当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

初めての談話2

 下着姿にまでドレスを脱がされ、目の前に立たされて、それこを隅々まで観察され思わず涙がこぼれる。

「その下着も我が国の物とは違うな。どこまでも隣国に染まっているのか」
「ちがっ」

 我が国の下着はコルセットとドロワーズの組み合わせが主流で場合によりクリノリンを着用する。
 だが隣国ではブラジャーにショーツ、それにパニエを着用するのが主流で、セシーリアは隣国から下着を取り寄せて着用している。
 これはただコルセットが息苦しく、クリノリンが動きにくいからという理由なのだが、必死にそういっても殿下は冷たい目を向けてくるだけだった。

「ああ、そうだな。この細さならコルセットなど必要ないだろう」

 腰を掴まれてびくりと震え、一歩後ずさろうとしてテーブルにぶつかってしまう。

「私と同じ15歳だと聞いているが」
「左様にございます」
「それにしては随分と育っているな」
「ひっ」

 胸を掴まれ悲鳴が漏れ咄嗟に口を押える。何かを確かめるように両方の胸をもまれ、離された時には膝がガクガクと震え、立っていられなくなり後ろに倒れ込みそうになるが、腕を引かれ殿下に抱き込まれる。

「いやっ離してっ」
「黙れ」
「っ!」

 喉を片手で捕まれ締め付けられる。

「いくら王家の血を入れたとしても所詮愛人の子だ。お前には我が国よりも隣国の血が随分濃く流れているように見える」

 その言葉に必死に首を横に振る。

「妖姫の子が隣国の物を纏って隣国の習慣を実施して、城下の国民や王城の者を誑かす。母が謁見室から出て行った後の父の言葉がわかるか?」

 首を細かく振るとギリっと首を絞めつける手に力が籠められる。

「いらないのであればすぐに言うように。それであれば私の公妾にしよう。あの容姿に実家の後ろ盾があればだれでも名だけでも妻にしたいと思うだろう。そうおっしゃった」

 そう言って叩きつけるようにソファに投げ捨てられる。

「王家を混乱に落とし、隣国の侵略の手助けをする気か?」
「そのようなこと、考えておりません」
「どうだかな。私に会うというのに暗器を仕込むような女の言葉など信じられんな」

 どうしてこんな目に合うのだと涙がこぼれる。なぜこんなことになっているのだろう。

「明日からは王妃教育が開始される。一週間後から学園へ通うことになる。覚えておけ、この宮の主はこの私だ。歯向かうことは許されない」
「かしこまり、ました」
「わかったのであれば服を着ろ。ああ、暗器は仕込むな、気分が悪くなる」

 そう言って殿下はすっかり冷めた紅茶を飲み、サンドイッチに手を伸ばす。
 ガクガクと震える腕と足を叱咤して立ち上がり床に投げ捨てられたドレスを拾い衣装室へ向かおうとしたところで不機嫌そうな声がかかる。

「ここで着替えろ」
「……かしこまりました」

 震える手でドレスを被り、腕を通したところで背中の部分の形を整えるためのボタンが止められないことに気が付き動きが止まる。

「何をしている」
「ボタン、が留められなくて」

 そう言えば深い溜息が吐かれ、こちらに歩み寄ってくる足音が聞こえる。

「動くな」

 背中の肌が露出している部分を撫でられ逃げようとしたところでそう命令され動きが止まる。
 手が離され、下のほうから一つずつやけにゆっくりと牡丹が留められていき、最後の一つが留められて、横の棚に置かれていたリボンが取られ腰に巻かれる。
 正面を向くように体をまわされ、殿下と目が合う。

「酷い顔だ」
「っ。お見苦しいものをお見せして申し訳ありません」
「まあいい。それで、お前は食べないのか?」
「え?」
「隣国の習慣のアフターヌーンティーなのだろう。悪くない、学園に通っているときはできないだろうが、そうでない日は執務の合間にこの時間を取ることにしよう」

 そういってセシーリアを残しソファに戻り座って食事を再開する殿下に、今度こそしゃがみこみそうになるが、必死に足を動かしてソファに向かえばまたしても手を引かれ隣に座らされる。
 カタカタと震える手ですっかり冷たくなったカップを持てば、無作法にもカチャカチャと音を立ててしまう。
 カップの中の紅茶が波紋を立てるのを無視して一口飲む。

「食べなのか」
「いえ」

 カップを戻した際にまたカチャカチャと音が立ち、未だ震えが止まらない手でマカロンをつまみ口に運ぶ。

「ああ、そろそろ時間だな。シア、今日は楽しい時間が過ごせた。明日からの王妃教育に励むように。音を立てて茶を飲むような無作法ものでは、貴族の令嬢を招いての茶会など出来まい」
「申し訳ございません殿下」
「ラディだ」
「ラディ様」
「そうだ、必ずそう呼ぶように」

 部屋から殿下が出ていくと、実家から連れてきた侍女たちが駆け寄ってきてドレスと髪の乱れや床に投げ捨てられた暗器に顔を真っ青にする。

「姫様、ご無事ですか」
「着替えを…いいえ、入浴の準備をっすぐに!」
「すぐに準備をいたします」

 侍女が浴室にかけていく。この国の浴室はお湯を運んで浴槽に入れるものだが、あの侍女は水魔法も火魔法も使えるのですぐに湯を準備してくれるだろう。

(もしあの物語を何も知らずここに来て同じ目にあっていたら。いえ、私が城下や王城で愛想を振りまいたからこのようなことになってしまいましたの?)

 けれど、もしそれが関係なく登城した初日にこのような目にあっていたのだとすれば、物語の中のセシーリアがひたすら目立たないように暮らし、いうことを聞いていたのもわかる気がする。
 異聞録でもあんな目にあっても何も言わずフォローに回っていたのも頷ける気がする。
 セシーリアは殿下と関わることを極力避けていたのだ。異聞録でも公妾に殿下の相手を押し付けていたのだ。

(そして、殿下の言葉で国王陛下があっさりと離婚を認めた理由が分かりましたわ)

 セシーリアを公妾にするとまで息子にいった男だ、離婚後のセシーリアを愛人にでもする気だったのかもしれない。
 実際はセシーリアはすぐに実家に戻り隣国へ、逃げたのだろう。もう二度と殿下の手が伸びない場所に逃げたのだろう。
 物語の記憶をもつ今のセシーリアですらこんなにも震えが止まらない。
 何も知らないセシーリアはきっとどうしようもなかったのだろう。殿下と婚約を続ければ常に恐怖におびえ、婚約が解消になれば国王陛下の公妾にされるかもしれない。
 逃げ場などないと、ただ気配を殺して過ごし、殿下がヒロインに溺れていくのを見てほっとしていたのかもしれない。

「姫様、準備が整いました」
「お手を」

 差し出られた手に自分の手を重ねれた、キュッと握られる。
 まだ震えが残っている冷え切った手に、侍女の手のぬくもりが心地よかった。

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