がクスクスと笑う。

「姫様は強力な魔法の使い手ですから、暗器など必要ないでしょうに」
「あの頃はまだ未熟でしたもの。森を消失させてしまう可能性がありましたのよ」
「なるほど、それは大変だ」
「……辺境伯というのは、そんなにも過酷なものか?」
「何をおっしゃいます王太子殿下。我が国と隣接し、その横に魔物の住む森を持つ土地を守るのですよ。弱い者には務まらない」

 暗に、ヨハン様もただものではないということなのだが、この状態で殿下は理解できたのだろうか。

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