当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

これは恋じゃない ※コンラード視点

 久しぶりに見たセシーリアに背筋がぞっとした。
 絶世の美女、妖の姫、至上の美姫と呼ばれ隣国から嫁いできた、父が欲してやまなかった女に瓜二つの、いやそれ以上の蠱惑的な美しさ。
 それでいて可憐で手荒く扱えばたやすく花のように手折れてしまうのではないかと思わせる儚さを持っていた。

 ギリっと、母の持っていた扇子が軋む音がする。
 セシーリアに見惚れる父に昔を思い出したのかもしれない。
 公爵家の令嬢であった母と婚約しており、結婚まで半年というところで隣国より嫁いできた、今まで隠されていた辺境伯に嫁いできた姫を見て、その舞踏会で『どうか私の正妃に』とプロポーズしたという。
 もちろんすでに嫁いでいる身だと断られれば今度は公妾になってほしいと熱のこもった声で希ったという。
 母にとってどれだけ屈辱だったか、どれだけ腸が煮え返ったことか。
 その舞踏会を最後に辺境伯婦人となった姫は社交界に姿を見せることはなくなったというのに、父は何度も熱心に贈り物や手紙を送り続けていた。
 返事をもらえないまま母との結婚は滞りなく終わり、さらに半年後に私を身ごもったことが判明した。
 これで父も自分を見てくれる、愛してくれるだろうという母の期待はすがすがしいまでに砕かれた。

 この国には側室という制度はない。その代わりに愛人を作ることが貴族には許され、さらに国王と王太子には公妾という存在が許される。
 父は母の妊娠を知ってすぐさま数人の愛人を作った。そして辺境伯婦人に公妾になってほしいと改めて希った。
 だが父の願いは叶わない。母に遅れること3か月、辺境伯婦人が身ごもったのだ。流石に妊婦を新たに愛人にしたり公妾にすることはできない。
 その不満を晴らすかのように父は愛人を抱き、母の存在は王妃であれども父の中で希薄になっていった。

「ああ、コンラードを紹介しなくてはいけませんね。おいでなさい」

 今だセシーリアに見惚れる父の代わりに母が私の名前を呼ぶ。
 正面にその顔が見える位置に来て、5年ぶりに見たその表情は完璧な淑女そのものだった。
 表面上穏やかな会話を交わし、セシーリアは退室する。

「私も失礼いたしますわ。気分が優れませんので」

 母がそう言って退室してすぐ父に名前を呼ばれる。

「いらないのであればすぐに言うように。それであれば私の公妾にしよう。あの容姿に実家の後ろ盾があればだれでも名だけでも妻にしたいと思うだろう」

 その言葉に耳を疑った。この父はセシーリアを亡くなった辺境伯婦人の代わりにしようとしている。

「いえ、あのような美しく可憐な姫をいらないだと誰が思いますでしょう」
「そうか。まあよい、お前に嫁ぐまで時間はあるのだからな。下がるがよい」

 頭を下げ謁見室を出る。
 知らず王太子の宮に歩く足が速くなる。早く歩きすぎたせいか、視線の先にセシーリアが見えた。
 旅装束だというのに、後姿だというのに匂い立つような色気を感じる。
 だがその衣装は我が国ではあまり見ないもので、隣国の貴族の令嬢が着るものだと思い出し自分でもわからない怒りが産まれる。

 鉢合わせしないように道を変え、先に王太子宮に到着して部屋に戻り侍従から報告を聞く。
 内容はこちらに来るまでのセシーリアの様子。

 20日ほどの旅路に特に問題はなく、連れてきた侍女と護衛に囲まれ大人しくしていたらしい。
 滞在した町や村ではそこに住まうものに笑みを向け、声をかけられれば返したらしい。
 だが、国に入る門の手前で帆のたためる馬車に乗り換え、沿道に集まる国民に笑みを浮かべて手を振っていたという報告を見て眉間にしわを寄せる。
 それに王城でもセシーリアを見に来た貴族の子息や令嬢、当主や婦人にも笑みを向けたという話しを聞いて知らず報告書を握り締めた。

「はっ。媚びを売るのが得意というわけだ」

 流石母を貶めた妖姫の娘だと嗤う。
 報告を聞いてしばらくして、セシーリアが会いたいと願っていると侍女から言付を受け、もう自分に媚びを売る気なのかと嗤い承諾した。

 向かった王太子妃の部屋にはすでに持ち込んだであろう家具や小物が運び込まれている。
 隣国の特徴の強いそれらにセシーリアはこの国に住みながら隣国に通じているのだと思い知らされる。
 そして談話室で私を出迎えるセシーリアの姿に怒りと、理由のわからない焦燥と、目の前の女を自分のものにしたいという欲望が沸き上がった。
 モスグリーンのドレスは我が国で流行っているデザインではない。かといって流行遅れというわけでもない。
 禁欲的で蠱惑的なそのドレスはセシーリアをより一層美しく見せる。

「今回は急なお目通りをお許しくださってありがとうございますわ、殿下」

 そう言って少し腰を落としたカテーシの時にレースで覆われた胸元が見えそうになって思わず視線が向く。
 不躾な視線に気が付いただろうに、気が付かないふりをして顔を上げるセシーリアを泣かせたくなった。

「いい。婚約者なのだし、家族と離れての生活には不安も多いだろう」
「お気遣いありがとうございますわ。どうぞソファにお座りになってくださいませ」
「ああ。ところでこれは隣国の習慣だったか?」
「はい、アフターヌーンティーと申しますわ」

 その言葉にまた隣国かと怒りがわく。向かいに座ろうとしたセシーリアの腕を引き隣に座らせる。
 座った拍子にほんのり薔薇の香りが鼻孔をくすぐる。
 強引に横に座らせられたことに戸惑っているようなセシーリアに独占欲が沸き上がる。

「婚約者なのだから殿下、セシーリア様では仰々しい。これから俺のことはラディと呼ぶように」
「では私のことは」
「他の者が呼ばない愛称がいい」
「では、シアとお呼びくださいませ。ラディ殿下」
「シア、殿下はいらない」
「……はい、ラディ様」

 少し考えた後言われた愛称を口に出せば、ほのかな満足感が心に芽生える。
 せっかく用意してくれたのだからとテーブルに目を向ければ、色とりどりの丸い菓子。
 つまんでこれは隣国のものかと聞けば頷かれる。
 服も隣国の流行のデザインだと微笑んで言う姿に再び怒りがこみ上げてくる。

「君は隣国に随分傾倒しているようだな」
「お母様の生活に合わせた生活を我が家では送っておりましたので」
「そうか。シアはこの国の王妃といずれなるのだから、我が国の生活になれるように」
「かしこまりましたわ」

 そう言って頭を下げるシアの顎に指を当て持ち上げる。

「ふん。隣国の妖姫の娘なだけあって男を誑かすのは上手いようだ」
「そのようなこと」
「では無意識か?王都に入ってからも王城に入ってからもずいぶん媚びを売っていたそうじゃないか」
「それは…」
「言い訳は聞かない」
「なっんん」

 薄く桃色の紅を塗られた唇を自分の唇で塞ぐ。そういえばこの紅の色もこの国の流行りとは違う。
 衝動的に押し倒してこんなもの脱がせてしまおうとスカートをめくれば、ふくらはぎに付けられたナイフに目が行く。
 抜いてそれが玩具でも鈍らでもないことを確認してセシーリアを見る。

「物騒なことだ。これも隣国の常識か?」
「いいえ、ただの護身用ですわ」
「どうだか。私の首を狙っているのか?それとも先ほど誑かした父の首か?」
「なにをおっしゃってますの」

 父の公妾になるぐらいなら傷物にしてしまおうかと思った瞬間、手の中のナイフが侍女によって弾き飛ばされる。
 戦闘侍女ガーディアンか、と目を細める。
 そのことに少しだけ頭が冷え体を離しすと、すぐさま起き上がってスカートの裾を直すセシーリアの腰に巻かれたリボンに違和感を覚える。
 コルセットを着ているようには見えないのに、妙に張りのあるレースリボンに触れ、ほどいたリボから落ちる隣国の独自の字技術で作られる鋼糸。

「ああ、もういい。遊びは終わりだ」
「…なにを?」
「全員出ていけ。一時間ほど二人っきりにしろ」
「承服いたしかねます」

 セシーリアの連れて来た侍女は随分と忠誠心が高いらしい。だが、この場の最高権力者は自分だ。

「黙れ。この宮の主は私だ」
「私の主はセシーリア様なれば…」
「殿下のお言葉に従いましょう」
「姫様っ」
「1時間でいいのですわね?」

 知らず雰囲気を剣呑なものに変えたせいか、すぐさまセシーリアが侍女に命令し、時間の確認をしてくる。

「ああ……いや、そうだな。呼ぶまでに変えようか」
「かしこまりましたわ」

 部屋を出て行った侍女を見送り、何をするつもりなのかというセシーリアに我ながら咄嗟によく口が回るものだと思う。
 体にきくといった瞬間蒼白になり逃げようとしたセシーリアの体を再びソファに押し倒し、スカートに隠された足を掬いあげ手を滑らせていく。
 太ももの上、ガーターベルトの近くで手に固いものが当たり足を持ち上げスカートとパニエを下着が見えるほどにたくし上げる。

「念入りなことだな」
「このようなこと、許されるとお思いですか」
「許されるさ。私たちは婚約者という間がらなのだから。そうだろうシア」

 そう言って、再び先ほどより少し紅の剥がれた唇を塞ぎ今度は舌を絡める。

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