当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

実際にされると

「セシーリア様、骨折を直す際の術式なんですけど見ていただいてもいいでしょうか?」
「ええもちろん]

 そう言ってシンシア様から術式の書かれた紙を受け取り確認する。

「ああ、これではいけませんわ。骨は完治するでしょうが傷ついた筋や血管が修復されませんわ」
「そうですか。ありがとうございます」

 医療魔法の才能があるのはセシーリアと上級生に一人、そしてシンシアの3人のみであるため毎回同じ教師に同時に教えを受ける。
 効率強化と、生徒間の親交を深めるため。なによりもセシーリアは教師の教えを必要としないほど造詣が深く教える立場になることがしばしばあるためだ。
 今日のように教師が急用でいなくてもセシーリアが課題のチェックをすることが出来る。

「セシーリア様、この火傷の際の皮膚の再生術式なのですが。先日ご指摘いただいたところを直してみましたのでご確認していただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん」

 上級生から術式の書かれた紙を受け取って見てみれば、前回指摘した部分が治されており回復までの速度も上がっている。

「いいと思いますわ。発動までの速度も上がっていますし、この術式だけで言えば医療魔法使いとして医院に努めることもできるのではないでしょうか」
「……他の術式も精進いたします」
「がんばってくださいませ」

 暗に他の術式が甘いと言えば、上級生は肩を落とす。

「…ケネス先輩はセシーリア様と仲がいいんですね」
「一年医療魔法で机を並べてきた間柄ですから、多少なりとも交友は深まっていることに違いはないでしょうが」
「セシーリア様は誰にでもお優しくていらっしゃる。現にシンシア様にだって親切に接していると僕には見えるけど」

 困ったようにセシーリアが言えばケネス様も同調してくれる。

「そうですか?ここ4か月ぐらい見てて思いましたけど、セシーリア様ってあまり笑わないじゃ無いですか。作り物の笑いを向けられたってうれしくないです。でも今は嬉しそうに笑ってました」
「……それは」

 心の中で流石ヒロインと思っていれば、ケネス様が気を悪くしたように眉間にしわを寄せる。

「これだから下級貴族は」
「え?」
「社交というものも、笑みというものも理解していないのにもっともらしいことを言う。君の婚約者のライディーン様は伯爵位だろうに。君はもっと淑女教育を受けたほうがいい」
「淑女教育って心の内を隠して微笑みを浮かべておべっかを言ったり遠回しに嫌味を言うことですよね。そんなの間違ってると思います。ラディだって学びたくないのなら無理に学ばなくていいって言ってくれてます」
「……シンシア様、ライディーン様は本当になさらなくて良いとおっしゃいましたの?」
「はい。無理に覚える必要はない、社交界が苦手ならいかなくたっていい、必要最低限でいいよ。自分は交友関係や家の関係で出なくてはいけないけど。そういってくれました。伯爵家のお母様もお父様も賛成してくれてます」

 その言葉に思わず何も言えなくなってしまう。
 ライディーン様とそのご両親は早々に愛人を作ることを決めているとも思わせる発言だ。
 社交界にはもちろん正妻を連れていくことが望ましい。けれども事情があって単独で参加したり、娘を連れて来たリ、愛人を連れて参加することもある。
 ライディーン様は一人っ子で姉妹はいない。これからご両親が励むという可能性もないことはないが、一番可能性があるのは一人でいくか、愛人を連れていくかだ。
 そして恐らく、言葉の意味をシンシア様は理解していない。

「社交は最低限でいい、ですか。ですからシンシア様は他の同級生とも上級生とも交友を深めようとなさらないのでしょうか?」
「そうです。みんな仮面を張り付けたような笑顔で会話して何が楽しいのかさっぱりわかりません」
「セシーリア様、王都の下級貴族の生活は庶民に近いともききます。馴染めなくても仕方がないのでしょう」

 ケネス様の言葉に苦笑してしまう。中央貴族と呼ばれる王都の貴族は辺境よりも階級に煩いと聞いている。
 伯爵位の実家を持つケネス様にとっては、爵位は同じでも下位の伯爵家に嫁入りするとはいえ、序列すら理解していないようなシンシア様は知識足りず学ぶ努力が見えないと目に映ってしまうのだろう。
 もっとも、それはケネス様だけではないようではあるけれど。

「私の表情がお気に召さないというのであれば申し訳ありません。けれども淑女として長く教育を受けておりますので変えようもございませんし、変えたいとも思いませんの」
「そうですか。それって苦しくないですか?」
「お気遣いありがとうございます。無用な心配ですわ」
「ならいいです」

 ちょうどそこで授業終了のチャイムが鳴り、シンシア様は教材をもってそそくさと教室を出て行ってしまう。

「彼女、あのような状態では学園で浮いてしまうのではないでしょうか?」
「そうですね。ライディーン様とここのところうまくいっていいないとも聞きますので、今のは八つ当たりでしょう」
「まあ、それはお気の毒に」

 たった五か月でシンシア様の魔法操作技術は飛躍的に向上した。それに比べライディーン様は全くと言っていいほど成果がない。
 機会があれば魔力の使い方を教えたいのだが、同じ授業を取っていても医療魔法のように同じ教室で授業を受けるということがないため、なかなか機会に恵まれずにいる。

「セシーリア様、お向かいに参りましたわ」

 開けられたままの教室のドアを見れば、公爵家から伯爵家の令嬢が数人集まっている。
 今日は最高学年の上級貴族令嬢との昼食会の予定だ。

「ケネス様、お先に失礼いたします」
「今日はご教授ありがとうございました、セシーリア様」

 互いに軽く頭を下げるとセシーリアは教室を出る。
 食堂の席はすでに予約を入れているため埋まることがないので、途中でセシーリアのロッカーにより教材をしまってから食堂へ向かう。

 食堂はすでにほぼ満席に近い状態になっている。
 席にあぶれた人はバスケットに昼食を詰めてもらい中庭の東屋やベンチ、雨天の場合は空き教室などで食べることとなっている。
 ここでは身分に関係なく自分で注文し、席に運ぶというシステムで、最初は戸惑う生徒もおかったが一週間もすればなれるというものだ。

「セシーリア様は何になさいますか?」
「午後はダンスの授業がございますので、そうですわね。クロワッサンと秋野菜のサラダでドレッシングは梨で塩をかけてください。あとは梨のタルトにいたしますわ」
「まあいいですわね。私もそれにしましょうか…。でもリンゴのキャラメリゼも美味しそうですわ」
「私はこのソルトパンに温野菜のサラダ、栗のモンブランにいたします」
「ブールに秋野菜のサラダ、デザートはそうですわね…、レモンのシャーベットを」
「エピと温野菜、あとは梨のタルトにいたします」

 全員が注文を終え会計用の石板に手を乗せる。
 これが決済代わりになり、今月末にまとめて実家に請求が行く。滞納した場合は生徒が魔力を学園に売ることで支払うことが可能となるが、数か月続いた場合食堂での注文が受け付けられなくなってしまう。
 支払が終わった順に食事の乗ったトレイを受け取って予約しておいた席へ向かう。
 給仕もいないため自分で席を引くのだが、これも一週間あればなれてしまうものだ。
 5人が席に座っていざ食事を始めようとしたところで乱入者が現れる。

「ここ空いてますよね、よかったー」

 シンシア様が6人掛け席の空いてる部分に勝手にトレイを置いて座ってしまう。
 その姿に令嬢たちも、周囲で目撃した生徒もざわりとした後黙り込んでしまう。
 さりげなく他の席を見ればどこも満席か男性だけの席で、流石に座りに行くことはできなかったのだろう。

「ちょっと、貴女っ」
「良いではありませんか。今から席を探すのもバスケットを用意してもらうのも手間でしょうから」
「セシーリア様がそうおっしゃるんでしたら」

 無理に席を変えさせようとした令嬢が、セシーリアの言葉に渋々頷く。
 他の令嬢も納得してはいないようだった。

「さあ、いただきましょう」

 笑みを浮かべて率先して手を動かす。
 令嬢たちはシンシア様の存在を無視することにしたらしく、上品に食事を始める。

「そういえば最近は瑠璃色が流行なんですって」
「小物や髪飾り、靴や紐などにさりげなく取り入れているそうですわ」
「瑠璃色の染めはミューラー商会が隣国から独自に仕入れた手法だということで、その技法門外不出なんだそうですわ」
「瑠璃色ですの。そういえば先日ラディ様より瑠璃色のハンカチーフをいただきましたわ」
「まあ」
「素敵ですわね」
「はあ?」

 令嬢達がうらやましい、仲がいいと褒めそやす中、シンシア様が眉間にしわを寄せてセシーリアを睨みつけてくる。

「ラディにってどういうことですか」
「なにかおかしなことが?」
「当たり前です。ラディは私の婚約者ですよ?なに平然とプレゼントを受け取ったとかいってるんですか?それも婚約者である私の目の前で」
「………勘違いなさっているようですが、私の言うラディ様はコンラード殿下のことでしてよ」
「え?」
「入学して5か月しかたっていないのでご存じないのではないでしょうか?」
「殿下のことをラディ様とセシーリア様が呼び、殿下はセシーリア様のことをシアとお呼びになることは学園では皆様知っていると思ってましたわ」
「だっていつもあんなに仲睦まじいんですもの」
「それに、ラディという愛称を持つ方はほかにもいらっしゃいますし、普通であればご自分の婚約者だなんて思うほうがおかしいのではなくて?」

 クスクスと令嬢や周辺の席の生徒が笑う。
 なにか心にやましいものがあるから自分の婚約者のことだと誤解したのだろう。そもそも王太子殿下とセシーリア様の仲の良さを知らないのでは?そういえばここのところシンシア様は婚約者とうまくいっていないとか。等々、周辺から小声でクスクスと笑われる。

「ま、紛らわしい言い方だからです。入学式では殿下って言ってたじゃないですか」
「公式の場でしたので」

 フォークを握り締め顔を真っ赤にさせてフルフルと震える姿に少し可哀そうかとも思ったが、そういえば悪役令嬢を目指すのだったと思いなおして笑みを浮かべたままシンシア様を無視する。

「皆様、まだ時間はあるとはいえせっかくの料理が冷めてしまいますわ」
「そうですわね」
「ええ。それでそのミューラー商会なのですけど…


 食事と会話が開始されれば周囲の生徒もそれに倣うように食事と会話を再開させる。
 だが時折シンシア様に視線が向けられ、クスクスと笑いがおこる。
 トレイに乗った食事を無言で礼儀作法も品もないようなスピードで食べ終えたシンシア様は、羞恥からか真っ赤になった顔とうるんだ目でセシーリアを睨みつけてくる。

「これが淑女の社交だっていうんですか」
「なんでしょうか?」
「顔で笑って口と心の中でののしって楽しむなんて、上級貴族っていうのは性格が悪いんですね。完璧淑女とかいって、寂しい人」

 シンシア様はそう言って空になったトレイをもって席を離れていく。

「なんですのあの方」
「仕方がありませんわ。所詮下級貴族の底辺ですもの」
「あのような方が伯爵家に嫁入りとは、何を考えているのでしょうね」
「あの魔法の才能でしょう。医療魔法は貴重な魔法ですもの。取り込んでおきたいとおもったのではないでしょうか」
「きっとなれない学園生活で気が立っていらっしゃったんですわ。普段は優しい方なのですから」
「セシーリア様は本当に慈悲深くいらっしゃいますわ」
「まあ、ふふふ」

 微笑みながらセシーリアはシンシアの出て行ったほうを見る。

(なるほど。誰にでも物怖じせず本心を言い、相手が無理をしているのではないかと気遣い親しく接する。実際にその行動を向けられても考えが足りないとしか思えませんわね。殿方にはまた違ってみるのかもしれませんけれども)

 微笑みを続けるセシーリアは視線を何事もなかったかのようにトレイの食事に戻す。
 上品に、優雅に見えるように食べているためシンシアのような早食いはできないため、サラダがやっと半分ぐらい減ったところだった。

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