当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

明日のために

 学園に入るまでの一週間で私の生活は一変した。
 持ってきた家具は実家に戻され、長い間貴婦人に人気だと言われる家具が用意される。
 持ってきたドレスは、我が国の流行に合わないという理由ですべて捨てられ、化粧道具もこの国のものに替えられた。
 下着とアクセサリー類が残されたのが良かったと思うべきなのだろうか。
 王妃教育が始まったせいもあるが、生活習慣も無理やり変えられた。
 アフターヌーンティーこそできるものの、一食の食事量は増やされ、特に夕食の量の多さにげんなりする。食が進まないと残せばシェフが何か気に入らないことがあったのかと飛んでくる。
 次回から肉類を減らして3食すべて量を減らしてもらうよう頼んだが、殿下の言いつけだと聞き入られることがない。
 だから夕食後侍女に付き合ってもらって体を動かす。剣術に魔術そして柔術を3時間ほどこなしてか湯につかる。
 王妃教育はつらくない。知識を詰め込むことも体を動かすことも苦ではない。
 あの日から殿下の姿を見ていないから心も穏やかだ。
 昨日開いた同じ学園に入学する令嬢を招いてのお茶会も無事に済んだ。

 アフターヌーンティーにとまた自分で作ったマカロンをつまむ。
 料理長には眉をしかめられた。貴族所令嬢が、ましてや王太子妃になる令嬢がする行為ではないといさめられたが、数日説得して監修のもとでやっと作ることが出来た。
 あの日以来久しぶりに食べる味にほっとすると同時に恐怖が沸き上がってくる。
 恐怖心というものは薄れてもぶり返すように再び訪れる。
 それきっとあの時に会ったものをいるたびに訪れる。
 ならどうしてアフターヌーンティーを止めないのか。それは殿下の指示だから。
 学園ではカリキュラムの都合上不可能だが、休暇などで王太子宮に住まう際は実施するようにと言われている。
 それがどうしてなのかはわからないが、逆らってまたあのような目に合うのではと思えば従わざる得ない。

(早くヒロインに夢中になって私のことなど捨て置いてくださればいいのに)

 そう考えて紅茶を飲んでいると扉がノックされる。侍女が確認するためほんの少しだけドアを開けると「お待ちください」と言ってすぐさま閉める。

「何事です」
「王太子がおいでです、扉のすぐ前に」
「っ………。お待たせしては、いけませんわ」
「でも姫様」
「すぐに殿下の分のご用意を」
「かしこまりました」

 震えそうになる体を叱咤して立ち上がり、殿下を迎えるためカテーシーをし頭を下げる。
 少しして開かれたドアから殿下が入ってくる。

「よい、頭を上げよ」
「はい」

 久しぶりに見た殿下はどこかおかしそうにこちらを見てから侍女を見る。

「二人にしろ。お前たちは出ていけ」

 前回と同じ言葉に侍女たちは何も言わず、微動だにもしない。

「聞こえないか?」
「貴方達、殿下にお茶を」
「ラディと呼べと言ったのをもう忘れたか?そうだな、シアの煎れた茶が飲みたい」
「かしこまりました。貴方達、下がりなさい」
「かしこまりました」

 侍女が退室したのを確認して、ソファに座った殿下に紅茶を入れてテーブルに置く。

「王妃教育は上々のようだな」
「おかげさまで」
「……香りは合格だが、まだ舌にざらつくな。もっと励む様に」
「はい」

 ソファに座ろうとしたが手で制されてしまったため、立ったままカテーシーをとり頭を下げる。
 その状態で数秒、隣に座るよう言われて一瞬背筋がぞっとしたが、大人しく座る。

「わが国のドレスも似合うではないか」
「ありがとうございます」
「コルセットをつけなければ形が崩れるはずなのだが、流石だな」
「もったいないお言葉です」
「……ところで、厨房で菓子を作ったそうだな」
「はい」
「料理長が自分の腕が信頼されていないと訴えて来たぞ」
「そのようなつもりはございませんでした。申し訳ございません」

 そこで殿下がピンクのマカロンをつまむ。

「前回もあったな。あの時作り方まで話そうとしたのは自分で作ったからか」
「……いえ」
「まあ料理長監修のもと作ったのだ、次回からは料理等も同じものが作れるだろう」

 暗にもう厨房に立つなと言われている。

「かしこまりました」
「人に仕事を与えるのも王族の務め、奪うような真似は王太子妃の行動として相応しいものではない」
「以後気を付けます」

 そう言って頭を下げれば以前のように顎を指で持ち上げられる。

「明日より学園が始まる。仲睦まじい王太子とその婚約者であると周囲に知らしめなければならない」
「はい」
「明日のために今から練習しようか、シア」
「え?」

 開いた口にマカロンが当てられる。

「食べるがよい」

 口を少し大きく開けば押し込まれるマカロンと殿下の指。口と歯を閉じるわけにもいかず、かといって開きっぱなしは品がない。
 体を少しそらして殿下の指を離そうとしたが、背中に腕が回され指を抜かれたかと思えばまだ開いた口を殿下の口で塞がれる。

「ン、・っぁんぐ」

 マカロンと一緒に口の中で殿下の舌が動き回り、時にマカロンと一緒に舌が食まれる。
 どのぐらいたったのか、口の中のマカロンがなくなってしばらくした後口が離される。

「中々美味だな。少し甘すぎる気もするが…。そうだな、料理長には少し砂糖を減らすよう言っておこう」
「なぜ…」
「なんだ?」
「なぜこんなことを、どうして」
「何か不思議なことがあるか?私たちは婚約者だ。シアも習っただろう。この国では王族には婚前交渉が認められている、だからこそ婚約者でしかないのにこの宮にシアが住んでいるのだろう」
「ひあっ」

 今日のドレスは背中が大きく開いたものだったので、肌を隠すために肩にかけていたストールの下から背中を撫でられ鳥肌が立つ。

「まあ、私の婚約者は随分初心なようだ、私とて妖姫を抱こうとは思わない。だが、口づけぐらい平然とできないようでは仲睦まじい王太子の婚約者とは思われない」
「つまり…」
「練習をしようかシア。まさか私以外と練習するなどというわけがないだろう?」
「私はそのような」
「そうだろう。だから明日の登校までシアが口づけになれるよう練習に付き合ってあげよう」

 ガクガクと震えが止まらなくなる。

「ああ、その顔もダメだな。私といるときは幸せそうに笑っていなければ。時と場合によるが、常にそうできるようにしなければ」

 ソファに押し倒され、指で無理に口を開けられ、もう片方の手が頬に添えられる。

「顔色の悪さは化粧で誤魔化すこともできるだろうが、派手な化粧も厚い化粧も私は好きではない。シアも辺境伯の令嬢なのだから、淑女として笑みの仮面ぐらい切り替えがすぐにできるだろう?笑いなさい」

 そんなことを言われても口を指で無理に開けられた状態でどう笑えというのだろう。
 ピクピクと引きつる頬におかしそうに殿下は笑い、また口をふさがれる。
 時に足を撫でられ、背中に手をまわされ、胸に触れられ、口づけは続けられる。
 それは夕食の準備が整ったと侍女が扉をノックするまで続き、そのまま殿下と一緒に夕食をたべることになった。

「ああ、そうだ。料理を残すことが多いとも料理長が言っていた」
「私には量が多くて」
「それで夜に魔法やら武術の訓練を?」
「それは、体型を維持するためですわ」
「まあいい。料理長には量を少なくするよう伝えておこう。他に希望は?」
「お肉を減らし、野菜を多めに。あ…でも」
「なんだ?」
「月の物がくると肉類を好んで食べたくなりますのでその時は肉料理をメインにしていただきたくございます」
「わがままなことだ」
「申し訳ございません」
「まあ、いい。今後学園に通えば昼食は食堂で食べることになる。私は一緒に食べることは少ないだろうが、貴族時の令嬢と親交を深めるいい機会だろう」
「はい」
「夜に武術訓練や魔法訓練はしないように。警備の者が無用に警戒する」
「申し訳ございません」

 話しに花が咲くでもなく、淡々とした会話。
 食事が終わり、殿下が部屋を出るのを見送れば抱き寄せられまた口づけされる。

「笑え」

 口を離される際にそう命令されて、穏やかな笑みを無理やり浮かべる。

「まあまあだな。明日はもっとまともな顔を作っておくように」

 そう言って殿下が出て行ったのを確認して崩れ落ちる。
 理由もわからず流れる涙を、侍女がそっとハンカチで拭った。

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